劇場を舞台にした異色の展覧会 八木良太&青田真也対談

塩田千春、小金沢健人、泉太郎、さわひらきといった実力派若手アーティストの個展を2007年より開催してきた神奈川県民ホールギャラリー。それと並行して隔年で開催してきたのが『日常/』シリーズというグループ展だ。『日常/場違い』(2009年)、『日常/ワケあり』(2011年)と題して、国内の若手作家や、海外を活動拠点とする作家をセレクションし、巨大な吹き抜け空間を特徴とする会場に多彩な作品を紹介してきた同グループ展。その第3弾が、会場をKAAT神奈川芸術劇場に移し『日常/オフレコ』をテーマとして間もなく開催される。

今回の記事では開催に先立って、5人の出品作家(青田真也、安藤由佳子、梶岡俊幸、佐藤雅晴、八木良太)のうち、八木良太と青田真也の対談をお送りする。関西・中部を中心に活動、既製品を主素材としつつ、さらに手を加えることでその価値を揺らがすような作品を発表してきた二人に、アーティストとしての制作姿勢、アート観を聞いた。

僕のほうが後輩なので、学生の頃から八木さんの作品を「面白いな、すごいな」と思って見ていました。(青田)

―お二人が一緒に展示されるのは、今回の『日常/オフレコ』展がはじめてですか?

八木:そうですね。でも、5年くらい前から面識はあって。お互いに関西でも活動しているので。

青田:僕のほうが後輩なので、学生の頃から八木さんの作品を「面白いな、すごいな」と思って見ていました。今は名古屋在住ですが、実家は大阪で大学は京都だったんです。

八木:神戸アートビレッジセンター(以下KAVC)で『Exhibition as media』(2007年)という若手アーティストのグループ展に僕が参加して、その翌年に同じKAVCで開催した若手アーティスト支援企画『1floor(ワンフロア)』に青田さんが参加していたんですよね。直接的に展示で関わることは今までなかったんですが、どこかで青田さんとはつながっているイメージはありました。

青田:僕もかなり初期の頃から八木さんの作品を見ていたので、その実感はあります。たしか2006年に京都のMATSUO MEGUMI +VOICE GALLERY pfs/wで個展をされてますよね。そのときも磁気のカセットテープを使った音の作品で、「八木さん=音を使う人」っていう印象が。

青田真也
青田真也

―八木さんは、磁気テープを使った作品をかなり多く発表してこられていますよね。そのときはどんな内容だったんですか?

八木:『文字の存在論のために』っていうタイトルの展覧会だったんですけど、人が本のテキストを読んでいくスピードとカセットテープが進んで行くスピードってだいたい同じなのかな、というアイデアからスタートした作品を展示してました。カセットテープは秒速4.75cmで再生されるんですけど、そのスピードに合わせてテキストを音読した声をテープに吹き込んで、さらにそのテープで本のテキストを隠して鉛筆の先に付けた磁気ヘッドで読み込んでいくっていう。当然きちんとは読めなくて、きれぎれの音が聴こえるだけなんですが。今展でも磁気テープを使った新作を展示するので、その辺は自分の中でもずっとつながり続けている感じではありますね。

八木良太
八木良太

青田:今でもはっきり展示を覚えています。

八木:でも、僕もKAVC以前から青田さんの作品は観ていましたよ。能面の表面を削っていた作品はかなり前ですよね?

青田:そうですね。当時から能面とか熊の置物の表面をやすりで削っていく作風でした。

八木:あるモノを全然違うモノに変化させるシンプルでストイックな手法って、僕の手法と似ているのですが、作家が見せたいものがはっきり分かる気がするんです。実際の手数はもっと複雑かもしれないけれど、青田さんがやろうとしていることが分かる気がして面白かったです。

僕の作品には音やレコードが使われているので、ある意味ではギャラリーよりも劇場空間のほうが合っているんじゃないかと思うんです。(八木)

―2009年の『日常/場違い』、2011年の『日常/ワケあり』と続いて、今回は『日常/オフレコ』。毎回どことなく不穏な響きも感じられるタイトルが特徴的な展覧会シリーズですが、さらに今回は会場がKAAT神奈川芸術劇場の中スタジオになりました。これまででもっとも異色な展覧会になると思うのですが、お二人にはどんなオファーがあったのでしょうか。

八木:2010年にニューヨークで、本展企画者の中野仁詞さん(神奈川県民ホールギャラリー学芸員)にはじめてお会いして、その後日本に帰国したときにオファーをいただいたんですよね。だから3、4年前の話です。

