90分の世界地図

『オーロラの涙』の孤独から、ケン・ローチ引退作『オールド・オーク』の連帯へ。「人間らしさ」に託す希望

『オーロラの涙』© SIXTEEN DT LIMITED, BRO-CINEMA LDA, BRITISH BROADCASTING CORP

布団のなか、ポチッと指を動かすだけで、注文した商品が翌日には自宅まで届いている。雨の休日、外に出るのもおっくうだから、宅配でファストフードを届けてもらおうか。なんと便利。ただその利便性の陰には、倉庫で仕分けし、発送し、雨嵐のなか配送する人々がいる。『オーロラの涙』の主人公、オーロラは、イギリスの巨大な物流センターでピッカーとして働く移民だ。

『オーロラの涙』監督のローラ・カレイラは、その作品を通して労働者を見つめてきたケン・ローチの制作会社に見出され、初の長編として本作を世に出した。機械のように管理され、同僚ともほとんど交流がなく、家に帰ればただスマホでSNSを見ている——そのスマホが故障すると、修理代で生活がままならないほどの低賃金。現代の労働生活への、たしかな批判も含まれている。

一方、近く公開されるケン・ローチの最新作にして引退作という『オールド・オーク』は、かつて労働組合で団結した元労働者たちと、シリア難民たちの対立から物語が始まる。さびれた小さなまちで、「国に見捨てられた」と鬱憤を募らせる住民は、その矛先を難民に向けてしまう。ただ、まちの交流の場であるパブの店主らの行動で、次第に状況が変わっていく——。

映画批評家、常川拓也が映画を通して社会を見つめる連載コラム「90分の世界地図」第9回目は、『オーロラの涙』と『オールド・オーク』にフォーカス。ギグ・エコノミーの陰で人間らしい生活ができない労働者の視点から、社会的に弱い立場に置かれた人々が手を取り合って連帯する希望まで、作品を通して紐解いていく。

資本主義と労働者を見つめてきた映画。ケン・ローチから新鋭ローラ・カレイラまで

映画はその歴史を通じて、資本主義社会が奴隷のごとく労働者を搾取し、厳しい貧困から抜け出すことがいかに困難であるか、その現実を私たちに突きつけてきた。支配階級と労働者階級を描いたディストピアSF『メトロポリス』(1926)、そしてチャップリンが機械文明と資本主義を風刺した『モダン・タイムス』(1936)の時代から。そして、イギリスのケン・ローチから中国のワン・ビンまで、世界中で描かれてきたテーマでもある。

時代とともに仕事のかたちに変化はあれど、根本の生産の仕組みは変わらず、新たなプロレタリアート(生活のために自分の労働力を売って賃金を得る階級)が取って代わっているだけ。映画界において一番、労働生活を真剣に考えるべきものとして扱ってきたのは、ケン・ローチではないだろうか。ローチは、福祉よりも経済的利益を優先させる資本主義の構造を、社会教育学的かつ体系的な視点から批判してきた。前作『家族を想うとき』(2019)では、ゼロ時間契約(※)で働く宅配ドライバーが、次第に携帯型電子スキャナーの「奴隷」として翻弄される窮状を強く訴えた。

※ゼロ時間契約……雇用主が労働者に最低限の労働時間を保証せず、必要な時だけ仕事を依頼する、イギリスなどでみられる雇用形態のこと。

「映画は労働を見つめることを避けている」と語るのは、『オーロラの涙』を手がけた新鋭ローラ・カレイラだ。生まれ故郷であるポルトガルを財政破綻(※)後に離れ、スコットランドに移住したカレイラは、短編時代から移民労働者の境遇を取り上げてきた。

※ポルトガルの財政破綻……2011年、巨額の財政赤字によって債務不履行危機に瀕し、EUとIMFから総額780億ユーロ(約10兆円)の金融支援を受けた。厳しい緊縮財政と構造改革を経て、2014年5月に支援から脱却したものの、事態収束には約10年を要した。

あらすじ:ポルトガルから移住したオーロラは、そこで「ピッカー」として働いている。スキャナーの指示に従い、無数の通路を歩き、棚から商品を取り出す。その単調な反復が、一日の大半を占めている。勤務を終えると、彼女は疲れた体を引きずり、移民労働者たちが暮らすシェアハウスに戻る。一人きりの部屋で一息ついてから、狭いダイニングで夕食をとる。寄る辺のない日々が、淡々と続いていく。そんなある日、オーロラは不注意からスマートフォンを壊してしまう。彼女の日常はゆるやかに、けれど確実にかたちを変えていくのだった。

そんななかで、「日常生活の現実を描いた、政治的な映画をつくることに興味のある映画監督を探していた」というローチの製作会社に見出され(※1)、この長編デビュー作を完成させた。『オーロラの涙』は、ローチががギグ・エコノミーを考察した『家族を想うとき』と同じ問題意識を引き継ぎ、GAFAM経済(※2)が支配する社会において、労働者に突きつけられる厳しい現実を浮き彫りにしている。

※1 Warehouse Workers Are Too Tired to See a Way Out-New film On Falling plumbs depths of customer fulfilment hell.

