伊藤靖朗の移動参加型演劇が描く、人工知能が人を越える未来とは

人工知能をモチーフに未来を描いた、移動参加型・シェイクスピア演劇

2010年代半ばから、「シンギュラリティ(技術的特異点)」という言葉がにわかに世間を賑わせている。シンギュラリティとは、テクノロジーが爆発的に向上し、人工知能が人間を凌駕する時代、それが2045年であるという説だ。

1997年、当時のチェスの世界王者ガルリ・カスパロフにIBM社の人工知能ディープ・ブルーが勝利し、にわかにAIが人間を超えるのではという話が現実味を帯び始めた。昨年には、アルファ碁というコンピューター囲碁プログラムが韓国のプロ棋士イ・セドルを破り話題になった。そんな世間を騒がせている人工知能に劇作家・伊藤靖朗は早くから関心を寄せ、日本人工知能学会のシンポジウムにも足を運んだという。

伊藤:技術者は技術のことを考えるけれど、いかに使われるかをもっと考えるべきだと思うんです。原子力だって、恩恵だけじゃなくて惨禍が降りかかった。もっと社会とオープンに対話していく必要があるのではないかと思います。

伊藤靖朗
伊藤靖朗

シンギュラリティがやがて訪れる未来と今の人工知能を取り巻く状況に着想を得て手掛けたのが、今回の『サファリング・ザ・ナイト』という作品だ。今作は、イギリスの劇場を持たない国立劇場ナショナル・シアター・ウェールズ(NTW)を参考に移動参加型劇場を導入し、ベースの物語はシェイクスピア喜劇『真夏の夜の夢』と、古典と現代が融合した作品となる。

伊藤:今、人工知能が人間の脅威になると考えている人と、いや推進すべきという人で大きく意見が分れていますよね。その状況をシェイクスピアの『真夏の夜の夢』に出てくる妖精と人間になぞらえて、両者が夜に出会う一夜の物語を作りました。劇場に2つの入口を作って、観客が劇場内を移動できるようにしています。観客が大きく2つに分断している中で一つの夜の出来事がノンストップで起こるんですが、その分断した反対側の立場を体験することを目的にしました。

『サファリング・ザ・ナイト』メインビジュアル
『サファリング・ザ・ナイト』メインビジュアル

この指摘は、古典を引用した現代批判でもある。トランプ大統領就任後の支持派と反対派の深い溝や、イギリスのEU離脱問題「Brexit」など、国外の分断されている世界状況を我々に想像させながらも一夜限りのエンターテイメントとして作品を作りあげた。

伊藤:移動参加型なので、椅子に座ってる場合じゃないぞ、という体験をしてもらいたい。人工知能が人間を追い抜いたら、人間は生態系の王座から転がり落ちる感覚も味わってもらいたいと思っています。

伊藤靖朗

観るものに問いかける「主体性」の意識、それは少年時代から続く伊藤の創作の原点だった。

そんな、今作『サファリング・ザ・ナイト』の脚本・演出を手がける伊藤は、幼少より母から演劇を通した教育を受け、『チャップリンの独裁者』(1940年)を物心つく前から鑑賞していたという早熟な子供だった。中学生の頃には、海外派遣事業で静岡市の代表としてカナダ・アルバータ州エドモントン市に滞在している。これが彼の人生を変えるきっかけとなったという。

伊藤:自分の国の外に出てホームステイをしてみて、バシャっと顔に水をかけられるような衝撃を受けたんです。学校で普通にお菓子を売っていたりとか、小学校から進路の選択をしていく学校のシステムだとか、自分で選択していく考え方にショックを受けたんですよ。日本の民主主義のあり方や、ものの見方と全く違うことに衝撃を受けたのが、創作の原点になっています。

伊藤靖朗

そこから彼は様々な演出助手の経験や、ラジオドラマの脚本、小説執筆など多岐に活動しながらも、表現者が互いの表現をぶつけあう場として舞台芸術集団・地下空港を結成する。

伊藤:旅をするように劇場に来てもらいたいんです。自分自身を明らかにせざるを得ない体験をもたらして、もう一度日常をとらえなおしてもらいたい。空港はドキドキとワクワクがありますよね。パスポートみたいな自分の証を持ってないと存在できないある意味危険な場所から出発して、揺らいでいる不安定な自分の心に潜る旅のような体験をする、というのが地下空港というカンパニーの名前の由来です。

地下空港公演 稽古風景
地下空港公演 稽古風景

『タガタリススムの、的、な。』(2015年)撮影:林裕介
『タガタリススムの、的、な。』(2015年)撮影:林裕介

幼いころから親しんでいた演劇の素養と、少年時代に経験したホームステイ先での衝撃を元に、伊藤はひたすら創作を続けている。近作の『赤い竜と土の旅人』では、時代は近代、とある海辺の町を舞台に、魔法の釜を使わないかと誘う旅人と、仕事もなく困窮している村人を描いている。手がける作品は寓話の体裁をとることで作品の広がりを持たせながら、社会的な問題の本質を捉え提示するものだ。

『赤い竜と土の旅人』(2016年)撮影:林裕介
『赤い竜と土の旅人』(2016年)撮影:林裕介

伊藤:いかに現代で主体性を持ちうるかを常に問いかけたいと思っています。この世界で起こる様々な事に本当に責任を持つことができるか。人工知能による未来も結局は自分たち次第という、究極的には主体性なんですよね。作品として大事なのは、そういった警句をぶつけていくことだと思います。

伊藤靖朗

イベント情報
ぴあ株式会社&舞台芸術集団 地下空港 共同公演
『SAFARING THE NIGHT / サファリング・ザ・ナイト』

2017年3月2日(木)~3月12日(日)全11公演
会場:東京都 本所吾妻橋 すみだパークスタジオ特設会場
原案・原作:ウィリアム・シェイクスピア
劇作・脚本・演出:伊藤靖朗
出演:
原嶋元久
庄野崎謙
山下聖菜
逢沢凛
野田孝之輔
竹岡常吉
荒木秀行
林貴子
鎹さやか
大塚由祈子
ほか
料金:オベロンゲート特典付プレミア券7,800円 タイタニアゲート特典付プレミア券7,800円 オベロンゲート通常券5,500円 タイタニアゲート通常券5,500円

プロフィール
伊藤靖朗 (いとう やすろう)

作・演出家。静岡県静岡市葵区出身。国際基督教大学教養学部社会科学科入学。1999年、舞台芸術集団『地下空港』を有志で結成。以後、全作品の作・演出を手がける。2014年、ウェールズ国立劇場日本人新進アーティスト招聘プログラム・Waleslab選抜に合格。渡英し現地にて新作『赤い竜と土の旅人』のためのリサーチ&ディベロップメント&発表を行う。2016年、CoRich舞台芸術まつり2016春『赤い竜と土の旅人』準グランプリ&制作賞受賞。2017年5月には再び渡英し共同脚本&俳優として演出家ブリジット・キーハン氏の新作『Project Hush』に参加予定。



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