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「30代」「年収500万以上」「大卒以上」。婚活市場では、人は条件と数字で並べられ、その「資産価値」を計られる。まるで愛さえも資本主義に組み込まれているよう——しかし一方で、愛とは一体何だ? そんな問いを追求した映画が5月29日、公開される。
『マテリアリスト 結婚の条件』は、結婚相談所で「マッチメーカー」(日本でいう仲人もしくは婚活アドバイザー)として働くルーシーが主人公。ダコタ・ジョンソン、クリス・エヴァンス、ペドロ・パスカルというアイコニックな俳優陣が、その三角関係を演じている。
本作の監督・脚本を務めたのは、前作『パスト ライブス/再会』で注目を集めたセリーヌ・ソン。自らも結婚相談所のマッチメーカーとして働いた経験があるというソン監督にインタビューした。
「愛」と「婚活」は両立できるのか? そもそも「愛」ってなんだ? あらゆるものが数値化される現代の「婚活」と、太古から解き明かせない謎である「愛」と、その相反するふたつの事象についての考察をじっくりと語ってくれた。
あらすじ:ニューヨークの結婚相談所で「マッチメーカー」として働くルーシー(ダコタ・ジョンソン)は、仕事一筋の多忙な日々を送っていた。彼女の人生が、二人の男性との出会いと再会によって揺れ動く。一人はルーシーがマッチングさせたカップルの結婚式で出会った新郎の兄ハリー(ペドロ・パスカル)。身長180cm、投資家、家柄も人柄も学歴も一流の彼から情熱的なアプローチを受けた。一方は、その披露宴の席でウェイターをしていた元カレのジョン(クリス・エヴァンス)。俳優を目指してバイトを転々とする彼との貧乏生活に耐えられず、破局。ルーシーはハリーとの真剣交際に踏み出すが、夢を諦めないジョンへの想いも再燃。そんななか、クライアントがある事件に巻き込まれ、ルーシーは仕事も恋愛も岐路に立たされる──。
婚活はなぜ「条件ゲーム」になったのか
—本作はかつて結婚相談所のマッチメーカーとして働いていた監督の実体験が着想源となっているそうですが、そんな「結婚」という制度を監督自身はどのように定義しているのでしょうか?
セリーヌ・ソン(以下、ソン):現代人であることの大きな特徴の一つは、何をするかを自分で選べる選択肢が、昔に比べて格段に増えたことだと思います。かつて長らく、女性にとって「結婚」というのは将来を確保するためのほぼ唯一の手段でした。だからこそ従来「良い結婚をすること」は多くの女性にとって非常に重要な選択だった。
ところがいまは女性が積極的に働き、経済的に自立し、自分の未来を自分で築けるようになったことで、女性たちは「結婚するかしないか」というとても現実的なジレンマに直面しています。そして世界全体がアルゴリズム化し、あらゆるものがデータ化されていくなかで、婚活もまた資本主義システムの一部に取り込まれていると感じています。
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セリーヌ・ソン(写真左)
1988年、韓国、ソウル生まれ。12歳でカナダに移住。劇作家としてキャリアをスタート。2024年、長編映画監督デビュー作『パスト ライブス/再会』は、『アカデミー賞』で作品賞と脚本賞、『ゴールデングローブ賞』で作品賞(ドラマ部門)、脚本賞、監督賞を含む5部門、『英国アカデミー賞』で非英語作品賞とオリジナル脚本賞を含む3部門にノミネートされ、『インディペンデント・スピリット賞』で最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞した。
ソン:ただ重要なのは、本来、婚活と愛はまったく別のものであること。婚活はパートナーを見つけるためのゲームのようなものですが、愛はそれ自体以外に価値を持たない。数値化することも、値段をつけることもできないものです。愛は自由で、神聖で、尊く、古来から続く感情です。だからこそ、この映画で描こうと思ったのは、ほかのあらゆるものと同じように、いまやマーケットのなかに組み込まれていく「愛の追求」、その在り方についてでした。
私が最も関心を持っているのは、人間が「商品化」されてしまうという現象です。劇中でもソフィー(ルーシーの顧客)が「私は商品じゃない。人間だ」と言いますよね。それは結婚の意味がますます問われることになったいま、あらためて心に留めておく必要がある重要な台詞だと思います。
結婚がまるでビジネス取引のように扱われる。もちろんそうした側面は昔からあったことです。しかしいまは、そうした現代生活のあらゆる側面を蝕んでいる「人間の商品化 / 客体化」と同じ問題に、結婚もまた直面しているように思うのです。
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—ルーシーは物質主義的な価値観で愛を探求し、舞台となったニューヨークも経済に支配されている街です。できるだけ安価な駐車場を探すシーンは、彼女たちの前に立ちはだかる現実を端的に示しているように思いました。そうした「現実」と「愛」、そのバランスをどのように描こうと考えたのでしょうか?
