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微笑みの国・タイでは投獄の危険も。ある美術展にこめられた真意

アティコム・ムクダプラコーン『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』
インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:浅井隆晃
微笑みの国・タイでは投獄の危険も。ある美術展にこめられた真意

母国タイでは発表できない展覧会。いまタイでなにが起きているのか?

アートは国のあり方を問う、有効な方法になり得るのか――。そんな疑問を軍事政権下のタイで問い続けている現代アーティスト、アティコム・ムクダプラコーン。彼のキュレーションによる映像展『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』が、2月12日から20日まで、代官山AITルームにて開催された。同展は2012年、ムクダプラコーンが仲間とともにタイ・チェンマイで行った『透明人間の物語』展の内容を、東京用にアレンジし直したものになっている。しかしその作品群は、「現在のタイ国内ではもはや発表できない」と彼は言う。観光地としても人気の高い同国で、いったいなにが起きているのか。展示に先立ちAITで行われた、アーティストトークを訪れた。

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』アーティストトーク風景
『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』アーティストトーク風景

SNSによって、市民同士の相互監視と通報が日常化している

ムクダプラコーンが『透明人間の物語』展の運営母体である「ニティモン」というアーティビスト(アーティスト+アクティビスト)グループを立ち上げたのは、2011年のこと。背景には、現在まで続くタイの政治的不安定さがあったという。周知の通り、同国では近年、絶対的権力を持つ王室のあり方などをめぐり、クーデターやデモが相次いでいる。とりわけ、既得権益層の解体を図ったタクシン・チナワット元首相が、軍部の反発により退陣に追い込まれた2006年9月19日の軍事クーデター以来、その動きは加速。軍による市民デモの鎮圧で100人あまりの犠牲者が生まれ、王室への批判を禁止した「不敬罪」の取り締まりが強化されるなど、息苦しい状態が続いている。こうした動向は、「赤シャツ派(タクシン派)」と「黄シャツ派(反タクシン派)」の対立として、日本でもたびたび報道されている。

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』展示風景
『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』展示風景

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』展示風景
『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』展示風景

古くより続く王政と、現代的な民主主義とのバランスをどのようにとるべきか。国が抱えるそんな問題を多くの国民が共有しはじめた2010年、ある象徴的なできごとが起こる。「アーゴン」の愛称で親しまれる老年男性が、国王を侮辱するショートメッセージを首相秘書に送ったとして通報され、投獄されたのだ。この投獄劇に市民からは、「孫にメッセージを送ることもままならないほどデジタル機器に疎かった老年のアーゴンが、はたしてそんな行動を取れるのか」という疑いの声がいまだに上がっているが、タイ国内ではSNS上での市民の相互監視や通報が常態化しつつあるという。そのような社会状況を問い直す目的で生まれたグループが、例のニティモンだった。

ムクダプラコーン:僕らが目指したのは、王政の転覆などという大げさなことではありません。ただ、国のかたちを時代に合った民主主義的なものにしようということ。そして、アーゴンを解放してほしいということ。この二つが、結成の目的だったんです。

左から、堀内奈穂子(AIT)、アティコム・ムクダプラコーン、福冨渉(タイ文学研究者)
左から、堀内奈穂子(AIT)、アティコム・ムクダプラコーン、福冨渉(タイ文学研究者)

「アーティストは強いメッセージを発することができるぶん、ともすれば他の人々の声をかき消してしまいがちです」(ムクダプラコーン)

日本と同じように、タイにも1970年代から続く市民運動の歴史がある。ただ、活動に当たってニティモンが選択したスタイルは、そうした従来型の活動とはだいぶ毛色が異なるポップなものだった。そもそも「ニティモン」というグループ名自体、2006年の軍事クーデターの影響を議論するために2010年に結成された法学者の団体「ニティラート」の名前を、可愛らしくもじったものだ。「学者の言葉は難しい。だからこそ、ユーモアを含む作品を通し、彼らのメッセージをより多くの人に届けようとしたんです」とムクダプラコーンは語る。

そんなポップさとともにニティモンが大切にしているのは、活動を市民参加型の開かれたものにするということ。実際、東京展の元になった『透明人間の物語』展は、応募者が無審査で作品を発表できる「アンデパンダン」形式の展覧会だ。またそのポスターでは、展示準備中に獄中で亡くなったアーゴンの写真から彼のシルエットを切り取り、個人の存在が社会の中で「透明」になっていることを示した。プロフィール写真から自らの姿を切り抜くこの行為は、SNSを介したムーブメントとして一般市民に広がっていった。

