©弘兼憲史/講談社
「著作権」。それはときに厳格なルールとして、自由な創作を阻むものであるかのような捉えられ方をすることもある。果たして、本当にそうだろうか? 創作者が安心して作品をつくり発信し、そしてその素晴らしい作品から二次的に面白い創作が生まれもする。そんな「幸せな循環」を築くこともできるのではないだろうか。
シリーズ累計発行部数4,700万部を超えるビジネス漫画の金字塔『島耕作』。近年は「騎士団長」への転生や他作品の主人公が島に転生するなど、本編のイメージを覆す大胆なスピンオフ作品も次々と発表され、話題を呼んでいる。
連載開始から40年以上。「島耕作」とともに歩み続け、もうすぐ80歳を迎える漫画家・弘兼憲史は、なぜ自身の分身とも言える作品がこれほど自由に「いじられる」ことを許しているのか? そこには、著作権を「守る壁」ではなく「広げる扉」と捉える、プロの戦略があった。
弘兼は、「ルールがあるからこそ、僕らは安心して作品を世に出せるし、スピンオフのような新しい『遊び』もできる」と語る。今回は弘兼を中心に、担当編集者、弁護士も交えながらインタビュー。創作と権利の最前線で、作家、編集者、法律家それぞれの視点から、たっぷりと語ってもらった。
©弘兼憲史/講談社
「島耕作」シリーズ:弘兼憲史によるシリーズで、1983年、『課長 島耕作』からスタート。主人公・島耕作は大手電器メーカー「初芝電器産業」に勤めるサラリーマンで、出世には関心がなかったが、本人の意思とは無関係に社内の派閥争いに巻き込まれていく……。さかのぼって『学生島耕作』『学生島耕作〜就活編〜』『ヤング島耕作』、『ヤング島耕作主任編』、『係長島耕作』、そして課長から出世して『部長島耕作』『取締役島耕作』『常務島耕作』『専務島耕作』『社長島耕作』『会長島耕作』『相談役島耕作』がある。現在は、『社外取締役島耕作』が週刊モーニング(講談社)で連載中。
スピンオフに寛容な「島耕作」。「権利を閉じ込めるより、遊んでもらって広がるなら」
─「島耕作」シリーズといえば、近年は『騎士団長 島耕作』(シナリオ:別府マコト、作画:宮本福助)、『転生したら島耕作だった件』(作:弘兼憲史、伏瀬、川上泰樹)など、かなり大胆なスピンオフ作品が登場しています。公式がそこまで許可するのかと驚く読者も多いのですが、弘兼先生ご自身はどのようなスタンスなのでしょうか?
弘兼憲史(以下、弘兼):基本的には、編集者から企画が来るんです。「島耕作を使ってこんな漫画を作ってみたいのですが、いいですか?」と。僕は基本的に「来るもの拒まず」なタイプですから、「面白そうじゃん、いいよ」と(笑)。
担当編集者(以下、編集):弘兼先生は本当に寛容な作家さんです。普通、作家さんにとって自分のキャラクターは我が子のようなものですから、「こんなふざけた設定で作品を汚すなんて!」と怒られてもおかしくない。でも先生は、しっかり練られた企画であれば、たいていのことは受け入れてくださるんです。
弘兼憲史(ひろかね けんし)
1947年山口県岩国市生まれ。早稲田大学卒業。松下電器産業に勤務の後、1974年に漫画家デビュー。1985年『人間交差点』(原作 矢島正雄)で『第30回小学館漫画賞青年一般部門』、1991年『課長 島耕作』で『第15回講談社漫画賞一般部門』、2000年『黄昏流星群』で『第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞』、2003年同作で『第32回日本漫画家協会賞大賞』を受賞。2007年には紫綬褒章受章。主な作品はほかに、『ハロー張りネズミ』『加治隆介の議』 など多数。現在は『社外取締役 島耕作』(「モーニング」)、『黄昏流星群』(「ビッグコミックオリジナル」)を連載中。
─「自分の作品が壊される」という怖さはないのでしょうか?
