美術家・遠藤利克が表現する、日本人が忘れていた芸術の本当の姿

美術館の導線をつぶすほどに、身体を圧迫する巨大な彫刻群。どこか遺跡の発掘現場を思わせる、ほとんど建築にも近いこれらの作品を手がけたのは、遠藤利克。1980年代から制作と理論の両面で注目を浴び、国内外の芸術祭でも活躍する、現代日本を代表する彫刻家だ。

そんな遠藤の、関東圏の美術館では実に26年ぶりの大規模個展『遠藤利克展―聖性の考古学』が、埼玉県立近代美術館で開催されている。もの派やミニマリズムが台頭し、物語性が抑圧された時代に抗して、遠藤は自らの経験から、古代の世界における人間と物体、そして世界との交感を表現しはじめた。作品に一貫するのは、西洋から借り物の近代性を輸入した日本で、いかに「自前の美術」を作れるのかという途方もない問いである。

「聖性」や「原初性」を軸とする創造はいかに展開されてきたのか。関連トークイベントに登壇したヴァンジ彫刻庭園美術館の学芸員・森啓輔にも立ち会ってもらい、作家に尋ねた。

故郷ではずっと暗さを感じていたね。もう死にたいほど暗くて、そこから逃れたかった。(遠藤)

―今回の展覧会名にあるように、遠藤さんの作品では「聖なるもの」や、人間とモノや場との原初的な関係への探求が、大きなキーワードになっています。実際、展示を拝見すると、遠藤さんがこの30数年間、時代性や彫刻の枠組みをも超えて、美術をよりリアルなものにするために、これらの問題を扱ってきたことが見えてくる。今日は、これまでの歩みを振り返りつつ、遠藤利克という作家の思考をお伺いしたいと思っています。

遠藤:そもそも表現のはじめの記憶を辿ると、たとえば子ども時代には、砂遊びをするでしょう。砂で山を作って、そこに木の枝や葉っぱを置いてみると、どこかその場所が変わってくる。そこからなにか違う世界を作れるんじゃないかと漠然と思った。もちろん当時は美術の意識なんてないけど、そこが最初の記憶です。私の家は、宮大工の流れを汲んで仏像や木彫を作っていた家庭で、木材や道具は身近にあったんだけど。

遠藤利克
遠藤利克

『遠藤利克展―聖性の考古学』メインビジュアル
『遠藤利克展―聖性の考古学』メインビジュアル(オフィシャルサイトを見る

―遠藤さんは飛騨高山のお生まれですね。どんな環境でしたか?

遠藤:故郷ではずっと暗さを感じていたね。暗い路地が永遠に続いていて、家のなかも暗かった。井戸やかまどがあって、奥の方に土蔵がある。信じられないかもしれないけど、馬や牛がゴミの収集をしていたんだから。そこに父親や爺さんが飲んだくれて帰ってきては、暴れていた。もう死にたいほど暗かった。だから暗い人間にもなったし、暗い作品にもなったね(笑)。すごく封建的な土地で、そこから逃れたかった。

―そこで彫刻を学ぶ美大生として、まず名古屋に出られました。

遠藤:家業の後継として出されたんだけど、もちろん最初から後を継ぐつもりなんてありませんでした。卒業後は上京して、単価が安いから売れるだろうと版画を作ったり、具象彫刻を作ったり、はっきりしないことを続けていた。

だけどあるとき、過去を一挙に乗り越えるには、身体を晒すことだと思ったんです。当時は、状況劇場などの劇団が活躍をしていて、「路上の時代」だった。そこで、渋谷で白い紙を配るパフォーマンスをしました。これはマーシャル・マクルーハンの「メディアはメッセージである」という主張に影響されたもので、ビラ配りも内容ではなく形式がメッセージだという発想だったんです。

ビラ配りも含めたその一連の試みは、作家としてのひとつのイニシエーションだったと思う。(遠藤)

