是枝監督がAI時代に問いかける「家族」とは?大悟起用の裏側と、数字で測る産業への違和感

是枝裕和監督の最新映画『箱の中の羊』が、5月29日に公開された。本作は『第79回カンヌ国際映画祭』コンペティション部門に出品され、是枝監督にとってカンヌ出品10作目となった。

『万引き家族』以来8年ぶりとなる、是枝監督のオリジナル脚本である本作は、息子を亡くした夫婦が、かつての息子にそっくりな「ヒューマノイド」を迎えることから始まる。主演に綾瀬はるか、千鳥の大悟がキャスティングされ、その意外性に国内でも公開前から注目を集めていた。今回は、カンヌ出発前の是枝監督にインタビュー。

国内映画業界の課題や改善についても声を上げ続けている監督だが、日本政府が掲げたコンテンツ産業の成長戦略についても「成長を金銭でしか考えていない」と警鐘を鳴らしている。その問題点とは? 本作の話題はもちろん、海外映画祭のこと、そして国内業界や政府方針の課題まで、じっくりとうかがった。

あらすじ:息子・翔(かける)を亡くして2年、建築家の音々(おとね)と工務店の二代目社長を務める健介の甲本夫婦は、翔の姿をしたヒューマノイドを迎え入れることになる。少しずつ動き始める家族の時間。静かに広がっていく波紋。ほどなく予期せぬ事態が起こり、夫婦がそれぞれに抱く息子の死への想いが露わになっていくのだった。そんななか、ヒューマノイド翔は密かにヒューマノイドの仲間たちとつながり始める──。

大悟キャスティングは「直感」。映画の関係性そのままの現場

—日本映画のオリジナル脚本としては、『万引き家族』以来8年ぶりとのこと。

是枝裕和(以下、是枝):自分ではそういう数え方はしていなくて(笑)。ただ、坂元裕二さんと『怪物』をやり、向田邦子さんの脚本も手がけたことで、そのあとにオリジナルを書くとなると、やはり少し構えましたね。他者の原作や脚本を演出した経験は、とても大きかった。すごく勉強になりました。

―『箱の中の羊』ではAIを扱っていますが、まさにいまどんどん進化しているので、映画にするにも難しいテーマだったのではないでしょうか。

是枝:難しいです。企画を考えてから2年が経ちましたが、そのあいだにも進化のスピードが速すぎて。取材で得た新しい情報を更新しながらつくっても、そんなに面白いものにはならないな、と。だから表面上ではなく、もっと根本的な……他者との融合、というか協調、というかな。そんな話にしていかないと面白くならない、そう思いました。

―本作では、千鳥の大悟さんが主演のひとりを務めていらっしゃいます。意外でもあり、でも映画を観たあとは絶妙な配役だと思いました。是枝監督は、そのキャスティングによって、俳優を本業としていない人々の魅力を引き出される印象があります。今回、大悟さんをキャスティングしようと思った理由は?

是枝:直感です。

人間味があるし、表情もそうですし、バラエティ番組を観ていても一般の方に接する態度とかもすごくフラットだから、 好きだったんですよ。「きっとこの人、お芝居上手だな」って。『誰も知らない』(2004年)の、YOUさんの時と似ているかもしれない。 これができるんだったら、お芝居や掛け合いも、うまいはずだと思いました。

―脚本はもちろんあるとして、現場ではどのように撮影されたのでしょうか? 口立て(おおよその筋だけ立てておき、俳優どうしが口頭の打ち合わせで芝居をまとめていくこと)だったのでしょうか? 

是枝:どちらにしましょうかと大悟さんに相談したら「お任せします」ということだったので、(脚本を)お渡ししました。東京の言葉で書かれている台本だったので、大悟さんは事前に自分なりの言葉に置き換えて、セリフが入った状態で現場に来られていましたね。

大悟さん(健介)の息子役を演じる桒木里夢くん(翔)が、とても初映画と思えないぐらい伸び伸びしていて。待っているあいだ、「遊ぼ、遊ぼ」って、撮影現場がみんな遊び場になっていたんですよね(笑)。 綾瀬(はるか)さんが、ずっと付き合ってくれていて。 本番が近づいてくると、大悟さんが「じゃあ翔、パパはセリフあんまり覚えてないから、練習しようや」って。里夢君のためにそう言ってくれているところがありましたね。

―映画の関係性そのままの現場だったんですね。

是枝:そうなんですよね。里夢くん、大悟さんの頭の感触が気持ち良かったらしくて、ずっと触っていたのが良かった(笑)。

是枝監督へのインタビューは、CINRA公式Youtubeでも配信しています

「ヒューマノイドの子ども」役ならではのオーディション

―子役に関して、是枝さんはこれまで数多くの作品で、現場経験のない子どもたちのポテンシャルを引き出し、その演技が高く評価されてきました。本作は、いわゆる人間の子どもではなく、ヒューマノイドであるという要素が加わることで、何か変化はありましたか?

