ギャラリーに鳥を放つアーティスト・狩野哲郎インタビュー

美術館やギャラリーに立ち寄ったとき、なぜか鳥の気配がする。「あれ? アートを観にきたはずなのに……」、そんな困惑した体験を提供するインスタレーションを作っているのが、今回ご紹介するアーティスト・狩野哲郎だ。

資生堂ギャラリーで1月から開催されている、『第9回 shiseido art egg』展。3名の入選アーティストによる個展の最後を飾る狩野は、さまざまな素材を組み合わせて、「環境」とも呼ぶべき空間を作り出している。素材は多岐に及び、ゴムホース、電源ケーブル、プラスチック製の食器、スーパーボール、植物、古木、そして鳥。それらが織りなす空間は、ポップさと庭園のような心地良い空気を併せ持つ。命あるものと無機物との協働を促すオルタナティブな庭は、空想上の理想郷にも見えてくる。

だがその背景にあるのは、わかりやすい調和ではなく、むしろ「わからない」ことへの飽くなき探究心だ。1つの確かな結論へ至ることではなく、その手前でさまざまな可能性が並列する状況に関心があると語る狩野は、資生堂ギャラリーの空間にいかなる「環境」を作り出そうとしているのか。

人間とはまったく違う視点、価値観を持った鳥や植物といった存在が、人と同じ空間を認識し直すことに面白さを感じているんです。

―狩野さんの作品というと、本物の鳥が展示空間の中に放されているインスタレーションの印象が強くあります。

狩野:鳥。そうですね。

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY
「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and YUKA TSURUNO GALLERY

―「鳥のアーティスト」と言われたら、本意ではないかもしれないですけど。

狩野:鳥自体の存在感が強いですからね。でも、国内で実現できた鳥のいるインスタレーションって限られているんですよ。

―そう考えると、狩野さんの作品は必ずしも鳥に収束するものではない?

狩野:鳥のいないインスタレーションを作るときでも、基本的にルールは共通しているんです。彫刻や絵画としての構成を考えつつ、一方で美術とはまったく別の価値観を同居させること。鳥は後者を実現するための要素の1つですね。

狩野哲郎
狩野哲郎

―実際、インスタレーションの要素は鳥だけではないですね。電源ケーブルやスーパーボールなどと植物を組み合わせ、オルタナティブな自然環境を立ち上げるような作品も展開されています。

狩野:工業製品などの既製品。その真逆とされる石や枝といった自然素材。その中間のようなもの……つまり既製品だったけど、機能が欠けて役割を終えたものとか、半分朽ち果てて自然みたいになっているもの。それらを本来の意味や機能から切り離して、純粋に「かたち」や「色」の構成としてインスタレーションを作っています。造形しているとまでは言いませんが、空間を構成しているんです。

―たとえば鳥は、その空間でどんな役割を担っているのでしょうか?

狩野:人間とはまったく違う視点、価値観を持った鳥や植物といった存在が、人と同じ空間を認識し直すことに面白さを感じているんです。僕が作ろうとしている空間のバランスと、人とは異なる認識方法でそれを捉えるもの、その2つの時間が混ざり合ったような作品を最近のインスタレーションでは展開しています。

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY
「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and YUKA TSURUNO GALLERY

―人間と違う視点の存在が必要だとすれば、猫や魚でもいいのでしょうか?

狩野:うーん……ちょっと違うかもしれません。猫は陸上で生きる動物だから、人間と視点が近いところにある。魚は水中で暮らしているので環境が違いすぎる。同じ環境の中に生きてはいるけれど、視点が重なり合わない、わかり合うことのできない存在に興味があるんです。

―たしかに、鳥と比べると犬や猫は意思疎通が容易な気がします。

狩野:たとえば鳥の好みそうなエサを配置したとしても、実際にはリンゴが好きなのかミカンが好きなのかまではわからないでしょう。そういった「わからなさ」みたいなものに興味があるんだと思います。僕が鳥や植物に期待するのは、自分の作品の予定調和を崩す、わからない部分をほどよく持っているところなんです。

ハンターが動物を見つける技術って、バードウォッチャーが鳥を見つける技術と重なる部分が多いんです。立ち位置は全然違うのに、両者の眼差しが重なっているのが面白くて。

―鳥の「わからなさ」に興味があるとのことでしたが、鳥について調べたりすることもあるのでしょうか。

狩野:鳥がどのような環境を好むかを知るため、果樹園の防鳥のノウハウについて調べたり、ハンターの視点について考えたりという中で、実際に狩猟の免許を取得したこともあります。

―へえ!

