「いま」を映すUSポップカルチャー

テイラー・スウィフト『folklore』 異色な新作が「伝承」するもの

コロナ禍の隔離生活中に制作。ソングライターとして自身に向けられつづけた「懐疑の目」を一掃してみせた『folklore』

「先はまだまだ長い だって私たちは老けた女性アーティストが捨てられる世界で生きてる」「もうすぐ30歳になるし 諦めたくない 世間が私を成功者だと見てくれているうちにね」(映画『ミス・アメリカーナ』より)

この言葉が、2018年ごろテイラー・スウィフトから発せられたのだから驚きだ。彼女がおさめた成功は説明不要だろう。2010年代アメリカでもっとも売れた米国人アーティストであることはほぼ間違いないし、多くのアワードトロフィーも手にしてきた。それにもかかわらず、女性であるがゆえに「30歳になる今が最後のチャンス」と断言したのだ。

『ミス・アメリカーナ』での発言はおもに政治観を公表する決意にまつわるものだったが、テイラー・スウィフトは、性別によって過小評価される問題も幾度となく語ってきた。たとえば、2019年の『ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック・アワード』にてウーマン・オブ・ザ・ディケイド部門を獲得した際のスピーチでは、成功した女性アーティストは常に「懐疑の目」を向けられるとして、音楽業界の性差別を批判している。交際したセレブリティの恋人にまつわる感情も描く自叙伝的ソングライトによってゴシップメディアも騒がせてきた彼女が、このスピーチに登場する「彼女が成功したのは男性プロデューサーやレコード会社の戦略のおかげ」といった声を浴びせられつづけたことは想像に難くない。

2020年1月にNetflixで配信されたテイラー・スウィフトのドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』予告編

そんな「懐疑の目」をはねのけながら成功を手にしたテイラー・スウィフトは、冒頭の発言をなぞるかのように、30歳となった2020年、大きなキャリアシフトを行ってみせた。自主隔離中に創作した8thアルバム『folklore』をサプライズリリースし、キャリア史上最高と言えるメディア評価を獲得してみせたのだ。

The Nationalのアーロン・デスナーと盟友ジャック・アントノフを制作陣に、Bon Iverのジャスティン・バーノンをコラボレーターに迎えた今作は、インディロックに接近するアコースティックなサウンドに寄っており、ポップスターの常道とされる「キャッチーなポップサウンド」から離れたものだった。インディ的な音もつくれることは2011年の楽曲“Safe & Sound feat.The Civil Wars”時点で証明済みだったものの、アルバム丸ごと突き通したインパクトは大きい。何より、『The Rolling Stone』のロブ・シェフィールドによる惜しみなき賛辞にあるように、作家としての成熟と新境地と示すクリエーションが渦巻いていた。「テイラーのこうしたアルバムを夢見てきた人々は存在してきたが、そのうちの誰も、これほどまで偉大な作品になるとは夢にも思わなかっただろう。彼女の最高傑作だ」。米国音楽史が誇る伝説的な男性シンガーソングライター、ブルース・スプリングスティーンと彼女を比較する評論まで出てきている。『folklore』は、そのインパクトをもって「ソングライターとしてのテイラー・スウィフト」に寄せられる「懐疑の目」を一掃してみせたのだ。

テイラー・スウィフト

これまでの自叙伝的アプローチとは異なる、多様なキャラクターの目線に立つ歌詞。実在の女性の物語と自身をリンクさせた曲も

自主隔離下、本人いわく「想像力の暴走」によって制作された『folklore』が「新境地」と捉えられた一因には、これまでの自叙伝的アプローチとは打って変わった、さまざまなキャラクターの目線に立つリリックがある。従軍する自身の祖父から恋する青年までよりどりみどりだが、わかりやすい例は、実在した故人を描く“the last great american dynasty”だろう。本曲の主人公レベッカ・ハークネスは、1915年アメリカに生まれ、離婚歴がありながら大富豪の男性と結婚したことで物議を醸した女性である。

ただ、『folklore』の詞の面白さは、やはりテイラー・スウィフトという作家から生まれたところにある。“the last great american dynasty”にしても、テイラー自身の存在が見て取れる。曲中に登場するロードアイランドの「ホリデーハウス」とは、かつてレベッカが住んだ家で、現在の所有主はテイラーその人だ。引っ越した際に近隣住民から反発を受けたこと、「男とつき合っては別れるふしだらな女」と非難されてきたことなど、2人が重なるトピックは複数指摘されている。さらに、レベッカを通して示された「バッシングをものともせず闊歩していく女性像」というのは、テイラーが長らく表現してきたイメージと言える。

テイラー・スウィフト“the last great american dynasty”リリックビデオ

語り継がれ、ときに歌い継がれる「フォークロア」が生み出す「音楽の受容」の循環のかたち

これまでのキャリアを振り返ってみると、空想のなかで現実の書き手を感じさせる『folklore』こそ、テイラー・スウィフトが掲げる音楽観の究極と言えるかもしれない。いわく、このアルバムは、古びたカーディガンや輝くミラーボールなど、隔離生活中に浮かんだ「イメージ」から生まれていったという。こうした創作姿勢は、今に始まったことではない。2019年、『ELLE UK』にテイラーが寄せたコラムでは「名著のようなソングライト」について語られている。

「私が最も愛する文章は、読み手を惹き込むもの。(そこで描かれた)物語に、部屋に、雨に濡れたキスに。空気のにおいを察知できて、音を感じられて、登場人物と同じように心臓を脈打たせるもの。F・スコット・フィッツジェラルドが得意としてきたことです。彼がゴージャスなシーンに織り込んだ豊穣でエモーショナルな啓示は、読者を現実の人生から少しの間エスケープさせる」

