ジャック・ホワイトの2018年の傑作は、ロックの未来を救うか?

アメリカ社会の混迷に反応する音楽家たちと、ジャック・ホワイトの焦燥

USインディーシーンのベテランバンド、Yo La Tengoの新作のタイトルを聞いて驚いた。『There's a Riot Going On』。それは、1970年代に活躍したファンクバンド、Sly & The Family Stoneが1971年に発表したアルバムと同じタイトルだ。日本では『暴動』というタイトルで知られているこのアルバムは、ベトナム戦争や黒人問題などで混迷するアメリカを沈み込むようなグルーヴで描き出した名作。そういった背景を持つ作品のタイトルを、Yo La Tengoが新作に使ったことは意味深だ。

また、Yo La Tengoと同時期に、同じくUSインディーのベテラン、Superchunkがトランプ政権樹立やアメリカで起きる事件に触発された新作『What a Time to Be Alive』を発表するなど、アメリカのロックミュージシャンたちは、それぞれに自分たちを取り巻く現実と向き合っている。そんななか、オルタナ以降のアメリカンロックを代表するミュージシャン、ジャック・ホワイトもまた、今のアメリカを切り取ったような新作を作り上げた。

ジャック・ホワイト
ジャック・ホワイト

ジャック・ホワイトはガレージロックバンド、The White Stripesとしてデビュー。これまで12回に渡って『グラミー賞』を受賞し、これまで発表した2枚のソロアルバムはともにビルボードで1位に輝くなど、デトロイトのインディーバンドからアメリカンロックの頂上へと登り詰めた。そして、華やかな成功を収める一方で、自身のレーベル「Third Man Records」を立ち上げ、自作の制作だけではなく、レコーディング技術の研究や機材の開発を進め、挙げ句の果てにはアナログ生産工場を造るなど、ロックンロールに人生を捧げてきた。

その求道者のようなストイックな姿勢がロックファンに支持されてきたが、そんなジャックが今、大きな危機感を抱いている。世界は、そして、ロックンロールはどこへ行こうとしているのか。その焦燥感から生まれたのが、ソロ3作目となる新作『Boarding House Reach』だ。

ジャック・ホワイト『Boarding House Reach』収録曲

危機に瀕するロックンロールのために。ジャックは厳しいルールを設け、自らを駆り立てる

ここ数年、R&Bやヒップホップに比べてロックシーンに活発な動きは見受けられなかったが、そのことにジャックは歯痒さを感じていたらしい。公式インタビューによると「ソングライターとして、そしてプロデューサーとして自分に喝を入れたかった」とのことだが、ジャックはこのアルバムを制作するために思い切ったアプローチをとった。

まず、地元ナッシュヴィルに小さなアパートを借りて、そこで14歳のときに使った録音機材を使って誰にも邪魔されずに曲作りに没頭。その際、ギターをはじめ楽器は一切使わず、思いつくままに曲を作ったという。そして、レコーディングはナッシュヴィルだけではなく、初めてニューヨーク、ロサンゼルスといった大都市でも行い、これまで一度も一緒にやったことがないミュージシャンを招いて都市ごとに3日間でレコーディングを終える。さらに、これまでジャックはアナログレコーディングにこだわってきたが、今回初めて毛嫌いしていたコンピューターのレコーディング用ソフトウェア「Pro Tools」を使った。そういった初めて尽くしのアプローチからは、自分をリセットして、素っ裸の状態でロックンロールに向き合おうとするジャックの決意が伝わってくる。

ジャック・ホワイト『Boarding House Reach』収録曲

そんななか、本作のサウンド面で大きな役割を果たしているのが、ケンドリック・ラマーやカニエ・ウェスト、Jay-Zといったヒップホップアーティストの作品に参加してきたミュージシャンたちだ。きっかけは、前作『Lazaretto』(2014)で、ヒップホップ系のドラマー、ダル・ジョーンズを起用したことだった。ジャックはヒップホップへの興味について、こんなふうに語っている。

ジャック:ここ数年はナッシュヴィルのミュージシャンと多く活動してきた。カントリーやロック、フォークシーンで活躍するセッションミュージシャンたちだ。彼らのようなミュージシャンと一通りやってきたところで、ダル・ジョ-ンズが生み出すリズムを聴いて気に入ったんだ。そこから自然な流れでヒップホップ系のミュージシャンに目を向けるようになった。

ヒップホップやR&Bに接近し、Pro Toolsまでを導入したジャックの狙い

馴染みの音楽家たちから距離を置き、ジャンルの異なるミュージシャンに混じってロックンロールと向き合ったジャック。アルバムでは、ヒップホップやR&Bの要素をふんだんに取り入れて、ギターのリフよりビートやループが存在感を増すなか、曲によっては韻を踏んでラップをしたり、ゲストのシンガーにスポークンワードをさせたり、さらにはクラシックの楽曲“Humoresque”(原曲はドヴォルザークが19世紀に手がけたピアノ曲)に歌詞をつけて歌うなど様々なアイデアにチャレンジしている。

ジャック・ホワイト『Boarding House Reach』収録曲。ジャックによるラップが披露される

その結果、多彩な音楽性が渾然一体となり、そこにはR&Bやヒップホップを消化したファンキーなグルーヴが渦巻いている。そんななかで、音楽の芯になっているのは、ロックンロールのルーツであり、ジャックが愛してやまないブルースだ。これまでジャックはブルースやカントリーなどの要素を取り入れたルーツ色の強いロックンロールを展開してきただけに、ルーツに忠実な演奏をする原点回帰的アプローチをとることでロックンロールの魅力をアピールすることもできただろう。しかし、ジャックはPro Toolsを使って複雑に音を重ね、様々なアイデアや多彩な音楽性を自由奔放に盛り込んだ。ジャックは今最も勢いがあるR&Bやヒップホップの力を借りて、ブルースが持っている生命力を現代的な感覚で甦らせ、そのエネルギーをロックンロールに注入しようとしているようにも思える。

