ジェネレーションZ、つまり「Z世代」についての定義に厳密なものはなく、Wikipediaには「2010年代から2020年代に掛けて社会に進出する世代」と記載がある。そしてそこには併せて「真のデジタルネイティブ世代としては最初の世代」という説明も添えられている。
マーケティング的にも、Z世代の価値観や消費行動をいかに把握するかが今後ますます重要視されると見込まれるわけだがそもそも文化的な傾向やムーブメントを「世代」という大きな言葉で語ることへの疑問は尽きない。しかし、と言うべきか、とはいえ、様々なことが複雑に作用し合うがゆえに容易には読み解き難い2020年におけるポップカルチャーの先端を言語化してみたいーーそんな欲求から企画に至ったが本稿である。
「Z世代と孤独」をテーマに、ビリー・アイリッシュをはじめとするアーティストの楽曲、ジェネレーションZという世代がシェアする文化的・時代的背景の関係性について、その当事者としてアメリカに暮らす竹田ダニエルに分析・執筆してもらった。
自らを「絶望の世代」と呼ぶZ世代がシェアする時代背景。そしてその代弁者であり、象徴的な存在である、ビリー・アイリッシュ
Z世代当事者たちは、たびたび自虐と皮肉を込めて自分たちのことを「絶望の世代」や「最後の世代」と呼ぶ。「Z世代」とは1990年代半ばから2010年前後の間に生まれ、テロ、学校での銃乱射事件、大不況などの事件や環境問題による影響を大きく受けた世代を指すとされる。これらの暗い出来事は、Z世代に「不安」や「憂鬱」を与えたと同時に、「世界を変えるための責任感」を与えたことも確かである。
また、テクノロジーの進化とともに育ったZ世代の音楽消費行動は、それ以前の世代と比べて全く新しいものへと変化している。インターネットの誕生、そして発展とともに幼少期を過ごし成長してきたZ世代にとって、音楽との出会いも同様に変化し続けた。YouTubeから配信サービスが誕生する移行期もリアルタイムで体験している彼らにとって、音楽とはジャンルで区切られるものではなく、「バイブス」や音像をもとに、気分に合わせて聴くものなのだ。
同時に、ストリーミングの爆発的普及とともに、ジャンルや国籍を超えた「ムード系プレイリスト」が重要性を持つようになり、アーティストは必ずしも自身の音楽をひとつのジャンルに集約させる必要がなくなった。独自性を打ち出したうえで多様なジャンルから影響を受けた音楽が当たり前となり、近年、生まれてくる音楽を取り巻く状況、あるいはそのあり方自体も日々めまぐるしく変化している。
7月30日にリリースされたビリーアイリッシュの新曲“my future”は、落ち着いた哀愁が漂うサウンドでありながら曲の途中でスピード感を増し、歌詞では<私は自分の将来に恋をしている、将来の自分に会うのが楽しみで仕方がない。恋をしているけど、他の誰とでもない。ただ自分のことを知りたいだけなんだ(筆者訳)>と、自分の将来の希望を未来へ託している。
新曲“my future”のリリース日にファンたちへ送ったメールで、ビリー・アイリッシュはこのように綴った。
ビリー・アイリッシュがファンに送ったメールより(筆者訳)今、未来は不確実でクレイジーに感じられるけど、今こそ力を合わせて努力をするべきだし、そうすれば未来に向けて希望や楽しみを抱くことができる。未来は私たちのものだということを自分自身に言い聞かせ続けなければならないし、世界中の人々のために、そして世界そのもののために、それをよりよいものにするために、私たちができることをすべてやっていきたいとみんなが思っていることを、私は知ってる。
私たちの周りで何が起こっているのか、自分自身を教育し、常に学ぶ姿勢を持ち、前を向き続ける必要がある。正義のために戦い続ける必要がある。投票する必要がある。地球を大切にする必要がある。すべての黒人の命のために戦う必要がある。そして、私たちはただ、人として向上する必要がある。今の状況を変えるのは私たち次第。私たちのためだけでなく、将来の世代のために。安全でいて。健康でいて。マスクをして。水を飲んで。希望を持って。
この文章には、同世代のリスナーにとって到底手に届かない憧れのセレブスターではなく、イケてる価値観の友達のような感覚であるビリー・アイリッシュだからこその説得力があり、親友から送られた手紙のような親密ささえ感じられる。これはSNSが生活の大きな、そしてもっともリアルな部分を占めているZ世代だからこそ重要なポイントで、彼らにとってはテレビやラジオなどの「権威」によって作られたポップスターよりも、SNSのなかで出会った「共有できる価値観」のアーティストを友達感覚として応援するほうがよほど自然なのである。
