ボン・イヴェール、10年の足跡の全て 分断と衝突の時代に捧ぐ歌

世界中の至るところで人種やジェンダー、宗教や政治的信念を巡って様々な対立が巻き起こった2010年代は、「分断と衝突の時代」だった。では、新たなディケイドの始まりとなる2020年は、どのような年となるのだろうか? アメリカは「トランプ政権の4年間」の是非が問われるエレクションイヤー。だが、目を向けるべきは遠い海の向こうだけではない。香港の騒乱はいまだ出口が見えず、ここ日本も隣国との緊張関係が高まるなど問題が山積している。アジア、そして日本でも「分断と衝突」の終わりは見えない。その一方で、気候変動といった世界中が連帯して向き合わなければならない問題も差し迫っている。果たして2020年代は「分断と衝突の時代」を超えて変化を呼び起こせるのだろうか?

このような重要なディケイドの始まりである2020年に、Bon Iverがアジア5か国を周るツアーを行い、2020年1月21日と22日に約4年ぶりの日本公演を開催することには大きな意義があるはずだ。

改めて言うまでもなく、ジャスティン・ヴァーノン率いるBon Iverは、ここ10年のUSインディーにおける最高到達点のひとつであり、あのカニエ・ウェストさえも触発した存在。詳しくは以下のテキストに譲りたいが、ジャスティン・ヴァーノンというひとりの男のパーソナルな傷心をひっそりと歌うことから始まったBon Iverは、「分断と衝突の時代」に対峙しながら、ジャンルやシーンの枠を超えて仲間の輪を広げていき、現代における新たなコミュニティーの在り方を模索している。今の時代にこそ、連帯と融和への祈りが込められた彼らの音楽を生で体験することの意義は大きい。

そこで我々は来たる来日公演に向け、ここ10年で彼らが残してきた4枚のアルバムと時代の変化を総括する記事を作ることにした。ジャスティン・ヴァーノン本人が、『For Emma, Forever Ago』(2007年)を「冬」のアルバム、『Bon Iver, Bon Iver』(2011年)を「春」のアルバム、『22, A Million』(2016年)を「夏」のアルバム、そして最新作『i,i』(2019年)を「秋」のアルバムと位置付けることにはどのような意味があるのか。その背景にはどのような時代性があり、音楽性の変化があるのか。ライターの木津毅に、4枚のアルバムを時代順に追いながら考察してもらった。

2008年、冬來ぬ。リーマンショックが世界経済を直撃した年に、そっと世界に届けられた『For Emma, Forever Ago』

Bon Iver『For Emma, Forever Ago』を聴く(Apple Musicはこちら

2007年、アメリカはインディーロックシーンにおける盛夏を迎えるようだった。Modest MouseやThe Shinsといったインディー出身のロックバンドたちが次々チャートを席巻するなか、Arcade Fireが『Neon Bible』をリリース。ブッシュ政権とイラク戦争の渦中にあって、閉塞感からエクソダスを試みるようなそのアルバムは時代を代表する一枚となった。

Arcade Fire『Neon Bible』を聴く(Apple Musicはこちら

一方で、ニューヨークのブルックリンではAnimal Collective、Black Dice、Dirty Projectors、Gang Gang Dance、TV On The Radio……といったバンドたちが旺盛な実験精神でユニークなサウンドを同時多発的に提示。いま思えば、それらは新しい時代への渇望の音だったのかもしれない。

しかしながら、そうした活況とまったく異なる場所でのちに重要作となるアルバム『For Emma, Forever Ago』を作っていた男がいた。彼の名はジャスティン・ヴァーノン。青春を分かち合った仲間たちと組んだバンドがダメになり、恋人と別れ、肺の病気に罹った彼はひとり、地元ウィスコンシンの雪に閉ざされた父親の山小屋でひっそりとフォークソングを録音する。

