信藤三雄×ASA-CHANG×岡一郎の「にほんのお話」

1月27日に最新作である第四集がリリースされたばかりの『にほんのうた』プロジェクト。「誰もが知っている童謡や唱歌に新たな息吹を吹き込み、後世に受け継いでいく」というコンセプト・アルバムをつくるなかで制作者たちは、アート・ディレクター/ミュージシャン/プロデューサーという、それぞれの立場で何を考え何を見出したのか。少しばかり大げさかもしれないけれど、そこには新しい時代を生き抜くヒントや多くの示唆が見え隠れする。このインタビューは、先人に想いを馳せながら常に新しいものをつくることを意識する第一線のクリエイター、信藤三雄×ASA-CHANG×岡一郎による鼎談である。ゆとりある暮らしのなかで生まれ育った若い世代にとっては良い薬となるであろう世の中に対する彼らのスタンス(怒り)と、過ぎるほどユーモアたっぷりのお話。その言葉は、ふとした拍子で人生の哲学にまで飛び火していく。

(インタビュー・テキスト:ヨコタマサル 写真:柏井万作)

つまり今の日本が嫌いなんですよね(笑)。

―まず『にほんのうた』プロジェクトについて、コンセプトや想いなどそれぞれにお聞きできればと思います。

信藤三雄×ASA-CHANG×岡一郎の「にほんのお話」
岡一郎

:もともと企画を思いついたのはずいぶん前なんです。自分の息子が小さいころ、僕らが子どものころ歌ってたり習ってたりしてたような、いわゆる日本の歌をまったく知らなかったんですね。それで、どうにかしなきゃいかんと思ったのがきっかけです。幸いなことにたまたま自分の周りには優れたアーティストがたくさんいたので、彼らといっしょに日本の歌を後世に残したい……って言うと、ちょっと大げさですけど。それから、そういう歌を知っているほとんどCDを買わなくなった世代には、歌から入ってもらってアーティストを知ってもらえたらいいな、と。それを坂本(龍一)さんにお話ししたら「僕も前から考えていた」ということで合致して、企画がスタートしました。それでジャケットはもう、最初から信藤さんにって。

信藤:ありがとうございます。ここ数年、僕のマイ・ブームは「Back to Japan」。つまり今の日本が嫌いなんですよね(笑)。街も汚いし、古くていいものはどんどん壊されちゃうし、若い人たちはみんな茶髪になってるし。どこの国なの?? って(笑)。

:わかる、具体的にゴミがあるとかそういうことじゃなくて。たとえば今のかわいいと言われているギャルモデルとか、なんか汚いと思うんだよね(笑)。

ASA-CHANG:世代的にかもしれないけど僕はそうでもなくて。でも、そういう気持ち自体はなんとなくわかるような曖昧な年ごろというか、ポジションですけどね(笑)。

『みんなのうた』には怖いとか気持ち悪いとか不思議っていうイメージがあった。

―なるほど。そういう今の日本に対する違和感もありつつの、今回のお話なんですね。

信藤:もともと「外人から見た日本」というデザイン・アプローチが好きで、そういうことにずっと興味があるからハマる企画なのかなと思います。まぁピチカート(・ファイヴ)のときにやったことと、そう遠くないんですかね。

―ミュージシャン・サイドからはこの『にほんのうた』のプロジェクトはどう映りますか?

ASA-CHANG:こういう日本の唱歌や童謡をリメイクしたものって、とても似た企画が多いのも事実で。ただここまで凛とした姿勢のものがあるかどうかはわからないです。で、なんというか、いつも唱歌や童謡をリアレンジしたりするのはハードルが高くて、音をつくるよりも曲と向き合うところからはじまりますね。対峙したままにするのか、色をつけるのか、壊しちゃうのか。そういうことを問答する時間が長いんです。

―少しだけ最初のお話に戻ると、私は今20代後半で岡さんの息子さんとも世代的にそんなには変わらないんですが、『みんなのうた』は昔大好きで観ていました。今作でもなじみある曲がたくさんあるんです。

:『みんなのうた』って、新しい作品も多いじゃないですか。だから今回の企画意図とは違う部分も多いんですよね。僕らの世代だと、小学校の教科書がほとんど「にほんのうた」だったんです。でも最近はその割合が変わっていて、“翼をください”とか“サウンド・オブ・サイレンス”とかユーミンの曲とか、そういうのが増えてるんですよね。もちろんそれはそれで悪いことじゃないんですけど。

ASA-CHANG:でも僕も『みんなのうた』は自発的に観てたなあ。でね、そこには怖いとか気持ち悪いとか不思議とか、そういうイメージがあった気がします。そこにはワクワク感がついてるんだけど。嫌いじゃない怖さというか、子どものころってそういうのあるじゃないですか。

:うん、なんなんだろうね。ちょっと異文化の感じなのかな?