是枝:ちょっとだけ、オーディションの基準が変わりました。

以前は、じっとしていられないとか、オーディションの席に座ってくれないとか、そういう子を面白がって採用していました。現場は大変だけど。本人のパーソナリティの面白さに乗っかるのが基本だったんです。でも今回それだけだと絶対に難しいと思って。オーディションの合間に「じゃあロボットになってみて」とか「電源が切れたお芝居をしてみて」というのをやってもらったんです。

そしたら、里夢くんがすごく面白がってくれた。撮影現場でも2人を相手にしながら、テイクごとに自分でなんとなくニュアンスや間合いの取り方を変えてくる。すごい役者だなと思いました。ちょっと初めてのタイプでしたね。

―翔と出会う少年役に、『怪物』の柊木陽太さんもキャスティングされています。この2人の関係性も、是枝作品のメタ的な視点として見ても面白いですね。

是枝:それを狙ったわけじゃないんですけどね(笑)。ただ、あの役は陽太に当てて書きました。

「作品が生き物になっていく感じが好き」。生の芝居で生まれるもの

― キャスティングは、まず綾瀬さんから?

是枝:はい、綾瀬さんは当て書きです。そして、大悟さん——異質なものをぶつけてみようかなと思って。 でも並んだら夫婦に見えるな、と思っていました。

翔を家に招き入れる前に、かつての翔の動画や画像を、夫婦2人で選ぶというシーンがあります。僕の脚本には「翔の画像を選ぶ」としか書いてなかったんです。

実際に3人で水遊びしてもらったときに、綾瀬さん(音々)が一番、楽しそうだったんですよ。 笑い声がすごく響いて。それで、想定してなかったんですけど、それを見ている大悟さん(健介)が翔を見ずに、音々を見ていた。ああ、いいなこれ、と思って拡大してもらったんですよ。

この笑い声を取り戻したいから、健介は翔を受け入れると決めるんだなって。脚本には書いてないんだけど、そういうようなことが、僕のなかに立ち上がってきて。そういうのが一番楽しい。

―いわゆる脚本に沿った演出だけじゃなくて、例えば俳優の創発的なアクションなど、現場で生まれることを大事にされているんですね。

是枝:現場の役者から発見したことでシーンの意味が変わっていき、僕が脚本をリライトして、また現場に持ち帰って……そういう循環を有機的につくっていくのが、おそらく集団でものをつくる面白さだと思います。

すべてが事前に用意されるのではなく、現場のお芝居から出来上がっていくのが、やっぱり一番うれしい。 作品が生き物になっていく感じが好きなので。 それを目指していますね。

―本作は、是枝作品のさまざまな要素——例えば『怪物』や『そして父になる』の要素も感じられます。是枝さんはとても簡単には答えがでない問いを、映画をとおして我々に示していると思いますが、その一方で、映画として面白いから、多くの人々に届いている。この難しさと面白さの両立という点は、どのように考えられていますか。

是枝:結果として、ですね。でも、そうなるといいなとはつねに思っています。難しいことを難しく言うことは目指していないので、使っている言葉は中学生もわかるものだけで書くと、自分でも決めています。だから今回も、表面上の物語はそんなに難しいものではないはず。

—そうですね。幅広い層の人々が、それぞれ楽しめるんじゃないかと思いました。

「映画祭で作品が鍛えられる」——賞や興行だけではない、カンヌへ行く理由

―本作は2026年の『カンヌ国際映画祭』にノミネートされています(※インタビューは5月11日実施)。海外のオーディエンスの反応から、自分の作品を発見し直すことはありますか?

是枝:あります。だから面白いですね。日本のなかだけだと気づかないこともあって、そういう意味でも映画祭はとても大事だと思っています。

賞の結果が興行に影響するという意味もありますが、それ以上に、そういう目にさらされることで、作品自体が鍛えられていく感覚が、これまでもありました。

―作品のつくり方については、海外市場を意識されて何か変わることはありますか?

是枝:変わりませんし、そこを変えるつもりはないです。ただ、(映画を)つくり始めたときとはちょっと考えられないぐらい、状況が大きく変わりましたね。

前は映画祭に参加して、ちゃんと売って、そこから海外展開を広げていけるように映画祭を捉えていましたけど、いま、多分参加する前に180カ国ぐらい売れているという、大変恵まれた状況で映画祭に行けるので。

むしろ映画祭が、買ってくださった方たちとの最初のミーティングの場になっていて、スペインのタイトルをどうするかとか、キャンペーンの時期はいつにするかとか、そういう話ができる状態になっていますね。

政府のコンテンツ戦略への違和感

―翻って国内に目を向けると、高市政権の掲げる戦略17分野にコンテンツ産業が入り、政府は2033年までに海外売上高を20兆円規模へと引き上げる目標を掲げています。是枝監督は、実写映画の現状がそのロードマップにうまくハマらないのではないか、と声を上げられていますが、一番の問題はどこにあると考えますか?