ジャスティン・ヴァーノン(Bon Iver)。『For Emma, Forever Ago』リリース時のアーティスト写真

少年合唱団と女性ゴスペルシンガーに影響されたファルセットによるコーラス。素朴な弾き語りでありながら、ポストロックやエレクトロニカ以降を意識した音響。フラジャイルなようで芯の通ったメロディー。どこかホーリーな響きをしたその歌たちは、身に刻まれた深い傷を両手で押さえるような不思議な温かさを宿していた。「いつか僕の痛みが、きみに跡を残すだろう」――弱さを隠さないということが、その歌たちにたしかな力を与えていた。

そして、ヴァーノンは自分の名前を名乗る代わりに、匿名性と抽象性の高いアーティスト名をつける。「Bon Hiver(良い冬)」をもじったBon Iver――それは、アメリカの田舎から慎ましく響いた無名の青年の声だった。

自主制作で2007年にリリースされたのち、インディーレーベル「Jagjaguwar」から2008年に正式リリースされたアルバムは高く評価され、年末のイヤーリストの上位を占めることとなる。奇しくもアメリカはリーマンショックを契機とする金融危機にあって、それまで信じられていた「豊かさ」が急速に価値を失っていた時期だ。名もなき男の傷心の歌……その強さと美しさは不安に覆われた時代だからこそ静かに広がり、大いなる喜びとともに迎えられることとなった。

2011年、新たな春。カニエ・ウェスト最高傑作への参加を経て、新たなコミュニティーの創出を目指した『Bon Iver, Bon Iver』

Bon Iver『Bon Iver, Bon Iver』を聴く(Apple Musicはこちら

1stアルバムの突然の成功と、それに伴うツアーで受けたたしかな評価。たったひとりで始まったBon Iverは、バンドの仲間を得たことで次第にその枠を拡大し、確立する時期を迎えようとしていた。The Nationalが編纂した当時のインディーロックシーンの集大成とも言えるコンピレーション『Dark Was The Night』(2009年)で重要なポジションを占めるなどUSインディーロックのネットワークとたしかに繋がる一方で、何より人々を驚かせたのはカニエ・ウェスト『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』(2010年)に参加するという離れ業だ。

『Dark Was The Night』を聴く(Apple Musicはこちら

カニエ・ウェスト『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』を聴く(Apple Musicはこちら

きっかけは『For Emma, Forever Ago』期の楽曲を収めたEP『Blood Bank』(2009年)のなかの1曲“Woods”が、カニエの興味を引いたことだ。オートチューンを駆使したアカペラを重ね、ひとりで多重コーラスをやってのけたその曲は新しいサウンドデザインによるゴスペルソングに他ならず、それが当時カニエがトライしていたことと共鳴したのだろう。

そうしたシーンの枠を飛び越えた活躍を包括したのが、当時から「春のアルバム」だと説明された本作『Bon Iver, Bon Iver』だ。

ただ、カニエからのフックアップのような華やかな脚光もあったものの、本作に直接的な影響を与えているのはヴァーノンがこの時期に参加していたバンド、Volcano Choirだと思われる。前身をPele(ヴァーノンの同郷ウィスコンシンのポストロックバンド。1990年代末からリリカルなアルバムをいくつか残している)とするCollections Of Colonies Of Beesとヴァーノンによって結成されたそのプロジェクトは言わば、フォークとゴスペルとドローンとエレクトロニカとポストロックといった各メンバーが持つバラバラの音楽的要素をバンドサウンドでどう融合させるかという試みだった。

Volcano Choir『Unmap』を聴く(Apple Musicはこちら

その発展形が『Bon Iver, Bon Iver』である。当時のツアーメンバーやミシガン出身のサックス奏者コリン・ステットソンといった地元中西部のミュージシャンを集め、ロックを基調としつつもカントリー、アンビエント、エレクトロニカ、果てはAORまでを横断していく。

