「この世界のどこかにいるかもしれない誰か」の物語を歌う。それが汐れいらの音楽だった。
2002年生まれ、芸術大学の文芸学科で小説を学びながら音楽の道に進み、2023年にメジャーデビュー。ABEMA『彼とオオカミちゃんには騙されない』への起用をきっかけにTikTokで火がついた“センチメンタル・キス”は総再生2.3億回を突破し、TVアニメ『薫る花は凛と咲く』のEDテーマ“ハレの日に”、ねぐせ。との共作“織姫とBABY”など活動の幅を広げてきた。
1st EP『No one』までの汐れいらは、架空の人物の背景や感情を想像し、物語として歌詞に落とし込むスタイルを貫いていた。だが2nd EP『HB2U』では、その矢印が自分自身に向く。苛立ち、迷い、傷つく覚悟。「自分のことは書けない」と思っていた彼女がなぜ変わったのか? インタビューを通じて見えてきたのは、創作における「物語」と「自分」の距離、そして言葉ひとつで世界を捉え直すことができるという、汐れいらならではの眼差しだった。
あがり症の高校生が、「強制ギター」からアーティストへ
―まず、音楽を始めたきっかけから聞かせてください。もともとあがり症を克服するために軽音部に入ったそうですね。
汐れいら(以下、汐):すごくあがり症で、大人になったらパワーポイントを使った発表とかやることになるだろうなと思って「いまのうちに直さないとまずいな」と軽音部に入りました。
汐れいら(うしお れいら)
2002年2月9日生まれ。東京都江戸川区出身シンガーソングライター。あがり症を克服するため高校の軽音部に所属するも、コピーするより、自分でつくった方が楽しいと気づき、16歳の頃から作詞 / 作曲を始める。芸術大学の文芸学科への進学経験から、自身の言葉選びは音楽に乗せる方が余白を活かせることができ自分に合っていると感じ、音楽1本で生きていくことを決意。2024年8月に1st EP『No one』をリリース。2026年2月、2nd EPとして『HB2U』をリリースした。
―パワポをきっかけに音楽を始めた人、初めて会いました(笑)。
汐:しかもバンドを組んだら、本当はボーカルだけのはずだったのに、一緒に組んだギターの子たちがすぐ辞めちゃったんですよ。それで強制的にギターもやらされて、全然やる気も出なかった。
でも、周りがオリジナル曲をつくり始めた時に「自分でつくったほうがコピーより簡単にできそうだな」と思ってつくってみたら、それが楽しくて。もともと文章を書くのが好きだったので、歌詞を書いて歌ったら自分も楽しいし、周りも「そっちのほうがいい」って言ってくれる。じゃあ、これから曲をつくろうと思いました。
―あがり症を治す手段はいろいろあるなかで、音楽を選んだのはもともと歌が好きだったからですか?
汐:正直なところ、そういうわけでもなくて。高校のオープンキャンパスで軽音部の人たちが歌っているのを見て、「私のほうが上手くない?」って思ったんです。そうなると、自分がマイクをもらいたくなっちゃうタイプで(笑)。
―そのあと、大学では芸術大学の文芸学科に進学されています。音楽を仕事にしようと思ったのはいつ頃ですか?
汐:なりたいものがなかったので、とりあえず大学に行ったんですけど、ちょうどコロナ禍が被ったんです。
―それは大変でしたね。
汐:でも正直なところ、私にとってはラッキーだった部分もあって。というのも、文芸学科で小説を出す授業があったんですけど、コロナでリモートになったことで「自分の小説に好きな音楽をつけていいよ」って言われたんです。そこでつくった曲を事務所に見つけてもらえて。それから音楽をお仕事にしたいなと思うようになりました。
「小説より歌詞のほうが遊べる」。文芸学科で気づいた言葉の余白
―文芸学科で小説を学びながら歌詞も書いていたわけですが、両者の違いはどこに感じましたか?
汐:小説は読む人に想像させなきゃいけないというか、細かく書かなきゃいけなくて、わからないところ……「余白」がないほうがいい。でも歌詞は、言葉のわからない部分がいろんな解釈を生むんですよね。メロディーに当てはめなきゃいけないという制約はあるけど、小説よりいろいろ遊べるなと思いました。
―過去のインタビューを拝見しても、ここまで音楽的ルーツや憧れのミュージシャンがほとんど出てこないのも珍しいなと思っていて。
汐:周りの家族や友達が聴いていたものを聴くくらいで。たぶん私は、もし自分のやりたいことをほかにすでにやっている人がいたら、音楽をやってないと思ってます。
―1st EP『No one』は短編集のような作品で、「この世界のどこかにいるかもしれない誰かの物語」を歌うという姿勢を示していました。汐さんのなかでは「曲をつくる」のはどういう行為ですか?