弘兼:映画化やドラマ化のときもそうなんですが、僕は素材としての作品を提供したら、あとは料理人の自由だと思っているんです。自分が渡したお肉をステーキにしようが、しゃぶしゃぶにしようが、それは向こうの勝手。いちいち口を出すよりは、プロに任せたほうがいいかなと。
それに、いくらスピンオフで遊ばれても、40年以上積み上げてきた「島耕作」という本家の世界観は、そう簡単に揺らぎませんから。
編集:スピンオフ作品で興味を持ってくれた若い人が、「元ネタはどうなんだろう?」と、本編を読んでくれる流れも実際に生まれていますね。
弘兼:そうそう、お互いに読者が増えればWin-Winじゃないですか。権利をガチガチに守って閉じ込めるより、遊んでもらって広がっていくなら、そのほうがうれしいですよね。
『転生したら島耕作だった件』著:弘兼憲史、伏瀬、川上泰樹 ©弘兼憲史/講談社
島耕作は自分から口説かない——キャラクターや世界観の「美学」を守る
─逆に「これだけはNG」というラインはあるのでしょうか?
弘兼:やっぱり、島耕作のキャラクターや世界観を完全に破壊するようなものはダメです。特に気をつけているのは、「島耕作をかっこ悪くしない」ということ。
編集:ギャグやパロディであっても、人として卑怯なことをしたり、美学に反したりする行動はさせない。そこは編集部側でも気をつけて確認しています。
弘兼:あとは、女性関係ですかね。島耕作は「オフィスラブ」の漫画だと思われがちですが、じつは連載40数年、自分から女性を口説いたことは一度もないんです。
すべて「相手から好意を持たれて、受け入れる」というかたちにしています。自分からガツガツいったり、去っていく女性を追いかけたりしたら、ただの「女性関係にだらしない男」になってしまう。そこは連載当初から、キャラクターの品格を守るために意識しています。
編集:スピンオフの作家さんもそこはリスペクトしてくださっていて、どんなに突飛な設定でも、「島耕作としての美学」だけは崩さないように描いてくださっています。
─思えば「島耕作」シリーズ自体、長期連載のなかで島耕作というキャラクターのイメージを維持し続ける試みとも捉えられますね。昇進し続け、年齢も重ねていく島耕作をどう描くかについて、弘兼先生ご自身が意識されていることはありますか。
弘兼:そこはどう描くか、難しいところですよね。いきなりお爺ちゃんにするわけにはいかないので、少しずつほうれい線を入れたり、髪を白くしたりして、イメージを崩さないように微調整しながら加齢させています。
編集:島耕作はつねに先生と同じ年齢という設定です。読者も一緒に歳を重ねているので、そこも含めてリアルなドキュメンタリーのように楽しんでいただいているのかもしれません。
「リアルを追求すればするほど、権利の壁にぶつかる」——制作現場の知恵と工夫とは?
─ここからは、制作現場における「著作権のリアル」についてうかがいます。弘兼先生の作品といえば、背景の描き込みが緻密で、実在の企業のパロディや、街並みがリアルに描かれているのが特徴です。これらは毎回、許可を取っているのでしょうか?
弘兼:基本的には自分で取材に行って写真を撮っていますが、今は著作権フリーの画像を活用することもあります。とはいえ実在の看板や企業名は基本的には毎回変えるようにしています。
ただ、札幌のススキノを描いたときは迷いました。あそこにはウイスキーの有名なヒゲのおじさんの看板があるじゃないですか。あれを別のものに変えてしまうと、ススキノだとわからなくなってしまう。なので、あそこは「もし怒られたら謝ろう」と腹をくくってそのまま描きました。
編集:そのあたりはケースバイケースで判断していますが、変更して書くのが基本だと思います。
弘兼:もちろん、どうしても変えられないものもある。たとえばエンパイア・ステート・ビルディング(米ニューヨークの超高層ビル)や東京タワーなんかは、かたちを変えるわけにいかないでしょう。東京タワーに関しては、念のため事前に「作品に使わせてください」と連絡を入れていますね。
─ここで弁護士の飯田真弥先生にうかがいたいのですが、法律的には「街の風景」を漫画に描くことは許されるのでしょうか?
