世界中で愛されるライフスタイル誌『KINFOLK』の哲学を訊く

アメリカの西海岸、シアトルから200kmほど下ったところにオレゴン州・ポートランドがある。人口はおよそ60万人。インテル、IBM、ゼロックスなどのIT企業や、ナイキ、アディダス、コロンビアなどのグローバル企業が社屋を構える西北部有数の都市でありながら、少し郊外に足を伸ばせばウィラメット渓谷の豊かな自然が広がっている。また、文化的にはエリオット・スミスやThe Dandy Warhols、Modest Mouseなどのインディー系ミュージシャンも多数輩出。市民のDIYの精神が盛んであり、アメリカ最大の同人誌イベント『ポートランド・ジン・シンポジウム』も2001年より開催しており、「全米で最も環境にやさしい都市」「全米で最も菜食主義者にやさしい街」なる称号も獲得している。

2011年、そんな街でライフスタイル誌『KINFOLK』は産声を上げた。ネイサン&ケイティ・ウィリアムスという20代の夫婦を中心に作られたこのインディペンデントマガジンには、「A guide for small gatherings(小さな集まりのためのガイド)」というコンセプトが付けられている。創設からわずか3年のあいだに、ロシア語版、韓国語版、そして日本語版が相次いで出版され、今やその愛読者は世界中に広がっているのだ。

その『KINFOLK』による世界初となる写真展『KINFOLK: THE SHARED TABLE』が、渋谷の「ディーゼル・アート・ギャラリー」にて開催されている。これまでも、スパイク・ジョーンズや梅沢和木など、ファッションから映像、アートまでを横断しながら、世界中のカルチャーを紹介してきた同ギャラリーで、『KINFOLK』設立者の1人であり、ビジネスマネージャーを務めるケイティ・ウィリアムスに話を聞いたところ、ユニークな「KINFOLK哲学」の背景が見えてきた。

ネイサンが仕事を辞めると言ったとき、私は彼を信頼しようと思いました。『KINFOLK』を発行することが、彼の人生を充実させていることは理解していましたし、彼が幸福なら、私にもリターンがありますからね。

―今や日本で展覧会を行なうなど、世界規模の展開を見せている『KINFOLK』ですが、そもそも、どのような経緯からこのライフスタイル誌が生まれたのでしょうか?

ケイティ:ネイサン(『KINFOLK』編集長)と結婚したばかりの頃に、食卓を共にするようなシンプルな行動を通して、夫婦や周囲の友人との関係を深められたらいいねという話をしていました。それで、そんな暮らしのヒントになるような雑誌を探していたんです。けれども、そんな雑誌は1つもなかった。だから、私たちに加えて2人の仲間と共に、雑誌を作ろうと考えたんです。

ケイティ・ウィリアムス
ケイティ・ウィリアムス

―雑誌の始まりは、とても個人的な動機だったんですね。今回の展示でも写真だけでなく、中央に展示されたテーブルが印象的ですが、お二人はどうして「食卓を共にする」ことに興味を抱くようになったのですか?

ケイティ:私の家は、6人もの兄弟がいる大家族だったんです。みんな男の子ばかりで、女の子は私だけ。自然とやんちゃな兄弟たちの面倒を見るようなポジションになっていきました。そのような環境で育ったため、誰かと同じテーブルを囲み、食事をすることで深い会話ができるということは日常的に経験しており、大学でネイサンと出会ったときに、私だけでなく彼も同じような価値観を抱いていることに気づいたんです。

―あなたも、ネイサンもまだ20代です。多くの20代の若者は、刺激を求めて食事や暮らしをおざなりにしてしまいがちだと思うのですが……。

ケイティ:そうですね。アメリカでも、20代の若者たちはクラブに行ったり、華やかな生活を送る人が大多数です。けれども、ポートランドでは、私たちのように日々の暮らしを大切にする人々が決して少数派ではないんです。ポートランド市民は、誰かと食事を共にしたり、ゆったりとした時間の過ごし方を大切にします。それに、自然に対してもちゃんと感謝を抱いている。その意味では、アメリカの中でもちょっとユニークな街なのかもしれませんね。

『KINFOLK: THE SHARED TABLE』展示風景
『KINFOLK: THE SHARED TABLE』展示風景

―ポートランドのライフスタイルの中に、すでに『KINFOLK』が生まれる土壌があったんですね。ところで、ネイサンはもともと金融機関で働いていたそうですが、そのキャリアを投げ打ってインディペンデントな雑誌を創刊することは、とてもチャレンジングな行動ですよね。ケイティは、その創刊に対してどのような気持ちを抱いていたのでしょうか?

