音楽のときめきを次世代にリレーしたい

プロフィール
みるく(川崎 恵子)

1977年生まれ、東京都出身。大学卒業後、株式会社G.T.Oに就職。ライブハウス「四谷フォーバレー」の店長を勤める。傍ら株式会社インパートメントにて邦楽レーベル立ち上げ、CDの音源制作から流通までを経験。G.T.Oを退職後、ソニーミュージック SDグループでインディーズレーベル部署に転職。その後SD内U-Projectに異動、インディーズマネージメント&レーベルでアーティストの発掘から育成、CDの音源制作から流通までを担当。2008年の閃光ライオットで出会った「ねごと」とともにキューンミュージックに異動した。

ソニーミュージックのレーベル「Ki/oon Music」(キューンミュージック)で、現在ガールズロックバンド「ねごと」のディレクターを務める「みるく」さん。15年近く音楽畑を歩いてきた叩き上げの実力派で、ライブハウスの店長からキャリアをスタートさせた経験から「ゼロからイチにする仕事」をモットーとしてアーティストの発掘や育成、音源制作、プロモーションまで幅広く手掛けている。「音楽業界で働くことの楽しさをもっと伝えたい」と語る「みるく」さんにとっての音楽の仕事とは?

検事志望からライブハウスの店長に

―お仕事のことを聞く前に、まずは「みるく」というお名前に関して質問させてください。名刺を拝見したら本名の後に、「みるく」と書いてありますが……。

みるく:はい(笑)。大学卒業後に一時期、VJとして活動していたんですよね。私はちょっとHOTで可愛い映像を流すのが好きで、ネーミングもそういう感じのもので考えていたら「みるく」という名前を思いついたんです。それ以来、皆から「みるく」と呼ばれるようになり……。何度か「もうそろそろやめよう」と思ったものの、今の会社にきた時には、名刺やホワイトボードに「みるく」と書いてあって(笑)。

—(笑)。では、「みるく」さんとお呼びしてもいいんですか?

みるく:もちろんです。アーティストにもそう呼ばれていますから。でも、最近は年下のアーティストを担当することが多いので、「みる姉(ねえ)」なんて呼ばれています(笑)。

―もともと、みるくさんが音楽業界を志したきっかけはなんだったのでしょうか? 幼い時から音楽が好きで、この業界に憧れていた、とか。

みるく(川崎 恵子)

みるく:実は私、中学生の頃から検事になるのが夢で、最終的には国連で働きたいって思っていたんです。それで大学は法学部に入学し、法律事務所でアルバイトを始めたんですけど、そこで法律だけでは人を救うことができないんじゃないかと感じてしまって。そんなこともあり、現実を目の当たりにしたというか、長年の検事になりたいという夢は次第に消えていったんですよね。とはいえ、そのとき既に大学3年生。今さら違う道に進むことへの不安は、とっても大きくて。

―検事を目指していたとは意外です……。でもそこから、どういう経緯で音楽業界を志すようになったんですか?

みるく:それでゼロから考え直すためロンドンに一人旅をしに行き、現地であらゆるものを見て回ったんです。そこで感じたのが、どんな場所にも音楽が流れているということ。もちろん、音楽がなくても生きてはいけるんだけど、音楽がないとどこか味気のないものになってしまうというか。そんなパズルでいう最後のワンピースが、音楽なんじゃないかと思ったんです。そしてなにより、「音楽は人を傷つけない」と思って、これを仕事にしようと決めたんです。ただ、当然音楽業界のことは全くの無知。まだ卒業までに1年くらい就職に余裕があったので、まずはウルトラヴァイブというレコード会社でアルバイトを始めました。

―卒業後は、ライブハウス「四谷フォーバレー」の店長になったそうですが、なぜライブハウスだったのでしょうか?

みるく:そもそも検事になりたいと思ったのは、「誰かを救いたい、誰かの役に立ちたい」という想いがあったからなんです。だから音楽業界も、「音楽を作る人の役に立ちたい」という想いで目指したというか。でも、アルバイトを通して、一生懸命ともに音楽を作ってきたバンドとも別れがくることがあるという厳しい現実を目の当たりにして……。アーティストと長く付き合っていくためには、もっと初めの段階から関わっていかなければ駄目だなと思うようになったんです。それで、音楽業界の「入り口」でもあるライブハウスで働くことに決めました。

「演奏」は育成できるけど、「オーラ」は育成できない

―ライブハウスではどのようなお仕事をしていたのですか?

