なぜSpangle call Lilli lineはここまで自由に活動できるのか

Spangle call Lilli lineのバンドとしてのあり方は、ある種の理想形だと言ってもいいかもしれない。メンバーはそれぞれデザイナーやカメラマンとして生計を立てているが、趣味とさえ言い切る音楽でも一定の評価とセールスを獲得し続け、ライブをすればリキッドルームが満員になる。こんなバンド、果たして他にいるだろうか? もちろん、このポジションを確立するためには、音楽に対する人並み外れた愛情と熱意が必要であり、誰しもが簡単に選べるチョイスではない。しかし、一定のルールに沿う必要のない、彼らのようなあり方が可能であるというその事実が、音楽以外も含め、さまざまな表現を志すものにとって、ひとつの指針となることは間違いないだろう。「ライブ活動休止宣言」の真相や、新しい季節の到来を告げる新作『New Season』とセルフカバー作『Piano Lesson』について、さらには進路相談(?)に至るまで、3人に存分に語ってもらった。

ライブをやりたくてやったわけじゃなくて、ライブ盤を作りたいからライブをやったぐらいの感じなので(笑)。

―まずは、もう1年以上前になりますが、ライブ活動休止前の最後のステージになったリキッドルームのライブの感想から聞かせてください。

藤枝:うーん、自分の中では賛否両論ありつつ(笑)。大人数の編成で長めのセットリストで演奏することに違和感があるって意見も初期のライブを見てる人達からは言われるし、もちろんあれがよかったっていう人もいて。どっちもどっちですね。

―そうなんですね。

藤枝:ただ、そもそもあのライブはDVDを出すことが前提だったんですよ。ライブをやりたくてやったわけじゃなくて、ライブ盤を作りたいからライブをやったぐらいの感じなので(笑)。『Piano Lesson』の次にライブDVDが出るんですけど、カメラワークとかライティング、ステージの見え方とか、作品を見てもらえば「これがやりたかったんだ」ってわかると思います。

なぜSpangle call Lilli lineはここまで自由に活動できるのか
藤枝憲

―なるほど、それは楽しみです。

藤枝:あとこれは初めて言うんですけど、そのライブをやる時点で、(ボーカルの)大坪さんが東京から離れて生活することが決まっていたんですよ。これまでもライブはあんまりやってなかったですけど、物理的にもライブをするのがとても難しくなったので、あのタイミングで「ライブ活動休止」の宣言をしたんです。ただ、詳しい内情まではアナウンスしてなかったんで、なんのこっちゃわからない人も多かったと思うんですよ。元々ライブをあんまりやってないのに、ライブ活動休止のアナウンスだけして、バンドの活動自体は休止じゃないっていう(笑)。

―そういう事情があったんですね。じゃあ、ライブはまだしばらく見られそうにないですか?

藤枝:う~ん、大坪さんが東京に戻るまでは、まだ数年は見れないんじゃないかな。

―そうですか…まあ、気長に待つことにします(笑)。ただ、そうなると制作面にも変化がありましたよね?

藤枝:そういう事情もあったので今回は初めてのやり方だったんですけど、デモをメールで回しながらみんなで意見を被せていって。そのデモの状態からバンドアレンジに変換する作業は大坪さん抜きで、スタジオでサポートメンバーと一緒にやったんです。

―それが、『New Season』のギターロック的な作風につながったのでしょうか?

藤枝:要は、今までリハーサルスタジオでアレンジと同時にメロディをつけていく作業をしてた時に、演奏の音量が大きいと大坪さんのボーカルが聴こえないことにストレスを感じる時があったんですけど、今回は完全に大坪さんがいないので、じゃあギターを目いっぱい鳴らそうと。あと僕が、ここ5年ぐらい難聴気味だった耳の調子が良くなったのも影響してるかもしれません。とにかく全力で叩いて、全力で鳴らして、BPMは最速でっていう(笑)。そうしたら楽しくてしょうがなかったんです。

2/4ページ:普通に言えば「Old」なんですけど、スパングル的には「New」なんですよね。

普通に言えば「Old」なんですけど、スパングル的には「New」なんですよね。

笹原:僕の1番のトピックは、ギターソロ的なフレーズがあることです(笑)。そうは言っても、やってることはオーソドックスなことなので、普通に言えば「Old」なんですけど、スパングル的には「New」なんですよね。

なぜSpangle call Lilli lineはここまで自由に活動できるのか
笹原清明

―『New Season』というタイトルに関していうと、文字通りスパングルがバンドとして新しい季節に入ったという感触があるのでしょうか?

