「いまの時代は、被害者になる恐怖よりも、加害者になる恐怖のほうがあるんじゃないかな」。テレビ東京製作のホラー映画『遺愛』で監督を務めた酒井善三はそう語る。愛する人を思う気持ちが、思わぬかたちに変容し他者を傷つけてしまう。本作は、在宅介護という題材をとおして、現代的な不安と恐怖を描いた作品だ。
『イシナガキクエを探しています』などのフェイクドキュメンタリーシリーズや『恐怖心展』などで知られる大森時生プロデューサーと、『フィクショナル』や『カウンセラー』など傑作ホラーを生み出してきた酒井監督がタッグを組み、『雪子 a.k.a.』の熱演で注目を集めた山下リオが主演を務めた。
今回は、そんな3人にインタビュー。介護や家族というテーマを選んだ理由は? ゴア表現(猟奇的な表現)など描写に頼らず、「見えない存在」によって恐怖を煽るJホラーは一体どのようにつくられたのか? その巧妙な演出と構成の舞台裏に迫るべく、たっぷりと語ってもらった。
あらすじ:実家で母の介護を続けていた藤井佳奈(山下リオ)が、ある日、妹・杏里(小川あん)のもとを訪ねてくる。佳奈は血色が悪くやつれた様子で、自分たちの母が「もう母ではない、何かになってしまった」ことを告げる。果たして、佳奈が言うように本当に呪いが存在し、家族に危険が迫っているのか。それとも、介護に疲れ心身ともに限界に達した彼女が生み出した偽りの真実なのか。佳奈と共に母の暮らす実家へと向かった杏里は、そこで驚くべき光景を目にする……。
「現代社会に接続しているものにこそ、作り手にとっての切実な不安が詰まっている」(大森)
—「在宅介護」と「介護疲れ」という、高齢化社会が進む日本において多くの人にとって身近なテーマを扱っていています。まず大森さんと酒井さんにお聞きしたいのですが、このテーマを扱おうと考えた理由は何なのでしょうか?
酒井善三(以下、酒井):映画がつくれそうだと大森さんから話をいただいたときに、まず「どういう作品にするか」を雑談ベースでブレーンストーミングしたんです。そこで大森さんが「『親子の関係が必ずしも良いものではない』ということに最近興味があります」と言っていて、それを入れようと思ったのがまず一つあります。
そしてもう一つに、呪われる側ではなく、呪ってしまった / 呪ってしまったと思い込んでいる側を主人公に据えたいと考えたんです。ホラー映画は普通は逆ですが、いまの時代は被害者になる恐怖だけではなく、意図せず加害者になる恐怖も広く浸透しているのではないかという気がしていて。
その二つをつなぎ合わせたときに、悪意による呪いだと共感できず、観客は乗ってくれないと思ったので、あくまで善意の結果として呪いに至ってしまうという設定にしたかったんです。そこで思いついたのが「ほとんど動かない相手のことを察しようとする過程でそうなってしまった」というもの。じゃあ親子の物語にすればストーリーは上手く進むんじゃないかと考えて、かたちにしていきました。
大森時生 (おおもり ときお)=写真左
テレビ東京のプロデューサー、演出家。2021年放送の『Aマッソのがんばれ奥様ッソ』でプロデューサーを担当。『イシナガキクエを探しています』『魔法少女山田』といったフェイクドキュメンタリーシリーズ『TXQ FICTION』などを担当。展覧会『行方不明展』『恐怖心展』も手がける。
山下リオ(やました りお)=写真中央
ファッション雑誌の専属モデルなどを経て、2007年ドラマ『恋する日曜日 第3シリーズ』で本格的に俳優デビュー。2025年、『雪子 a.k.a.』で主演を務めた。
酒井善三(さかい ぜんぞう)=写真左
映画美学校の修了作品として『おもちゃを解放する』(2011年)を制作。篠崎誠監督の『あれから』(2012年)、『SHARING』(2014年)に共同脚本として参加。自身の監督・脚本作として『RIP』(2018年)、『カウンセラー』(2021年)、『コロナvs信心』(2022年)があり、テレビ東京製作の配信ドラマ『フィクショナル』(2024年)は劇場公開された。
—海外ではホラー映画のなかで社会問題を扱う作品も多く見られますが、日本ではその傾向が比較的薄いようにも感じます。一方お二人は『フィクショナル』でも現代社会にある違和感を恐怖に落とし込んでいましたが、ホラーやジャンル映画で社会を描くことについて、どのような手応えを感じているのでしょうか?