ヴァーノンのファルセットコーラスを支えるために、ときに繊細に、ときにタフに姿を変えるバンドアンサンブル。エモーションの幅も広がった。それは前作のように「ひとり」では決して実現できないものであり、アメリカの片田舎に根差したコミュニティーの音楽であるということがBon Iverの確固たるコンセプトになっていく。

『Bon Iver, Bon Iver』リリース時のアーティスト写真

2016年、狂った夏。トランプ政権の誕生と共に局地的な衝突と分断が激化する時代に、穏やかな連帯の祈りを込めた『22, A Million』

Bon Iver『22, A Million』を聴く(Apple Musicはこちら

ヴァーノンはこのアルバム『22, A Million』における季節を「狂った夏」だと説明している。美しいフォークソングを自らズタズタにするようなインダストリアルビートと突如指しこまれるノイズ、過激なまでの声の変調。Bon Iver史上、そしておそらく彼が手がけた作品のなかでももっとも烈しくいびつな姿をしたアルバムである。リリースは2016年――再び時代は大きな曲がり角を迎えようとしていた。

『グラミー賞』受賞など前作がきっかけで得たメインストリームでの成功は、むしろヴァーノンに混乱をもたらすことになったのだろう。そんななか彼は自分のやって来た場所を振り返るように、あるいはこれから目指す場所をたしかめるようにして、前作から本作にたどり着いている。

『22, A Million』リリース時のアーティスト写真

とりわけ注目したいのが、地元ウィスコンシンでThe Nationalのアーロン・デスナーと主宰したフェスティバル『Eaux Claires』(2015年~)の存在だ。

そこではThe Nationalやスフィアン・スティーヴンス、WilcoといったUSインディーロックやフォークの仲間たちが出演しているのは当然のこと、チャンス・ザ・ラッパーやヴィンス・ステイプルズ、エリカ・バドゥ、ジェイムス・ブレイクといったジャンルを超えるミュージシャンが集められ、さらにはカントリー / フォークの伝説的シンガーであるジョン・プラインやソウルの異才Swamp Dogg、1930年代に盲学校で結成されたゴスペルグループのThe Five Blind Boys Of Alabama、さらにポール・サイモンも出演している。

メインストリームからアンダーグラウンドまでに至る、地域も世代も音楽性も超えたミュージシャンがアメリカの田舎に集まって、それぞれのユニークな音楽を鳴らすということ。音楽の豊かな歴史を現在と大胆に交錯させること。それこそがヴァーノンが抱く理想だったことがそこでたしかめられたのだ。

そしてその帰結として、『22, A Million』にはさらにたくさんの音楽が混ざり合い、ぶつけられることになった。アルバムはなかばランダムに挿入されたようなジャズセッションやドローン / アンビエント、エレクトロニックとオーガニックの複雑な混淆を経て、平穏なゴスペルソング“00000 Million”へとたどり着く。

ゴスペル――それは「人びと」が集まって生まれる祈りの音楽である。本作ではたくさんの断片化した音楽がかき集められているが、それはまるでアメリカという国でバラバラになったものを出会い直させるようだ。人種やジェンダーなど様々なアイデンティティーが対立し合い、分断したとされる2010年代なかば――そしてトランプ大統領が誕生した2016年、本作はだから、そうした分断を乗り越えるコミュニティーの音楽を目指した。プリズマイザーという新技術によって実現されたデジタルクワイアによる風変わりなゴスペルは、バラバラになった「人びと」をそれでも集めるための祈りだったのである。

2019年、人々が再び集う秋。「わたし」と「わたし」についてのアルバム『i, i』を携え、なぜBon Iverはアジアにやって来るのか?