これからの不安定な未来を背負うのは「Z世代」だ。そしてビリー・アイリッシュはそんな彼らの代弁者であり、象徴的な存在なのである。
Z世代にとって「個性」「自分らしさ」が何よりも大事である理由。その背景にある、ティーンカルチャーにおける価値観の転換
ビリー・アイリッシュやコナン・グレイなどに代表される、オルタナティブで新種のポップミュージックは、明確に音楽的なジャンル区分をし難いものの、サウンドが実験的で、歌われるテーマには鬱や孤独などのダークなものが多いなど共通点がある。そしてその音楽は、恋愛至上主義を前提とした従来のメインストリームのポップスの大多数とは大きく異なる。
その背景にあるZ世代の価値観について。『glee/グリー』(2009年5月から2015年3月にかけて放送されたアメリカのテレビドラマシリーズ)や『ハイスクール・ミュージカル』(2006年にアメリカで放送された映画、監督はケニー・オルテガ)などの作品を見てわかるように、これまでのアメリカのティーンカルチャーには「クールであるためにはこうでなければならない」というステレオタイプの幻想が根強く存在していたが、その「クールキッド」像はメディアの多様性によって崩れ去った。自分らしく自信を持って個性を示せることこそがもっとも「かっこいいもの」と化したのだ。
こういったティーンカルチャーにおける価値観の転換は、「共感できること」が人気を得るための最大のポイントである、インフルエンサーや同世代のYouTubeスターなどの、「自分らしさ」を肯定する言動からも影響を受けている。この「自分らしさ」に重要なのは、演技が垣間見える「フェイク」なポジティブさやトレンドに乗ったものではなく、赤裸々に孤独や悲しみについて語り合える友人のように、寄り添ってくれる親近感なのである。
それでは、様々なアーティストが体現するZ世代的な価値観について、具体的な例を挙げてみていきたい。
コナン・グレイの場合ーー恋愛至上主義に対する違和感を叫ぶ
たとえば、アイルランド人の父親と日本人の母親を持つアメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ出身のシンガーソングライター、コナン・グレイには恋愛至上主義に対する違和感が表現された楽曲がある。
コナン・グレイ“Crush Culture”より(筆者訳)(リリック)
And no I don't want your sympathy, all this love is suffocating
Just let me be sad and lonely 'cause
Crush culture makes me wanna spill my guts out(歌詞和訳)
あなたの共感が欲しいわけじゃない、僕にはこの恋愛が重すぎる
勝手に一人で悲しませてくれよ
だって恋愛至上主義文化には吐き気がする
現代のポップカルチャーを通じて当たり前のように押し付けられる恋愛至上主義的な価値観に違和感を感じるコナンが、その非現実的なロマン像を受け付けられないことを叫ぶアンチ恋愛アンセム。この楽曲からは、「周りの人たちとはわかり合えない」という孤独を出発点に、「理解されない自分」をリスナーと分かち合おうとしていることが読み取れる。
こういったオルタナティブな価値観を打ち出した楽曲がメインストリームの音楽と同じくらいの規模で支持されるまでに至った主な理由は、インターネットによって、誰もが同じカルチャーを消費する必要がなくなったことにある。
SNSは「個性」を発揮することがもっとも「いいね」を集めたり、フォロワーを集めることに直結し、誰かの真似をしていることが如実にわかってしまう世界でもあり、その傾向は友人関係においても如実に反映される。その結果、「同世代の他の子たちのことが理解できない」とSNSで嘆く「自称エッジーなZ世代」は、もはやミーム化されるほどの社会現象ともなっている。
ビリー・アイリッシュの場合――抗不安薬・ザナックスを必要とする若者たちと自分自身に眼差しを向ける
ビリー・アイリッシュ“xanny”より(筆者訳)(リリック)
What is it about them?
I must be missing something
They just keep doing nothing
Too intoxicated to be scared
(中略)
I don't need a Xanny to feel better(和訳)
魅力は一体何?