みるく:雇われ店長ですが、一応経営者の身でもあったのでバンドのブッキングから光熱費やアルバイト代の計算までありとあらゆる業務を経験しました。それまでは発売されたCDを聞いて、「このアーティストはきそうだね!」なんて話していたのですが、ライブハウスにはまだまだCDを発売する以前のアマチュアバンドがたくさん。その中からデビューしていくバンドも多く見てきたし、デビューしても消えていってしまうバンドもたくさんいました。でも昔から「自分の好きなアーティストが売れる!」っていう感覚はずっと持っていて。今でも、ここのライブハウスで学んだ経験が私の礎になっています。

―といいますと、具体的には?

みるく(川崎 恵子)

みるく:やっぱり一番大きいのは、バンドにはちゃんと基礎体力をつけてあげないと駄目だなっていうことです。デビューとなると浮き足立ってしまうのは当たり前。誰かが機材の運搬とか物販とか、裏方の仕事をしてくれるとなると、「自分たちは音楽だけをやっていればいい」と思ってしまいがちです。少なくとも私がバンドと一緒に仕事するときは、「今、裏では色んな人が動いているよ」と伝えるようにしています。もちろん、1つのバンドとずっと一緒にやっていくのがベストですが、それができなくなった時も自分たちの力で歩んでいけるように育成していくことの大切さも学びましたね。

―その後、邦楽レーベルを立ち上げたとお伺いしましたが、それはどのようないきさつがあったのでしょうか?

みるく:店長になって2年くらい経った頃から、ライブハウスの枠以上は応援できないことにフラストレーションを感じるようになってきて。ちゃんとCDを作って、リリースツアーをしてもっとお客さんを増やすということをやってみたくなったんです。それを会社に提案したら「やってみろ!」ということになったのですが、なんせノウハウがない(笑)。そこで、手探りでやっていった結果、他の会社と一緒に、邦楽のインディーレーベルを立ち上げることにしました。

―自らレーベルを立ち上げるって凄いですね。実際に立ち上げてみていかがでした?

みるく:レーベルっていうのは、アーティストをデビューさせる機能を担うものだと思っています。それがライブハウスとは決定的に違うところ。小さなレーベルだったので、店舗で取り扱ってもらえる枚数を決めるなど、制作から流通までの行程をすべて自分の手で経験することができて。今までライブハウスで見てきた現場とは違って、より業界の仕組みを全方位に見ることが出来ましたね。それで、ソニーミュージック SDグループでインディーズマネージメントやアーティストの発掘から育成などを手掛けるU-Projectに転職し、その後、現在の部署に異動したんです。

―現在、担当している「ねごと」は10代限定のロックフェス「閃光ライオット」から発掘してきたと伺っています。新人を発掘する際に、大切にしている要素はありますか?

みるく:う〜ん……そうですね。経験から培った直感なので言葉にするのは難しいのですが、やっぱりオーラですかね。オーラさえあれば演奏が多少駄目でも育成はできます。でも、オーラは育成することができないと思っていて。

―では、「ねごと」にはオーラがあったと。

みるく:「ねごと」に限らず、良いアーティストはみんなオーラを持っていますね。当時「閃光ライオット」でリハーサルを覗いたとき、メンバーが「よろしくお願いします!」と入ってきた瞬間、「あの娘たち、何番目に演奏するの?」とスタッフに聞いていましたから。私はアーティストと一緒に仕事をするときに「どういう人がこの音楽を作っているんだろう」という「人間力」を大切にするんです。「人間力」と言っても別に良いところだけではなくて、世間から見たら悪い個性でもいい。とにかく、そのアーティストに人を惹きつける「人間力」がなければ、心を揺さぶるような音楽は作れないと思っています。

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「生みの苦しみ」を共に感じることで生まれる作品

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—その人間力の上で、先程言っていたような「周りを見る力」をつける必要がある、と。

みるく:でも、そこは難しいところなんです。私が仕事をしていく上でポイントにしているのは、駄目な部分を埋めようとしないということ。もちろん初めはアマチュアなので、駄目なところはたくさんあるんですけど、そこを無理に補ってしまうと、どこにでもいる普通の形になっちゃうんですよね。いわゆる丸くなってしまうというか。だからマイナスがあるなら、同じくらいプラスを伸ばしてあげるように心掛けています。バランスを見ながらそれぞれの個性を伸ばすことが一番大切というか。

—例えば「ねごと」については、どういう「良い部分」があったのでしょう?

