語り継がれる名作『MOTHER』からの25年 鈴木慶一×田中宏和

糸井重里がプロデュースし、テレビゲーム史に残る傑作として知られる『MOTHER』。読者の中にも、リアルタイムで体験していた人は多いのではないだろうか。1989年から2006年の間にシリーズ3作が発売され、いまだ根強いファンのいる同作において、ゲーム内容とともに絶賛されたのが、物語のカギを握ることにもなった音楽だ。

小学校の教科書にも採用された“EIGHT MELODIES”をはじめ、『MOTHER』『MOTHER2 ギーグの逆襲』の音楽を手がけたのが、ムーンライダーズの中心人物であり、映画やCM音楽でも知られる鈴木慶一と、1980年代から数々の名作ゲームの音楽を手がけ、「たなかひろかず」名義でテレビアニメ『ポケットモンスター』の作曲家としても知られる田中宏和の二人。発売から25年が経った今、あらためて二人に話を伺うと、当時の制作におけるこだわりや、世界中の若者に絶大な影響を与えた後日談まで、たっぷりと語ってくれた。

20代から60代までが各1人ずつ在籍する新バンド「Controversial Spark」を昨年結成したばかりの鈴木、キャラクターに人間のダンスが憑依する斬新な音楽プレイヤーiPhoneアプリ『aDanza』を発表した田中、歳を重ねるごとに盛んさを増す二人に『MOTHER』が与えた影響とは?

『MOTHER』の音楽は、ファミコン音源の特性を知ったうえで作ろうと思ったんです。バスドラムはどれだけ低く鳴らせるのかとか、とにかく思いっきり無理しましたね。(鈴木)

―お二人といえば、『MOTHER』『MOTHER2』の音楽を共作されたことで知られていますけど、そのときが初対面だったんですか?

鈴木:そうですね。当時任天堂の社員だった田中さんが機材をたくさん持って私の家に来て。ダイニングに並べて。

鈴木慶一
鈴木慶一

田中:そんな大きなモノを担いで行ったわけじゃないですけどね(笑)。

―そのときは「鈴木さんの作った曲をファミコンの音に変えてくれる任天堂の人が来るから」みたいな感じだったんですか?

鈴木:そうですね。いきなり作業に入ったわけではなくて、最初は雑談とかしていたと思うんですけどね。好きな音楽とか、田中さんがやっていたバンドの話とか。

田中:そうそう。当時はレゲエバンドをやっていたので。あと、昔六本木にあったWAVEで買ってきたCDを一緒に聴いたり。

―鈴木さんがゲーム音楽を手がけたのは、『MOTHER』が初めてだったんですか?

鈴木:初めてでしたね。でも、ゲーム自体は昔からけっこう遊んでて、今でもスマホのゲームとかで遊んでますけど(笑)。ゲーム音楽を作るといっても、いろんな方法があったと思うんですよ。たとえばデモテープを渡して、あとはお任せするとか。でも、そのやり方をしていた人はたくさんいたし、僕はもっとファミコン音源の特性を知ったうえで作ろうと思ったんです。バスドラムはどれだけ低く鳴らせるのかとか、音楽を作る以前にどこまでできるかを教えてもらって。とにかく思いっきり無理したよね。

田中:結局、ファミコンは同時に3音しか鳴らせないから、どんな素晴らしい曲を作ってもらっても、その素晴らしさをそのままファミコンに移行できるわけではなく、より良い音楽を届けようとすると、小さい工夫の積み重ねが必要になってくるんです。僕は任天堂でずっとサウンドエンジニアをやっていたし、デモテープをもらうよりは、一緒に作業しながら理解してもらったほうが、いいものができるのでは? っていう気持ちがありました。

田中宏和
田中宏和

鈴木:ファミコンの音の特性を活かすと、同時にたくさん鳴らないので、どうしてもアルペジオ(和音を1音ずつ順番に出す演奏方法)が増えると思うんだけど、「そこをなんとかしようよ」みたいな(笑)。

田中:たとえば、少しずつ音をズラしてエコーのような効果を出してみたり、より複雑なコード感を出すためにメロディーの隙間を見つけて音を差し込んでみたりとか……。

―実際、どんな感じで作業されていたんですか?