ASA-CHANG:あるかもしれないですね。なんか奥底な感じ? 変な気持ちで見てた覚えがありますね。それで今、信藤さんのアートワークを見て、何度も見てるはずなのに不思議なんです。

昔のクリエイターのすごい人たちをどうやって超えようか……って、ものをつくってきたんですよ。

信藤三雄×ASA-CHANG×岡一郎の「にほんのお話」

―なじみがあるはずなのに聴くと毎回違うというか、いつまでもすとんと落ちてこないんだけど、ずっと気になってる感じというか。アートワークについても同じように感じました。デザインに関してのコンセプトや方向性などは、どういったお話し合いをされたんでしょうか。

:ほとんど何もしてないね(笑)。『にほんのうた 第三集』をカラーにしようって話したくらいかな。

信藤:そうそう、いつも雑談で終わり(笑)。このビジュアルのネタ元というかイメージは、北園克衛(きたぞのかつえ)さんっていう詩人/写真家がいて。その人が石とか針金とか置いて写真を撮った作品があるんだけど、それがヒントになっているんです。ただ実際に北園さんの作品にはこれらのジャケットのような作品はないんだよね。でも知ってて見た人は必ず「北園さんでしょ?」って言うの。それがすごく不思議で。

―アートや音楽のすごくおもしろい点でもあると思うんですけど、アートそのものがたとえ全然違っていても、観た人や聴いた人が感じる抽象的なイメージみたいなものが合致する瞬間ってありますよね。

信藤三雄×ASA-CHANG×岡一郎の「にほんのお話」
信藤三雄

信藤:なんだろうねえ。でもなんとなく僕は、北園さんもそのひとりだけど、昔のクリエイターのすごい人たちをどうやって超えようか……って、ものをつくってきたんですよ。だから、先人たちをリスペクトしてものをつくっていく、そういう、クリエイターが好きなの。もっと言えばそういう人じゃないと信じない、っていうかさ。で、なんかこの音のつくりも、やっぱり昔の音楽に対するリスペクトがあって、ものをつくってる感じがすごくするんですね。

―さきほどASA-CHANGさんが「凛とした姿勢」とおっしゃってたのは、そのあたりもあるのかもしれないですね。

ASA-CHANG:そうですね。自分が参加していながらアレですけど、こんなに豪華な作家さんやアーティストが参加しているのはあんまりないですよね。たとえばひとりのアーティストが童謡や唱歌を歌うっていうのは大昔からあるコンセプトですけど、そういうんじゃなくて違う次元でもう一度やってる気がします。

学校に棒を持っていったり石を投げたりした人たちと、そうじゃない人たちって、心根は違うに決まってる(笑)。

―加えてこの活動が本物だと思えるのは盤やテキストなどに留まらず、作品をショート・ムービーにして移動上映するという点です。ただ単に企画ものじゃなく本気で「日本の歌を後世に残す」という意気込みがあるからこその発想だと感じています。なんだか紙芝居みたいですてきですよね。参加されている映像作家も犬童一心さんや山村浩二さんなど、そうそうたる面々で。

:輪はまだ小さいんですけど、最初に教授と僕で始めたものがいろんな人から話をもらって、ついには映画になるっていうね。偉そうなことやったつもりはないんですけど、こうして広がりが生まれて、やってきたことが間違ってなかったなあって思いますね。犬童さんの映像はまだ完成してないんですけど、素材はちらっと観せてもらって、すごいよかった。信藤さんにも今オープニングやエンディングなんかのジングルをつくってもらってるんです。

ASA-CHANG:なんか、ものすごいものが、できそうですね(笑)。さっきの信藤さんの発言をずっと考えてて。「今の日本が嫌いだ」って、普通の人はなかなかそんなこと言えないですよね。