『フィクショナル』あらすじ:うだつの上がらない映像制作業者・神保のもとに、ある日、大学時代の先輩・及川から仕事の依頼が舞い込む。あこがれの先輩との共同業務に気分が湧き立つ神保だったが、その仕事は怪しいディープフェイク映像制作の下請けだった。神保はその仕事の影響で、徐々にリアルとフェイクの境目を見失っていく……。
酒井:僕の意識としては「社会を描きたい」という気持ちは毛頭なく、結果的にそう見えているというのが正しいのかもしれません。もちろん設定をつくった以上、それを掘り下げなければならないとは思っています。トピックを優先しているわけではないんですけど、エンタメとして説得力のある現代劇をつくろうとすると自然とそうなっていくと言いますか。そうしたものを抜きにして僕たちは生きていけないので。
—在宅介護と介護疲れは共感を誘う一方、実際にも介護殺人のようなことが起きていて、切実であるがゆえに扱い方にも注意がいったのではないかと思います。
酒井:あくまで僕の側からすると、あまり深く考えてはいないというのが正直なところです。というのも、そこには「属性」が存在するわけではないと思うんですよね。あるのは個々の例だけで、「これは間違い / これが正しい」と言われたところでそれは家族や人によって違う。であれば「これは一般的にこうです」と落とし込むほうが、むしろ不自然だと思っていて。だから、これはフィクションだからと開き直るというか、そういう言い訳を自分のなかに置いて、あまり考えすぎずにつくりました。
大森時生(以下、大森):不安や不気味さを描く作品においては、現代社会に接続しているものにこそ、作り手にとっての切実な不安が詰まっていると思っています。それはテーマ選びのときもそうですし、実際に監督が演出するときにも、意図的であれ無意識であれ、自分の切実な思いは自然と含まれる。もちろん「それが真剣につくられていれば」という前提ではありますが。
介護という題材をある種のクリシェ(※)として扱ってしまうと、必然的に表象は危ういものになる可能性があると思いますが、自分にとっての切実な不安を作品に落とし込んでいるならば、それはそこまで危険な表現にはなりづらいんじゃないかとは感じていますね。
※映画における「クリシェ」とは、過去の数々の作品で使われ「お決まり」「ありきたり」になった演出や展開のこと。もともとはフランス語の「版(印刷の鋳型)」に由来する言葉で、誰もが予想できるパターンを指す。
「怖い」より「嫌だな」が一致する。大森時生×酒井善三の創作の源泉
—『このテープもってないですか?』や『フィクショナル』などでタッグを組んできたお二人にとって、本作は初の長編劇映画となります。作品を重ねてきたいま、お二人が組むことで生まれるものをどのようにとらえていますか?
酒井:平易な言い方になりますが、まず信頼関係があると僕は思っていて。だからつくるものに対して、お互いにネガティブな意見があまり出ない。「こうですよね」といえば「そうですね」というように、スムーズなかたちで作品づくりが進んでいくんです。
大森:酒井さんとご一緒する良さとして、二人とも基本的に小心者というのがあると思います。どちらも「ザ・怖いもの」より、なんとなく不安なものや不気味なものに惹かれるんです。自分たちが「嫌だな……」と思うトンマナが近いので、ご一緒していると、会議でもすごくスイングしていく部分がある。
フェチズムに近い感覚だと思うので、そこがズレているといくら脚本や細かいところを直しても最後まで擦り合わず不幸なことになってしまう……という例は世の中にいっぱいあると思います。それがほとんど起こらず、「それって嫌ですよね」という感覚を共有しながら滑らかに進めていけるところが、いつもご一緒していてありがたいなと思うポイントですね。
呪いか、それとも幻想か。主人公は「母を愛そうと頑張っただけの人だと思う」(山下)
—本作には何か決定的なものが映るわけではなく、介護に疲れた佳奈の幻想かもしれない……という狂気と平静のバランス感覚も必要だったと思います。山下さんは、その佳奈というキャラクターを宿すため、製作陣とはどのように話をして役作りをしたのでしょうか?