―ずいぶん早いタイミングですね。

八木:そのときに、もう「オフレコ」ってタイトルも決まっていました。びっくりしたんですよね。展覧会のオファーって半年前か、早くても1年くらい前が普通なので。その後もコンスタントに京都まで足を運んでくれていて、熱い人だなあと。

青田:中野さん熱いですよね。すっごい早口で押されると、思わず「はい!」って答えてしまう(笑)。

八木:そのときは、まだ会場が神奈川県民ホールギャラリーの予定で、それも面白いなと思ったんです。ピカピカのきれいな空間というよりも、時間を感じさせるような趣きのある空間。中野さん自身もその場所で塩田千春さんや泉太郎さんと素晴らしい展覧会を成功させていて、空間の特性を熟知している。ものすごくやりやすそうだなと思いました。

左奥:八木良太、右手前:青田真也

―でも、その後会場が変わるわけですよね。八木さんが構想されていたコンセプトもあったでしょうし、正直驚きませんでしたか?

八木:でも、僕の作品には音やレコードが使われているので、ある意味ではギャラリーよりも劇場空間のほうが合っているんじゃないかと思うんです。そういう空間に映える作品を展示しようとは思いましたけど、特に違和感はなかった。むしろ楽しそうだな、と。

―青田さんへのオファーはどういう感じでしたか?

青田:僕は去年、神奈川県民ホールギャラリーで行なわれた、さわひらきさんの個展のときでした。中野さんとはじめてお会いしたのは、ずっと前だったんですけど、そのときに会場でわーっと『日常/オフレコ』展の展示の構想を話していただいて、「やります」とその場でお返事して(笑)。

八木:やっぱりいきなりなんだ(笑)。

青田:小さい付箋紙に、その場で構想をバーッと書いてくださって。考えてみるとそれが企画書だったんですけど(笑)。後で聞いたら、その前から僕に声をかけようとしてくださっていたらしくて。

青田真也

―なるほど。中野さん本人もいらっしゃるので直接お伺いした方が早いかなと思うんですが(笑)。今回の『日常/オフレコ』展はどういうテーマで企画されたんですか?

中野:話に入っちゃってすみません(笑)。もともと「/(スラッシュ)」で区切るような語感が好きで、あと特に現代美術の展覧会では、わかりやすくていろんな意味が含意されるタイトルにしたいと思っているんです。オフレコ(=Off The Record)も「記録されないコメント」というだけでなく、何かから情報を切り離す(オフ)とか。八木さんはレコードを使いながら、それが別の役割を担うような作品を作っているし、青田さんはモノの表面に宿った記録を取り払って(オフ)いる。今回出品をお願いした5人のアーティスト(安藤由佳子、青田真也、梶岡俊幸、佐藤雅晴、八木良太)は、みんな何かを「オフ」させる作品を作っていると思うんです。

安藤由佳子『dialog』(2010)
安藤由佳子『dialog』(2010)

佐藤雅晴『ダテマキ』(2013)
佐藤雅晴『ダテマキ』(2013)

八木:会場が、展示を前提としたホワイトキューブではなく劇場内スタジオであることも、既存の展示空間から「オフ」されているということですよね。それが面白くて。天井から吊った作品もあり、他の展覧会よりも大型のインスタレーションが多くなるそうで、劇場ならではの新鮮な展示空間が見られると思いますよ。

梶岡俊幸『夜行』(2011)
梶岡俊幸『夜行』(2011)

今回はパフォーマンスと絡むこともできる作品を作ろうと思って、今グランドピアノの表面を削っていく作品を作っています。(青田)

―現在、展覧会のために制作されている作品についても伺いたいのですが、青田さんは今回どんな作品を出品されるんでしょうか。

青田:「日常」シリーズの展覧会は、毎回展示に合わせてパフォーマンスのイベントが企画されると聞いていたんです。しかも、今回は演劇やダンスに使われている空間が舞台になると。だからパフォーマンスと絡むこともできる作品を作ろうと思って、今グランドピアノの表面を削っていく作品を作っています。

―グランドピアノって、けっして安いものじゃないですよね?