藤枝:大坪さんとの距離的な事情もあって、リキッドのライブでバンドとしては1回休止するしかなかったんですよね。だからそこから1年ぐらいはホントに何も活動してなくて、と言っても普段もそんな感じですが(笑)、「New Season」と言えるような、やりたいことがあれば始めてもいいかなって思ってました。その時に、たまたま共通の知人の結婚パーティで久しぶりに笹原くんと話して、スタジオでギターを爆音で鳴らしたいね、という話しになって。今まであえてやらなかったことをやってるって意味では「New Season」だし、でもこれを12曲並べてアルバムを作るわけじゃなくて、この先にもっと色々考えることがあるっていう感じですね。

―でも、例えば00年代中頃のスパングルだったら、こういう2分程度の曲が並んでる作品っていうのは絶対出してないですよね。

藤枝:やっぱり歳を取ったんだと思いますよ。

笹原:もう長いのができない(笑)。

―体力的な問題ですか(笑)。

藤枝:でもサウンド自体はフレッシュになってるっていう、幼児化現象が(笑)。

―変なこだわりがなくなってきたっていうことでもあるんでしょうか?

藤枝:こだわりはね、あるんだけどなくなってきてるというか…。今は自分の中で「この感じじゃん?」って思いついたものをパッと出すような事がやりたい。それがfelicityだったらできるっていうのもあって。

―そういうテンポの良さ、スピードの速さっていうのは今の時代感にもマッチしてますよね。

藤枝:そうなんですよね。だから配信とかでもいいんだけど、僕は基本的にジャケットが作りたいので、やっぱりモノがいい(笑)。

歌詞って意外と荒らされてない領域っていうか、新しい表現がまだまだある気がするんです。

―でもこれだけサウンドが違っても、「スパングルだな」って思えるのがまたすごいところで。そのひとつの要因として、大坪さんの歌声であり歌詞の記名性っていうのはやっぱり強いと思いました。歌詞を書く上で意識してきた部分を改めて話していただけますか?

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大坪加奈

大坪:先に歌詞ができることはまずないんで、曲ありきなんですよね。詰め込み過ぎても苦しいし、伸びすぎても間が空いちゃって嫌だし、いかにバックの音と共存できるかを考えて出てくる言葉だったりするんで…変な言葉になっちゃう(笑)。

―(笑)。いや、ものすごくオリジナリティのある歌詞だと思います。

大坪:ただ、歌詞に関しては、今までほぼスタイルが変わってないところがあるので、メンバーから「ちょっとずつ変えていかない?」って打診を受けてます。今後どうなっていくかはまだ模索中なんですけど。

藤枝:変化というか、今までのスタイルを十何年続けてきて、ひとつのオリジナルな形になってきてるので、これをさらにアップデートさせて、もうちょっと違う見せ方とか聴こえ方にする方法があるんじゃないかと思って。歌詞って意外と荒らされてない領域っていうか、新しい表現がまだまだある気がするんです。

―ああ、それは確かに。サウンドと比べて歌詞はフォーマットが決まっちゃってる感じはありますね。

藤枝:言葉って並ぶだけで勝手にイメージがわいちゃうじゃないですか? ありえない言葉同士が並んでても、強引に意味がねつ造できちゃうっていうか。そういう意味で言葉ってすごくタフだし、これまでの日本語の歌詞と全然違うやり方で、ぐっと来たりとか、悲しくなったりとか、そういうことができる気がして。

―今話を聞いてて思い出したのは、スーパーカー後期のいしわたりさんの歌詞とか。

藤枝:ああ、そうですね。でも、自分達にも言えることですが、もっとその先が見たいですよね。あとは、□□□がブックレットのレイアウトで遊んだり、ああいうのもひとつの回答だと思うし。ダウンロードで音だけ聴いてもわからなくて、歌詞カードまで読まないと作品のホントのとこがわからないとか、そういうのはまだまだ可能性あるかなって。

―ダウンロードが主流になって歌詞カードを見ない時代だからこそ、逆にそういうことをやるっていう。

藤枝:すくなくとも、ダウンロードだけで聴いてる人は、スパングルに関しては損してると思う。もうひとつ上のレイヤーからの景色を感じられるのに、って。そこには、より難解な迷宮が待ってるわけですが(笑)。

3/4ページ:バンドって続けば続くほどホントは楽になっていくはずなんです。

自分がホントに聴きたいアルバムを作るんだったら、僕は他人の曲でコンピを作ると思うので(笑)。

―『New Season』に続いて10月には『Piano Lesson』も発表されるわけですが、同時期に全く違うサウンドの作品を発表するのもスパングル流のスタンダードになってきましたね。