サウンド面でも精神面でも、多様性は新作の重要な要素だ。トランプ政権誕生後、アメリカの人々はトランプ支持派と反トランプ派に分断された。そして、世界でも排他主義が蔓延していくなかで、ジャックはロックンロールのパワーを取り戻すために、音楽性を純化するより多様な要素を混ぜ合わせること選んだのだ。

排他主義に傾く現代アメリカで「多様性」を求めたジャックの思いを、歌詞とコメントから読み解く

そんな彼の社会に対する眼差しは歌詞に反映されている。たとえばシングルカットされた“Connected By Love”について、ジャックはこんなふうにコメントしている。

ジャック:極めてシンプルな、それこそ平和と愛を訴える単純なラブソングを書きたかった。というのも、今はアメリカをはじめ世界的にも極めてドラスティックな時代で、毎朝起きてニュースを見る度に憂鬱になるし危険だと感じる。だから人間のポジティブな面を歌った、よりソウルフルな歌が描きたかった。毎日、耳にする分断(divide)ではなく、人間のつながり(connect)について歌いたかったんだ。

ジャック・ホワイト『Boarding House Reach』収録曲。<愛がふたりを結んでいるのさ>と歌われている

また、“What's Done is Done”は誰もが簡単に銃が買えるアメリカ社会を背景にしたもの。ジャックは政治的なミュージシャンではないが、今の社会状況が自然に(否応なく)アルバムに映り込んでいて、R&Bやヒップホップの要素を取り入れたことも含め、2018年という時代の空気がアルバムに生々しく捉えられている。そういった点でも、本作はジャックの作品のなかでは珍しい。

ジャックはThe White Stripes以外に、The RaconteursやThe Dead Weatherなど様々なバンドを結成してきたが、本作はこれまでジャックが発表したどのアルバムとも似ていない。でも、そこには紛れもなくジャック流のロックンロールが息づいている。これだけゴッタ煮状態のアルバムなのに不思議と一貫性があるのは、ジャック・ホワイトというダシが、しっかり効いているからだ。そのダシが出るかどうかは、ジャックにとっての賭けだったに違いない。どんな状況で、誰とやろうとも、自分のコアは揺るがない。そんな自信があればこそ大胆なアプローチに挑むことができたのだろう。

ジャック・ホワイト

ジャック・ホワイト『Boarding House Reach』収録曲

世界やロックンロールの行く先が見えない今。ジャックはひとりのアーティストとして、そんな時代と向き合う方法を模索して見事に新境地を切り拓いてみせた。『Boarding House Reach』には、初期パンクやヒップホップが持っていたDIY精神や、オルタナティブロック全盛期の実験精神に満ちているが、パンクもオルタナも生命力を失いつつあったロックンロールに対するカンフル剤だった。ネガティブなものをポジティブに変換させられるのがアートのパワーであり、それがジャックにとってのロックンロール。『Boarding House Reach』は今のロックシーンを挑発する問題作であり、正統派(メインストリーム)と異端(オルタナティブ)の二つの顔を持つジャックが本領を発揮した傑作だ。

ジャック・ホワイト『Boarding House Reach』ジャケット
ジャック・ホワイト『Boarding House Reach』ジャケット(Amazonで見る

リリース情報
ジャック・ホワイト
『Boarding House Reach』(CD)

2018年3月23日(金)発売
価格:2,700円(税込)
SICP-31143

1.Connected By Love
2.Why Walk A Dog?
3.Corporation
4.Abulia and Akrasia
5.Hypermisophoniac
6.Ice Station Zebra
7.Over and Over and Over
8.Everything You've Ever Learned
9.Respect Commander
10.Ezmerelda Steals The Show
11.Get In The Mind Shaft
12.What's Done Is Done
13.Humoresque

プロフィール
ジャック・ホワイト
ジャック・ホワイト

1997年にThe White Stripesとしてデビューし、2000年代から現代に至るロックシーンにおける最重要アーティストの一人と称される、天才ギタリスト / ソングライター / 経営者。これまでに計12回、8部門で『グラミー賞』受賞歴を誇り、ソロ作以外に、The White Stripesとして6枚、The Raconteursとして2枚、The Dead Weatherとして3枚のオリジナルアルバムをリリース。ビヨンセ、Beck、The Rolling Stones、ボブ・ディラン、エルトン・ジョン、アリシア・キーズなど幅広いアーティストとの競演歴も誇る。自身のレーベル「Third Man Records」も経営。2009年、映画『ゲット・ラウド』でLed Zeppelinのジミー・ペイジ、U2のThe Edgeと並んでフィーチャーされるなど、世代を代表するギタリストとしても高い支持を受けている。2012年に初ソロアルバム『Blunderbuss』をリリースし、全米チャート&全英チャート初登場1位を記録。同年には『フジロック・フェスティバル』に出演しGreen Stageに登場。2014年のソロ2作目『Lazaretto』は2作連続で全米1位を獲得、またLP盤では、全米史上アナログ盤初週最高セールスも記録。2016年、キャリアを網羅したアコースティック&レア音源集『Acoustic Recordings 1998–2016』をリリース。2018年3月23日、4年振り3作目のソロオリジナルアルバム『Boarding House Reach』を全世界同時発売。



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