―その後の遠藤さんの作品で、巨大な作品が身体に与える感覚が重要な要素になることを考えると、パフォーマンスをされていたというのは興味深いですね。

:遠藤さんは同じ時期、ギャラリーに水を入れた水槽を置いて、来場者の靴の汚れを洗うというパフォーマンス要素のある作品も作られていますよね。

森啓輔(ヴァンジ彫刻庭園美術館・学芸員)
森啓輔(ヴァンジ彫刻庭園美術館・学芸員)

遠藤:それが、のちに重要なモチーフになる水を使った最初の作品でした。なにしろ、まだ自分のスタイルがわからず、東京に縁故もなく、美術の現場を回っても虫けらを見るような目で見られていた。

そんななかで、なにかひとつ点を打たないとと思って、そうした展示をしたんです。でも、ビラ配りも含めたその一連の試みは、のちに非常に有効に働いたと思う。結局、そこを通過することによって、なにをやってもいいんだと、ためらいがなくなったから。作家としてひとつのイニシエーションだったと思うね。

―一方で遠藤さんを語る際には、1970年に評論家の中原佑介(美術評論家、元京都精華大学学長、同大学名誉教授。2011年没)が指揮して行った国際美術展の『人間と物質』展や、先行世代の「もの派」との関係がよく触れられます。

遠藤:『人間と物質』展は名古屋に巡回したのを見て、衝撃を受けました。通っていた大学で中原佑介が講義をしていて、すべての学年の授業を聴講していました。それは大学で得た唯一の収穫だと思います。

上京したころが「もの派」の最盛期だったから、もちろん影響を受けたし、さきほどの展示で水を使ったのは、彼らが重視した最小限の素材や物質というところからきたものだった。だけど、もの派に影響をされて自分の作品を作るところまでは成熟していないわけです。彼らとは実力がまったく違っていたから。

遠藤利克

:もの派の特徴的な姿勢に、「作らない」ということがあります。この空気感は、当時の美術界に非常に強く働いていました。でも、作らないで作品にするというのはある意味で矛盾していて、若手の制作には悩ましさがあったのではないかと想像します。

遠藤:そこが超えられるべき関所であってね、作らないことが当時はとてもラディカルだと受け止められていた。しかし、もの派も実際は作っているわけだ。具象彫刻や構成主義のようには作らないというだけで、それらを引き算して、ギリギリ成り立つ物体同士の関係性を見せることが彼らの仕事だった。

でも、作らないというところにいつまでもいたら、そこから先に行けない。私もそれで10年近く、無数の失敗や試行錯誤を続けたけれど、1978年の『所沢野外美術展』で『水蝕V』という作品を作ったことから、いまに至るひとつの方向性が見えてきたんです。

たまたま立体だったから彫刻と呼ばれたけど、私にとっては、原初性自体に関わることの方が重要だった。(遠藤)

―遠藤克利さんのその後の転換点となった『水蝕V』とはどんな作品だったのでしょうか?

遠藤:このときも水を用意して制作をはじめたんだけど、どうしても作品が成立しなかったんです。そこで、苦し紛れで円状の穴を掘って、中心に水を入れたアルミ缶を埋めてみた。当時、私にとって作品が成立したことの指標は、作品から身体的に垂直性がすーっと突き抜けていく感覚を受けることだったんですが、それがあったんです。

さらに、メンテナンスをしたり眺めたりするうちに、この水が、それまでの作品で使ってきた水とは違うものだと思えてきた。これはある種、考古学的に発掘された遺跡のような水なんじゃないかという、個人的なひとつの幻想を見たわけです。

遠藤利克

―つまり、もの派的な、純粋に対象化された物質とは異なるものに見えてきたと。

遠藤:水が、自分の幻想的なイメージと重なったんです。実際、日本では水はずっと象徴的に扱われてきた物質でした。この作品の水は、そうした日本という共同体のなかで、共同幻想として連綿と扱われてきた、言葉の集合としての水の文脈に近いものだと思えたわけです。そのとき完全に水の位相が変わり、もの派と決別しました。