藤枝:結果としてはそうですね。『New Season』みたいなアッパーな作品があって、その反面『Piano Lesson』ではギターが一切鳴ってないし、静寂の方が多い。ただ録音の時期が違って、『Piano Lesson』は2年前ぐらいに録ってるんですよ。

―あ、そうなんですね。

笹原:僕が写真展をやった時に、ピアノメインでアコースティックライブをやったんですけど、それが良かったから、そのまま録音もってことでスタジオに入って。

藤枝:そこからミックスにも半年ぐらいかけたんですけど、その時に『dreamer』みたいな、ポップなバンドサウンドに行きたいっていう気持ちが急に出てきたので、1回お蔵入りにしてたんです。でも、今回これぐらい真逆の作品とあわせてリリースするんだったらいいかと思って(笑)。

―それをやっちゃうのが面白いところですよね。

なぜSpangle call Lilli lineはここまで自由に活動できるのか

藤枝:リスナー体質なんだと思うんですよね。ピアノのアルバムも聴くし、ロックも聴くんだから、自分のバンドはロックしかやらないとかじゃなくて、そういうモード全部を自分の作品として作りたい。ただ、バンドでやると、僕以外の2人の感覚もあって、自分が想像してたものじゃない感じに仕上がるのがいいなって。自分がホントに聴きたいアルバムを作るんだったら、僕は他人の曲でコンピを作ると思うので(笑)。


―じゃあ、基本的には2年前に録ったものをそのまま使ってるわけですか?

藤枝:ミックスでかなりバージョンアップはしていて、今の自分の気分的に、かなりミニマルな感じになっています。だから、2年ぶりに2人に「この曲順でどうかな?」ってアルバムの音源をデータで投げたら「なにコレ?新鮮!」とか「この音源、忘れてた!」って反応が返ってきて(笑)。

大坪:録音した時よりも、いい感じに変わってて、でも声は2年前のままなので懐かしい感じでした。

藤枝:録音した後はずっと聴いてなかったから、大坪さんは、録音時のイメージしかなかったんですよね。

―それが2年経って形を変えて現れたと。

笹原:「こんなのいつ作ったの?」みたいな気分です。知らない間に新しい自分の作品ができてるっていう(笑)。

バンドって続けば続くほどホントは楽になっていくはずなんです。

―今日話して改めて思いましたけど、本当にスパングルは活動が自由ですよね。さっきの『Piano Lesson』の話にしても、「お前何勝手にそんなことやってんだ!」ってなってもおかしくはないわけじゃないですか?

藤枝:そういうのはなくなりましたね。十何年やってて、同時期に活動してたバンドがどんどん消えていくのを間近で見てきて、「こういうやり方はダメだ」って思ったりもして。なるべくバンドが気持ちよく好き勝手にやりながらも、シーンからそんなに無視もされずに存続するには、バンド=人生(生活)ってなっちゃうとキツいと思うんですよ。僕らは生活的にも自立してるので、それさえ崩れなければ、バンドって続けば続くほどホントは楽になっていくはずなんです。

―いろんな経験や知識が身につくし、積み重ねてきた歴史がバンドの今を後押ししてくれる部分もあるでしょうからね。

藤枝:かといって十何年同じことをやってますってわけでもなく、新鮮さも常にあるし、長くやればやるほど色んなことが受容できるようになって…最終的にメンバーが45人増えて、48人になることだってあるかもしれないし(笑)。

―SCLL48(笑)。

笹原:そしたら金子さんもメンバーに入りますか? 取材もバンド内でできちゃうっていう(笑)。

藤枝:実際僕の中ではメンバーもレーベルの人もイコールの存在というか、その方がうまくいくんです。音楽のクオリティを下げずに、ひよらずに、それでいてある程度世の中のモードとも向き合って、どんどんやりたい感じにはなってきてますね。

―それができてる人はなかなかいないですよね。

藤枝:でも、USのインディーとかで、そこそこセールスも人気もあるんだけど、普段は消防士で、自宅のガレージでレコーディングしてますってバンドとかいますよね。それぐらいの感じでいいと思うんですよ。普通に生活があって、音楽は自分たちのペースでやってて、でもたまにナショナルチャートに入るようなものを作れてるみたいな。そうじゃないとキツいと思います、限られた期間で結果を出すとかっていうのは。

―日本だとtoeがそれに近い状態で活動できてるバンドかもしれないですね。

藤枝:そうですね。それが地に足の着いたってことだと思うんです。新しいもの、いいものを作るっていうキツさはもちろん常にあるんだけど、数字で勝負するっていうキツさはなくて、「ここに向かって、こういう風に進んでいかなきゃいけない」っていうルールに乗る必要もないし。「来年このホールが埋まってないといけないよ、君たち」みたいなのはどう考えてもキツいでしょ?