山下:本読みのときにすごく覚えているのは、「感情を入れすぎないように」と言われたことです。ホラーはもっと感情の機微を大きく見せるものなのかなと思っていたんですけど、そこで「そうじゃなくていいんだ」と思えて、少し楽になった部分がありました。
そこからあまり間を置かずにクランクインしたんですが、自分のなかでは大きく構えて考えていたわけではありません。佳奈は、普通に介護をしていて、母を愛そうと頑張っただけの人なんだと思います。物語にすると大層なことのように見えるかもしれないけれど、佳奈のなかには自分なりの正義があって、自分がしていることは正しい、それが母のため、妹のため、みんなのためになると信じて突き進んでいる。だから現場に入ってからも「ホラーだから」と意識しすぎることはあまりありませんでした。
—恐怖の対象がわからないなかで、それにおびえる演技も非常に印象的でした。見えないものに対する恐怖はどのように表現されたのでしょうか?
山下:もともと私は結構、敏感なタイプなんです。人の目線もすごく気になりますし、誰かがひとり後ろに立っているだけでも気になってしょうがない。全身でそれを感じ取ってしまうようなところがあるので、その感覚をそのまま置いておけばいい、という感じでした。
—演じるうえで、アドリブはなかったのでしょうか?
山下:基本的には脚本に沿っていました。本当に無駄のない洗練された本だったので、そこに何かを足さなければ成立しないということもありませんでしたね。
酒井:ただ感情については台本に全然書いていないんです。写真の裏のメモを見て感動する場面だけは書いていましたけど、それ以外の部分、たとえば姉妹のやりとりなどで涙を流すことなどは一切書いていませんでした。そこはもう、山下さんと小川さんがお二人でつくったものですね。
酒井監督作品の肝は「音」。画に映らないものを音で表現し、観客の感覚に直感的に訴える
—本作には怪物らしい怪物は登場しませんが、一方で登場人物の顔がとにかく怖い。介護初期と終盤では、佳奈の顔つきも大きく変わっていきます。その変化はどのように意識していましたか?
山下:佳奈のなかには彼女なりの道筋がありましたし、バラバラに撮っていたわけでもないので、撮影を重ねていくなかで徐々に恐怖を増幅させていくことができました。なので、特に変化を出すためにこうしようと決めていたことはないですが、自分のなかで「このシーンでは脳みそを殺しておこう」みたいな感覚はありました。それが人にどう見えているのかはわかりませんが。
あと顔に関していえば、ラストシーンで監督から「このときは神々しいものを見る顔をしてください」と言われたのはすごく印象に残っていますね。
酒井:自分が言っときながらなんですが酷い指示ですね……(笑)。
大森:あはは。酒井さんは表情よりも声の演出をされる方だと思いました。特にお母さんを演じた藤井京子さんに関して、表情よりも声の微妙なトーンを調整されていたんです。僕は酒井さんの映画の肝は「音」だと常々思うので、音への鋭敏さはやはりすごいなと現場で見ていても感じました。
—たしかに音が非常に印象的な作品でした。気になったのが作中に音楽とともに動物や鳥の音、水槽やヒーター、雨や風の音など環境音がかなり入れられていること。そしてそういう細かい音がふいに無音になったりもする。本作におけるそういった音の役割をどのように考え、構築していったのでしょうか?
酒井:いまの映画は音と画の両輪で成り立つものだと捉えているので、別に画のほうが優位だとも考えていません。大切なのはその二つがうまいバランスで機能すること。映っていないものも音では表現できますし、音は観客に映画の感覚を直感的に与えることができるので、そういう意味でも音は画と同じくらい重要な役割を持つと思っています。
今回、音のスタッフはこれまでの作品と同じ方々にお願いしているんです。音響効果の佐藤恵太さんは素晴らしい発想の持ち主で、こちらの意図を踏まえていろいろ足してくれたり、逆に僕が環境音を結構消したりすることも知ってくれている。整音の百々保之さんもすごく面白い人間なので、音についてはかなり実験できていると思います。
「この予算で家って意外と難しいんですよ、酒井さん」と叱られた。舞台づくりの苦労とは?