青田:ピアノって、演奏用と飾り用の2種類があって、飾り用だと少し値段が安いんです。でも、今回はパフォーマンスにも使える作品にしたかったので、あえて演奏できるピアノを削っています。神奈川県民ホールは一柳慧さん(作曲家)が芸術総監督をされているので、特殊なピアノにも対応してくださるピアノ屋さんと付き合いがあるそうなんです。そこからかなり安くグランドピアノを譲っていただいて。

青田真也『untitled』(2008)
青田真也『untitled』(2008)

―たしかに、以前神奈川県民ホールギャラリーで塩田千春さんが個展をされたときもグランドビアノが展示されていましたね。パフォーマンスではピアニストの方が鍵盤ではなく、内側のピアノ線を直接弾いたりする、プリペアドピアノ奏法で演奏していました。

青田:僕自身はひたすら削っているだけなので、パフォーマーがどんな演奏をするのかわからないですが(今回はピアニストの寒川晶子とテニスコーツ、つむぎねによるパフォーマンスが予定されている)、これまでの作品のなかでもっとも大きい素材を削っているので大変です(笑)。グランドピアノは塗装がとても厚くて、研磨すると粉がめちゃくちゃ出てくるんですよ。化石の発掘作業にも似た感じで。

青田真也

八木:地層を削っていくみたいな(笑)。

青田:ピアノの表面って、鏡みたいにピカピカに仕上げられているじゃないですか。それと、さらにその下の塗装がすごく厚く塗ってある。

八木:さらに下まで削っていくんですか?

青田:そうなんです。すると、一番内側の木材が出てくるんですけど、色んな木材を使っているみたいで、スタンプが押されていたり、さまざまな木目が隠されていたり、削ることでもしない限り絶対に見れないものが現れてきています。

八木:本当に遺跡発掘作業みたい。

青田:特にレンタルで使われていたピアノなので、傷を修復した跡とかも残っていて。そういう過去の時間も見えてくるのはすごく面白いです。

今回は『ヨコハマトリエンナーレ2011』のときに乗り越えられなかった技術的問題をクリアして、アップデートした作品をお披露目できると思います。(八木)

―一方、八木さんは今回どんな作品を?

八木:『ヨコハマトリエンナーレ2011』に出品した『Sound Sphere』シリーズの新作です。球体にそってVHSテープを巻き付けた作品で、表面が黒いツヤツヤのオブジェであると同時に、その表面を読み取ることで映像が再生されるというものにしたかったんです。でも、『ヨコハマトリエンナーレ』のときは技術的な問題を乗り越えられず、映像を再生することができませんでした。VHSの設計を担当されていた方に相談させていただいたんですが、「ビデオとオーディオは磁気ヘッドの仕組みがまったく違うので難しい」と言われて。

八木良太『sound sphere』(2011) 写真:新良太 写真提供:東京都現代美術館
八木良太『sound sphere』(2011) 写真:新良太 写真提供:東京都現代美術館

―そんな簡単に読み取れるわけないと(笑)。

八木:VHSテープを読み取るヘッド部分って、すごく緻密な精度で作られているんです。だからテープを球体に巻いてくるくる回してヘッドに当てても読み取れるわけがない。当たり前ですよね(笑)。でも考えてみると、専門の技師が考える「再生」と、僕が考える「再生」のレベルは違うんです。きれいで完全な映像である必要はなくて、何かノイズのようなものでも捉えることができたら作品として成立するはずで。だから今回は『ヨコハマトリエンナーレ』の展示をアップデートして、ついに映像をお披露目することができると思います。

八木良太

―八木さんはオブジェとしてよりも、何らかの現象を発生させる「装置」として作品をとらえているんでしょうか?

八木:作品の目的はそこにあるんですが、一方で装置として動いていないときも美しくあってほしいんですよね。どっちが大事というわけではないんですが。

青田:作品のモノとしての美しさって、よくわかります。僕も意識しています。

八木:僕の作品って、「音」という部分がクローズアップされがちなんですけど、僕自身の意識はわりとビジュアルから入ることが多い。例えば四分割に切断したレコードをつなげ、その表面をレールに見立てて、レコード針がついた車が走るっていう作品、『Circuit(Nov.2008)』(2008年)も音が出るけれども、レコードを切ってつなげたときのグラフィックパターンがきれいだろうなという発想が出発点ですし。単純にサウンドアーティストでもないのかなっていう気がします。

―サウンドインスタレーションではあるけれど、必ずしもそれだけではないんですね。

八木:藤本由紀夫さん(1970年代より活動しているアーティスト)が、何かの雑誌で「サウンドアートは音を発想の基点にしているものであって、必ずしも音が鳴らなくてもいい」っていう話をしておられたんです。その意味では、音が鳴らなくてもサウンドアートなのかもしれないし、そもそも音を基点にしていなければ、サウンドアートでもないのかもしれないですね。

画材屋だと「美術をする」ことに焦点が当たりすぎていて、発想が飛んでいかない。ホームセンターの少し雑多な感じがいいんです。(青田)