きっと私が何か見落としてるだけなはず
彼らは何もしないでぼーっとしてるだけ
ヤク漬けになりすぎて恐怖さえ感じない
いい気分になるために、私はザナックスなんていらない
アメリカのポップカルチャーは、社会に蔓延しているドラッグの種類や乱用のされ方によって常に大きな影響を受けている。特に近年ではマリファナが合法化されたり、処方箋型の抗不安薬であるザナックスが未成年でも手に入りやすくなったことにより、そのようなドラッグを使用することが多くの若者にとって日常の一部になっている。オピオイド系鎮痛薬やベンゾジアゼピン系の抗不安薬は依存性も高く、感覚を麻痺させるような副作用があるため、21歳でこの世を去ったラッパーLil Peepなどをはじめ、それらの乱用によって命を落とす人も少なくない。
“xanny”はまさに、薬物を若者が乱用する虚しさを批判し、同時にドラッグの魅力を理解できず、関わりたくないと思う自身の違和感にも強く目を向けている。「いい気分になるためにクスリなんていらない」と断言しておきながらも、「何が魅力なの? 私が何か理解していないだけなのかも」、このドラッグカルチャーを楽しめない自分がおかしいのか? という自分に対する疑問も抱いているのだ。
Lauvの場合――テクノロジーによって変化した、友情、愛情、孤独のかたちを歌う
Lauv『~how i'm feeling~』を聴く(Apple Musicはこちら) / 本作には、“fuck, i'm lonely”“Drugs & The Internet”“Sad Forever”“Modern Loneliness”“i'm so tired…”といった楽曲が並んでいる
Lauv自身は1994年生まれのミレニアル世代だが、その曲では、メインのテーマとして鬱やドラッグ、インターネット、メンタルヘルス、友情関係や恋愛関係の問題が扱われる。シンプルなトラックの上でキャッチーなメロディに乗せるのは、恋の相手への愛しい気持ちや恋愛の思い出だけではなく、自分の感情と向き合い、生きるうえで日々感じる辛さを痛いほど生々しく表現した言葉たちだ。そのような曲を集めたアルバムが今年の3月にリリースされたが、そのタイトルが『~how i'm feeling~』つまり「僕の今の気持ち」であることが全てを物語っている。
Lauv“Modern Loneliness”より(筆者訳)(リリック)
Modern loneliness
We're never alone, but always depressed, yeah(和訳)
現代的な寂しさ
1人でいることは決してないのに、いつも鬱なんだ
Lauv“Sad Forever”より(筆者訳)(リリック)
I don't want to be sad forever
I don't want to be sad no more(和訳)
永遠に悲しいままなんて嫌だ
これ以上悲しむなんて嫌だ
彼の曲を通して、多くのZ世代リスナーが高いレベルで共感をしているのは、テクノロジーによって友情や恋愛のあり方が変化している社会現象を如実に反映しているからだ。実際、インディーの新星というステータスから、BTSとのコラボなどに結びつくまでの爆発的な支持を得ている。
ジェレミー・ザッカーの場合ーー誰もが鬱病になる可能性を持った時代で、暗く沈んだ気分そのものに繋がりを見出す
ジェレミー・ザッカー“all the kids are depressed”より(筆者訳)(リリック)
'Cause all the kids are depressed
Nothing ever makes sense
I'm not feeling alright
Staying up 'til sunrise
And hoping shit is okay
Pretending we know things
I don't know what happened
My natural reaction is that we're scared
So I guess we're scared(和訳)
若い子はみんな鬱になってる
世の中は基本意味不明
僕は大丈夫じゃないよ
朝日が出るまで起きて
なんとかなることを祈ってる
知ったかぶりしながら
本当は何が起きてるのか全くわからない
僕たちは怖いんだと思う
きっと怖いんだと思う
ジェレミー・ザッカー“all the kids are depressed”は、子どもや若者たちの鬱やメンタルヘルスについて言及し、同世代がどのような苦しみを感じているのかをリアルに取り上げている。鬱病が蔓延する時代に生きる若い世代に注目を向けることで、悩んでいる人たちの存在を認め、社会問題の一つとして提起した。
また、このミュージックビデオのコメント欄では、「私たちの世代は、自分も死にたいと思うほど辛くても、他に死にたいと思ってる子たちに手を差し伸べて、支え合うような人たちがいっぱいいる(筆者訳)」などと、他のリスナーに向けて優しい言葉を書き込んだり、メンタルヘルスを大切にするよう呼びかけたり、自身の精神的辛さを吐露しているコメントが何万件も書き込まれている。ジェレミーの音楽を通して自分の感情を肯定し、同じような気持ちになっている人たちとの「繋がり」を見出し、安心感を得ているのである。