飯田真弥弁護士(以下、飯田弁護士):建築物や屋外に恒常的に設置された美術作品は、美術作品のコピーを販売する目的などの場合を除いて、基本的には自由に撮影したり描写したりして利用できることになっています。街並みやビルを描くこと自体は、原則として著作権侵害にはなりません。ただ、施設によっては「敷地内での商業撮影・利用には許可が必要」というルールを定めている場合があります。
また、企業の看板などは商標権の問題や、「勝手に使われた」というクレームのリスクもあります。ですので、編集部がなさっているような事前確認や看板の描き換えは、法律以上にトラブル回避の実務として非常に重要といえますね。
飯田真弥(いいだ しんや)
弁護士。文化庁著作権課著作権調査官。
弘兼:昔、『ハロー張りネズミ』でとある実在の施設を描いたときは大変でしたね。すぐにクレームが来て、単行本では描き直しました。ストーリーの背景として描いただけでもクレームにつながることがある、というのはひとつ勉強になりました。
『ハロー張りネズミ』著:弘兼憲史 ©弘兼憲史/講談社
─「リアリティ」と「権利」の狭間で、作家と編集者はつねに綱渡りをしているわけですね。
編集:ほかの作家さんにも、「資料写真をそっくりそのまま描くことはしないように」ということは入念にお伝えするようにしています。
─漫画を読んでいると、たまに実在の楽曲が登場する際にJASRACのマークがついていますよね。あれも毎回、許可をとられているということでしょうか。
編集:そうですね。歌詞を掲載する場合は、きちんと許諾を得ています。
弘兼:でも、週刊連載のスピード感だと手続きが間に合わないこともあります。どうしても何か歌わせたいときは、言葉を入れずに歌っている絵にして「♪〜」と音符だけ入れたり、著作権の切れた古い歌謡曲や童謡を選んだりして、工夫していますね。
編集:作中で何らかのニュースを取り扱うときも、必ず複数の媒体を参照するようにしています。また、文章をそのまま転記するのではなく、なるべくオリジナルの表現に直したり、対象となる企業等に直接取材したりするようにしています。
弘兼:リアルを追求すればするほど、権利の壁にぶつかる。でも、そこをなあなあにせず、知恵を絞ってクリアしていくのもプロの仕事なんでしょうね。
SNS時代の「グレーゾーン」とどう付き合うか。「遊び」と「搾取」の線引きとは?
─現代の著作権問題で避けて通れないのが、SNSです。漫画の1コマをスクリーンショットで撮って面白おかしく投稿する、いわゆる「ミーム」的な使い方もよく見かけます。これについて、先生はどう思われますか?
弘兼:正直なところ、個人の楽しみの範囲なら「目くじらを立てない」というのが本音ですね。悪意がなく、商売の規模も小さいなら、わざわざ訴えるようなことはしていません。
飯田弁護士:ただ、法的な立場から補足させていただきますと、漫画のスクショを無断でSNSにアップロードする行為は、著作権法上の「公衆送信権」の侵害にあたります。著作権法上の「引用」の要件を満たしていれば別ですが、単に画像を貼るだけでは「引用」とは認められにくい。
現状は、宣伝効果などを考慮して権利者が「黙認」しているケースもありますが、事態を把握していないだけの場合もあります。「いつ訴えられてもおかしくない状況である」という危ういバランスのうえに成り立っていることは、ユーザーの皆さんにも知っておいていただきたいですね。
弘兼:そうなんですよね。「作品の宣伝になるからいいか」とも思いつつ、「好きにやっていいよ」とは公言できない。
ただ、いわゆる海賊版サイトのような、他人の作品を使って不当に利益を得るようなシステムについては徹底的に戦います。「遊び」と「搾取」は違いますから、そこは線引きが必要ですね。
編集:海賊版については出版社としても厳しく対応しています。一方で、ファンの皆さんが楽しんでくれている二次創作やSNSでの話題化は、作品の寿命を延ばしてくれる側面もある。その線引きは非常に難しいところですが、今はケースバイケースで判断せざるを得ないというのが現状です。
「黙っていては権利は守られない」。権利が侵害されたときの相談窓口も
─「戦う」といえば、弘兼先生は以前から、漫画家の権利を守るための活動にも尽力されてきましたね。