鈴木:プログラミングしている内容はまったくこっちから見えないし、当時は言語もわからなかったから、田中さんに譜面を渡したり、口で言ったりして、打ち込んでもらってましたね。曲をギターやキーボードで作って、その場でパパパッと「こんな感じの音に変換されますよ」っていうのを確認して。

左から:田中宏和、鈴木慶一

―田中さんはかつて『ほぼ日刊イトイ新聞』で、鈴木さんの作った曲をファミコンの音に置き換えるのが惜しいといった主旨の発言をされてましたよね。

田中:最初にいくつか(鈴木)慶一さんのデモを聴いたんですけど、やっぱり本物というか、「すごい!」っていうのはありましたね。それがピーとかブブブとかっていう電子音になるわけだから、それはもったいないなと思ったわけです。でも、どんなに曲として簡素化されたとしても、もともとの曲の持っている構造やメロディーがとても魅力的だったので、こんなに愛されるものになったんじゃないかなと思うんです。

鈴木:それは田中さんの解析が的確だったからでしょうね。田中さんも自分で曲を作る人だし、ずっと一緒にいたしね。

田中:もともと僕は慶一さんのファンでした。けれどミーハーなタイプではなかったので、本人を前にして舞い上がったりもせず(笑)、冷静に取り組めたと思いますし、慶一さんを全面的に信頼していましたね。

ゲーム音楽は「繰り返し」に耐えられる曲でなければいけないのが、他の音楽と違うところ。慶一さんにもらったメロディーを散りばめて、一番いいところで鳴らすように考えていました。(田中)

―曲作りはどんなことを意識されてやられていたんですか?

鈴木:そのときはCMの音楽とかも既にやっていたんですけど、それはテレビを観ていれば無料で流れてくるわけですよね。ゲームもソフト代はかかるけど、音楽は勝手に聴こえてくる。だからこそそこは真面目にガツッとやりたいなと思ったの。音楽を作る姿勢は変わらないけど、聴いてくれる人は違うだろうなと思ったから。少なくともムーンライダーズを知らない人たちも聴くことは間違いない。だから、言い方は悪いけど、垂れ流される音楽に何か意味付けしていきたかったんです。

左から:田中宏和、鈴木慶一

田中:ゲーム音楽は「繰り返し」に耐えられる曲でなければいけないっていうのが、まず他の音楽と違うところなんですね。それと、データ容量に限りがあるので、繰り返す1曲のループが短いんですよ。長い場合は一部分だけ切り取ってしまうとか。でも、その切った部分だけループすると面白いから、それは別のところで使うとか。そういうこともやっていったかな。あとは、あるモチーフがあったときに、ゲームの最初のほうに呼び水として鳴らしておくとか。もらったメロディーを散りばめて、一番いいところでフルサイズで曲を鳴らすとか、色々試行錯誤しました。

―プロデューサー的な感じですね。

田中:ゲームを遊んだプレイヤーが、どう感じるかが大事なわけじゃないですか。1曲の完成度も大事だけど、やっぱり何十時間も遊んでもらうわけでしょ。そこはプレイヤーの心象に色を塗っていくような気持ちでやってましたね。音楽はパレットに乗っかった1つの絵具のような気持ちで。

鈴木:それまで私はゲームを遊ぶ側だったから、そこまでは気付いてないわけ。ゲームをやってるときに音楽は鳴っていたけど、まったく印象に残らないものもあっただろうし。田中さんを見て、なるほどねと思ったよね。

左から:田中宏和、鈴木慶一

―鈴木さんは、ファミコンの音に変換したときのイメージを前提に曲を作っていたんですか?