ニティモン『透明人間のあとを追え』のカラオケを体験する様子
ニティモン『透明人間のあとを追え』のカラオケを体験する様子

イベント当日の様子。投獄者の情報が書かれたマスクを着けた参加者たち
イベント当日の様子。投獄者の情報が書かれたマスクを着けた参加者たち

東京展にも出品されたニティモンの『透明人間のあとを追え』は、ポップで参加型という彼らの特徴が凝縮したような作品だ。これはパペットを使ったカラオケビデオ風の映像作品で、タイの政治状況を皮肉った歌詞を、タイのポップスターによる国王讃歌の陽気なメロディーに合わせて観客に歌ってもらうというもの。トークイベント当日には、ムクダプラコーンが用意した投獄者の情報が書かれたマスクを着けながら、映像を前に歌う参加者の姿も見られた。一方、グループ設立時に制作された映像作品『静かすぎて耳が痛い』は、タイの刑法112条によって定められている「不敬罪」への違和感を、無言の市民がプラカードを通して発し続ける静かな作品だ。しかしその静寂自体が、発言が厳しく制限された状況へのユーモアになっている。彼らの作品からは、タイの人々のしたたかなたくましさが感じられる。

ムクダプラコーン:僕らが心がけているのは、多様な人の声を紹介するということ。アーティストは作品や活動を通して強いメッセージを発することができるぶん、ともすれば他の人々の声をかき消してしまいがちです。そうした表現が必要な時代もあるけれど、現在のタイのような国では、さまざまな人の意見に耳を傾けること自体が「批評」になる。そんな意識で、異なる見解を持つ人たちが語り合える場としての作品や展覧会を作っているんです。

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』展示風景
『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』展示風景

「自分の人生が不確定なものの上に立たされているときこそ、ユーモアと勇気が必要」(ムクダプラコーン)

他にも、検閲に触れる言葉を載せた『灰色の国2012』という書籍を制作し、図書館の本棚に勝手に忍ばせたり、不敬罪で逮捕された人物のシルエットを公共空間の壁に描いたり、保守層を揶揄するような隠喩に満ちた絵柄のTシャツを路上で売ったり……ニティモンの活動は、一見とても自由に見える。ただ、先にも述べたように、2011年からしばらくは行えていたこうした活動も、いまは許されない。とくに2014年5月22日に起こった軍事クーデター以降、恐怖が増したとムクダプラコーンは言う。どんな表現であれば許され、どんな表現は問題なのかの線引きが曖昧で、彼ら自身、活動を通してそれを探る日々だという。当然それは、投獄の可能性と常に隣り合わせだ。

ムクダプラコーン:それでも今回、こうした状況を日本で紹介したのは、日本の人たちを怖がらせたいからではなく、タイ人のスピリットを感じてほしかったから。去年、パリで同時多発テロが起こった際、フランス人はあえて外に出て、文化的な活動を行いました。僕はそのスピリットに共感します。自分の人生が不確定なものの上に立たされているときにこそ、ユーモアと勇気が必要。アートにはその役割が担えると思うんです。

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』アーティストトーク風景
『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』アーティストトーク風景

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』アーティストトークの参加者たち
『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』アーティストトークの参加者たち

今回、ムクダプラコーンの話を聞いて驚いたのは、タイの状況がまったく遠い国のできごとに思えなかったことだ。SNS上の相互監視によるバッシングも、国によるアート作品への牽制や検閲も、深刻さに違いはあれ、近年の日本でたびたび目にする光景である。一方、そんな窮屈な社会状況の中で、ニティモンが採用した市民運動のポップ化やSNSを利用した運動の拡大といった取り組みが、日本や香港の若者たちによるデモ活動と近いものであることも明らかだろう。文化や思想の多様さを確保するツールとして、アートの役割が問われる時代。そんな時代における、もっとも深刻な現場のひとつでの試みとして、ムクダプラコーンの活動は多くの人に注目されるべきだ。

イベント情報

「第8回恵比寿映像祭」地域連携プログラム
アティコム・ムクダプラコーン企画による映像展『ムーラン・ド・ラ・ギャレットでカラオケを』

2016年2月12日(金)~2月20日(土)
会場:東京都 代官山AITルーム
時間:11:00~19:00
定休日:日曜
料金:無料
主催:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
平成27年度 文化庁 文化芸術の海外発信拠点形成事業

プロフィール

アティコム・ムクダプラコーン

1981年タイ・バンコク生まれ、チェンマイ在住。アーティストとデザイナーによるグループ「mute mute」の共同設立者。mute muteは、アートや文化に限らず、多様な社会活動において、認識を押し広げる相互議論の場を模索している。ムクダプラコーンは、特にタイ国内における写真、表現の自由、アートの現状など、同国のメディア / アート文化に関心を持ち、社会状況が常にそうしたメディア / アートによって投影されることに着目している。現在は、チェンマイで2013年に発足されたプロジェクト「チェンマイ・アート・カンヴァセーション」の活動に関わる。近年の主な活動に、メディアアートプロジェクト「Art Jockey」(バンコク芸術文化センター、2015年)、mute muteによるグループ企画「Mycelioid Adjustment」(ギャラリーシースケープ、2014年)や「Run for No One / ART AIDS(Thailand 2012): You Are Not Alone」(バンコク、2012年)ほか数多くのアートプロジェクトを手がけている。NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]のレジデンス・プログラムにて2016年3月31日まで東京に滞在。

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