汐: どっちかっていうと「曲をつくる」っていうより「作品をつくる」に近いんだと思います。ライブよりもつくるほうが好きでしたし。
「自分がいいと思うもの」を見失って——“déjà vu”が生まれた理由
―今回の2nd EP『HB2U』では、これまでと違って、自分自身のことを歌うようになったそうですね。
汐:そもそも「自分のことは書けない」と思ってたんですよ。簡単な言葉になってしまう。美味しさを表現するのにしても「美味しい」としか言えない。細かく「どう美味しいか」が言えない、みたいな。
……でも「それは深掘れてないからだよね」と思って。自分とちゃんと向き合ってなかったし、傷つく覚悟もなかった。嫌なことを思い出して書くって、結構辛いことだと思っていました。
―自分に正直に作品をつくるのって、大変ですもんね。
汐:自分のことを書くと、曲を出したときにそれを否定されたら逃げ場がない。いままでは「これは自分の話じゃないから」って客観視できたけど、自分を出せば分身みたいになっちゃう。それが嫌で、いままで自分のことを書かなかったんです。だから、いまのほうが覚悟があるんだと思います。
―その変化のきっかけは何だったんですか?
汐:タイアップ曲を何曲か手掛けた時に、自分のなかで「私以外でも書けるんじゃないの?」って思っちゃったんですよね。周りがいいって言っても、そこを自分で埋められないと、すごく気に病んでしまうというか。自分がいいと思ってたものがわかんなくなっちゃって、自分の感性が失われていく感じがしたんです。
そうして落ち込んでいた時に、「このことを曲に書いてみよう」と思ったんです。
去年まで、私には夢とか全然なかった。でも、目標がないと周りからは頑張ってるように見えづらいし、本人も頑張りどころがわからない。だから、いままで自分の曲を書いてこなかったからこそ、そんな曲を書くことそのものが「これまでと違うことをやっている」ことになるんじゃないかと。そういう悩みも全部まとめて書いたのが“déjà vu”という曲です。
―多くの日本のミュージシャンは、最初は自分のことを歌っているけれど、タイアップなどを経験するなかで、自分から離れたことも歌うようになっていく。汐さんは逆で、ほかの人やキャラクターのことを歌っていたけれど、自分のことを歌うようになった。この流れはすごく興味深く思います。実際に“déjà vu”で自分のことを書いてみて、どうでしたか?
汐:このほうがいいなと思いました(笑)。ライブとかでも、自分のことを歌っていないと、なんだか心の距離が出ちゃうんですよね。それが自分の曲だとそうならないな、って。
それと、自分のことを書くようになってから、ほかのアーティストのライブを見てても、自分のことを書いている人はわかるようになりました。そして、自分自身についても「私、我が強いのに、なんで自分の曲を書かなかったんだろう」って思うようにもなりました(笑)。
―(笑)。先ほども話にあったように、自分のことを書くのは辛い部分もありますからね。
汐:あとは「別にわかってほしいわけじゃないし」っていう気持ちもあったんですよね。いいメロディーやいい歌詞ができても、あえて出さないこともありました。思いとかも自分のなかで「これだ」ってものがあったら、自分のなかで完結してていいっていうか。批判されるのも怖いし、「自分だけのものにしたい」という気持ちもありました。
―EP収録曲のなかでは“déjà vu”が自分のことを歌った最初の曲とのことですが、一番古い曲である“リバースデイ”にもそのきざしは出ていますよね。ケーキ、夢、息など、2曲には同じモチーフがいくつも現れています。
汐:たまたまなんですけどね。“déjà vu”ができて、まだEPの名前とかも決まってないときに「自分のことを歌った曲を入れるなら“リバースデイ”も入れたい」と思ったら、ケーキとか夢とかのモチーフが被ってるなって。ただ“リバースデイ”のときは、過去の苦しさを思い出して描いたので、リアルタイムの生っぽさとはちょっと違っていて、かさぶたがもう治っているくらいの傷を歌ったものなんです。いまの自分をより出したのが“déjà vu”ですね。
歌い方と視点の変化。自分と向き合ったら、他人とも向き合えた
―前作のEPと比べて歌い方もすごく変わったなと感じました。
汐:自分の好きな声と、「聴きやすい声」って違うなと思ったんです。前まで吐息が多めだったんですけど、そうするとリズム感やグルーヴが出づらい。本当に聴きやすい人たちって、どんぴしゃでリズムに合わせてるんですよね。そこに気づいてからは、レコーディングとライブを分けて考えられるようになりました。
それまでは作品がすべてというか……「こうしたい」って気持ちが、聴きやすさより優先されてたんです。ちゃんと人からの目線も考えられる余裕が出てきた、というか。
―自分自身のことを歌うようになったけど、同時に聴き手のことも考えるようになったというのは、すごくおもしろい変化ですね。
汐:たぶん、自分と向き合ったからだと思います。自分と向き合うぶん、他人とも向き合える。「自分のことを愛した分だけ、人のことも愛せる」とも言いますよね。だから、いままでちゃんと自分を見てこなかったから、他人のことも見てなかったんだなって、すごく思いました。
―今回のEPでは「噂」「言葉」というモチーフがすごく重要ですよね。“火の用心”はまさに、人が何を言っているか、ということがダイレクトに出ている曲で。