もの派は、そうした物語性を孕んだ物質の捉え方はまったく許容しないんです。たとえば李禹煥(日本を拠点に世界的に活動している美術家で、もの派を理論的に主導した)が、ガラスに石を落として、その作用でガラスが割れた作品を提示するとき、そこには物語性は介在せず、ただ他者化された物質同士が出会って名状しがたい場が生まれたという捉え方をします。私はこの作品で、とくにタブーを犯すような意気込みもなく、そうしたもの派の捉え方をすっと通過したんです。

遠藤利克

『Trieb-ナルチスの独房II』展示風景
『Trieb-ナルチスの独房II』展示風景

:実際、その後の「寓話」シリーズで、遠藤さんの作品は一気に物語性を帯びていくことになります。そこでは水のほかにも、たとえば火の要素も登場してきますね。

遠藤:この領域を掘ってみようと思ったんです。「寓話」シリーズでは、蛇の巻き付いた桶を作って各地で水を汲んだり、船や壺を燃やす儀式めいたことをやったり、道具としての彫刻を作りはじめました。四元素(水、火、土、空気)に人間を加え、そこに男女の性や生死、共同体や共同幻想の問題が重なり、原初性に関わる構造が生まれた。それ以後の作品は、自分で仮設したこの構造のなかから生まれてきたものです。

―今回の展示作品もその延長にあるものですが、原初性に向かうことで彫刻のなにを考えたいと思ったのでしょう?

遠藤:当時、「彫刻とは何か」という問いが追及されたりもしたけど、私にはそれはなかったんです。たまたま立体だったから彫刻と呼ばれたけど、私にとっては、原初性自体に関わることの方が重要だった。

というのも、日本には西洋的な文脈での神的なもの=宗教は欠落しているのに、近代以降、形式としてのモダニズムだけが入ってきた。でも、私はモダニズムとキリスト教は本来一体であって、その背景を捨象して形式だけを輸入するのはおかしいと考えていたんです。だから、彫刻だなんだと言っても、それは借り物だろうと。

何回見てもペラペラなんです、『ヴェネツィア・ビエンナーレ』の日本館と韓国館は。(遠藤)

―そもそも「彫刻」というジャンル意識自体が、輸入されたものだということですね。

遠藤:そうです。だけど、その日本にとっての「近代」という問題は解決していないし、いまだに乗り越え難い深遠として続いている。そこに対してなにかの橋をかけなければ、自前の美術なんてものはありえないわけだ。みんな借り物の、発泡スチロールみたいな土台の上に建物を建てている。その土台を、なんとかしようという発想なんです。

宗教的なレベルや、超越的なものにつながらないで、美術をやるのは限界があるでしょう。その部分を、原初の次元まで立ち返って、仮設でもよいからひとつの場として設定することで考える。そこから、結果としての彫刻が生まれているんですね。

『泉』(東京都現代美術館蔵)展示風景 巨大な作品が展示空間の導線を遮るように置かれる
『泉』(東京都現代美術館蔵)展示風景 巨大な作品が展示空間の導線を遮るように置かれる

―その場合の原初性というのは、限定的に日本という土地に関わるものなのか、より普遍的なものなのか、どちらなんでしょうか?