―八木さんも青田さんも、複製メディアや大量生産品を素材に使い、彫刻的な作品に仕立てています。見た目は違っても根っこの部分が一緒な気がしますね。

八木:世代的な感覚という気もします。油絵具とか画材に対してよりも、手に取りやすい既製品のほうに親しみや魅力を感じている。そういったオブジェクトに対する意識や距離感みたいなものが共通している世代なんだと思います。

青田:僕も画材屋とか行かないですね。ホームセンターとかのほうが多い。

八木:画材屋に行ったとしてもまったく別のものに目が行っちゃうんですよ。僕、たった一度だけ「絵を描こう」と思って、画材屋で立派な木箱に入った油絵具セットを買ったことがあるんです。でも、結局作品に使ったのは立派な木箱の方で(笑)。

青田:いい作りですもんね(笑)。

八木:別の作品の箱に使って「完成!」って満足しちゃって。中身の絵具チューブは一切使わないまま、放ってあります。

左から:青田真也、八木良太

―青田さんはホームセンターで素材を探すんですか?

青田:日々新しいモチーフを探しに行ったりはしないですね。でも、陳列棚を見て、「この2つを組み合わせたら作品になるかも?」とか、アイデアをもらう機会はすごくあります。むしろ画材屋だと「美術をする」ことに焦点が当たりすぎていて、発想が飛んでいかない。ホームセンターの少し雑多な感じがいいんです。

―なるほど。先ほどの中野さんのお話にも繋がる気がしますが、これまでの美術作品では王道とされてきた絵具や画材も「オフ」してしまっていたり、さまざまな「オフ(レコ)」を見ることのできる展覧会になりそうですね。楽しみにしています。ありがとうございました。

イベント情報
神奈川県民ホールギャラリー 2013年度企画展
『日常/オフレコ』

2014年1月11日(土)〜1月30日(木)
会場:神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
時間:10:00〜18:00(入場は閉場の30分前まで)
参加作家:
青田真也
安藤由佳子
梶岡俊幸
佐藤雅晴
八木良太
料金:一般600円 学生・65歳以上500円 高校生以下無料
※障がい者手帳をお持ちの方とその付き添いの方1名は無料

『日常/オフレコ』×アート・コンプレックス2014
つむぎねパフォーマンス『さく』

2014年1月17日(金)、1月18日(土)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
出演:つむぎね(主宰・演出:宮内康乃 パフォーマンス:ArisA、浦畠晶子、大島菜央、鈴木モモ、ツダユキコ、中尾果、宮内康乃、森戸麻里未、やまもとまりこ)
料金:2,000円

出品作家によるトーク
2014年1月11日(土)14:00〜
出演:青田真也
2014年1月11日(土)15:00〜
出演:安藤由佳子
2014年1月12日(日)14:00〜
出演:梶岡俊幸
2014年1月12日(日)15:00〜
出演:佐藤雅晴
2014年1月12日(日)16:00〜
出演:八木良太

本展の展示設営をしたテクニカルスタッフトーク
2014年1月13日(月・祝)時間未定

学芸スタッフトーク
2014年1月18日(土)11:00〜、1月19日(日)11:00〜

岡田利規(チェルフィッチュ主宰)×中野仁詞(本展企画学芸員)トーク
『インスタレーションとパフォーミング・アーツ』
岡田利規書き下ろし小説(本展カタログ収録)リーディング

2014年1月19日(日)14:00〜
出演:山縣太一(チェルフィッチュ)

寒川晶子(ピアノ)パフォーマンス
テニスコーツパフォーマンス

2014年1月25日(土)15:00〜(予定)

プロフィール
八木良太(やぎ りょうた)

1980年愛媛県生まれ、京都府在住。2003年京都造形芸術大学空間演出デザイン学科卒業。音響作品をはじめとして、オブジェや映像、インスタレーションからインタラクティブな作品まで、多様な表現手法を用いて制作を行なう。身近なものを題材にして、それらが持つ機能を読み替え再編集することによって関係性や価値を反転させ、もう1つの意味を浮かび上がらせる。

青田真也(あおた しんや)

{1982年大阪府生まれ。身近な既製品や大量生産品の表面をヤスリで削り落とし、見慣れた表層を奪い去ることで、それらの実質や情報などの価値を問い直す作品を制作。近年は「モノ」にとどまらず、「空間」に対しても同様のアプローチを行っている。主な展示に、2010年『あいちトリエンナーレ2010』、『個展』(青山|目黒)、『ポジション2012』(名古屋市美術館)など。2014年2月には東京都現代美術館『MOTアニュアル2014』に参加予定。



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