狩野:日本の狩猟法の免許には4種類あって、僕がとったのは「わな」と「網」です。わなは獣を、網は鳥を捕まえることが許可されている。実際はペーパーハンターなので、自分で狩りをして捕まえたことはないんですが、免許を取得する過程で、狩猟にまつわる法律や、狩猟が許されている鳥や獣の種類を知ることができました。ハンターが動物を見つける技術って、バードウォッチャーが鳥を見つける技術と重なる部分が多いんです。立ち位置は全然違うのに、自然を理解しようとする両者の眼差しが重なっているのが面白くって。

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY
「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and YUKA TSURUNO GALLERY

―目的は全然違うのに、共通している部分はたくさんある。

狩野:そうですね。たとえば街中のゴミ捨て場にかかっている黄色や緑色のネットは鳥除けとして使われているものですが、それは逆に鳥や動物にとって「食料がある」という目印になっているかもしれない。僕の作品では、鳥除けネットに限らず、ゴムのロープや電気ケーブルが本来の用途を成さないまま配置されていたりするんですが、それは我々の観点からすると間違った使い方で機能的とは言えないけれど、鳥からしてみれば、ロープは止まり木になり、延長コードはくぐり抜ける対象になったりすることもある。

―鳥にとっては絶好の遊具になっているわけですね。

狩野:必要なもの、不要なもの、安全なもの、危険なもの、便利なもの、そうでないもの。人間が共有する価値観にも違う側面があるということを示す装置を作る……とまでは言い切らないですが、さまざまな可能性を内包する空間を作るというのは常に意識しています。

「一般的に当たり前とされているものが本当に当たり前なのか?」っていう疑問を抱くことは今でもよくあります。常に反対側にも回って考えてみたいというか。

―そういった価値の転換や、人と人以外の関係に興味を持つようになったきっかけはなんでしょうか?

狩野:僕は学生時代に環境デザイン系のコースに在籍して、いわゆる住宅や都市設計の勉強をしていたんです。都市や建築をデザインするっていうのは、当然ながら相手が人間なので、人の空間や環境を設計するための法規、そして予算の枠組みもがっちり決まっています。でも、特定の誰かのためにデザインされた空間を考えるのとは違う方法で、空間を認識することはできないだろうか? と在学中に考え始めたんです。

狩野哲郎

―建築はさまざまな条件に左右されることが多いですよね。

狩野:それで発表した作品が、使われていない空き店舗の畳に、植物や雑草の種をまいて、毎日水をやるというものでした。毎日スポットライトで光を当てて、温度管理をしているうちに畳から草が生えてくる。一般的な建築の考えからすれば、畳に草が生えている状況って圧倒的に間違っているし、人のための環境として破綻していますよね。それを美術という枠組みの中で展示してみたんです。

―そこに価値の転換が生じる。

狩野:自分が住む家だったら絶対に起こってはいけない状況でも、美術作品だと見なした瞬間に全員がそれを大事に扱ったりする。それは既製品の価値や用途の転用でもあり、鳥によるギャラリーや美術館といった場の読み替えともつながってくるんです。

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY
「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and YUKA TSURUNO GALLERY

―それによって、体験者の意識も変わる。

狩野:同時に僕自身の意識を更新するきっかけでもありますね。もう1つ前の話をすると、美術大学に行く前は高等専門学校に通っていたんですよ。

―工学系ですか?

狩野:そうですね。高専に行った理由は、ものを作ることに漠然と興味があったから。でも、課程の途中まで勉強した時点で「もの作りに関わる方法はエンジニアの他にもあるんじゃないか?」と思ったんです。それで進路を変更して、東京造形大学に入学しました。

―ものに対する関心は10代からあった。

狩野:今日こうやって話していても、自分の考え方に関する癖はあまり変わってないと思いました。伝統や価値観、なんでもいいけれど「一般的に当たり前とされているものが本当に当たり前なのか?」っていう疑問を抱くことは今でもよくあります。常に反対側にも回って考えてみたいというか。変化の自由度を自分の中に持たせておきたくて、自分の立ち位置を反対側、もしくは90度くらい変えてみる。そういうことをずっとしてきたんだなって思いますね。

いろんな専門家と会話できるチャンスが得られる。そうやって興味をスライドさせることができれば、一生考え事をして過ごせるんじゃないかって思います。

―自分の立ち位置を変えることで得られる新しい経験や知は、狩野さんにとって重要なものですか?