汐:“火の用心”は、友達が炎上したことをきっかけにできた曲ですね。もともとネットで無責任なことを言う人たちにイライラしてたんですけど、友達がやられてると余計にイライラする。でもそういうのを「ウザ」ってツイートしたら叩かれるじゃないですか。作品にするほうがいいですよね、生産的だし。
EPタイトル『HB2U』に込めたもの。綺麗じゃないケーキに意味がある
―EPタイトル『HB2U』(Happy Birthday to You)の由来を聞かせてください。
汐:前の『No one』は「誰もいない」っていう意味もあるけど、1作目だから「No.1」とも読めるようになってたんです。だから今回は2を入れたくて。私、誕生日が2月ですし。それに『No one』が0人な感じだったから、人が増えていく感じにもしたくて。“リバースデイ”や“déjà vu”にケーキが出てきたり、“ハレの日に”もお祝いの歌だったりしたこともあって、このタイトルにしました。
『HB2U』ジャケット
―アートワークについても聞きたいのですが、ごちゃごちゃで美味しそうだけど、不気味な感じもするケーキですね。
汐:ケーキののデコレーション一つひとつに各曲のモチーフが表れているんですよ。土台のスポンジが“pink”で、私の考える幸せそのもの、みたいなイメージ。私のなかから出るドロドロしたものが“リバースデイ”。こぼれてるアイスが“恋をひそめて”で、それが意味を持つようにコーンで表したのが“Earring”。この曲は“恋をひそめて”を聴いている男女の曲なんです。だから、この2曲は私のなかではセットなんですよね。
“déjà vu”は黒いチョコレートのところで、「Here Again(またここにいる)」って書かれている。綺麗なケーキっていうよりは、ちょっと汚めなのが良かったんです。
―綺麗じゃないケーキに意味がある、というのがすごくこのEPらしいですよね。“pink”の歌詞のなかにも意味や視点がひっくり返る感じがあるし、収録曲全体を通して「逆転」する瞬間が多いなと思いました。“泣きっ面に8”もまさにそうで、ほかの楽曲のシリアスな調子から一転、寓話っぽさがあるんだけど、よく聴くと明るいだけの曲じゃない。
汐:「笑ったふりしてたら本当に笑えて」みたいな。なんだかちょっと諦めてる。「激明るい」曲ではないですね。私、落ちるのが嫌なんですよ。リスクヘッジ人間というか、先に自分から落としておくタイプで。
でも最近思うのが、最後をどう締めるかってめっちゃ大事だなって。嫌なことがあって泣いてるとするじゃないですか。私、よくお風呂で泣きながら独り言を言うんですけど、でも最後に「だから人生っておもろい!」って叫ぶと、なんか笑えてきて治るんですよ(笑)。
―それは強い(笑)。“泣きっ面に8”の、8という数字にも通じるものがありますね。
汐:幸せの画数って8なんですよね。辛いって7画ですけど、そこに1本足すと幸せになるじゃないですか。だから辛いことが来たら、それはラッキーなんだって。ラッキー7から8になるし。
かつて曲に登場した人々と一緒に歌いたい。いま目指す「夢」とは?
―先ほど「夢ができた」とチラッと話されていましたが、最後にそのことについて教えてくれますか?
汐:ずっと夢がなかったんですけど、自分がやりたいことは何だろうって考えていたところ、“ハレの日に”を提供したTVアニメ『薫る花は凛と咲く』の原作漫画の帯に自分の名前を載せてもらえたのがめちゃめちゃうれしくて。そこで「本を出したい」と思っていたな、って。
それからnoteで連載でも始めようかなと考えていたときに、いままでの物語として書いていた曲たちを絡められることに気づいたんです。例えば既存曲に出てくるキャラクターの友達として、新しい主人公たちが出てくる、みたいな。
そして、その物語が映像化されたら「私も出られるじゃん」って。アーティスト「汐れいら」として、主人公たちの前で歌いたい。それがいまの私の夢ですね。
- リリース情報
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EP『HB2U』
1.リバースデイ
2.pink
3.バンドエイド・マイ・ティーン
4.déjà vu
5.ハレの日に
6.火の用心
7.About you for me
8.恋をひそめて
9.Earring
10.泣きっ面に8
- プロフィール
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- 汐れいら (うしお れいら)
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2002年2月9日生まれ。東京都江戸川区出身シンガーソングライター。あがり症を克服するため高校の軽音部に所属するも、コピーするより、自分でつくったほうが楽しいと気づき、16歳の頃から作詞 / 作曲を始める。芸術大学の文芸学科への進学経験から、自身の言葉選びは音楽に乗せる方が余白を活かせることができ自分に合っていると感じ、音楽1本で生きていくことを決意。2024年8月に1st EP『No one』をリリース。2026年2月、2nd EPとして『HB2U』をリリースした。
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