鈴木:あんまり考えてなかったですね。途中から多少はそうなっていたかもしれないけど。普通にいい曲を作りたいな、この場面に合う曲を作りたいな、気の利いた曲を作りたいなって。

―そこは田中さんがいい感じに変換してくれるからっていう信頼感が?

鈴木:そうですね。それまでやっていたゲームでは聴いたことのないサウンドが生まれるんですよ。それはやっていて楽しかったですよね。田中さんと一緒に『MOTHER』の音楽を作れたのは偶然だったのかもしれないけど、本当に素晴らしい偶然。今考えても、心からやれてよかったと思いますね。

ネタが尽きるのは、何かをインプットしないからですよ。私も体力的には衰えているはずなんだけど、ライブも行くし、映画も観るし、今日は足がもう一歩出ないなと思う日もあるけど、行かないと後で悔やむからね。(鈴木)

―『MOTHER』『MOTHER2』の経験は、後々の音楽活動にも影響しましたか?

鈴木:『MOTHER』の音楽は、最終的に生楽器の音にアレンジし直して、ボーカルも入れてサントラを作ったんです。私の中では、そこまで全部を含めて最初の『MOTHER』で、その経験は大きかったですね。

左から:田中宏和、鈴木慶一

―サントラはロンドンでレコーディングしたんですよね。

鈴木:そうなんです。本当は田中さんも一緒に行きたかったんですけど、当時はサラリーマンだったので。

田中:「そんなもんは行くな!」と言われて(笑)。

鈴木:あれはすごくお金かかったと思うんですけど、素晴らしい体験でした。ジョージ・マーティンが作ったエアースタジオでレコーディングできて、望みのミュージシャンもわりと集まって。

田中:マイケル・ナイマンとか、デヴィッド・ベッドフォードとか、超大物ばかり。

鈴木:こちらが希望したミュージシャンにある程度集まってもらえたので、かなり高品位なアルバム制作だったんですよ。ロンドンでは田中さんがいなかったから、今度は私がプロデューサーになるわけで。テイクを録ると、すべての人間が私を見るんですよ(笑)。そこから音楽を作るスピードが変わりましたね。1回聴いてどうだと、即決を求められる。それまでは迷ってばかりだったけど、今は全然悩まなくなりました。それはあのときの録音が基盤を作ってくれたんです。

左から:田中宏和、鈴木慶一

―今でも鈴木さんは、ハイペースで作品を発表されてますけど、その根底は『MOTHER』の経験が?

鈴木:あると思いますね。年齢を重ねるにつれ、作曲量もどんどん増えているんです。もう何に使うかわからない曲も作る。1980年代はそんなこと考えられなかったんですよ。締切があって、何かを作る。その繰り返しだったので。でも、最近は締切よりも手前にやってしまうことも多くて。

―普通はだんだんネタが尽きてきますよね。

鈴木:ネタが尽きるっていうのは、何かをインプットしないからですよ。新しい音楽を聴いたり、何かを自分に入れることによって喚起されるものがあるから。私も体力的には衰えているはずなんだけど、ライブも行くし、映画も観るし、そうしてないとつまらないというか。もちろん、今日は足がもう一歩出ないなと思う日もあるけど、行かないと後で悔やむからね。

『MOTHER』を作った頃は、ゲームの歴史の中でも一番面白い時期だった気がするんです。いろんな意味で雑な時代だったけど、子どもが「ごっこ遊び」するようにもの作りをする楽しさがあったんですよね。(田中)

―田中さんのその後にとって『MOTHER』の影響は?