狩野:僕が制作を続けている1番のモチベーションは、自分が知らないことを知ったり、考えたりすることなんです。でも、1つの立ち位置に留まっていては、いろんな世界にアクセスするのは難しいんですよね。だから美術をやっているとも言えます。アーティストであることによって、いろんな専門分野の方と会話できるチャンスが得られる。そうやって、興味をスライドさせることができれば、一生考え事をして過ごすことができるんじゃないかって思います。

狩野哲郎

―お話をうかがっていて感じたんですが、狩野さんは研究者肌なのかもしれませんね。たとえば「鳥はこの色が好きかもしれない」と仮定して、その試行錯誤が作品になっていく。

狩野:でも、学術的な研究がしたいわけでもないし、仮定を証明するために何かを実験しているわけでもなくて、いろんな可能性を考えながら作品を実現する段階が面白いんですよ。だから研究者向きじゃないんです。1つのことを突き詰めるタイプではないし、自分の立場を常に変えてしまいますから。

―でも、南方熊楠とか赤瀬川原平さんの超芸術トマソン(街に残る無用の建築物を撮影したシリーズ)的なものとか、好奇心から得られるものはあると思いますよ。

狩野:どうかなあ。そんなにコレクション癖もないので。

専門家ではないからこそ、見えてくる世界もきっとある。合理的ではないかもしれないけど、さまざまな物事に興味を持ち続けたい。

―今回の資生堂ギャラリーではどんな展示をする予定でしょうか? 鳥も登場するということですが。

狩野:最近、製材された木を取り入れた作品を展開しているのですが、今回もその要素を主役にして、資生堂ギャラリーに鳥を放すというプランを考えています。

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY
「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and YUKA TSURUNO GALLERY

―自然な木の枝ではなく、製材した木に興味を持った理由というのは?

狩野:2014年の夏に北海道の苫小牧にある、植物園のようなガラス温室の中でインスタレーションする機会があったんですが、あまりにも巨大な空間だったので、どうしようかなと思ったんですよ。それに普段の来園者の邪魔にならないことも条件だったので、枝打ちした枝とか丸太、垂木(たるき / 建築の構造材として使用される木材)など、使える素材も制限が多くあったんです。

―周囲が自然植物ばかりだと、人工的な素材は目立ちますよね。

狩野:それで「植物園に来るお客さんにとって許容しやすい文脈に触れながら、違和感みたいなものを差し込んでいくにはどうしたらいい?」と考え方を変えて、たどりついたのが園芸のテクニックでした。枝を支えたり、枝のかたちを整えたりするために、製材した木で支柱を作るとか、園芸家や造園家が通常やらないような材料や手法を使ってインスタレーションを組み立てたんです。もちろん詳しい人が見れば、この支柱や接ぎ木には意味がないということはすぐにわかるんだけど、気づかない人は気づかない。造園家が作ったのか、アーティストが作ったのかどっちかわからない、判断しきれないような空間になったら面白いんじゃないかと。

―なるほど。

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY

「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and
YUKA TSURUNO GALLERY
「Nature / Ideals」2015年 撮影:狩野哲郎 Courtesy of the artist and YUKA TSURUNO GALLERY

狩野:そうやって横に渡した垂木なんかは、本物の枝ではないけど、鳥にとっては拡張された枝になるかも知れないんですよ。以前、ある動物園の飼育員さんに聞いた話なんですけど、鳥にとって理想的な枝って自然にある本物の枝とは言い切れないんです。太さもまちまちだし、方向も一定じゃない。場合によっては腐っていて、折れるリスクもある。一方、垂木に限らず、ガードレールや鉄パイプはかたちも比較的均一で、安全度は樹木よりも高い。自分好みの太さや質感のものを見つけることができれば、より理想的と言えるかもしれない。

―そこにも価値の転換というか、異なる複数の価値が1つのものに重なっている状況がある。その一つひとつを必ずしもみんなが100%理解する必要はなくて、Aにも見えるし、Bにも見える、という多様性は、本当に豊かだと思います。

狩野:専門家ではないからこそ、見えてくる世界もきっとある。合理的ではないかもしれないけど、さまざまな物事に興味を持ち続けたい。それができるからこそ、自分はアーティストをしているのだと思います。

イベント情報
『第9回 shiseido art egg 狩野哲郎展「Nature / Ideals」』

2015年3月6日(金)~3月29日(日)
会場:東京都 銀座 資生堂ギャラリー
時間:火~土曜11:00~19:00、日曜・祝日11:00~18:00
休館日:月曜
料金:無料

プロフィール
狩野哲郎 (かのう てつろう)

美術作家。1980年宮城県生まれ。2005年東京造形大学造形学部デザイン学科環境デザイン / 都市環境コースを卒業した後、2007年に同大学院造形研究科美術研究領域修士課程 / 絵画コースでMFAを取得。2011年狩猟免許(わな・網猟)取得。主な個展に『自然の設計 / Naturplan』(2011年、ブルームバーグ・パヴィリオン・プロジェクト、東京都現代美術館)、『あいまいな地図、明確なテリトリー / Abstract maps, Concrete territories』(2013年、モエレ沼公園、札幌)などがある。



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