※2 GAFAM経済……Google(Alphabet)、Apple、Facebook(Meta)、Amazon、Microsoftという、アメリカの5つの超巨大IT企業が、現代の世界経済、株式市場、人々の生活において圧倒的な支配力と影響力を持っている状況を指している。

巨大物流センターの「ピッカー」が主人公。『オーロラの涙』で描かれた、機械のように働く空虚さ

『オーロラの涙』が映し出すのは、スコットランド・エディンバラ郊外の広大な物流センターでピッカーとして働く、ポルトガル人移民オーロラの生活。ピッカーとは、Amazonなどの大手IT企業で、荷物の取り出し・仕分けを担当する倉庫作業員のこと。オーロラは、カートを押しながら倉庫の狭い通路を歩き回り、棚から該当する商品を探し、バーコードをスキャンして、それをかごに入れるという動作を黙々と繰り返す。

ピッカーが使うハンドスキャナーは、一定時間操作がないとアラームが鳴り響くようにプログラムされており、ノルマに達するよう時間厳守で作業に従事しなければならない。宅配ドライバー同様、生産性を高めるために、機械のように扱われ「非人間化」される。

上司たちは彼らの名前を知らず、コンピューターシステムに社員番号で管理されるように、利益の囚人と化すのである。もしくは、ノルマを達成すれば、業績に対する報酬として小さな箱からチョコバーが与えられる。それはまるで子どもへのご褒美かのよう。また、職場見学で訪れた子どもからは、動物園で動物にエサを恵むかのように、お菓子を投げ入れられる。

シャンタル・アケルマン(※1)にも影響を受けたカレイラは、ミニマルなアプローチで、オーロラの単調な日々を忍耐強く、そして正確に追っている。ドラマティックな演出も劇伴も用いることなく、変わりばえのない日常の反復と、その仕草を細やかに観察することで、新自由主義の陰にいる労働者の実存的な空虚さや疎外感を捉えていく。スーパーマーケットの在庫管理係の労働のなかに美しさを見出したドイツ映画『希望の灯り』(2018)とは対照的だ。手持ちカメラでの撮影はオーロラの不安定な生活を反映し、タイトなクローズアップが、閉塞感やプレッシャーを感じさせる。

※1 『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975)などで知られる映画監督。長回しや反復を用いて日常の時間をそのまま体験させる、ミニマルで実験的な手法を用いた。

オーロラの職場では、労働者たちが唯一話せる機会は昼食時だけ(同僚たちが繰り返し話題にするのは、何のテレビドラマを見たかである)。ある昼時、オーロラは退屈な仕事の愚痴をきっかけに、同僚の若い男性と何気ない短い会話を交わす。そのひとときは、彼女に次第に不穏な影を落としていく——余暇の楽しみを「洗濯だけ」と冗談を言って笑った彼が、その数日後に自殺したと知るのだ。初対面のぎこちない会話を溶かすためのように思えていたその発言は、彼からのSOSではなかったか……。

以降、オーロラが商品の物干しロープを何度も見つめるように、死あるいは希死念慮という主題が映画全体に通底して流れている(後半、オーロラに店頭でメイクを施す化粧品販売員にはリストカットの跡が見られる)。このような憂鬱な心情や虚無感は、平凡な日々に疲弊した内向的な女性が自らの死を空想する『時々、私は考える』(2023)を思い起こさせる。

ケン・ローチの最新作にして引退作『オールド・オーク』。分断された者たちが誤解を解き、団結する

一方、ケン・ローチの最新作にして引退作と銘打たれた『オールド・オーク』でも、心優しいパブ店主のTJが、希死念慮を抱えていた人物として現れる。

あらすじ:イギリス北東部、とある炭鉱の町で唯一のパブ、「オールド・オーク」。活気溢れる時代から30年の時を経て、いまは厳しい状況に陥っているが、町に住む人々にとっては最後の砦となる止まり木のような存在だ。店主のTJ・バランタインは、試行錯誤しながらなんとかパブを維持しているが、町がシリア難民を受け入れ始めたことで、パブは居場所を争う諍いの場になってしまう。先行きを危ぶむTJだったが、カメラを持ったシリアの女性ヤラと出会い、思いがけない友情を育むことになる。果たして、彼らは、互いを理解する方法を見つけられるのだろうか?