弘兼:そうですね。2000年代初頭にレンタルコミックの貸与権が問題となったときには、漫画家を代表して国会へ行き、法務委員会で意見を述べました。
当時は、レンタルビデオ店のように漫画も貸し出されていましたが、漫画家には一銭も入ってこなかった。「出版社がつくったものを勝手に貸して、努力もせずに利益を得るのはおかしい」と訴え、最終的に法改正が実現しました。そのおかげで、今はレンタルされた分のお金が作家にも還元されるようになっています。
─先生たちの訴えがあったからこそ、今の制度があるんですね。
弘兼:やっぱり、黙っていては権利は守られないですから。今は「出版ADR(裁判外紛争解決手続)」など、著作権に関する相談窓口もできています。里中満智子さんや浅田次郎さんなど、著名な作家が先頭に立って動いている。
若い作家さんたちには創作に専念してほしいけれど、自分の権利が侵害されたときに相談できる場所があることは知っておいてほしいですね。
「ルールは創作を邪魔するものではなく、守るための土台」。若手クリエイターや読者へのメッセージ
─新しい技術といえば、「生成AI」についてもうかがいたいです。先日、制作過程の一部で画像生成AIを活用した『島耕作』の番外編タイアップ作品(『島耕作 競馬探訪篇』)が発表され、話題になりました。
弘兼:あれも編集部からの提案でしたね。主人公の顔などは僕の絵を使っていますが、背景やモブキャラクターは、僕の絵柄を学習したAIが生成しています。もちろん、デッサンが狂っていたり、指の数が変だったりして、「下手だなあ」と思う点はたくさんありますよ。でも、新しいツールを頭から否定するよりは、使えるところは使えばいいんじゃないか、と。
編集:もちろん、最終的なクオリティラインについては先生ご自身や我々がチェックしたうえで、完成にこぎつけました。生成AI技術の発達は目を見張るものがあります。我々としても、著作権者の権利をしっかりと守りながら、正しく活用できる道を模索していくことが大切だと考えています。
『島耕作 競馬探訪篇』©弘兼憲史/講談社
─最後に、これから創作活動を行う若きクリエイターや、コンテンツを楽しむ読者に向けて、メッセージをお願いします。
弘兼:著作権というと、どうしても「あれもダメ、これもダメ」という「禁止のルール」だと思われがちです。でも今日お話ししたように、ルールがあるからこそ、僕らは安心して作品を世に出せるし、スピンオフのような新しい「遊び」もできる。ルールは創作を邪魔するものではなく、守るための土台だと思います。
あと、忘れてはならないのは「作品の向こうには、魂を削ってつくっている人間がいる」ということです。そこに最低限の敬意を持ってもらえればたいていのことは大丈夫だと思います。逆に、あまりに無茶苦茶やると、本気で捕まっちゃいますからね。そこは意識しつつ、これからも作品を楽しんでもらえればと思います。
撮影場所:東京ミッドタウン日比谷
- 作品情報
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『課長島耕作』
著者:弘兼憲史
発行:講談社
©弘兼憲史/講談社
- プロフィール
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- 弘兼憲史 (ひろかね けんし)
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1947年山口県岩国市生まれ。早稲田大学卒業。松下電器産業に勤務の後、1974年に漫画家デビュー。1985年『人間交差点』(原作 矢島正雄)で『第30回小学館漫画賞青年一般部門』、1991年『課長 島耕作』で『第15回講談社漫画賞一般部門』、2000年『黄昏流星群』で『第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞』、2003年同作で『第32回日本漫画家協会賞大賞』を受賞。2007年には紫綬褒章受章。主な作品はほかに、『ハロー張りネズミ』『加治隆介の議』 など多数。現在は『社外取締役 島耕作』(「モーニング」)、『黄昏流星群』(「ビッグコミックオリジナル」)を連載中。
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