遠藤:私は、日本ということは超えた意味での原初性を考えている。だから、手つきとして日本的なものは現れるけど、作品のなかにはそういうものは現れない。原初的な状況では、どの文明も私の考える時期を経験しているだろうという想定ですね。

―このインタビュー前に行われたトークイベント(遠藤利克と森啓輔、埼玉県立近代美術館館長の建畠晢が出演し、埼玉県立近代美術館にて行われた)で、かつて何度も『ヴェネツィア・ビエンナーレ』に通うなかで、日本館はペラペラだったと発言されたのが印象的でした。

遠藤:何回見てもペラペラなんです、日本館と韓国館は。これが世界のトレンドだと解釈したそのままを出しているけど、世界と比べると、そのトレンドから二歩三歩遅れたものしか出ていない。しかも、背景にあるべき根源的なものに対する問いかけとか、自分の文脈の尻尾を持っていないから、糸を切られた凧みたいに浮遊してペラペラなんです。

遠藤利克

―本当は、その尻尾こそが重要だろうと。

遠藤:日本もいろんな知恵を持って生きてきたのだから、固有の尻尾が想定できるはずなんです。そこにキリスト教などのお仕着せのものを持ってこようとするから軽薄になる。宗教的なものに傾倒する心性というのは、普段は話題にしないけど、誰しもなんらかの局面で経験しているものです。そこに杭を打てばいいんだと考えてきたわけです。

常識を超える過剰さは、位相が異なる身体と精神の経験を呼び起こす。聖なるものはつねに過剰なんだよ。(遠藤)

―遠藤さんの作品では、とりわけ近代以降の日本で、美術をやることの土台が問われている。一方で、そもそも日本には近代という時代がなかったという議論もあります。

遠藤:そう語る人は多いですね。だけど、日本では近代がはじまってすらいなかった、という議論で終わってはいけないと思うんです。仮設されたもの、捏造されたものでもいいから、魂のある場所を立ち上げていくことこそが、日本の近代だと思います。でも、それがやられていない。

遠藤利克

:その仮設された場で、物語性を帯びた作品を作るとき、展示されていた「空洞説」シリーズのいくつかの作品に特徴的なように、円環という形態を多用されますよね。あのかたちはどこから発想されたのでしょうか?

遠藤:円環はそれ以上に還元できない、幾何学的には究極的なかたちで、世界のどの地域でもシンボリックに扱われてきた。それがなぜかを考えながら、この形態を扱ってきました。円環の作品は何度も作ってきたけど、その内部はたしかに外部と空気が違います。中心に入ると、垂直的な気体がすーっと立ち上がる。

そんな風に考えていたあるとき、石川で円環状の遺跡が発掘されて、その下に無数のイルカの骨が埋まっていたことを知って、驚愕すると同時に納得した。円環のイメージのなかで、殺戮と聖なる時空はどこか近い場所にあったんだと思ったわけです。

『空洞説-円環⇔壷』展示風景 巨大な「円環」の形態をとった作品
『空洞説-円環⇔壷』展示風景 巨大な「円環」の形態をとった作品

―聖性と暴力性は結びついていると。それで言うと、焼かれて炭化した表面やタールの香りもそうですが、作品の圧倒的な大きさも暴力性を感じさせるものです。

:通路を塞ぐように巨大な作品が設置されていて、非常にドラマチックであり、過剰さを感じさせました。美術館という場の性格をまったく変えてしまっていますね。

左から:遠藤利克、森啓輔

『空洞説』展示風景 空間を圧迫するように作品が置かれる
『空洞説』展示風景 空間を圧迫するように作品が置かれる

遠藤:スケールというものは、意味と位相を完全に転覆させるわけです。今回、「なにもあんなにでかいものを展示しなくてもいいのではないか」という意見も聞きましたが、大きさが違うと同じ形態でも身体経験としては、まるで違う。

ピラミッドでもなんでも、古代的なものは、すべて身体性に重きをおいて巨大に作られているわけです。常識を超える過剰さは、位相が異なる身体と精神の経験を呼び起こす。聖なるものはつねに過剰なんだよ。ジョルジュ・バタイユ先生も言っているように。

暴力も、生々しい性や悪の問題も、聖なるものにすごく密接に有機的に関与している。(遠藤)