『オールド・オーク』は、ケン・ローチが現代資本主義に取り残された者たちの姿を描く「イギリス北東部三部作」の最終章である。イギリスの社会保障制度の崩壊を詳らかにした『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)、ギグ・エコノミーを痛烈に批判した『家族を想うとき』(2019)に続く作品だ。

三部作はすべて、ローチと長年タッグを組む脚本家、ポール・ラヴァティが脚本を担当。彼らがこの前二作で国家の無関心と組織的な搾取、そして労働者の日常生活が断片化されていることを描いたとすれば、『オールド・オーク』では分断された者同士の連帯を描き出そうとしている。

本作の舞台は、ブレグジット(英国のEU離脱)前の2016年、英国北東部の小さな町。唯一の地域産業だった炭鉱の閉鎖から町は荒廃し、失業に苦しむ町民と、内戦から逃れてきたシリア難民が対立するところから始まる。80年代、首相だったサッチャーの強硬な政策に労働組合として対抗した炭鉱労働者たちは、今度は外国人の到来が自分たちの仕事や食糧を奪うと考え、自らの生存に対する脅威とみなすのだ。

「1920年代、ファシズムは貧困と不安から生まれた」と、人種差別が生まれる根源に着目するローチは、移民の流入が憎悪の矛先となり、町民が差別的な思考に陥っていく様子、難民たちを経済問題のスケープゴートに仕立て上げる過程を、静謐に展開させていく。同情を乞うような感傷的な表現も派手な感情表現も必要ないと言わんばかりに。

この分裂の渦中に立つのが、題名にもなっているパブである。そこは生計手段を失った鉱夫たちがビールを飲みながら愚痴や不満を語らう「逃げ場」であった。少数の頑固な常連客が、ただ食事をして集う場所を求める難民の入店を拒否したことで、社会的不和の様相を呈していく。

シリア難民でアマチュア写真家のヤラはTJとともに、パブの裏部屋——かつて鉱夫たちの食堂だったが、老朽化のために放棄されていた——を改装し、困窮するすべての人が交流し、結託する場所として、食堂をつくりだす。「共に食べて団結を」──裏部屋の壁に貼られたままの炭鉱夫の写真に記された、この地域のモットー。それを体現し、多文化主義と連帯のささやかなユートピアを構築するのである。

冒頭、TJがパブの看板の傾きを直そうとする場面が象徴するように、『オールド・オーク』は、互いに政治に見捨てられた集団同士の誤解を修復し、コミュニティの融和を試みる物語なのだ。

本作のTJとヤラの利益を目的としない関係性は、『わたしは、ダニエル・ブレイク』で描かれた、配偶者を失った男性が、困難な状況にあるシングルマザーを無償で助ける関係性とよく似ている。また、進歩主義を掲げる理想主義者のTJの姿は、『ジミー、野を駆ける伝説』(2014)でアイルランド内戦後、分断された人々を結びつけようと、地域の集会所を改修する活動家の姿も彷彿とさせる。TJが拾って育てていた犬の悲劇的な最期は、『ケス』(1969年)のハヤブサが重なるだろう。本作『オールド・オーク』は、独立した作品というよりも、左派的な政治活動にも積極的に参加してきたローチの広い知的運動の産物として、その本質を理解すべきかもしれない。

なお、芸術と生活に優劣はなく、本質的に結びついていると捉えるローチは「いい映画をつくるために人を虐待する必要はない」と断言している。撮影中、当初合意した範囲外でサプライズ的に「卑劣な策略」を俳優に仕掛けることを否定している点も付記したい。映画製作の過程でのハラスメントや搾取の問題が取り沙汰される現在、彼が、映画は監督個人に帰すのではなく、集団の成果だと繰り返し主張していることは重要だろう。

引退作に託したのは、ヒューマニズムへの賛辞か? 不寛容な世界へローチが発するメッセージ

労働者階級の擁護者として、あらゆる形態の専制的なシステムや社会のあり方を糾弾してきたローチのこれまでの映画と比べると、『オールド・オーク』はいささか楽観主義的に見える。しかし、不正義へのたしかな怒りをもって、社会の構造的な問題を切実に暴こうとしてきた彼は、長い映画製作のキャリアに終止符を打つと明言した本作で、政治的な信条を発しているように思える。

自死の瀬戸際に立った過去がある男(TJ)を中心に描かれる、よりよい社会を構築しようとする無私の行動。それは、冷酷な個人主義に対抗しうるのは「連帯」であり、それを促すヒューマニズムへの賛辞に思える。まるでハリウッドの良心を象徴する名匠フランク・キャプラ(※)の如く、理想主義的な寓話を展開させるのだ。

