ビンテージモデルの蘇生―『007 スカイフォール』とアデルが企む、英国ポップカルチャーの全力投入

ついに50周年を迎えた映画史上最長のシリーズ『007』において、「監督」を意識することが、かつてどのくらいあっただろうか? モンティ・ノーマン作曲、ジョン・バリー編曲による“ジェームズ・ボンドのテーマ”(数年前にフィギュアスケートのキム・ヨナが演目で使った)、銃口が印象的なタイトルバック。イアン・フレミングのスパイ小説を原作としつつも、旬のダンディな俳優を迎え、映画独自に定番化させていったジェームズ・ボンドの色男キャラ。そしてボンドの恋の相手としてスクリーンを彩るボンドガールたち。

skyfall © 2012 Danjaq, LLC, United Artists Corporation, Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved.
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『007』ではこういった「枠組み」こそが映画を支えており、映画監督の個性が前面化することはずっとなかった。必要なのは面白い娯楽映画を成立させる手腕のみ。シリーズ初期を手掛けたテレンス・ヤングをはじめ、監督には匿名的な仕事に徹することができる職人が起用されてきたのだ。

しかし50年前に発明された「枠組み」は、当然鮮度も耐久性も落ちてくる。よく知られていることだが、『007』シリーズは1980年代に低迷し、スパイ物の世界観の前提であった冷戦構造が終結した時点で一度存続の危機に瀕してしまう。そこで製作陣は、1995年公開の第17作『007 ゴールデンアイ』でイノベーションを行った。ボンド役は第5代目のピアース・ブロスナンに交替し(ちなみに第一候補はリーアム・ニーソンだったという)、それまでプレイボーイのラブペットであり、女性蔑視という意見も多かったボンドガールには自立した女性像が与えられた。最も象徴的なのは、ボンドの上司「M」役に、初の女性となるジュディ・デンチが抜擢されたことであろう。

こうしてアップデートした、『007 ゴールデンアイ』の監督に起用されたのはマーティン・キャンベルだ。彼も職人タイプではあるのだが、核エネルギーの陰謀を扱った英国BBC製作のテレビシリーズ『刑事ロニー・クレイブン』を、のちにアメリカで映画『復讐捜査線』にセルフリメイクするなど(共に傑作!)、重厚なドラマを物語れる気骨の作家でもある。この時点で監督の人選にも意識変化があったのは間違いない。

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そして2006年、『007』シリーズは第21作『007 カジノ・ロワイヤル』で、さらに大胆なモデルチェンジに踏み切る。ボンド役は第6代目、良い意味で野卑な味のあるダニエル・クレイグに交替。監督には再びマーティン・キャンベルが登板し、「完璧ではないボンド」の破れ目だらけの姿をハードなタッチで描いた。これは刷新と同時にシリーズ第1作への回帰でもあり、製作陣は「モード」と「ルーツ」の両方を踏まえて仕切り直しを行ったのである。

背景として興味深いのは、2002年に始まったマット・デイモン主演の「ジェイソン・ボーン」シリーズだ。元CIAの暗殺者を描くこのハリウッド映画は、リアルタイプのアクションを志向して大ヒット。とりわけポール・グリーングラス監督による第2作『ボーン・スプレマシー』と第3作『ボーン・アルティメイタム』は、手持ちカメラの臨場感を活かした骨太のドキュメンタリータッチで好評を博した。このリアル志向の「モード」が『007』シリーズにもたらした影響は少なくないだろう。

続く2008年の第22作『007 慰めの報酬』では、監督に『チョコレート』のマーク・フォスターという意外な人選が配されたが、これは本シリーズがドラマ重視の指針を明確化したことの表明であり、共同脚本には『クラッシュ』の監督で、アカデミー賞作品賞・脚本賞を獲得したポール・ハギスが参加している。そして同路線を極めた新たなマスターピースが、今回の第23作『007 スカイフォール』だ。

監督はサム・メンデス。もともと英国演劇界の演出家として活躍していた彼は、映画デビュー作『アメリカン・ビューティー』でアカデミー賞監督賞を獲得。それゆえ「『007』シリーズ史上初のオスカー監督」というふれこみだが、実際出来上がった今作品は、彼の第2作であるギャング映画『ロード・トゥ・パーディション』に近い(この作品に出演したダニエル・クレイグがメンデスを推薦したそうだ)。ファミリー的な組織への忠誠と、それに裏切られた男の復讐心というモチーフの共通性。また『ジャーヘッド』と『レボリューショナリー・ロード / 燃え尽きるまで』でメンデスと組んだ名手ロジャー・ディーキンスの撮影も美しい。これほど「監督」の存在が前面化した『007』は完全に初めて。つまり今作は『007』の「枠組み」とサム・メンデスの「作家性」の融合なのだ。

もちろん名監督が本気でアクセルを踏んでいるだけに、その熱量は凄まじい。『007』というビンテージモデルの意義を批評的に再検討し、もう一度フレッシュに蘇生させようという意気込みに溢れている。その意味でも重要なのは、主題歌を務めるアデルだ。周知のとおり、本シリーズでは毎回旬のミュージシャンを主題歌に起用しているが、現在24歳のアデルこそは、ビンテージスタイルのソウルミュージックを独自に蘇生させ(筆者は彼女の歌を聴いた時、「女子版ヴァン・モリソン」かと思った)、英国から米国のグラミー賞をかっさらった歌姫。今回の『007』とアデルは、表現の在り方において理想的に重なっているのだ。

まさに最強の布陣をそろえて、ロンドンオリンピックの年に放たれた『007 スカイフォール』。これは英国ポップカルチャーの「全力」が投入された一本と言えよう。

映画情報
『007 スカイフォール』

2012年12月1日(土)TOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショーほか全国で公開
監督:サム・メンデス
製作総指揮:アンソニー・ウェイ
プロデューサー:マイケル・G・ウィルソン、バーバラ・ブロッコリ
原作:イアン・フレミング
脚本:ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、ジョン・ローガン
撮影:ロジャー・ディーキンス
編集:スチュアート・ベアード
音楽:トーマス・ニューマン
主題歌:アデル”スカイフォール”
出演:
ダニエル・クレイグ
ハビエル・バルデム
レイフ・ファインズ
ジュディ・デンチ
ナオミ・ハリス
ベレニス・マーロウ
ベン・ウィショー
アルバート・フィニー
ロリー・キニア
配給:ソニー・ピクチャーズ

プロフィール
サム・メンデス

1965年イギリス、バークシャー生まれ。ケンブリッジ大学卒業後、1987年チェスターのスタジオ・シアターで助監督としてキャリアをスタートさせ、1989年にはミネルヴァ・シアターの初代芸術監督、1990年には、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの作品を演出する。ロンドンやニューヨークで、『オリヴァー!』『十二夜』『桜の園』『キャバレー』『ブルー・ルーム』等、いくつもの舞台を演出し、ローレンス・オリヴィエ賞を始め数々の賞を受賞している。2002年まで、ロンドンのドンマー・ウエアハウスの芸術監督を務めた。1999年公開の映画監督デビュー作『アメリカン・ビューティー』でアカデミー監督賞、ゴールデングローブ賞 監督賞を受賞。2000年にはイギリス王室より大英帝国勲章を与えられた。2012年には監督を務めた『007』シリーズ第23作『007 スカイフォール』が公開される。



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