:うん、言えない。僕も同じような感情を持ってるんだけど、どこかで許しちゃってるのかもしれない。そこで嫌いって言えるってことは、諦めてないからなんだろうね。

信藤:うん。諦めてない……かもね(笑)。

信藤三雄×ASA-CHANG×岡一郎の「にほんのお話」
ASA-CHANG

ASA-CHANG:自分でもASA-CHANG & 巡礼っていう音楽をやっていて、明らかに何かを感じて動いてはいるんだろうけど、大先輩の言葉でハッとしちゃって。さっきからそのショック状態のまましゃべっているんですけど(笑)。 思うに、学校に棒を持っていったり石を投げたりした人たちと、そうじゃない人たちって、心根は違うに決まってる(笑)。で、そういう怒りって減衰しないのかもしれないですね。ちょうど昨夜テレビを観てたら松本隆さんも常に怒ってたって。「みんな僕のマネをするようになって、僕は異分子でありたかったんだけどそうなれないから、そのバランスを取ることしか考えてなかった」みたいなすごいパンクなことを言ってて。口ぶりはふざけてるんだけどね。さっきの信藤さんの言葉もそうですけど、「まいっちゃったな〜」って。やっぱ何か投げてた人なんだろうね(笑)。

世の常識っていうのを常に疑うんだよ。僕はそうやって生きてきたの。

―そういうことって時代も関係してると思うんですけど、90年代は個性を求めていたのに、今はKYだとかで協調性を求められたり、今度はセカイ系=自分の半径1m以内でいいみたいになったりとか。世の中に何か物を申そうみたいな意欲が薄れていってるような気がします。

信藤:だから僕は「疑う」ね(笑)。たとえば(坂本)龍馬ってみんな好きじゃん。僕も好きなんだけど。でも龍馬の写真を見るとそんなに大物っぽくなくて、体制と戦ったようなイメージあるけど、本当にそうなのか? って。それにじつは鎖国ってよかったんじゃないの? って考え方もあるし。あの明治維新の時代って、今の世界中のグローバリゼーションが後進国をよってたかってやっつけたみたいな状態だよね。今はみんな龍馬が大好きで英雄って感じだけど、本当にそんなに正しいわけ? って。世の常識っていうのを常に疑うんだよ。僕はそうやって生きてきたの。

もっともっと内に向けてつくられたものが、反対側に出ちゃったというか。

―興味深かいお話です。そういったなかで、昔のものと今の表現っていうのが結びつくのは、ひとつの大きな意味を持つかたちではありますよね。

:まぁなんだかんだ正直な話しちゃったら、「好きなことをやりたい」ってことにつきるんだけどね。いろいろかっこつけて言っちゃうんだけどさ。歳をとるとモチベーションを維持するだけでも大変なんですよ。だから、好きなことをやるかお金儲けるかどっちかですから。

ASA-CHANG:ちなみに第五集っていうのはありえるんですか? 春夏秋冬ってコンセプトで、すでに完結感はあるじゃないですか。この間、小山田(圭吾)くんと道ばたでばったり会ったときに岡さんの話になって。「これ岡さんのライフ・ワークだよね」「でもそろそろ終わっちゃうじゃん」「そりゃ大変だ! 岡さんのモチベーションなくなっちゃうじゃん」って話になって(笑)。

―(笑)。モチベーションの話が出ましたけど、立ち戻って日本の童謡や唱歌の魅力って何だと思いますか?

:そりゃあ、やっぱりメロディにつきるんじゃないかな。アレンジは何が正解かわからないわけだし。簡潔で力強く美しいメロディ、それに詞も凛々しいですよ、すごく。

ASA-CHANG:ラヴ・ソングとかじゃないから向かってる方向がすごく大きいんだろうね。もちろんJ-POP的な「今すぐ逢いたい」とかもたいせつだとは思うけど、そういう方向の愛ではないだけに、面と向かうと面食らっちゃいますよね。

―たとえば絵本とか子ども番組は大人が観てもカオスな内容だったり、かなりアングラな人が出ていたりして、ちょっと不思議に思うんです。今作もわかりやすく子ども向けにしたりせず、アヴァンギャルドな内容になっていると思います。実際には誰を意識してつくられてるんでしょうか。

ASA-CHANG:いつの時代も子ども向けのものは、子ども向きにはつくられてないんですよね。僕なんかも『カリキュラマシーン』(1970年代に日本テレビ系列で放映されていたこども向け教育番組)とか子ども番組にはすごく大きな影響を受けてて。ドラムのビ−トだったり、効果音がノイズだったり、擬音の表現だとか、今考えると面白いんですよね。洋楽とかに触れる前に、そういうものに触れてるんですよね。

:真剣に考えると子ども向けってすごく難しいですよね。作る際にターゲットを意識したわけではないけど、どちらかというと親の世代に向けて作っていたのかもしれません。もちろん子どもが聞けないようなものは自制してますけど。