このコラムでは、セーターの色や空気の温度といった、パーソナルな記憶を喚起させるディティールを出来る限りキャッチーなメロディに詰め込むこと、それこそがポップミュージックの挑戦である、と説かれている。ともなれば、自主隔離生活のなか「出来る限りキャッチーなメロディ」をつくる義務感から解放されて紡がれたアルバムこそ、豊穣な啓示に満ち溢れる『folklore』なのかもしれない。

テイラー・スウィフト“cardigan“PV

加えて、同コラムで提示された「音楽の受容」に関する言葉も興味深い。リスナーが音楽からアーティストの物語を見出し、それを自らの記憶と結びつける(つまりは共振する)ことで、困難な人生に立ち向かう希望や勇気を授かっていく……テイラー・スウィフトが理想とするこのサイクルが蓄積されていくと、一体なにが生まれるのだろう。それは「民間伝承」「フォークロア」と呼ばれるものではないだろうか。そう冠されたアルバムについて、彼女はこのような言葉を記している

「フォークロア(民間伝承)となる物語は、語り継がれ、ささやかれるように広まっていくもの。ときに、歌い継がれることもある。空想と現実のあいだに引かれた線、真実と虚構を隔てる境界線は失われていく。憶測が、長い時を経て、事実とされてゆく。神話や怪談、寓話。おとぎ話やたとえ話。ゴシップや伝説。誰かの秘密が空に描かれて、誰もが眺められるようになる」

複数のキャラクターを配して豊穣なディティールを織り込んでいく『folklore』は、これまでの自叙伝的な楽曲以上に空想と現実が混じり合う受容、その循環を生み出していくのではないか。だからこそ、結びの言葉はリスナーに贈られるのだ。

「今、この音楽が伝承されていくかどうかは、あなたにかかっている」

先駆者The Chicksも14年ぶりの新アルバム。テイラーが受け取ったバトン

『folklore』がリリースされた2020年は、奇遇にも、テイラー・スウィフト自身による「民間伝承」が花開く年であったかもしれない。彼女に大きな影響を与え続けてきたThe Chicks(旧名Dixie Chicks)が14年ぶりの新アルバム『Gaslighter』をリリースしたのだ。テイラーが生まれた1989年に結成されたこのバンドは、まさしく、彼女に道を拓いた先人と言える。「女性はサラダのトマト(男性アクトのつけあわせ)」と語られるカントリージャンルに身を置きながら、女性同士の団結を誇り、ときに「過激すぎる」と非難されるような怒りを描いていったThe Chicksは、アメリカ史上もっとも高い売上記録を保有する女性バンドだ。

The Chicks。彼女たちは2020年6月に「Black Lives Matter」運動に呼応して、南部連合国および奴隷制度への肯定を内包するとも考えられる呼称「Dixie」をバンド名から外し、「The Chicks」と改名した
The Chicks『Gaslighter』を聴く(Apple Musicはこちら

しかしながら、2003年、当時の共和党・ブッシュ大統領を批判したことで大きな反発を受け、保守的なカントリー業界から実質的に追放される苦境も経験してきた。じつは、『Gaslighter』のリリースに際して行われた『Billboard』のインタビューで、厳しい状況に追い込まれつづけたメンバーのマーティ・マグワイアを救ったのは、ほかでもないテイラー・スウィフトだったと明かされている。テイラーは『ミス・アメリカーナ』のなかで政治的発言をすることについて「Dixie Chicksのようになるな」と周囲から忠告されていたと述べている。そんな彼女がThe Chicksからの影響を公言し続けていることについて訊かれたマーティはこう答えた。

「子どもたちと一緒に、ニュージャージー州で行われたテイラーのコンサートに行ったことがある。今では15歳の子どもが、4、5歳くらいのとき。そこで、テイラーは私たちの曲“Cowboy, Take Me Away”がカントリー音楽を始めるきっかけだった、と語り始めて。その時、私は40歳で、下り坂にいるように感じていた。『今後、私たちにキャリアってあるの?』と。そしたら、そこにいるみんなが“Cowboy, Take Me Away”を歌い始めた。コーラスだけじゃなく、ヴァースまで。だから、私は、泣いてしまって……多分、あれが人生において最も素晴らしい瞬間。私たちは次の世代にバトンを渡せたんだ、そう思えた」

The Chicks“Cowboy, Take Me Away”。1999年の楽曲

「フォークロア」と銘打たれたアルバムをリスナーに捧げたテイラー・スウィフト自身もまた、愛する作品を「伝承」していく音楽ファンそのものなのだ。彼女にとって、The Chicksの“Cowboy, Take Me Away”は、12歳のころの自分に戻してくれる歌だという。しかしながら、このアンセムのヴァースは、音楽愛とそのクリエイティビティによってさまざまな障壁を破壊してみせる現在のテイラーにもぴったり当てはまる。<言ったでしょ / この大地に触れて、この手で壊してしまいたい / そして、もっとワイルドで手に負えないものにしていくの / 私はそんな世界が好き>

テイラー・スウィフト『folklore』を聴く(Apple Musicはこちら

リリース情報
テイラー・スウィフト
『folklore』

2020年7月24日(金)配信

1. the 1
2. cardigan
3. the last great american dynasty
4. exile (feat. bon iver)
5. my tears ricochet
6. mirrorball
7. seven
8. august
9. this is me trying
10. illicit affairs
11. invisible string
12. mad woman
13. epiphany
14. betty
15. peace
16. hoax
17. the lake



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