ケイティ:ネイサンが仕事を辞めると言ったとき、私は彼を信頼しようと思いました。『KINFOLK』を発行することが、彼の人生を充実させていることは理解していましたし、彼が幸福なら、私にもリターンがありますからね。このプロジェクトが成功するか否かについては、あまり考えませんでした。

―理想的な夫婦関係ですね。

ケイティ:ありがとう(笑)。

『KINFOLK』に広告は入っていませんし、他の媒体に広告を出稿することもありません。口コミだけの、とてもオーガニックな形で広がっていったんです。

―今回、ディーゼル・アート・ギャラリーで開催されている写真展『KINFOLK: THE SHARED TABLE』は、『KINFOLK』による世界初の写真展であり、雑誌で提示している世界観をあらためて空間で表現する試みでもあると思うのですが、展示が完成してみて、ご感想はいかがですか?

ケイティ:私のプライベートな友人も数多く写っており、豊かな自然を撮影した写真も多い。ニューヨークやカロライナで撮影された写真もありますが、まるでポートランドが再現されているようで、温かい気持ちになります。また、ギャラリーの中心に置かれたテーブルは、これからホームパーティが始まるようで、この空間に招かれているような気がしてきます。ここには、『KINFOLK』が理想とする空間ができあがっているんです。

『KINFOLK: THE SHARED TABLE』展示風景

―この写真展に、ケイティはどのような形で関わっているのでしょうか?

ケイティ:具体的なスタイリングではなく、展覧会全体のディレクションを行っています。たとえば、テーブルの上に植物がありますが、その高さは低い方がいい。テーブルに座って向かい合った人のつながりを邪魔しないような高さにすることで、デコレーションにではなく、人々のコミュニケーションに意識がいくようにしているんです。

―写真展には、『KINFOLK』にも深く関わっているカリッサ・ギャロとローラ・ダートという2人のフォトグラファーの作品が展示されています。彼女たちとはどのようなきっかけで一緒にやることになったのですか?

ケイティ:最初はこちらから、私たちの伝えたかった世界観に合いそうなフォトグラファーに連絡を取ってお願いすることから始まりました。ここに展示されている2人の写真は、その世界観をとてもよく写しだしていると思います。『KINFOLK』では「Discovering new things to cook, make and do(小さくて新しい発見の日々を送る)」というコンセプトを掲げているのですが、それは雑誌の世界観を通じて、読者が行動を起こし、アクティブに今を体験してほしいという意味。2人の写真からもそういったメッセージが伝わってくるし、今では『KINFOLK』になくてはならない存在です。

『KINFOLK: THE SHARED TABLE』展示風景

―写真や展示だけではなく、雑誌のデザイン全体にもそのようなメッセージは共通している気がしますね。

ケイティ:そうですね。さらに雑誌では、読者がリラックスした気分になるように写真を含めてデザインを作っています。たとえば余白を多用することで、読者はゆったりとページをめくることができるんです。

―たしかに『KINFOLK』のページをめくっていると、違う時間を体験しているような落ち着いた気持ちになります。ところで、2011年の創刊から、まだ3年しか経っていないにもかかわらず、今やインディペンデントマガジンとしては類を見ないほど、世界中で大成功を収めています。その理由はどこにあると考えていますか?

ケイティ:雑誌のコンセプトがシンプルであり、共感を集めやすいことが理由じゃないかなと思います。『KINFOLK』の「Small gathering」や「Discovering new things to cook, make and do」というコンセプトは誰にでも普遍的に伝わるようなメッセージですよね。どんな国の人でも、どんな文化の人にも理解できるからではないでしょうか?

『KINFOLK: THE SHARED TABLE』展示風景

―成功は予想できていた?

ケイティ:いえ。雑誌を創刊したときには、ビジネスプランも考えていませんでしたし、ここまで成功することを予想もしていませんでした。『KINFOLK』には広告も入っていませんし、他の媒体に広告を出稿することもありません。口コミだけの、とてもオーガニックな形で広がっていったんです。もちろんそのために努力をした部分も大きいですが、ラッキーでもありましたね。

―ただ、「small gathering(小さな集い)」というコンセプトに照らし合わせると、現代においては雑誌よりもインターネットのほうがリスクも少なく、『KINFOLK』という媒体には向いているのではないでしょうか? それを、あえて雑誌という形で世に送り出したところに、『KINFOLK』という媒体が持つ本質が感じられる気がします。

ケイティ:私たちは、デジタル技術によって変化していく世の中を無視するつもりはありません。『KINFOLK』でもウェブサイトを立ち上げており、ウェブオリジナルのコンテンツやシティガイドなども掲載しています。ただ、デジタルコンテンツだけだと、どうしても情報だけを押し付けているような関係になってしまう気がします。だから、雑誌という媒体を使って、ページを触りながらめくったり、紙に書かれた文字を目で追う体験を大切にしたいと考えているんです。雑誌であれば、読者が書店で手に取ることで、雑誌のコミュニティーに参加するという行動が生まれます。読者とは、行動を通じて相互の関係性を築きあげたいと考えています。