田中:僕は基本的に任天堂のときの仕事のさまざまな影響が、ずっと繰り返し来ている気がするんですよ。今こうやって慶一さんと会えていることもそうだし、テレビアニメの『ポケモン』の音楽を作曲することになったきっかけもそうだし、クラブでチップチューンを楽しんでいる若い人たちや、日本人だけじゃなく海外の人たちと一緒にできることもゲーム音源の開発や、ゲーム音楽をやっていたからだし。そういうところからエネルギーをもらっている気がしますね。だから、50歳を過ぎてから、あらためて1980年代初頭のゲームのパワーがすごかったんだなと実感するようになりましたね。

田中宏和

鈴木:後で気付くよね。発売から25年も経っているのに「『MOTHER』やってました」って言う人と会うと、面白いものだったんだなってあらためて感じますよ。そういえば何か月か前に「映画を作っているんですが、音楽やってくれませんか? 『MOTHER』の大ファンなんです」って海外からメールが来たんです。迷ったんだけど、とりあえず映像を見せてもらったら面白かったの。すっごいインディーズな感じなんだけど、結局やっちゃったんだよね。もう突貫工事だったけど。

田中:それは観てみたいですね! 公開はされているんですか?

鈴木:7月の頭にアメリカでプレミア上映があって、今は一般公開を目指しているみたい。『For the Plasma』っていう映画なんですけど、まだ世に出るのか出ないのかもわからない。でも、面白そうだったのと、『MOTHER』が好きっていうのを聞いて、やれるかもしれないと思ったんですよね。

―素敵な縁ですよね。

鈴木:そうね。ときどきYouTubeとかで、誰かが『MOTHER』の曲をカバーしているのを見かけるけど、“SMILES and TEARS”を英語で歌っている人もいたね。あの曲をやくしまるえつこさんに歌ってもらって、世に出せたことも幸せだったな(鈴木慶一のサントラ作品集『Keiichi Suzuki: Music for Films and Games』に収録)。

―田中さんも『メトロイド』(1986年発売、田中が音楽を担当)の曲をギターで弾いている人がいたと言ってましたよね。

田中:なぜか『メトロイド』は、ヘビメタ好きなファンが多いみたいなんですよね。あとはFlying Lotus(アメリカのミュージシャン、音楽プロデューサー)も好きらしいと噂で聞いて驚いたりもしたし。さっきの慶一さんの映画の話もそうだけど、向こうの人は素直に「影響を受けました」と話してくれますよね。

鈴木:こうして25年経ってみると、本当に偶然面白いものが生まれたんだなって思いますね。偶然に負けるんですよ。信念は偶然に負ける。

鈴木慶一

―でも、お二人が出会ったのは偶然かもしれないですけど、それまでの積み重ねがあったわけですよね。

田中:タイミングですよ、絶対。これはいつも言うんですけど、昔は任天堂に入社したことなんて、恥ずかしくて友達に言えなかったから。

鈴木:ほんとに?

田中:当時ゲームセンターは不良のたまり場だったり、世間的にテレビゲームってほんと、いい印象はなかったです。ゲームがこんなにメジャーな文化になるなんて当時は思いもよらなかった。そんなもんですよ(笑)。

鈴木:『MOTHER』は入社して何年目くらいだったの?

田中:7~8年目かな。それも今思えば、ゲームの歴史の中でも、一番面白い時期だった気がするんですよね。青春よりもっと前、子どもが「ごっこ遊び」する頃ってあるじゃないですか。あれに近いかな。技術的にも精神的にも。当時はまだいろんな意味で質が低くて雑だったんですけど、そのタイミングでもの作りに関わることが楽しかったんですよね。

鈴木:新鮮だったね。私はやったことのないジャンルだったし、本当に面白がって、一生懸命やってましたね。

『MOTHER』で作った音楽をセルフカバーしてみたいなと、さっき思いましたね(笑)。いつになるかわからないけど。(鈴木)

―お二人の近況も伺いたいんですけど、鈴木さんは今正式に動いているものは、KERAさんとのユニット「No Lie-Sense」と、昨年スタートさせた「Controversial Spark」の2つですか?

