降谷建志×nor 技術と感覚を研ぎ澄ました男たちの新たな「空間」

降谷建志のライブを壮大な演出で彩った「nor」とは何者か?

去る3月25日、都内某スタジオにて、Dragon Ashのフロントマン・降谷建志とクリエイティブレーベル「nor(ノア)」によるコラボレーションライブが開催された。このライブは『SOUND & VISION X』の第1弾として抽選で選ばれた500名のオーディエンスを前に行われたもの。ライブの詳しい模様は既に公開されているレポート記事を参照していただきたいのだが、音楽、映像、そしてテクノロジーが高次元で混ざり合い、「ライブ」という空間における新たな可能性を提示した素晴らしい夜だった。

レポート:「降谷建志×クリエイティブレーベルnor 神秘的な演出ライブで魅了」より / 撮影:伊藤惇
レポート:「降谷建志×クリエイティブレーベルnor 神秘的な演出ライブで魅了」より / 撮影:伊藤惇

この記事では、降谷と「nor」双方のコメントを交えつつ、この『SOUND & VISION X』が示唆したライブの新たな可能性について記していきたい。

まず、説明しておかなければいけないのは、降谷のライブを映像とテクノロジーで彩った「nor」とは一体、何者か? ということだろう。「nor」は、建築家、デザイナー、音楽家、エンジニアなど様々な現場で活動するクリエイターたちが、2017年に発足させたクリエイティブレーベル。テクノロジーを駆使しながら、空間設計、インスタレーション、プロダクト開発などの活動を行っている。

左から:降谷建志、nor(福地諒、板垣和宏、松山周平、中根智史)</p>
左から:降谷建志、nor(福地諒、板垣和宏、松山周平、中根智史)

今回、降谷とのコラボレーションに参加したのは、プランナー / コンセプターの福地諒、ハードウェアエンジニアの中根智史、プログラマー / ビジュアルアーティストの松山周平、建築家 / エクスペリエンスデザイナーの板垣和宏の4名。今回のライブ演出のコンセプトについて、福地はこう語る。

福地:まず、「ライブとはなにか?」という問いを立てて、自分たちのなかでいくつか答えを考えたんです。そのなかのひとつに「ライブとは、行き先未定の旅である」というものがあったんですけど、ちょうど降谷さんからも「いま作っている新曲も『旅』のイメージがあるから、そのアイデアを活かしていきたいね」って言っていただいて。

そこから、ライブ会場というこの場所、いわゆる現実を出発して、ライブを通していろんな風景を旅して、また現実に戻ってくる……そういうイメージが決まっていきました。今回は、制作チームでありながら、あくまでも降谷さんとの「アーティストコラボ」としてやらせていただけたので、降谷さんも見たことがない、僕らも見たことがない、コラボだからたどり着けるジャンプの瞬間を目指すことができたと思います。

福地諒(nor)
福地諒(nor)

結果として生み出された空間は、まるで降谷の音楽に導かれて旅に出るかのような、ひとつの空間にいながら無限の風景を思い描かせるようなものとなった。舞台となったのは普段、降谷が演奏するライブハウスや数万人規模のフェスの会場と比べれば、決して広いとは言えないスタジオ。だが、この日のライブは、作り手の創造力、そして受け手の想像力さえあれば、その空間のスケールは、いくらでも大きくできる――その事実を証明するようなライブだったといえるだろう。

 

 

職業人とアーティスト、2つの在り方を行き来する「nor」の面白さ

先の福地の発言からもわかるように、「nor」の面白いところは、普段、研究者や技術者として活動している面々がnorとして集まったときには、「アーティスト」としての側面を持ちながら作品作りを行っているところにある。「nor」のホームページには、「定義が曖昧な領域へ、テクノロジーでアプローチする」という文言もある。物事を利便的に、具体的にしていくことが社会で求められるデザインやテクノロジーの在り方だとしたら、彼らはそのテクノロジーを使って「抽象」を掴もうとしているのだ。いわば「nor」とは、一般的なデザインやテクノロジーに対する「オルタナティブ」の提示でもある。

板垣:僕らは普段、それぞれがクライアントワークでデザインに関わる仕事をすることが多くて。だからこそ「nor」では、自分たちで「なにを作るべきか?」ということを考えながら、もの作りをしていきたいと思っているんです。

基本的にデザインって「問題解決」で、クライアントから「この問題を解決してください」と言われて、それを解くことなんですよね。でも逆に、「nor」でやっているのは「問題を探すこと」なんです。まず、自分たちで問題を探してきて、その問題をスタートに、作品として形にしていく。テクノロジーって、物事を便利にしたり、楽をするためのものが多いけど、「nor」の活動のときは、そのテクノロジーを違う使い方にしてみたら、どんな面白いものができるだろう? って考えるんです。

松山:「nor」の場合は、とにかく「なにかを作る」ということが大事で、「~に向けて」とか、「~のために」ということは、あんまり大事ではないんですよね。それは、普段の仕事でやっていることなので。「nor」は、「やったことないことをやってみたい」っていう気持ちがとにかく強い集団なんです。