みるく(川崎 恵子)

みるく:やっぱり透明感ですね。4人揃うと他のガールズバンドにはない清涼感が出るので、その部分を伸ばしてあげたいなと。18歳のときの透明感が、22歳になってどうなるかは分からなかったのですが、まったくそれが失われていない。やっぱり、彼女たちの持つ透明感は唯一無二のものだったんです。それに、大学で同世代の友だちと接してきた分、「普通の世界」と乖離しない、地に足がついた曲を作る土台ができたんじゃないかなと思っていて。今後の曲作りやライブなどで、それはきっと活かされることだと思っています。

—「ねごと」と言えば、リズムゲームを攻略しなければ、MVが最後まで見られないなど、ユニークなインターネット上でのプロモーションが話題になっていましたね。こういった仕掛けもみるくさんが考えるのですか?

みるく:そうですね。私が彼女たちと接して驚いたのは、みんなデジタルリテラシーが高いということ。私は社内で「電脳系」と言われるくらいのオタクなので(笑)、スケジュールもデジタルで共有することが多いんですが、彼女たちもすんなりそれを活用して使いこなしてしまう。だから彼女たちの世代は、きっとインターネットと親和性が高いはずだと踏んで、そこの層を外した売り出し方はしたくないなとは思っています。

—では、みるくさんが仕事をする上で、一番楽しい瞬間はどういった時でしょうか?

みるく:楽しくもあり、同時に一番苦しいのはアーティストの歌詞をディレクションする時ですね。伝えたい気持ちがあっても、それを短い言葉にしてメロディーに乗せる作業は、とても難しいものです。アーティストと同化しなければ彼、彼女たちが何を伝えたいのかが分からないので、1週間くらいげっそりするまで話し込んで、歌詞を作っていきます。ほんと生みの苦しみを、一緒に味わっている感覚ですね。昔、私の師匠から「日本のフィールドで勝負するのであれば、歌詞はメロディー以上に、大切にしないといけない」って教わって。それ以来、アーティストの想いが伝わるよう肝に命じて、歌詞を大切にしていますね。

インディーで培ったことを、メジャーでも全方位でやり遂げたい

—通常、ディレクターが歌詞を一緒につくるものなのでしょうか?

みるく:いろいろなカタチのディレクターがいますね。私の場合は、ライブに同行したときの観客の反応や、取材を受けているときにライターさんから聞く感想などを参考にして、楽曲にフィードバックするようにしています。足を運んでいるからこそ、受け手の気持ちがわかると思いますし。

—それは、ご自身の経験から感じることでしょうか?

みるく(川崎 恵子)

みるく:そうですね。今でもライブハウスにいたころの現場感を忘れたくないとは思っています。世の中にはさまざまなバンドがいて、ものになるバンドもあれば、消えていくバンドもいる。そんな場面を何度も見てきたということも、今のディレクターという仕事に活かしたいと思っているんです。だからメジャーの会社に属していながら、私の立場は特殊なものだと思いますよ。

—なるほど。そんなみるくさんが、これから成し遂げたいことなどあったりしますか?

みるく:やっぱり私は、ライブハウスから始まって、流通や制作を経験をして、色々な角度から音楽業界を見てきた方だと思うんです。メジャーにいる人でこういうことを経験している人は少ないとも思うんですよ。だからこそ、インディーで培った、全方位やるってことを、メジャーでも広げていきたいなと思っています。後は、私はアーティストをゼロからイチにすることをずっとやってきて、それは誰にも負けたくないなって思っていて。

—なるほど。そんな原石を見つけ出す強さですね。では最後に、今後の目標を聞かせてください。

みるく:もっと未来の音楽業界を楽しいものにすることですね。というのも、音楽業界の不況がクローズアップされているせいか、日本全国のライブハウスを回っていても、昔より音楽業界に就職したいという若い人が減っているように感じているんです。私が学生だった頃より外から見て、夢がある感じに映っていないのかな、と。でも、私は本当にこの仕事が楽しいと思っているし、次の世代にもそれを伝えたい。だから、「ねごと」にはそういう役割も担ってほしいし、若い人が「ねごと」に憧れてバンドを始めたり、音楽業界に興味を持つきっかけになったらいいなと思っています。そんな仕事を通して、音楽が持つときめきを、次の世代にリレーしていきたいですね。



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