鈴木:正式に表面立ってるのはね。もうじき、なんかやるかもしれないけど(笑)。

左から:田中宏和、鈴木慶一

―今後のご予定は?

鈴木:まずはControversial Sparkのアルバムを出すこと。No Lie-Senseも2枚目のアルバムがほとんどできてるんだけど、ちょっとKERAが忙しすぎるから(笑)。いずれソロも出そうと思ってるし、いろんなことを考えてますけど、1つずつ動かしていくしかないので。あと、『MOTHER』で作った音楽をセルフカバーしてみたいなと、さっき思いましたね(笑)。いつになるかわからないけど。

―田中さんのほうはゲームやポケモンの音楽はもちろん、ゲームボーイカラーの赤外線通信機能を使ったゲーム『ちっちゃいエイリアン』(2001年)を開発されたり、先日も『aDanza』という新しいiPhoneアプリを発表されたり、常に新しいジャンルでもの作りをされているイメージがあるんですけど、ご自身の中では全部つながっているんですか?

田中:意識はしてないですけど、任天堂のときに音楽も商品開発も分け隔てなくさせてもらっていたことが、ずっと残っているんですよね。あと、若い人たちをドライブしたいっていう気持ちは常にありますね(笑)。そういうことに対してはいつもマメに動こうと意識しているかもです。

『aDanza』※「力士」近日リリース予定
『aDanza』※「力士」近日リリース予定

鈴木:作曲やって、開発やって、社長もやってるわけでしょ。脳の中はすごく汗をかいてると思うんですよ。私もいろんな活動を並行しているけど、そのほうが働くことが逆に苦痛じゃなくなって、いいと思うんですよね。

田中:今の自分の状況は偶然の積み重ねですね。たとえば作曲家としての自分を考えたら、慶一さんみたいにアーティストとしての作品作りじゃなくて、「ポケモンの曲お願いします」って言われたらポケモンの曲を一生懸命書くし、「チップチューンかぁ~」って思ったらそういう方向で取り組むし。でも、「田中さんは何を作りたいの?」と聞かれたら、じつは答えられない(笑)。

鈴木:田中さんはいろんな顔を持ってますよね。経営者になるなんて、『MOTHER』をやっていた頃は思いもよらなかったし(笑)。私も一時、いろんな分野をやろうとしたけど、結局は音楽が一番性に合ってるな、音楽を作るだけでいいんじゃないかなと思うようになって。だから私からすると、田中さんの持つ多面性は興味深いなと思うんですよ。

―そんな多面性のある田中さんの最新作が、再生する音楽に合わせてキャラクターがダンスをするiPhoneアプリの『aDanza』ですけど、鈴木さんもご自身のiPod touchに入れられてましたね。

鈴木:Twitterで田中さんがつぶやいてて、「なんだろうな?」と思ってダウンロードしたんですよ。あれ、必ずしもリズムに乗らないところが面白いですよね。

『aDanza』※「力士」近日リリース予定
『aDanza』※「力士」近日リリース予定

田中:はい、基本は人が踊ったダンスのモーションキャプチャデータを元にしているのですが、プログラムが独自に音楽を解析してキャラの動きを制御しているので、開発した我々でも予期せぬダンスに出会って、スタッフみんなで大笑いしていることもあります。

―最近、新しいキャラクターもリリースされたとか?

田中:「パイナップル」と「ビキニ」と、最新が「力士」ですね。ビキニの中身はマライア・キャリーの体型を意識しているらしいです(笑)。力士は肌感を出すために、ウチの社員の肌をテクスチャーで使いました。

鈴木:カオス度が高いね(笑)。

左から:田中宏和、鈴木慶一

―これは誉め言葉ですけど、発想がおかしいですよね(笑)。日常空間に溢れる赤外線からエイリアンを捕まえる『ちっちゃいエイリアン』とか、思いもつかないようなものを提供していきたいっていうのは、田中さんの根底にあったりするんですか?