Bon Iver『i, i』を聴く(Apple Musicはこちら

2010年代も終わろうとしているが、それでも対立は終わらない。トランプはメキシコとの国境の「壁」を諦めていない。そして、ヴァーノンは地元ウィスコンシンを離れ、国境が直に見えるテキサスへと向かった。そこに仲間たちが集められ、たくさんのアイデアとエモーションが交換され、『i, i』は生まれた。

『Eaux Claires』から発展させる形で、ヴァーノンは「PEOPLE」という名のアートコレクティブを結成している。「人びと」――それは、アメリカにおける民主主義というコンセプトの根幹に関わるアイデアである。民主主義とは単なる多数決のことではなく、様々な出自や意見を持つ人間たちがそれぞれの文化や豊かさを分け合い、共存できる場所を目指すことだ。Bon Iverはいま、それを象徴する音楽としてひとつの到達点を迎えた。

『i, i』には相変わらずたくさんの音楽がミックスされているが、『22, A Million』で見られた衝突や混乱は和らぎ、オーガニックな響きのもとでより細やかに洗練された音を聴かせている。そして「人びと」が……ゴスペルナンバー“U (Man Like)”のイントロでカントリー / フォークの大御所ブルース・ホーンズビーが清らかなピアノを弾けば、新世代のソウルシンガーであるモーゼス・サムニーが歌を引き継ぎ、女性コーラスとシェアされる。ジェイムス・ブレイクのような大物のゲストもいるが、もちろん、Bon Iver最初期からの仲間たちもいる。

また、“Naeem”のようなストレートに力強いロックナンバーが核を成しているのも『i, i』の大きな特徴だ。そこではヴァーノンの声はファルセットではなく、エフェクトもかけられず、丸裸でアンサンブルを先導していく。収穫の季節――そこでは、コミュニティーによって生まれる音楽が何よりも力強いものだと、彼がついに確信したように聴こえるのである。

『i, i』リリース時のアーティスト写真

Bon Iverは2020年というエレクションイヤーに向けて、そして新たなディケイドの始まりに向けてツアーを続けている。アメリカにとって正念場の年になるのは間違いない。ただ、彼らがいま鳴らす音は何も、アメリカだけに向けられたものではないはずだ……なぜならば様々なアイデンティティーや価値観を巡る分断は、現在世界中で発生していることだからだ。アジアは韓国、タイ、シンガポール、インドネシアと回り、そして日本にもやって来る。アジアの隣国たちとの対立が喧伝される現在の日本で、Bon Iverの理想はどんなふうに響くだろうか?

かつて山小屋でたったひとり孤独に向き合い歌っていた男はいま、数々の分断を乗り越えるための音楽を仲間たちと鳴らしている。『i, i』で見られるモチーフは気候変動や格差経済といった「わたしたち」みんなが直面する危機であり、それに立ち向かうためにこそ、「わたし」と「わたし」が出会い、重なり合い、ぶつかり合いながら調和しようとしている。美しく、力強い歌――それは10年前から変わっていない。だけどいま、Bon Iverの音楽はこんなにもしなやかに成熟した。それは対立を克服しようとする「人びと」に対する信頼が生み出したものであり、そのハーモニー、アンサンブルは、新しい時代をともに作っていく決意に満ちている。

イベント情報
『Bon Iver 来日公演』

2020年1月21日(火)、1月22日(水)
会場:東京都 お台場 Zepp Tokyo
料金:指定席9,600円 スタンディング8,600円(共にドリンク別)
※指定席はソールドアウト

プロフィール
Bon Iver
Bon Iver (ぼん いゔぇーる)

米ウィスコンシン州出身のシンガーソングライター=ジャスティン・ヴァーノンのソロプロジェクトとしてスタート。2011年に発表した2ndアルバム『Bon Iver, Bon Iver』が、全米チャート初登場第2位を皮切りに、世界各地で大ヒットを記録する。このアルバムは、『第54回グラミー賞』にて主要3部門を含む全4部門ノミネートされ、『最優秀新人賞』と『最優秀オルタナティヴミュージック・アルバム賞』を勝ち取った。2019年8月、4作目となるアルバム『i, i』をリリース。2020年1月には4年ぶりとなる来日公演を控える。



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