―特に今って音源が売れなくなってライブに比重が傾いてると言われる中、事情があるとはいえ「ライブ活動休止します」と言えちゃうスパングルっていうのは、他のバンドからすると羨ましい限りじゃないですかね。

藤枝:でも、頭のいい子たちは既存のやり方じゃなくても、今はネットを使えば自分たちで活動できることに気付いてるし、自分たちでやった方がいいんじゃないかってことも多分気づいてると思うんです。

―じゃあ逆に、今のスパングルが抱えてる課題ってありますか?

笹原:…演奏力かな。

大坪:それは今に限らず、永遠のテーマでしょ(笑)。

笹原:夏の暑い時期にリハに行くのは嫌だとか…

藤枝:それ課題なのか?全国のバンドマンにぶっ飛ばされるよ(笑)。

―(笑)。クリエイティブな面での課題はもちろんあるにしても、バンドの運営とかに関しては問題がないってことの裏返しですよね。

笹原:はい(笑)、それぐらい些細な悩みしかない、ということです。

4/4ページ:迷いがなければ絶対それをやるべきだし、迷いがあれば変えればいいと思うし、それが通用するっていうか、そういう自由さはある気がしますけどね。

迷いがなければ絶対それをやるべきだし、迷いがあれば変えればいいと思うし、それが通用するっていうか、そういう自由さはある気がしますけどね。

―話がスパングル自体からは逸れますが、CINRAでは今年「CINRA JOB」っていうクリエイティブ系の求人サイトをスタートさせていて、「好きなことを仕事にするべきかどうか?」っていうことを悩んでる読者って結構いると思うんですね。そういう人に何かアドバイスをいただけますか?

笹原:悩まないことですよね。「それしかないじゃん」って思わないと、好きなことを仕事にはできないと思う。僕はカメラマンになるしかないと思ったし。「デザイナーになりたいけど、どうしよう? なれるかな?」って悩んでる人はやめた方がいい。退路がチラチラ浮かぶ人は、退いた方がいいと思います。

藤枝:それか仕事は仕事でお金を稼いで、趣味を続けてたらすごいことになっちゃったみたいな、そういう分け方をするか。

笹原:小説家なんて、サラリーマンやりながら40歳で賞を取ってる人とかいますからね。

藤枝:どっちかじゃない? 才能があれば、ちゃんと頑張れば若くして結果が出るだろうし、「どうしよう?」って悩むんだったら、とりあえず好きな事以外で、まずはお金を稼ぐ。

笹原:お金は大切です。

大坪:記事のタイトルがそれになったりして(笑)。

―「お金は大切 Spangle call Lilli lineインタビュー」(笑)。

笹原:そう思ってこれ(『New Season』)聴くと、「確かに、ひよったかな?」みたいな(笑)。

藤枝:それ、誤解生むじゃん!

―(笑)。

藤枝:まぁ、でも自由に選択できる時代になってるきてる気はしますよね。前は就職して一度進路を決めたら、合ってるか合ってないかわかんなくても、ひたすら頑張るって感じだったけど、今は迷ったら途中で変えればいいし、それが通用するっていうか、そういう自由さはある気がしますけどね。

リリース情報
Spangle call Lilli line
『New Season』

2011年9月7日発売
定価1,600円(税込)
felicity / PECF-1030 cap-126

1. seventeen
2. for rio
3. summer's end
4. utashiro ~instead of song~
5. cast a spell on her (Seiichi Nagai remix)
6. dreamer (YAKENOHARA DUB)
7. roam in octave (shinjuku june 2011 version)

Spangle call Lilli line
『Piano Lesson』

2011年10月5日発売
価格:2,300円(税込)
felicity / PECF-1033

1. an
2. "telephone"
3. cast a spell on her
4. inc.
5. limi side schedule
6. nano
7. soto
8. sugar

プロフィール
Spangle Call Lilli Line

1998年結成。メンバーは大坪加奈、藤枝憲、笹原清明の3人。 今までに10枚のオリジナルアルバムなど数々の作品をリリース。様々なコンピレーションアルバムなどにも参加。大坪による「NINI TOUNUMA」名義ソロ作品や、藤枝&笹原による「点と線」名義でのリリース、国内外のアーティストの作品への参加など、サイドプロジェクト等も活動中。



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