BENEEの場合――「片思いの悲しさ」「自己肯定感の低さ」などを、カジュアルかつファッショナブルに歌う
ここまで書いてきたように、「Basic(量産型)」と呼ばれるような、無個性でただトレンドに乗っているだけの人は、リアルな学校社会でもネット社会においても目立ちにくく、魅力も薄い。絶望的でダサい「Basic」から脱却するために、音楽を含めた様々な趣味を開拓することは一つの手段だ。
個性的で、共感できるくらい親近感が抱ける人間性を持ち、かつどこか「真似したい」と思うようなクールさやエッジーさを持ち合わせたスターが誕生する背景には、そういった何か一つのことを「開拓する」という行為があると言える。それはTikTokを事例に見るとわかりやすいだろう。
TikTokのダンス動画に使用されている音楽も、どこか「異質さ」や「矛盾」を持った曲が多く、曖昧さや意外性から生まれる個性がある。それこそがZ世代にとっての魅力なのだ。
BENEE “Supalonely”より(筆者訳)(リリック)
I know I fucked up, I'm just a loser
Shouldn't be with ya, guess I'm a quitter
While you're out there drinkin', I'm just here thinkin'
(中略)
I've been lonely, mmh, ah, yeah(和訳)
失敗したの知ってるよ、どうせ私は負け犬
あなたと一緒にいるべきじゃないよね、飽き性なのかも
君が飲みに行ってる間、私はここで悶々としてるだけ
私ずっと寂しかったの
TikTokをきっかけに「バズった」楽曲は数多く存在するが、なかでも記憶に新しいのは今年2月にZoi Lermaが最初に投稿したダンス動画、1000万以上のダンス動画を生み出したBENEEの”Supalonely”。エッジーでオシャレなティーンに支持されるような曲によくある「片思いの悲しさ」をテーマに、「自己肯定感の低さ」についても語っている。
その暗い歌詞の世界観とは裏腹に、トラックとプロダクションは燦々と降り注ぐ太陽を浴びたようなファンキーで明るいサウンドであり、その対比とポップさがTikTok発で大きなバズを巻き起こした要因のひとつと考えられる。
Z世代が抱える孤独のジレンマ。最も繋がっているのに孤独な彼らが渇望するもの
スマホ依存症が社会問題として問題視されるほど、Z世代の若者にとってはスマホのなかの世界こそが「世界」そのものなのである。オンラインで過ごす時間が長いほど、実際にフィジカルに家族や友人、または恋人と過ごす時間は少なくなってしまう。
Z世代にとっては、相手の表情が読めず、関係性も曖昧なオンライン上での会話に気を遣い、それと同時平行にSNSで錯綜する情報をもとにコミュニケーションを行うのが当たり前になっている。そういった状況では、自分が話題に乗り遅れているのではないか、仲間外れにされているのではないかという、リアルの世界でもありがちな人間関係上の不安=FOMO(Fear Of Missing Out)が増幅されてしまう。オンラインではいつでも誰とでも好きに繋がれるのにも関わらず「繋がれないことへの恐怖」が常に共存するのである。
そうしたコミュニケーション面のことと併せて、2010年代中旬までは主流だった恋愛至上主義ポップスやいわゆる「クールキッド」像の崩壊とともに、自身の悲しみや孤独に目を向け、その感情を音楽に落とし込むことで共感を得るような世界観の音楽性が新しいスタンダードとなった。これは音楽の聴かれ方の変化、社会の変化とともに、The 1975やLordeなど、痛みを赤裸々に表現する「エモ」の要素をオルタナティブなポップミュージックに取り入れて、メインストリームへと昇華させたアーティストの功績が大きい。
このようにミュージシャンに扱われている題材はその世代の価値観や精神状態を強く反映させるものであり、同時にネットカルチャーや社会問題、国勢、そして音楽に影響を与える。社会と音楽の繋ぎ目を再認識することには、「支持される音楽」の本質を理解するためのヒントが隠されている。ビリー・アイリッシュらが同世代であるZ世代の若者から支持を得ているのは、スマホ依存などによって「最も繋がっているのに孤独な世代」と呼ばれている彼らの心を代弁し、インターネットを介して繋がりの感覚や安心を与えているからなのだ。
『第62回グラミー賞』における「年間最優秀アルバム」受賞はじめ、数々の「史上最年少記録」を塗り替えたビリー・アイリッシュ『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』を聴く(Apple Musicはこちら)
- リリース情報
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- ビリー・アイリッシュ
『my future』 -
2020年7月30日(木)配信
- コナン・グレイ
『Kid Krow』 -
2020年3月20日(金)配信
- ジェレミー・ザッカー
『supercuts』 -
2020年7月24日(金)配信
- ビリー・アイリッシュ
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