ゆきみは考え抜く。生きること、バンド活動休止後の今歌う歌

糸を手繰るような繊細さで、物語の情景を眼前に映し出してくれるような歌。今年活動休止を発表したあいくれのボーカル・ゆきみが本格的にソロ活動を始動、クラウドファンディングで制作のサポートを募り、初のソロ作品『オーバーチュアと約束』をリリースした。

ゆきみという同じ糸が織りなす、まったく違う強さを持った4曲が収録された本作。「歌う場所がほしい」と組んだバンドが活動休止となった今、ゆきみは歌に対して、この先の道について、そしてソロについて、どのようなことを考えているのだろうか。じっくり語ってもらった。

コミュニケーションって想像力。想像することをやめてしまった瞬間に成立しなくなる。

―ゆきみさんは「自分が歌う場所がほしい」という理由でバンドを組んだそうですが、そもそも「歌う場所がほしい」「歌いたい」という気持ちを持つきっかけはなんだったのでしょう?

ゆきみ:最初は、単純にカラオケが好きだったんです。中学生の頃は、放課後友達と一緒によくカラオケに行っていて。当時はバンドっていうものがよくわかっていなかったんですけど、どうやらバンドを組んだらカラオケみたいに歌う場所ができるらしいぞ! っていう(笑)。

ゆきみ
1993年12月17日生まれ。東京都出身。クラシックピアノを4歳より始める。2009年に自身がボーカルを務めるバンド「あいくれ」結成。バンド活動を行いながら、ピアノ弾き語りなどでのソロ活動も行い、その両方で作詞作曲を担当する。2016年には国立音楽大学を卒業。2019年には音楽活動のみならず、自身が製作・デザインを手がけるプロジェクト「nana and patty」を立ち上げる。2020年、バンドの活動休止を発表し、ソロ活動を本格始動するためのクラウドファンディングを実施。見事目標達成し、初のソロEP『オーバーチュアと約束』をリリース。

―自分専用のオケがあるってことですもんね(笑)。

ゆきみ:それくらいシンプルな気持ちでした。本当にカラオケの延長線上みたいなところで「歌うの楽しい! じゃあバンドやってみたらもっと楽しいのかも」と思って始めたのが最初です。

―たとえば友達に褒められたとか何か成功体験があったから、歌うのが楽しいと思えたんですか?

ゆきみ:いや、ただみんなで歌って盛り上がるだけで楽しかったんです。だから、「歌を聞かせる」というよりは単純に「歌いたい!」っていう欲求が強くて。そこから何かを決意したわけでもなく、好きなことを続けていたら今になっていました。

ゆきみ『オーバーチュアと約束』を聴く(Apple Musicはこちら

―好きな歌がお仕事になって規模感や関わる人の人数も変化したと思うんです。そうなると、「歌うのが好き」って気持ちだけでは乗り切れない時もあるんじゃないかなと思うんですがどうですか?

ゆきみ:少なくともメンバーと意見が食い違ったり、どうしても衝突したりすることはあって。でも、その時はどちらかが折れるのではなくて、お互いに違う意見を持ったうえでコミュニケーションを取って、どちらもやりたいことを見つけていく。

ゆきみ:コミュニケーションって想像力だと思うんです。想像することをやめてしまった瞬間に成立しなくなってしまう。そのすり合わせで時間もかかっちゃうんですけど、誰か一人でも「やりたくない」ことはやらないと貫いてバンドもソロもやってきていて。

3人では通れなかった道を、今、一人ひとりが歩いていて。

―今はそのコミュニケーションを取るバンドという存在がお休みになっていますが、活動休止はソロにどんな影響を与えると思いますか?

ゆきみ:今バンドが動いていないように見えますけど、私の中では今まで活動を続けてきた以上に動いていると思っているんです。この間に私は私の道を歩くし、メンバーはメンバーで見つけた道を歩く。

その中でそれぞれがいろんなことを経験するだろうし、様々なものを失っては得ていって、それでそれぞれの道がひとつになるタイミングが来た時にめちゃめちゃかっこよくなってると私は思う。

あいくれ“ジェリービーンズ”MV
あいくれは、東京都立川市出身の4人組バンド。2009年5月1日、都内高校に通う同級生ゆきみ(Vo)、小唄(Gt)、こめたに(Dr)で結成。力強くも繊細な歌声とシンプルかつダイナミックな楽器隊が圧倒的な世界観を創造している。独特な比喩表現で紡がれた言葉もまたその色をより濃くする。キャッチーなフレーズを含みながら叙情的な表情も見せるロックバンド。