左から:中根智史、松山周平、福地諒
左から:中根智史、松山周平、福地諒

福地:「nor」っていう名前に込めた3つの意味が、この考え方を体現しているんですよ。数学の「n進数」と「or(もしかしたら)」を合わせて、世の中のさまざまな「n」に対してあらゆる「もしかしたら」を組み合わせてみようという意味で「nor」。あるいは、論理演算子でAとBというベン図(集合の関係を視覚的にわかりやすく表した図)があったとき、その外側を「not or」(nor)って言うんです。つまり、定義として決まりきっていない「外側」にあるものを追求したいっていうことですね。あと、もちろんそれが結果的に何を生み出すのかはっきりわからなくても、作り続けることで救われる「ノアの箱舟」の意味も含んでいます(笑)。

「nor」という名前に込められた3つの意味
「nor」という名前に込められた3つの意味

「利便性」よりも「欲望」を、「問題解決」より「問題提起」を――「nor」の活動の在り方は、自由かつアーティスティックだ。そこには、肩書きや職業などによって社会に要請される「自分」や、社会に順応させるための「自分」に縛られるのではなく、やりたいことを追い求める「もうひとつの自分」を社会に提示する大人たちの無邪気な横顔がある。

左から:中根智史、松山周平、福地諒、板垣和宏
左から:中根智史、松山周平、福地諒、板垣和宏

「『盛り上げ大会』の螺旋から1歩出たいって思ったんです」(降谷)

そして、『SOUND & VISION X』のステージの中心に立った降谷建志もまた、ミュージシャンだけでなく役者としての顔も持つなど、いくつもの「自分」を受け入れ、発信しているアーティストである。

降谷建志
降谷建志

この日のライブは、彼が2015年にリリースした1stソロアルバム『Everything Becomes The Music』の収録曲を中心としたセットリストで行われた。同作には、Dragon Ashという日本を代表するミクスチャーロックバンドのフロントマンとして、いわば「ロックスター」として人々の前に立ち続けた男によって「もうひとつの降谷建志」が刻まれている。このアルバムをリリースしたときの心境を、彼はこう振り返る。

降谷:やっぱり、いま『Everything Becomes The Music』を聴くと、無理してでもDragon Ashの音像から離れようとしている感じはするんですよね。本当はDragon Ashに、やっちゃいけないことなんてないんだけど。

—それでも、そこから離れようとしていたのは、なぜだったのでしょう?

降谷:「誰が一番盛り上げるか?」とか、友達のライブを観て「悔しい!」と思ったり……そういう「男の勝負勘」みたいなものが、バンドマンには絶対にあるんです。もちろん、ロックバンドはそれでいい。その勝負論のなかでこそ、いいライブができるし、だからこそ、みんな仲がいいし。だけど俺は、「それだけ」だとイヤだなって思ったんですよね。その「盛り上げ大会」の螺旋から1歩出たいって思ったんです。

降谷建志
降谷建志

降谷:バンドだったら、「これ、本当はやりたいけど、盛り上がらないからやらない」っていう選択肢も生まれてしまう。どうしても「勝ちたい!」と思ってしまうから。でも、「盛り上げ大会」の外側で好きなことをやりたいと思ったというか……まぁ、結局ソロのライブでも、お客さんが喜んでいる顔を見ると、同じように嬉しいんだけどね(笑)。

やりたいことをやるために。降谷建志と「nor」の共振するスタンス

ロックバンドとして「勝ち」にこだわること。その「業」を受け入れつつも、それとは違ったミュージシャンとしての在り方を模索し、ソロ活動に踏み切った降谷。そんな彼のソロにおける活動姿勢は、「外側を追求したい」という「nor」の思想にも繫がる。このスタンスの共振があったからこそ、『SOUND & VISION X』でのコラボレーションは、とても幸福な音楽と映像の融和となったのかもしれない。実際に、両者の間でお互いへのシンパシーを確認し合う場面もあったようだ。

降谷:やっぱり、俺は好奇心旺盛だし、音楽以外のクリエイターと、それぞれの磨いた刀を持ち寄るのはとても楽しいです。実際、映像も素晴らしかったしね。音に反応して波形がバーッと動くとか、ライブアートに近い、いわば「なまもの」ですよ。俺はバンドマンですから、その「瞬間」に見る価値があるものは、いいなって思います。

 

降谷:あと、最初に「nor」のチームと顔合わせをしたときも、「楽しいことをやりたいよね」っていう話はしていて。やっぱり、楽しくない時点で音楽ではないから。俺にとって音楽は、「仕事」ではあるけど、「労働」ではないんです。「nor」の人たちもアーティストだから、その意思は重々承知してくれている感じがしました。

福地:今回のライブをやるにあたってお話させていただいたとき、降谷さんにとって音楽は「実験」で、僕らにとっても「nor」は「実験」なんだっていう話でひと盛り上がりしたんですよね。