ソン:この映画ではニューヨークの両面を描いたつもりです。それは売れない俳優であるジョンから見たニューヨークと、大富豪であるハリーから見たニューヨーク。その二つは、ニューヨークにおける「富」のスペクトラムの両極にあるものです。
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ソン:本作が日本で公開されるにあたって思うのは、その両面性、あるいは階級や階層の分断は、世界中のどの都市にもはっきりと存在しているということ。もちろんそれはニューヨークと東京では状況も違いますし、同じような見え方をするわけではない。それでも、同じ都市のなかにまったく異なる二つの都市が存在するというのは世界共通の現実だと思います。
だから、映画のなかにもジョンのニューヨークとハリーのニューヨークがある。そのなかでルーシーが選ぼうとしているのは、単に「どちらの男性が良いか」という基準だけでなく、彼女が「どちらのニューヨークで生きたいか」なんです。
もちろんロマンス映画としての華やかさを考えれば、豪華なアパートや美しいレストランといった要素は欠かせません。けれど同時に、ニューヨークの公園のベンチにも、屋台の食べ物とボデガ(※)の花だけで成立するまったく別のロマンティックさもある。どちらか一方が「本当のニューヨーク」ではなく、両方が同時に存在しているのです。ニューヨークを描くうえで、そのことをつねに意識していました。それはロンドン、パリ、東京、ソウルなど、あらゆる都市に共通する考え方だと思います。
※ ニューヨークの至るところにある個人経営の小さな食料品 / 日用品店の総称
「ロマコメは本来、人間の複雑さを描くジャンルだった」
—本作はロマンティック・コメディ(以下、ロマコメ)の王道である三角関係を描いていますが、一方でロマコメらしいわかりやすいキャラクター造形を避けているように感じました。ロマコメというジャンルを再定義しようという意図が含まれているのでしょうか?
ソン:重要なのは、それはロマコメがはじめから持っていた要素だということ。たとえばビリー・ワイルダー(映画監督 / 『アパートの鍵貸します』)やノーラ・エフロン(映画監督 / 『めぐり逢えたら 』)、ジェームズ・L・ブルックス(映画監督 / 『恋愛小説家』)、あるいはオードリー・ヘプバーン(俳優 / 『ローマの休日』)の映画を思い浮かべてください。それらの作品にも共通するように、この映画は新たなものというより、むしろ原点に近いものだと考えます。
もともとロマコメは、愛を探し求める旅路を描くなかで、人間のシリアスな側面を扱ってきたジャンルです。そこではいつも、シニカルな世界のなかで真実の愛を見つけることがどれほど困難かが描かれてきました。また階級の違いやジェンダーの違いも多く扱われてきたトピックです。ロマコメはそういったものを扱いながら、私たちが日々向き合っている奇跡、すなわち愛について語ってきたのです。
誰もが世界を救ったり、途方もなく奇妙な出来事を経験したりするわけではありません。でもきっと誰もが、自分の人生における最大のドラマとして感じるものがある。それこそが愛だと私は思います。それはつねにロマコメの核にあるもの。だから私はジャンルを再定義したかったのではなく、愛してきたラブストーリーのあり方をそのままこの映画に落とし込みたかった、というのが正しいと思います。
私がロマコメ全般で好きなのは、それが観客を映画館へと誘い、2時間にわたって愛について考え、語り合う場を生み出してくれるという点です。愛は観る者みんなに関わるものだからそれができる。それがこのジャンルに対する私の認識です。
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ソン:また、登場人物の複雑さは非常に重要です。私たちが登場人物に心を寄せられるのは、彼女たちが自分の身近な誰かのように感じられる場合だけだから。私たちは誰一人として単純な存在ではありません。時代の変化とともに、人間が多面的なものであることがますます知られるようになりました。私たちはみな矛盾を抱えた複雑な存在で、ひどい決断も良い決断もする。それは当たり前のこと。だからこそロマコメとして成立させるためには、何よりもまずキャラクターを人間らしい複雑な存在として描くことが大事だと思うのです。
『パスト ライブス/再会』とつながる「数値化できないもの」
—前作の『パスト ライブス/再会』では前世や縁(イニョン)という神秘的な要素に触れていましたが、本作で扱うのはその対極とも言える物質主義ですよね。同じロマンスでも対照的なテーマのように思えるのですが、監督のなかでこの2作はどのようにつながっているのでしょうか?