―バンドを続けるという意味でもソロが必要だったと。

ゆきみ:そうですね。3人では通れなかった道を、今、一人ひとりが歩いていて。そこで得たものをいつか見せ合いっこしようよ、というか。未来のあいくれの力を増幅させるための時間だと思ってます。だから悲観的な感情は全くなくて、未来のためにできることがたくさんあるのでかなりわくわくしています。

―そういう意味では、今、ソロの作品を出したのは、ゆきみさんがひとりで通る道ということですよね。

ゆきみ:本当にそうですね。今回、タイトルを『オーバーチュアと約束』ってつけたんですけど、私の中で意味合いがふたつあって。ひとつは、自分がこうやって生きたいって決めた道、自分との約束。

もうひとつは必ずもう一回最高のかたちでステージに立とうっていうメンバーとの約束なんです。だからやっぱり基軸にはあいくれがあって、ソロをやっていてもバンドのことはいつも脳裏にありますね。

―先ほど、意見がぶつかった時はお互いがやりたいことを探すとおしゃっていましたが、そういった反発があったり、急カーブを切るような決断をしなければならない時に立ちすくむ人も多いと思うんです。ゆきみさんはそこですっと進めているように見えるのですが、それはなぜでしょう?

ゆきみ:まわりから「考えすぎだ」って言われるくらい、考え抜いているからですかね(笑)。考えすぎるって良くないことなのかなって思った時期もあったんですけど、「じゃあ考えないようにしよう」っていうことも考えてしまって。

それくらいだったら、人生そのものに対しても、音楽に対しても、もう考えなくていいくらい気が済むまで考え抜こうと思って。

生きている間と死んだあとって、どっちのほうが楽しくて素敵なんだろう。

―今まででいちばん考えたことってなんですか?

ゆきみ:いちばんは「生きること」についてです。ちょっと漠然としてるんですけど、ずっと考え続けてます。

―すごく大きいテーマですね。

ゆきみ:永遠に答えが出ないので、一生考え続けるんだろうなと思います(笑)。生きている間と死んだあとって、どっちのほうが楽しくて、どっちのほうが素敵なんだろうって考えたりとかしてて。

死んでしまったらどんな世界に行くんだろうとか、その後どうなるんだろうとか……。色んな考え方がありますけど、生きている間は実際に見ることはできないじゃないですか。でも、いつか必ず死ぬ瞬間はくる。だったら生きている間は、生きる中でできることをしようと思っています。

―たぶん多くの人が、死後の世界って本当にあるのか、とか一度は考えますよね。こういう話はいろんな人に意見を聞いたりもするんですか?

ゆきみ:「考えすぎだよ」って言う人たちとはひとつ線を引いて、その線をまたがずに付き合ってきたかもしれないです。でも、一緒に考えてくれる人たちもたくさんいますし、見守ってくれる人もいる。

人と話してみると、全然違う考え方に出会って「うわ、そういうことか~!」ってなったり、そこから自分の中でもまた別の新しい考え方が生まれたり、視野が広がる感覚があって。

―ゆきみさんにとって、「考える」というのは内に内に行く感じというよりは、いい意味での人との摩擦によって生まれるということでしょうか?

ゆきみ:そうですね。電車の移動中だったり、ただ歩いている瞬間とか、日々なんとなく考えてることについて、誰かと一緒に話したタイミングで、より考えが広がっていく。その場で「私はこういう考えなんだ」ってよりわかるのがすごく楽しいので、ひとりで考え込むって感じではないです。

みんなにわかってほしい、ということではなく、私の中にあるものを「置く」。

―今作『オーバーチュアと約束』の歌詞を読んでいると、あいくれの時よりゆきみさん個人の視界の再現度や解像度みたいなものが高くなっている印象がありました。今おっしゃっていたような考えがよりはっきりしたかたちで現れているというか。

ゆきみ:収録曲4曲を選んだ理由もまさにそこですね。“猫には三角の耳がついている”って曲は5年以上前に作った曲ですし、“アーモンドとチョコレート”は去年の夏くらいに作った曲で、制作時期はそれぞれバラバラなんですけど、とにかく私の密度が高い曲ってどれだろうって選んで集めた曲たちです。

―自分の密度が高いと思ったのはなぜだったんでしょうか?