―一方で、その過剰さが、遠藤さんの個展を美術館がなかなかやることができない一因にもなっているとも思います。今回も、大量の水流の音を聞かせる『Trieb-振動2017』という作品がありましたが、作品には美術館で敬遠される要素を含むものも多いですね。

遠藤:私の作品は、美術館からすると非常に嫌われ者です。汚いし、でかいし。いつも個展をしないかという話があっては、途中で「やっぱりやめます」と言われる。展示設営も、ほかの作家より圧倒的に多くの時間がかかります。だから、埼玉県立近代美術館の学芸員は頑張ってくれたわけです。無謀な決断だったとは思うけど(笑)、そのおかげでできました。

『Trieb-振動2017』展示風景 静謐な展示空間に大量の水の音が響き渡る
『Trieb-振動2017』展示風景 静謐な展示空間に大量の水の音が響き渡る

―遠藤さんが聖性の問題をずっと扱ってきたことは承知の上で、それでも個展がこのタイミングで開かれたことには、時代的な意味があるようにも感じます。というのも、東日本大震災のような災害を経験して、あらためて死や、そこに連なる聖の問題を考えはじめた人は多いのではと思うからです。こうした意見をどう感じられますか?

遠藤:もちろん私は「いま」というより、聖性や原初性はもっと重要なものとして捉えられるべきだと、「つね」に考えてきました。日本に神はいないとか、宗教の問題はないとか言い切れないのは、日常を超えた凄惨なレベルを経験したとき、宗教に向かう心性は近くに発生しているからです。それはとても大事なことだと思う。

ただ、それを体系的に捉えて見る地点まで行けていないのが、「いま」だと思います。宗教というと、忌まわしさを排除したイメージがあるけど、そうではない。

遠藤利克

―契機としては現れるけど、冷静には見られていない、ということですね。

遠藤:オウム真理教の問題が起こったときも、宗教ではなくて暴力だと言う人がいたけれど、やっぱり宗教です。暴力も、生々しい性や悪の問題も、聖なるものにすごく密接に有機的に関与している。それを理解できていない人が多い。しかし、そうした聖性や原初性についてあらためて思考して、体系化して、表現の土台にしていくことは、日本の美術を打ち出していくために欠かせないと思います。

―展示会場では、遠藤さんのその一貫した思考を感じることができますね。

遠藤:私の場合、ほとんど同じことをずっと繰り返しているわけです。微かでもいいから、なにか名状し難いものが伝わればいいかなと思う。その名状し難いものというのは、解釈ではない。「わかったわかった」という解釈ではなくて、わからないレベルが永遠に続くような経験をしてほしい。そんな場を作れたらと思っています。

遠藤利克

イベント情報
『遠藤利克展―聖性の考古学』

2017年7月15日(土)~8月31日(木)
会場:埼玉県 埼玉県立近代美術館
時間:10:00~17:30(入場は17:00まで)
休館日:月曜
料金:一般1,100円 大学・高校生880円
※中学生以下、障害者手帳をご提示の方と付添者1名は無料

プロフィール
遠藤利克 (えんどう としかつ)

飛騨高山の宮大工の家に生まれ、少年時代に地元の仏師(ぶっし)に弟子入りし一刀彫りの技術を身につけたが、その伝統的な手わざに縛られ表現の可能性が狭まることをおそれ、立体作品の純粋な表現方法に移行した。『人間と物質展』(1970年)に触発され、原初的な物質、地・水・火・風のイメージの虚構性や幻想性に目を向けたという。1970年代より焼成した木、水、土、金属などを用い、『円環』、『空洞性』等を造形の核とし作品を発表。物質感を前面に押し出そうとしながらも、遠藤の問題意識は物質の背後にある身体感覚や物語性を追求する方向へと向っている。原美術館や欧米の美術館を巡回した『プライマル・スピリット展』などでもの派に続く世代と位置づけられた時代もあったが、もの派・ポストもの派の枠を超えて人間の生と死、芸術の根源を問う作品を発表している。



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