※人間の善意や希望を信じる「ヒューマニズム映画」で知られるハリウッド黄金期の監督。代表作として『或る夜の出来事』(1934)、『素晴らしき哉、人生!』(1946)などがある。

悲観主義を避け、人種差別主義者たちさえも断罪することなく、ただ善が勝利を収める——ますます不寛容になる世界において、喫緊の課題に対する、ローチからの明確なメッセージである。

機械ではない、人間だ——一人ひとり、顔の見える存在へ。そして、苦難の経験を連帯の糧として

ローチにとって、映画は「私たちが住んでいる世界に向けた鏡」である。『家族を想うとき』拙評でも述べたことだ(※)。『オールド・オーク』は、観客一人ひとりの奥深くに潜む、利己的な衝動をたしかに映し出す。

ローチは、これまでも2度、引退を撤回している──1度目は2015年の総選挙で保守党が勝利したとき、2度目はギグ・エコノミーという「新しい種類の搾取」を目撃したとき──ため、本当にこれが最後の作品となるかはわからない。しかし、個人的な問題のように見える事象の根源が、システムそのものにあることを暴く彼の高潔な精神は、たとえ本当に引退したとしても、その映画を通して途絶えずに生き続けていくだろう。

ケン・ローチ『家族を想うとき』が見つめる、「搾取」で回る世界

『オーロラの涙』も『オールド・オーク』も、抑圧された者たちが団結して体制を変えようとするどころか、自分よりも不安定な状況にある者を見つけ出して虐げるという、資本主義のもとで抑圧された階層が陥りやすい構造を注意深く見つめている。

劇的な好転や悪転を伴う、古典的な映画の筋書きや心理分析をほとんど避け、観察ドキュメンタリー的な演出に限定した『オーロラの涙』では、もはや社会への抗議の兆候も、反乱の気配も、微塵も感じられない。機械的に管理される仕事によって、オーロラの生活には、組織化や団結で力をもつ労働運動の存在が欠けている。ローチ同様、カレイラもまた、機械のように人間が扱われ、労働者同士の交流すらほとんどない労働世界を、根本的に強く非難している。

社会は、荷物を仕分ける人や食料を運ぶ人の苦しみを、つねに考えないようにしてきたのではないか。例えばUber EatsなどのCMで描かれるような現代の消費者にとって、オンラインショッピングを利用するときに、まず倉庫労働者や配達員の存在に思いを馳せる人がどれほどいるだろう。

2022年頃から、英国や日本を含む世界各地でAmazonに対するストライキやデモが広がっている(※)──彼らを、機械で管理された巨大なシステムのように考えることをやめ、顔の見える存在へと認識し直すこと。目の前で困っている人に思いやりを示し、孤立した苦難の経験を抵抗の連帯へと変える、ケン・ローチの精神が必要とされている。

※世界各国で、Amazonの物流システムを支える労働者による抗議が、同時多発的に行われている。生活不可能な低賃金や過酷なノルマ、不十分な猛暑対策のもとで働くことなどに対する抗議で、労働者の権利について声をあげる内容だ。

作品情報
『オーロラの涙』

新宿武蔵野館、シネマリスほか全国公開中

監督・脚本:ローラ・カレイラ
主演:ジョアナ・サントス
作品情報
『オールド・オーク』

4月24日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開

監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァティ
プロフィール
ローラ・カレイラ

エディンバラ・カレッジ・オブ・アート(ECA)で映画を学んで以来、スコットランド・エディンバラを拠点に活動するポルトガル出身の映画作家。初短編『RED HILL』は、第73回エディンバラ国際映画祭でニュー・ビジョンズ賞を受賞し、2019年の BAFTA スコットランド賞の短編映画部門にノミネート。続く短編『THE SHIFT』は、2020年にヴェネチア国際映画祭で初上映され、インディ・リスボア映画祭でニュー・タレント賞を受賞。さらに、ヨーロッパ映画賞およびロンドン映画批評家協会賞にもノミネートされている。2022 年には「Screen International」による「Rising Stars Scotland」に選出。本作『オーロラの涙』が⻑編監督デビュー作となる。現在、Sixteen Films および Film4 とともに第 2 作となる⻑編映画を開発中。

ケン・ローチ

英ウォリックシャー州出身。オックスフォード大学に進学後、BBCでテレビドラマやドキュメンタリーを手掛ける。1967年、『夜空に星のあるように』で映画監督デビューを果たし、続く『ケス』(1969)も高い評価を得る。『麦の穂をゆらす風』(2006)、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)でカンヌ国際映画祭最高賞パルムドールを2度受賞している。近作は『家族を想うとき』で、2019年カンヌ国際映画祭コンペティション部門にノミネートされた。



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