ゆきみ:それこそタイトルに「オーバーチュア」って入ってるんですけど、私の音楽のルーツはクラシックなのでその色が強いのと、あとやっぱり歌詞ですね。みんなにわかってほしい、ということではなく、私の中にあるものを私なりに表現して置いておく。「届ける」っていうよりは「置く」みたいなイメージの強い曲を選びました。

―今の自分の考えを表現するものとして、なぜ5年以上も前に作った曲や過去の曲たちを選んだのですか?

ゆきみ:”猫には三角の耳がついている”に関しては、それこそ今もずっと考え続けている「生きること」にすごく通じている曲だから、自分の中でも古くなることはないと思っていて。

おそらく他のミュージシャンと同じように、改めて聴くと「あの頃は若かったな」って感じる曲は私にもあるんですけど、この曲はどの時代の私にも「あ、私らしい曲だな」って思ってもらえるんじゃないかなと思います。

―曲を書く時、最初から未来の自分を意識したり、自分を俯瞰して今を記録するような感覚があるのでしょうか?

ゆきみ:曲によってですね。出会った方の考え方、思考などが反映されて、第三者が現れる曲もありますし、冷静に自分のことを外から見つめている自分みたいな視点も混在していて。どちらも私の中では自然なことですね。

ゆきみ:全部自然に出てきたものなのであまり意識したこともなかったんですけど、生きていないものを生きているかのように捉えているかもしれないです。たとえば、今座ってる椅子、外を吹いている風、それらが感情を持っているような考え方、そういう目線で捉えるクセがありますね。

子どもの時はおもちゃが生きている感じがして捨てられなかった(笑)。

―それは音楽を作り始めてから出てきた目線ですか?

ゆきみ:いえ、小さい頃からだと思います。ぬいぐるみと喋ったりするあの感覚……一種のアニミズムみたいなものはずっとある気がします。

子どもの時はおもちゃが生きている感じがして捨てられなかった(笑)。こういう感覚を理解してほしいというよりは、「私はこう考えてる」っていうことをテーブルに並べているイメージなんです。

―ただ、作品を世に出すということは「ただ並べている」というよりも、聴き手の存在を少なからず想像するわけですよね?

ゆきみ:誰かにこうしてほしいとか、あなたもこういう考え方を持ってくれとかっていうことではなくて、私はこう思っている、根本的にはそれ以上でもそれ以下でもないんです。

ただ、一緒に眺めてくれる人もいるかもしれないし、それを受け取ってくれる人もいるかもしれない。私の音楽は、誰かを喜ばせるためではなく、自分が自分を喜ばせるために書いたものだけど、そこから感動が生まれたり、共感が生まれたりしたら嬉しいなって。

感情がどれだけ底に落ちていても、目線は必ず上に向けていたい。

―そういう意味で「届ける」というよりは「置いておく」という感じなんですね。曲として思いをかたちにすることは、あくまで自分のためというか。

ゆきみ:そうですね。作曲もそうなんですけど、最近は少しづつこうやったら楽しいんだとか、こうやったらイライラしないんだみたいな自分の機嫌の取り方を習得していっている気がします。

もちろん怒りとか悲しみもあるけど、感情がどれだけ底に落ちていても、目線は必ず上に向けていたい。底の底にいて本当にしんどい時もあったんですけど、どれだけ辛くても出口が必ずあるって考え抜いて。

そうしたら「必ず素敵になれる」って気持ちを持っていられるようになりました。自分を信じられるようになる努力は人一倍してきたと思います。

―努力してきたってことは、「自分は素敵な人間だ」って思う反面、自分に対して懐疑心があったんでしょうか?

ゆきみ:ありました。ビデオで自分が喋ってるのを聴くのも嫌なくらい自分の声が大嫌いな時期もあって。小学生の頃は歌うのは好きだったんですけど、聴かせるのは恥ずかしくて嫌でした。

ゆきみ:でも、中学生になって「カラオケだったら友達だけだし」という気持ちになって、高校生でバンドを始めて「歌を聴くのはメンバーだけだし」って思っているうちに、学校の生徒の前でライブをやるようになって、少しずつ聴いてくれる人が増えていって……その中で私の声を素敵だと言ってくれる人たちに出会えた。それで、「あ、こんなに楽しくて、好きって言ってくれる人にも出会えて、その先に感動が生まれるんだ」って……気づいたら音楽にのめり込んでいました。

自分が好きだと思ったものを認めていこう。

―じゃあ人から認められたことが、歌を続ける理由になった?

