『この人に、この人生あり!』

『この人に、この人生あり!』 第2回:新たな「街写真」の探訪者 本城直季(写真家)

『この人に、この人生あり!』 第2回:新たな「街写真」の探訪者 本城直季(写真家)

リアルかアンリアルか? 「本城写真」が始まったきっかけ

本城さんと言えばこの写真、といえるのが「small planet」シリーズ。緑のターフがまぶしい競馬場も、高層ビルが立ち並ぶ大都会も、夏休みで賑わう「まわるプール」も、すべてが良くできたミニチュア玩具のように写っています。見慣れた景色に新鮮な魅力を吹き込むこれらの写真は、どのように生まれたのでしょう?

本城直季さんの作品

本城:あるときから、レンズとフィルムの間に大きな蛇腹が付いた4×5インチの大判カメラを使えるようになったのがきっかけです。この蛇腹をいじりながら、どんな写真が撮れるのだろう? といろいろ試してみました。撮影手法としては「アオリ」と呼ばれるもので、これでピントの合う範囲を意図的に変化させることなどを試していました。写真集でそういう試みを見たこともあり、自分にも何か面白いことができないかと思ったんです。やがてそうやって試行錯誤していた写真の1枚に、自分でもびっくりするくらい、ジオラマ的な「つくられた街」が写っていて。そこからいまの形ができていきました。

そして、今回の個展で展示されるもうひとつのシリーズ「LIGHT HOUSE」。これは俯瞰視点の「small planet」とは対照的に、夜の街を歩行者目線で撮影したものです。でもこれも、よく観るとどこか不思議。窓灯りひとつが灯る個人住宅、垣根の上で真っ赤に咲く一輪の椿、暗がりに浮かび上がる安アパートの鉄階段。街頭のごくふつうの住宅街のはずが、どこか妖しく、心がざわめくような、非日常的な写真の数々が並びます。

本城直季さんの作品

本城:子どものころって日が暮れてからは外出しないけれど、中学生くらいでそういう経験もするようになりますよね。僕もその時期から、夜遅くまでやっている本屋やコンビニに出かけることがありました。その途中で電灯に照らされた家並みが、まるでテレビや映画のセットみたいに見えて、その中に入ってしまったような気になったんです。「LIGHT HOUSE」はその経験がもとになっています。後に大学生になって中野駅前の街並みを見たとき、その感覚を思い出して撮り始めたのがこのシリーズです。

実はやはり中学生のころ、本城さんはお母さんが病気で亡くなるという哀しい体験をしています。その出来事と、夜の街へ出かけるようになったことの関係を聞くと「どうでしょうね」と微笑むのみでしたが、少年期の自らの感受性を、カメラという表現手段を得て作品にしたのが「LIGHT HOUSE」と言えるでしょうか。そしてどちらのシリーズにも、見慣れた景色の眺め方を変えてくれる本城さんの「街への眼差し」があります。

本城:目の前の世界がリアルかアンリアルかというのは、現実の中にいる間はふつう考えもしないことだと思います。でも、自分がふだん住んでいる街、その存在を当たり前に感じている街も、実はジオラマ模型と同じように、人々の手によって作られて、生まれている。そうしたことを感じとってもらえたら嬉しいです。今回の個展では、同じ千葉・浦安市の住宅街を写した「small planet」と「LIGHT HOUSE」が並んだりもしています。「small planet」で僕を知ってくれた人が多いとは思うのですが、今回「LIGHT HOUSE」も一緒に展示できるのは、僕にとって大きなことなんです。

ブレイクスルーとなった初写真集と北欧の旅

よく知られる「small planet」が学生時代から始まっていたと聞くと、本城さんのキャリアは早くから順風満帆だったのかと想像しますが、けしてそうでもなかったそうです。

本城直季

本城:「small planet」も、きっかけとなった1枚以降、すぐまた同じように撮れたわけではなくて。こういうふうに見える・撮れる要素が何なのか夢中で繰り返し実験するなかで、俯瞰するアングルだとその効果が出やすいことなどがわかりました。それに気づいたのも、街を歩き回って撮影するなかで、全体像が見える展望台に登ってみたのがきっかけでした。いっぽう「LIGHT HOUSE」は当初ぜんぜん評価されず、兄や友達、周囲のみんなにもつまらないと言われて(苦笑)。「これでいいんだよ」と言い返しながら続けてきました。

本気スイッチが入るのが遅かったこともあってか、卒業後は「まだ勉強が足りない」と同校大学院のメディアアート専攻に進み、自分自身の写真表現を探り続けます。大学院卒業後もバイトをしながらの写真家生活。フォトグラファーとしての仕事は全然ない時期もあったそうです。また、高い場所や暗がりの住宅街で撮影するのは「それなりに大変ですし、たまに不審者に間違われることも(笑)」とのことですが、本城さんは地道に制作と発表を続けました。

やがて、転機が訪れます。それは2004年、東京の駐日スウェーデン大使館が行うデザインイベント『Swedish Style』からの依頼。優れた家具やデザインを日本に紹介するこの企画のために、本城さんにスウェーデンで撮影をしてほしい、というものでした。

本城直季

本城:ストックホルムを訪れ、「small planet」を撮りました。現地の方が付き添ってくれたのですが、僕の撮影にぴったりの高台を見つけるのは地元の人でも難しいようで(苦笑)。結局いつも通り、ひとりで街を歩き回り、ここだという場所を撮りました。その後に東京で開催された『Swedish Style』では、この写真がポスターやランチョンマットにもなって、すごく嬉しかったです。さらに、取材にきたメディア関係者と知り合ったことで、その後に撮影の依頼がくるなど世界が広がっていきました。

活躍の場が開けるなか、2006年には初の写真集、その名も『small planet』が刊行されます。これが評価されて木村伊兵衛写真賞を獲得したこと、またその後の活躍は読者のみなさんもご存知かもしれません。展覧会はもちろん、全日空の機内誌『翼の王国』での連載、ポール・スミスに依頼されてのロンドン撮影、また、栗コーダーカルテットのCDジャケットや、横浜銀行の連作ポスターを手がけるなど、ジャンルを超えて本城ワールドは人々を魅了しています。宝塚のステージをやはりミニチュアのように撮影した作品集『トレジャーボックス』では、そのきらびやかな世界が魔法のオルゴールのように輝いています。

small planet

ライバルは? との質問には「ライバルとは少し違うけれど、大学で一緒に写真を学んだ仲間の存在は大きいです」との答え。在学中は級友が写真コンテストに応募したのを偶然知り、「アイツもそんな行動を起こしてるのか」と触発されたり、独り立ちした後も、何げない会話に仲間たちのプロ意識を感じて刺激されるそうです。成長したいまも学友3人とシェアするアトリエ「4×5」(シノゴ)は、お互いを高め合う場でもあるのでしょう。

でも、一番大事な「何を表現したいのか?」の答えは、やはり自分の中にしかありません。

本城:自分の写真の撮りかたを考えてみると、「こうやって見せたい」というより、「こういうふうに見える」がまずあるように思います。それを写真で伝えるには、こうしたらより近づくんじゃないか……その過程で、僕の中でも気付きがあります。技術的なこともそうですが、自分がこの世界のどういうところに興味を持っているのか、それが明確になる瞬間が面白いですね。

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