田中:それはたまたま、そのときの興味ですよ。『ちっちゃいエイリアン』の当時は、宇宙はビッグバンが起こって爆発して膨張し、また収縮したりして、いつか無くなっちゃうのなら、僕らは光の中のツブツブみたいな存在なんじゃないか……(笑)、となんとなく思ったのがきっかけで。で、今回は 「踊る」って誰でもできるし、それが面白いなと思って作り始めたアプリなんです。『aDanza』のダンスはプロアマ含め、人間の踊りをモーションキャプチャしているんですけど、人間じゃないキャラクターに人間の骨格が憑依している感じが面白いと思ったり。人は音から何がしかの感情を受け取るわけじゃないですか。踊りも音と似たようなところがあって、国境がないというか、あと年齢差もなく楽しめるなあと思って。

今まで聴いたことがない音楽に出会いたいという強い欲求がある一方で、1つの音楽を末永く楽しむための自分なりの方法というのも模索しているんです。(田中)

―お二人とも本当に次々アイデアが出てくる感じですけど、普段から何か心掛けていることはあるんですか?

鈴木:私は自分を狭い場所に置かないようにしたほうがいいと思っていて。やっぱり「音楽やってる鈴木さん」っていうのがあるじゃないですか。なるべくそうじゃない場所に自分を置くようにしてますね。今所属しているサッカーチームが3つあるんですけど、マネージャーから「なんでこんなにサッカーの予定がいっぱい入ってるんですか?」って言われていて(笑)。

―これも曲を作るためだと?

鈴木:うん。これをやらないとね、曲ができないのって。

―それ言われたら何も言い返せないですね(笑)。田中さんはどうやってインプットを得ているんですか?

田中:僕は趣味がそのまま音楽なので、とにかく聴きまくります。もともと雑多な音楽が好きなんですけど、だんだん音楽の幅を広げるためのきっかけがなくなってきて。ここ数年は女の子のジャケットのレコードを買うことに凝っていて、コロンビアとかベネズエラとか、中南米の女の子の水着ジャケを一生懸命探してますね(笑)。

田中宏和の中南米レコードコレクション

田中宏和の中南米レコードコレクション

鈴木:水着買いだね(笑)。

田中:でも、あくまで大事なのは中身ですよ(笑)。しょうもない作品もあるんだけど、たまに本当に面白いのがあるんですよ。あとはなるべく新しいものを聴くようにも心掛けています。

―それは純粋に楽しくてやっているのか、新しいものを吸収しなきゃいけないという強迫観念的なものなのか、どっちなんですか?

田中:両方ですね。

―これだけ世の中に音楽が溢れている中で、そこから新しいものを見つけるって、すごいエネルギーが必要ですよね。

鈴木:1人じゃ無理だよね。パートナーとか、マネージャーからニュースを聞いて。レコメンドしてもらったりしないと。

田中:確かにそうですね。みんな今まで聞いたことがない音楽に出会いたいという要求があるけど、僕の場合それはやっぱ新しい音楽を聞く、ってことかなぁ、と身も蓋もないけれど。あと、ジャケ買いをするのも、未知の音楽にたどり着く1つの道なんだけど、その気楽さが結果的に、音楽まみれで自分が煮詰まりにくくなることにつながるのでは、と思ったりもするんです。「末永く楽しむ」ために今は何を選択すべきか、みたいなことが、音楽に限らず最近のテーマの1つという気がしています。

イベント情報
『SOTIRED Supported by aDanza』

2014年9月18日(木)18:30~22:00
会場:東京都 表参道 OMOTESANDO Gallery
出演:
Carpainter
Chip Tanaka
DE DE MOUSE
Licaxxx
Seiho
料金:当日2,000円 当日フライヤー持参1,000円
※ 問い合せ、詳細は企画・運営担当のエレダイへ

『DIGGIN' IN THE CARTS』公開記念イベント
『Red Bull Music Academy presents 1UP: Cart Diggers Live』