ゆきみ:めちゃめちゃなりました。人から褒められたことが歌の道を目指したきっかけではないですけど、音楽を聴いてくれる人の反応が続ける自信になったのは確かです。

自分が嫌いだった時は「みんな私の歌を聴きに来てるわけじゃない……」って思うくらいだったのに(笑)。だから本当に人前に出てどうこうみたいなことは、もともと考えてなかったんですよね。

―単純にただ歌いたかっただけというか。

ゆきみ:はい。でも、もちろん、テレビに出ているアーティストさんを見てかっこいいなと思ってはいたんです。でも自分が同じことをできるのか、したいのか、って思うとやっぱり自信がなかった。

人見知りも激しくて、相手の目を見て話せなかったし、「私なんかと喋るなんて……」って自分に対してかなり悲観的でした。高校生でライブハウスに出たばかりの頃は、対バンした方とお話もままならないくらいだったし、「自信がないのにステージ立っていいのかな?」って考えていたんです。

―そんな状態から「自分のことを信じよう」と思えたのはどうしてだったんでしょう?

ゆきみ:ある方に「自分に自信がない」って相談したことがあって。そしたら「自分で作った曲はいいと思ってる?」って聞かれたんです。たしかに自分が作った曲に対してだけは「すごくいい」と思えていたんですよ。それを伝えたら、「それって自信じゃない? だって自分で作った曲が好きなんでしょう?」って言われて。

「あ、これ自信って思っていいんだ!」って。自分を好きになったほうがいいから頑張ってそういう思考に持っていくのではなく、「自分が好きだと思ったものを認めていこう」って思えて、それが少しずつ自信に繋がっていったのかなと思います。劇的なきっかけがあって急に自分のことが好きになれたわけではなくて、ちょっとずつ努力して、努力したぶんだけ自分のこと認められていったということだと思います。

今は止まらずにひとりの道を考え抜いて歩いていきたい。

―ゆきみさんにとって常に考え抜くことっていうのは、ただの問題解決のためというよりは、自分のことを好きになっていくことなんですね。

ゆきみ:そうですね。歌を通して色んな人と出会い、色んな考え方と出会い、自分にも新しい思考が生まれ、「私は考え抜くことができる人間なんだ」って気づいた。

それから自分の歌、音楽、見た目や生き方も、全部好きになれるように考え抜いて。自分のことを好きでい続けられるための努力をしてきたし、ここで満足せずにもっともっと好きになれると思います。

ゆきみ:私は「一瞬という時間の枠で今を見ない」っていうことをすごく意識していて。人生という長い時間の中での「今」を見つめる。本当にしんどい時って辛さだけを切り抜いてしまいがちですが、そうするとどうしようもなく悲しくなってしまう。

でも、もっと先の未来でそのしんどさや辛いことがきっと活きると想像すると、今っていう時間が必要だと感じられると思うんです。アドバイスとは言えないかもしれないですが……! 私はそんな考えを持ちながら、未来で、かっこいいと思える自分で、あいくれを再始動させたいと思っていて。だから、今は止まらずにひとりの道を考え抜いて歩いていきたいと思っています。

リリース情報
ゆきみ
『オーバーチュアと約束』

2020年8月12日(水)配信

1. 今日を生きる
2. 猫には三角の耳がついている
3. アーモンドとチョコレート
4. 白いダリア

プロフィール
ゆきみ

1993年12月17日生まれ。東京都出身。クラシックピアノを4歳より始める。2009年に自身がボーカルを務めるバンド「あいくれ」結成。バンド活動を行いながら、ピアノ弾き語りなどでのソロ活動も行い、その両方で作詞作曲を担当する。2016年には国立音楽大学を卒業。2019年には音楽活動のみならず、自身が製作・デザインを手がけるプロジェクト「nana and patty」を立ち上げる。2020年、バンドの活動休止を発表し、ソロ活動を本格始動するためのクラウドファンディングを実施。見事目標達成し、初のソロ作品『オーバーチュアと約束』をリリース。



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