是枝:成長を金銭で考えているところですね。 それでしか考えていない方向に舵を切っているのが、非常に居心地が悪くて。

僕は、労働環境が良くなり、面白いものがつくられるようになって、海外展開のサポート体制ができたことによって、結果的に20兆円に届くなら大賛成です。ただ、それが「目標」になってしまっているんですよね。

年度を区切って目標にされると、それを達成できる企画にだけベットするという発想になる。アニメやゲームなどのIPで稼げるものに絞っていく感覚になる。それを成長と呼びたくはないんです。

―本来は裾野があるものですよね。

是枝:両極があるべきで、裾野をちゃんと耕していかないと。大谷翔平は5年では生まれてこないから。外貨獲得だけに旗を振っても無理です、という話をずっとしています。

労働環境の改善については、この3年で映適(日本映画制作適正化機構)ができて、初めて基準が示されたこと自体はとてもいい傾向です。ただ、この4月に出された基準を守ろうとすると、予算規模がおそらく1.5倍ぐらいになってしまう——韓国の基準だと1.7倍ほどになったので。

そうなると、リスキーでチャレンジングなもの、例えば、原作のない実写映画などは生まれにくくなってしまう状況に陥る。そうなれば、僕はまずは業界がどうやってその底上げをしていくかを考えるべきだと思うし、国がサポートするなら、まずそこをサポートするべきだと思います。

オリジナルの中規模作品をちゃんとつくることができる作家がいま、日本にはいます。彼らにちゃんと予算をつけるということをやっていくべきだと思うのですが、なかなかそれは共通理解になりませんね。

―是枝監督は積極的に声を上げ続けていらっしゃいます。それはなぜでしょうか?

是枝:悔しいからじゃないですかね。もうちょっと変えたいなっていう気持ちなんですよね。

—実際に、作品をつくるなかでもたくさんの取り組みをされています。例えば、映画製作のためのファンドを組んだり、その流れで人気漫画『ルックバック』(原作:藤本タツキ)の実写映画化を控えていたり……あの手この手といいますか、休む間もなく動かれています。

是枝:楽しんでいますよ(笑)。 そのうえで、まずは監督なので、自分の現場をどういうふうにより良くしていくかを考えなくてはいけない。人材育成だって、国に頼っているだけではなくて、自分の現場からどういうふうに次の監督を生んでいくかということも考えています。

今回の『箱の中の羊』と、『ルックバック』って、両方ともプロデューサーが、僕の大学の教え子なんですよ。30代になって、ひとり立ちして、いま一緒に仕事をさせてもらっている。とても理想的なかたちです。

—「是枝エコシステム」のような……。

是枝:循環システム、いい言い方ですね(笑)。後進を育てているって言われると、ちょっと綺麗ごとになるんですけど……そこから僕も十分なフィードバックをもらっているから。

タイトルに込めた思い——想像力をめぐる物語

—最後に『箱の中の羊』というタイトルについて教えてください。こちらは『星の王子さま』のなかのエピソードから取られているそうですね。

是枝:見えないところが大切だ、ということですよね。最初からこのタイトルだったわけではなくて、翔が家に戻ってくるときに、母親が何か読み聞かせをするシーンを考えていて、絵本がいいなと思ったんです。ただ、それが「理解されない」というのがいい、と思ったんです。人間とヒューマノイドの差があって、理解されないとしたら、「箱の中に何がいるかわからない」というのがいいな、と。後付けでこう浮かんできたんですよね。

建築の本を読んでいた時にも「建築にとって一番大切なのは見えない部分である」という言葉にも出会って。想像力をめぐる話になっていくとすると、いいタイトルだなと思っています。

作品情報
『箱の中の羊』

5月29日(金)全国ロードショー

監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:綾瀬はるか
大悟(千鳥)
桒木里夢
清野菜名
寛一郎
柊木陽太
角田晃広
野呂佳代
星野真里 
中島歩
余貴美子
田中泯
プロフィール
是枝裕和 (これえだ ひろかず)

1962年、東京都出身。2014年に制作者集団「分福」を立ち上げる。1995年に『幻の光』で監督デビュー。『誰も知らない』(2004)、『そして父になる』(2013)、『海街diary』(2015)などを世に送り出す。2018年の『万引き家族』は、『第71回カンヌ国際映画祭』でパルムドールを受賞、『第91回アカデミー賞』外国語映画賞にノミネートされる。2019年の『真実』で海外の映画人とのセッションを本格化させ、2022年には初の韓国映画となる『ベイビー・ブローカー』で、『第75回カンヌ国際映画祭』でエキュメニカル審査員賞を受賞。2023年にはNetflixシリーズ「舞妓さんちのまかないさん」が世界配信、『怪物』が『第76回カンヌ国際映画祭』で脚本賞(坂元裕二)とクイア・パルム賞をW受賞。その後も2025年にNetflixシリーズ 「阿修羅のごとく」が世界配信される。



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