2014年11月13日(木)19:00~
会場:東京都 渋谷 Womb
出演:
Rustie vs Yuzo Koshiro
Oneohtrix Point Never: Bullet Hell Abstraction IV
Fatima Al Qadiri: Forgotten World
CHIP TANAKA
DUB-Russell & (*L_*) & 初音ミク
HALLY
QUARTA 330
大久保博
井上拓
佐野電磁
杉山圭一
ローリング内沢 CURATING THE ROOM
日野太郎(VJ)
+Classic Arcade machines
料金:1,000円 ※20歳未満入場不可 / 要 写真付身分証

詳細情報
RED BULL MUSIC ACADEMY presents『DIGGIN' IN THE CARTS』

日本のテレビゲーム音楽に隠された歴史を探るドキュメンタリーシリーズ
RBMA日本サイトにて、9月4日(木)から毎週木曜日、1エピソードずつ順次公開予定
出演:田中宏和、古代祐三、植松伸夫、Flying Lotus、ほか

リリース情報
『aDanza』

2014年7月18日(金)リリース
料金:無料
動作環境:iOS6.1以上、iPhone4s~、iPod Touch(第5世代~)、iPad(第3世代~)(Android OS未対応)

Controversial Spark
『Section 1』(CD)

2014年10月22日(水)発売
価格:3,000円(税込)
Kinksize / XQCG-1904

1. Hello Mutants
2. Ex-Car
3. Section1
4. くりかえす
5. Jigoku No Hamabe
6. Over Heaven
7. Moonlight N.M.D
8. Sweet Home
9. a Hook
10. Greys
11. Controversial Short Stories
12. Spark Stories
13. First Session(Bonus Track)

プロフィール
鈴木慶一(すずき けいいち)

1951年東京生まれ。1972年にはちみつぱいを結成、アルバム『センチメンタル通り』(1972年)を発表し解散。1975年、はちみつぱいを母体に、弟、鈴木博文らが加わりムーンライダーズを結成。1976年アルバム『火の玉ボーイ』でデビューし、2011年には35周年を迎えた。ムーンライダーズの活動と並行して、1970年代半ばよりアイドルから演歌まで多数の楽曲を提供すると共に、膨大なCM音楽を作曲。任天堂より発売されたゲーム『MOTHER』『MOTHER2』の音楽は、今でも世界中に多数の熱狂的なファンを持ち、国内外の音楽界とリスナーに多大な影響を与えている。映画音楽では、北野武監督『座頭市』の音楽で『第27回日本アカデミー賞最優秀音楽賞』『第36回/シッチェス/国際カタルニヤ映画祭オリジナル楽曲賞』を受賞。2008年、ソロアルバム『ヘイト船長とラヴ航海士』をリリース。『第50回日本レコード大賞優秀アルバム賞』を受賞した。

田中宏和(たなか ひろかず)

株式会社クリーチャーズ代表取締役社長。作曲家。1980年、任天堂に入社。ゲーム&ウオッチやファミコン、ゲームボーイなどの企画及びゲームプログラム、サウンドデザインや、音源開発などに携る。ゲーム音楽の代表作としては、『メトロイド』『スーパーマリオランド』『テトリス』『ドクターマリオ』『MOTHER』(鈴木慶一との共作)『MOTHER2 ギーグの逆襲』(同)『ポケットカメラ』などがある。作曲を手がけた、テレビアニメ『ポケットモンスター』主題歌“めざせポケモンマスター”は180万枚というセールスを記録。クリーチャーズでは、蛍光灯や白熱電球、リモコン受信部など、日常の光を使って遊ぶコンピュータゲーム『ちっちゃいエイリアン』の他、『ポケパーク』シリーズ、『ポケモンレンジャー』シリーズを企画・開発。他に『ポケモンカードゲーム』シリーズのエグゼクティブプロデューサーも務める。



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