—観ていてまず強烈だったのがOPのシークエンスでした。グリルの肉から火葬場の骨にジャンプする流れに痺れたのですが、そういったカットのリズムや映像的な繋ぎはどう決めていっているのでしょうか。
酒井:プロット段階からシナリオにしていくときに考えています。その際に意識しているのは、面白い映画というより、とにかく「つまらなくない映画」にしたいということ。だから観客が興味を持ち続けられる、あるいは僕が観客だったときに興味を持ち続けられるようなつなぎにしたい。
ただ、それがつなぎ優先になってしまってはいけないとも思っていて。撮るものは物語のプロットや筋ともリンクしているものであり、無駄なものや雰囲気のためだけのカットは撮らない。そうやって無駄がないものでありつつ、観客の興味を引き続けるようなつなぎになればいいなと思ってつくっています。
—佳奈の家は、杏里の洋式住宅と対照的な和風の家で、非常に孤立した空間であると同時に、何かに見られているような感覚も覚える絶妙な恐怖空間でしたね。あの家はどのように設計されたのでしょうか?
酒井:制作部の北村和希さんと会川聡美さんのお二人にやっていただいたんですが、とにかく迷惑をかけましたね。というのも「この予算で家って意外と難しいんですよ、酒井さん」と叱られまして(笑)。自主映画のときの癖で、僕は「家なら安く済む」と思って描きがちなんですが、それが商業映画になると(スポンサーなどの関係から)映してはいけないものが出てくる。だから映るものはすべて作り物にするか、借りてこなければならないわけです。
そういうものを作り込むことを考えると、「車がもう一台必要ですね」「でもそれだと到底予算が収まりません」という話になる。そんな縛りがあるなかで彼らがすごく考えてくれて、撮影クルーが出入りしても問題ない家を見つけてくれたんです。そこが決まったうえで、装飾の松井今日子さんがもともとあるものの位置を変えたり、最小限のものを借りてきたり、創意工夫でつくってくださいました。とても苦労されたと思います。
—実際にその空間で演じられていかがでしたか?
山下:本当に細部までこだわってくださっていましたし、すでにすべてがそこにあったんです。だから、こちらが嘘をつく必要が最大限ない状況でした。本当に感謝しかないですね。
—恐怖の対象が見えないからこそ、何気ない瞬間に恐怖を宿す演出も多かったと思います。恐怖を演出するうえで工夫したことはありますか?
酒井:見えないことを利用しなければ意味がないと思っていたので、そこにリアリティを持たせるための工夫をしなければならないと考えていました。それは撮り方に関してもそうですし、事前に撮影の川口諒太郎さんや、照明の西山竜弘さんともお話して考えていた部分です。
ただ見せないことが続くと、だんだん「もったいぶっている」と思われてしまう。そういうアート映画にはしたくないし、かといって完全な娯楽映画に寄せるとそれはそれでクリシェの連続のようになってしまう。そのバランスをどう保つかは工夫したところですね。
「ザ・ホラー映画」ではなく、むしろ「愛」が加害や呪いに変容していく物語だ
—佳奈が両手の指を組み合わせてつくった穴越しに杏里を見るシーンが印象的でした。
酒井:あれは「狐の窓」という江戸時代からあるポーズで、指の隙間から見ることで化け物を見極める、というものなんです。佳奈はあれで母親が本当は母親じゃないことを見極めようとしている。ビジュアル的に「これは良いんじゃないか」と思って入れたんですが、思ったより誰も反応してくれなくて(笑)。
山下:五条悟みたいに流行るかなと思ってましたよね(笑)。
酒井:そうなんですよ! 最初から海外でも売り出したいと製作から言われていたので、プロット段階では『呪術師』という仮タイトルにしていたんです。『呪術廻戦』と間違って来てくれたら良いなと思って(笑)。そういう和風なキャッチーさがある作品だと思っていたんですが、上映されたロッテルダム国際映画祭では誰も触れずで。当初はあの場面がキービジュアルになるかも、とか自信満々に言ってたんですけどね(笑)。
オランダ・ロッテルダム国際映画祭でのワールドプレミア上映
—では最終的な『遺愛』というタイトルはどのように決めたんですか?