「小さな集い」であればあるほど、より簡単に人とつながり合い、深いレベルでコミュニケーションできる。

―「参加」という意味では、世界中で『KINFOLKディナー』というディナーパーティを開催し、まさに「small gathering(小さな集い)」を生み出していますね。

ケイティ:雑誌に掲載される言葉だけではなく、行動として私たちの考え方を伝えられないかと始めたのが『KINFOLKディナー』です。ここでは、KINFOLKチームと読者とがつながり合い、コミュニケーションを交わします。ディナーに参加するローカルビジネスをしている人や、小さなメーカー、フリーランスのクリエイターたちがつながることでコラボレーションが生まれ、コミュニティーの可能性が広がっていくんです。

『KINFOLK: THE SHARED TABLE』展示風景

―展示でも植物の飾り付けなどを工夫されているように、ディナーでもつながりを生むための工夫を凝らしているのでしょうか?

ケイティ:私たちが完璧な空間をオーガナイズしないように心がけています。たとえば、お客さまが来るときに、テーブルセッティングを完璧にすることはありません。お皿を渡して、並べてもらうところから始めるんです。完璧にできあがった世界を楽しんでもらうのではなく、参加者と共にディナーの空間を作り上げています。

―それは、ある意味『KINFOLK』という雑誌の作り方にも共通する部分ですね。先ほど「余白を大事にする」と言われたように、『KINFOLK』の誌面には読者が感情移入できるような余白の豊かさがあると思います。

ケイティ:その共通点は考えていませんでした。別の視点では、現在60人ほどの仲間がそれぞれの得意分野を活かしながら雑誌を作っているのですが、このように人々が集う場として機能している部分にも、雑誌作りとディナーの共通点が見えてくるんじゃないでしょうか。

『KINFOLK: THE SHARED TABLE』展示風景

―『KINFOLK』が提示する「small gathering(小さな集い)」という言葉には、親密で深い人間関係というポジティブな側面がイメージされる一方で、「内輪」や「排他的」というネガティブな側面も想起されるかと思います。あえて「small gathering」というコンセプトにこだわるのは何故ですか?

ケイティ:「小さな集い」であれば、より簡単に人とつながり合えることができるんです。集まりが小さければ小さいほど、参加した人々と深いレベルでコミュニケーションできるのはいいところだと思います。大規模な結婚式を頻繁に開催することはできないけど、ホームパーティーならいつでも開催できますよね。

―なるほど、そういう意味では「夫婦」は最小単位の「small gathering」だと言うこともできるかもしれませんね。じつは、日本の若い人は恋愛や結婚などの関係を選ばない人が増えており、人と緊密につながることを避ける傾向があると言われているんです。

ケイティ:夫婦だから、恋人がいるからベターというわけではありません。以前は、読者それぞれのライフスタイルに合った情報を選び取れるように「for one」「for two」「for few」とカテゴライズして誌面を組んでいたこともありました。誰と、どのようなつながりを作るかは、個人の嗜好や人生の段階においても違うはず。『KINFOLK』では、1人でも、2人でも、自分の人生の中で大切なものとは何なのか? を問いかけたいと考えています。

ケイティ・ウィリアムス

―今や『KINFOLK』の活動は世界中に広がり、ケイティもネイサンも世界各地を飛び回る生活を送っていらっしゃるそうですね。多忙な日々の中だと『KINFOLK』が提唱するような豊かな暮らしを送ることは難しくなりませんか?

ケイティ:忙しいのは確かですね(笑)。けれども、よく誤解されるんですが、『KINFOLK』は完璧に生きることを提案している雑誌ではないんです。読者が『KINFOLK』の提案する世界観を見て、それを自分の暮らしに取り入れる、そういうきっかけになればと考えています。私自身、すべての食事をオーガニックでまかなったり、ファーマーズマーケットで買い物をすることは難しいのですが、常に「誰がこの野菜を作っているのか」「この野菜がどのような人とつながっているのか」を意識しながら生活しています。そういった意識や想像力が、日々の暮らしをより豊かなものにしていくのだと思います。

イベント情報
『KINFOLK: The Shared Table featuring Carissa Gallo and Laura Dart』

2014年5月30日(金)~8月15日(金)
会場:東京都 渋谷 DIESEL ART GALLERY
時間:11:30~21:00
定休日:不定休
料金:無料

プロフィール
ケイティ・ウィリアムス

『KINFOLK』の共同創設者で同誌のビジネスマネージャー。2011年、アメリカ・オレゴン州ポートランドで食や暮らしの美しい風景、愛する人たちと集う時間を題材にしたライフスタイルマガジン『KINFOLK』を創刊。美しい写真を通じてつづった肩肘をはらない世界観が共感を呼び、日本を始め世界中に多くのファンを持つ雑誌へと成長。初の写真展をDIESEL ART GALLERYにて開催。展覧会ではKINFOLKに携わる多くの人々によって育まれた、1つのテーブルを囲むように集う世界観を表現。



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