板垣:きっと降谷さんの場合、Dragon Ashらしさを求められることも多いと思うんですけど、その期待値とは別のところで、ご自身のやりたいことをやるためにソロがあると思うんです。そういう意味では、「nor」も同じというか。

松山:そうですね。降谷さんも、Dragon Ashでもやりたいことをやって、そのうえで、また別のやりたいことをやるためにソロをやっている。僕らもクライアントワークと「nor」、それぞれやりたいからやってるし。僕らには「本業100%、『nor』100%」っていう合言葉があるんですけど(笑)、「やりたいこと」の「その先に行きたい」っていう気持ちは、降谷さんと僕らも同じだろうと思います。

「体験」が重要視されるいま、両者が嗅ぎとった空間作りにおける新たな可能性

そして冒頭にも書いたように、今回のコラボレーションは、「ライブ」という空間の在り方に対して新たな可能性を示唆するものでもあった。その場にいる人々の体に直接訴えかけてくる音楽の身体的な躍動と、テクノロジーと映像によって刺激される脳内のイマジネーション。この異なる刺激のクロスオーバーによって、私たちは新たな次元での「ライブ」の喜びを知る。

 

 

いまは別々の場所で生き、別々のことを考えている者同士が、同じ場所に集まること――それ自体が、とてもかけがえのないことだと実感する時代だ。では、どのようにして、私たちは様々な人たちが喜びを共有できる「空間」を作りだしていけばいいのだろう? どうやって、喜びと刺激に満ちた「現場」を生み出していけばいいのだろう? そんな問いに対するヒントが、この『SOUND & VISION X』の試みにはあったように思う。

板垣:「空間」をもっと楽しく使いたいっていう欲求を持っている人が、いまは多いですよね。人が楽しんだり、人がそこでなにかを経験したりすることで初めて機能する空間ってあるんですよ。たとえば、ホールって、人がいなければ、なにもないただの「がらんどう」じゃないですか。そこにアーティストが入って、演出する人が入って、観客が入って……その3者が入って、初めてライブは成立する。そういう空間作りに関わっていけることはすごく嬉しいことで。

福地:最近、「nor」として新しい空間作りの在り方を模索してほしい、という依頼も増えていますもんね。

板垣:うん。ただ、単純に「盛り上げてください」って言われると、僕らは引いちゃうんですよ(笑)。そうじゃなくて、今回の降谷さんとのライブ作りのように、「この場所を面白くするために、一緒に問題を探しましょう」「一緒に考えましょう」って、前向きなモチベーションでアプローチをしてもらえるのであれば、ライブだけに限らず、全方面に向けて、面白い空間作りをしていけると思うんですよね。

 

そこに集まった人たちで「答え合わせ」をするのではなく、ともに考えようとすること。「問題を解く」のではなく、その場にいる全員で「問題を作る」くらいの余裕を持つこと。もしかしたら、いまの「空間作り」「現場作り」において重要なのは、そういったことなのかもしれない。そして、降谷はこう語る。

降谷:こういう試みが、街角のライブハウスでできたら理想ですよね。今回のように潤沢な資金がある状態でライブに望むっていうことは、ロックバンドにとって稀有なことだっていうのはわかっているんです。でも、こういう環境で実験性の高いことを何度も何度も積み重ねていけば、それがきっと、いつかは街角にも降りていくと思うんですよ。

降谷建志
降谷建志

降谷:もちろん、みんなを照らすふわっとした灯りも重要だけど、ライブハウスって、大きな灯りに照らされていない人たちのことも吸い寄せることができる場所なんですよ。今回はスタジオを借りてやっていますけど、「ここでしかできない」っていうのは悔しいから。いつかきっと、ライブハウスでもやりたいですね。

今回のコラボレーションの試みの、その先へ。ライブハウスの暗がりのなかで、ずっと「そこにいる」人たちを見つめ続けてきた男の言葉。最後に降谷は、とても彼らしい言葉を残してくれた。

降谷建志
降谷建志

番組情報
『LIVE SPECIAL 「SOUND & VISION X ~ 降谷建志 × nor ~」』

2018年6月16日(土)23:00~23:30(スペースシャワーTV)、2018年6月22 日(金)21:00~22:00(フジテレビNEXT/NEXTsmart)で放送

プロフィール
降谷建志 (ふるや けんじ)

1979年生まれ、東京都出身。1997年にDragon Ashでデビュー。フロントマンとしてバンドを牽引し続ける。プロデュースや客演などさまざまな形態で音楽作品を発表する他、2013年にはNHK大河ドラマ『八重の桜』に俳優として出演。2015年、Dragon Ashの活動と並行する形で自身初のソロプロジェクトをスタートする。

nor (のあ)

建築家、デザイナー、音楽家、エンジニアなど多様なバックグラウンドをもつメンバーによって2017年に発足したクリエイティブレーベル。テクノロジーを活用して、一般化された定義では捕捉しきれない領域へのアプローチを行う。研究で扱われる分野を多くの人が体験できる形に変換し、社会的な価値や可能性をアップデートすることを目的に、空間設計、インスタレーション、プロダクト開発など、手法に縛られない制作活動を行なっている。



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