大森:酒井さんと話しながら決めていきました。最初は呪いに関するタイトル案もいろいろ出していたんです。ただ両者のあいだで、これは「ザ・ホラー映画」ではないという感覚が強くあって。むしろ愛に関する物語が、だんだん加害する恐怖や、呪いのような恐怖へと気づけばシームレスに移行している作品だと思ったんです。
だからこそ呪いのような言葉より、逆に「愛」に関するタイトルがついていたほうがピンと来るんじゃないか、という話になりました。もともとそこにあったはずの愛が、認知症などによって消えたように見える。そういうところから『遺愛』というタイトルにつながっていきました。
ただ『遺愛』という言葉に当てはまる英語がなかったので、海外でもそのまま『IAI』にしたらAIの映画だと思われたらしくて。それは失敗だったかもしれません(笑)。
—完成した作品をご覧になって、どう感じましたか?
大森:率直に「本当に変な映画だな」と思いました。脚本を読んだ段階では、Jホラーらしいウェットな恐怖感になるんだろうと想像していたんです。でも酒井さんの撮り方や演出は、かなり客観的に進んでいく。水や和室のようなJホラーらしい有機的なものがたくさん出てくるのに、展開としては基本的にドライじゃないですか。
それがこれまでのJホラーの不気味さとは違う不気味さを放っていて、すごく魅力的に感じました。ロッテルダム国際映画祭で上映されたときも観客の反応は良くて、面白がってくれていたんですが、「これは何ですか?」という質問がすごく多かったんです。ホラーとしては捉えていないような方が多くて。その「変さ」がすごく良かったなと。
山下:「なんて映画だ」と思ったんですが、どう言葉にしていいのか正直わからなくて。いろんな感情が一緒にギュッとなって、バッと押しつけられるような感じといいますか……。愛もそうですし、恐怖もそうですし、人間の目に見えない感情がぐちゃぐちゃと具現化されたような映画ですよね。きっと観る人によって感じ方は全然違うと思うので、お客さんがどういう感想を抱くのか早く知りたくてしょうがないです。
—海外の反応もあったと思いますが、印象に残っているものはありますか?
酒井:僕は逃げるようにしてその場を去ったので……。ただ、そそくさと逃げようとしたら親子で観にきた方に呼び止められて、「面白かったです」と言っていただきました。皆さんがどうだったかはわからないけれど、面白いと思ってくれた人がいたということで少し安心しました。
—そそくさと逃げようとしたのはなぜ?
酒井:反応を見るのが怖いということに尽きます。つくるときは観客のことを考えないというか、自分だけを観客として考えているんです。むしろ、「自分が面白ければいい」というふうにつくったほうがいいと思っていて。でも、完成したらお客さんのことを無視するわけにもいかない。すると「これはどう受け止められるんだろう。わからない」という感情になるんです。それが本当に怖くて(笑)。
—そのあたりは大森さんがサポートされたりするんですか?
大森:酒井さんは励ますと逆効果になってしまうことが多いんですよ。だから酒井さんがダウナーなときはただ見守るようにしています(笑)。
酒井:僕が頭を抱えているとそっとしてくれるんですよ。
山下:あはは!
- 作品情報
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『遺愛』
2026年6月19日(金)全国公開
監督:酒井善三
企画プロデュース:大森時生(テレビ東京)
主演:山下リオ
- プロフィール
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- 大森時生 (おおもり ときお)
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テレビ東京のプロデューサー、演出家。2021年放送の『Aマッソのがんばれ奥様ッソ』でプロデューサーを担当。『イシナガキクエを探しています』『魔法少女山田』といったフェイクドキュメンタリーシリーズ『TXQ FICTION』などを担当。展覧会「行方不明展」「恐怖心展」も手がける。
- 山下リオ (やました りお)
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ファッション雑誌の専属モデルなどを経て、2007年ドラマ『恋する日曜日 第3シリーズ』で本格的に俳優デビュー。2025年、『雪子 a.k.a.』で主演を務めた。
- 酒井善三 (さかい ぜんぞう)
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映画美学校の修了作品として『おもちゃを解放する』(2011年)を制作。篠崎誠監督の『あれから』(2012年)、『SHARING』(2014年)に共同脚本として参加。自身の監督・脚本作として『RIP』(2018年)、『カウンセラー』(2021年)、『コロナvs信心』(2022年)があり、テレビ東京製作の配信ドラマ『フィクショナル』(2024年)は劇場公開された。
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