信藤:子ども向けのものって、アートと結びつきやすいんだよね。それに僕も、デザインするときに誰に向けて作るかなんて、あんまり考えてないけど。

ASA-CHANG:それで言うと、この曲をつくった人たちもそんなに考えてない気がするなあ。もっともっと内に向けてつくられたものが、反対側に出ちゃったというか。僕は今回の曲を作るとき、「濁ってる」のもありだなと思って作りました。他の方たちの曲が「清らかな水」みたいな、音が割とすっとしてたから。

:なんかさ、「『にほんのうた』を残したい」ってのもちろんあるけど、それ以上に日本の原風景を残したいんだろうね。たとえば「鍛冶屋」なんて今の子どもに言ったってわからないじゃない。言葉の意味はなんとなくわかったとしても、風景までは描けないというか。実際に僕だって見たことはないんだけど、想像はできるわけですよ。その情景を伝えていきたいという想いは強いですね。

音楽ってノスタルジックなものでいいんだって、今は堂々と思えるんだよね。

―今作第四集の良さというか、ここを聴いてほしいというところはありますか? どの作品にもあるとは思うんですが。

:この4枚目は自信作ですね(笑)。でも今回は本当に満足感があるというか、正直な気持ちでうまくいったなっていう感じがあります。

信藤三雄×ASA-CHANG×岡一郎の「にほんのお話」

信藤:(デザイン面でも)今作が一番好きかな。でもなんとなく、絶対この「冬」はうまくいくと思ったんだよね。「黒い紙に雪が降ってる」って、それだけでも良いじゃないですか。

―ずっと見ていたくなるジャケットで、色々な思いがわき立ちます。音やデザインから感じとれるノスタルジックもすごく好きですし。

信藤:昔さ、懐メロとか聴いてる大人たちを見て、こういうのいやだなって思ってたんだけど(笑)。でも音楽ってノスタルジックなものでいいんだって、今は堂々と思えるんだよね。最近発見したんだけどさ、味覚と音楽って似てるなって。音楽って青春時代に聴いたワクワク感をなかなか超えられないんだよね。

ASA-CHANG:生理学的にホントにあるらしいですよね。男がとくに強いらしくて。簡単な例でポテトチップスのわさび味とか、子どものころに食べたことのない人はもう受け付けないんだって。女の人は成長しても味覚に積極的だけど、男はある時期までに固定しちゃうらいしいんですよ。だって女の人は「お袋の味」とか言わないでしょ?

……でもそんな話してても、とにかく今日は信藤さんの発言がボディーブローのように効いてるなあ…。今日はそれにつきますね。あとのは全部消しちゃってください(笑)。

リリース情報
V.A.
『にほんのうた 第四集』

2010年1月27日発売
価格:3,150円(税込)
RZCM-46433 commmons

1. 細野晴臣+木津茂理+青柳拓次「村のかじや」
2. 中納良恵+ASA-CHANG「北風小僧の寒太郎」
3. Chocolat「冬の星座」
4. イノトモ+ピラニアンズ「小ぎつね」
5. 岡林信康「とうだいもり」
6. 中山うり「たきび」
7. 元ちとせ「冬景色」
8. 小林翔+栗原務「冬の夜」
9. 嶺川貴子+rei harakami「ペチカ」
10. Saigenji「雪」
11. 手嶌葵+坂本龍一「雪の降るまちを」

プロフィール
信藤三雄

アートディレクター/フォトグラファー/書道家/空間プロデューサー/映像ディレクター。85年、コンテムポラリー・プロダクション設立。松任谷由実、ピチカート・ファイヴ、Mr.Children、MISIA、元ちとせなど、これまで手掛けたレコード&CDジャケット数は1000枚にせまる。08年以降、自身の新境地である書を表現手法として多くの作品を作り続けており、個展の開催等活動を広げている。

ASA-CHANG

ヘア・メイキャップアーティストとしてアイドル、タレントの仕事を数多く手掛けるかたわら、89年に東京スカパラダイスオーケストラのパーカッション兼バンド・マスターとしてデビュー。自ら創始したそのスカパラは、ブレイクを果たすが、93年に脱退。その後フリーのドラマー、パーカッショニストに転身。ポップとアバンギャルドを軽々と行き来する様々な活動は、多くの注目を集めている一方、作曲・アレンジもこなすプロデューサーとしても活躍している。99年からはASA-CHANG&巡礼を始動、最新アルバムは『影の無いヒト』。

岡一郎

1954年生まれ。スリー・ディー・コーポレーション代表取締役。フリッパーズ・ギター、エルアール等のディレクターを経て、現在はコーネリアス、カヒミ・カリィ、ショコラ等のマネージメントの傍ら、「にほんのうた」のプロデュースを手掛ける。



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