ソン:どちらの作品にも共通しているのは、私たちが現実的で物質的な問題に向き合いながら、それでも人生は「名前も価値も与えられないもの」や「言葉ではとらえきれないもの」によってかたちづくられている、という感覚。それは2作の核心であるとも思います。
ソン:ご存知のとおり、現代社会ではあらゆるものが数値化されていきます。身長、体重、住んでいる場所、家賃など……すべてが数字になる。ただそれでもなお、かたちを持たない、つかの間の、数値化できないものは存在している。
『パスト ライブス/再会』においては、それが縁(イニョン)でした。あの映画は、じつのところ友情についての映画でもありますよね? ロマンティックな瞬間もあるけれど、そうではない瞬間もあり、20年という時間のなかで友情がどのように変化していくのかを描いている。そして2人の人物がまったく異なる時間軸、異なる都市に暮らすことについての映画でもある。彼女たちは遠く離れていて、まったく違う人生を生きてきた。それこそが、二人が結ばれない大きな理由なのだと思います。
一方で『マテリアリスト 結婚の条件』は、人を物質的な価値観や数字で捉えることに慣れているルーシーが、その中で「神聖なもの」を学んでいく物語です。結局のところ、最後に受け入れられる唯一の「取引」があるとすれば、それは愛にもとづくものなのだということを描いている。
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ソン:物語のなかで彼女は、物質主義的な現実にも向き合っています。お金を持たない相手と結婚するという、特にニューヨークのような都市ではひどく愚かに見える選択を前にしている。彼女は本来、そうした選択を避けるための専門家です。人を条件や数字で見極め、非合理な決断をしないためのプロでもある。けれども映画を通して彼女は、誰かが自分の心を差し出してくれたとき、それに対する唯一の答えは「イエス」なのだと気づいていくのです。
もちろん、現代を生きる私たちが、現実的で物質的な条件に大きく左右されていることは否定できません。けれども同時に、私たち一人ひとりのなかには、いまだに神聖で尊いものがある。それが私たちの人間性であり、互いを愛する気持ちなのだと思います。それは価値をつけることも、お金に換算することもできない自由なもの。その点では、今作と前作のどちらの作品にも同じことが言えます。
『パスト ライブス/再会』のヘソンとノラが、お互いをつなげるものを「イニョン」という非常に神秘的な言葉でしか表せなかったように、私たちが互いにどう感じているのかは物質的な方法で定義することはできません。そういう意味で私は、現代を生きる私たちにとってリアルで切実なものとして「愛」を語ることに、強い関心があるのだと思います。
※以下には、本作の終盤の展開に触れるネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
リアルな婚活・デートを描く「責任」——劇中で当事者が背負うリスクも描いた理由
—先ほどソフィーについて言及されましたが、本作では彼女を通じて、出会いのなかで特に女性が背負わされる「相手に暴力を振るわれるかもしれない」というリスクを描いていますね。本作でソフィーに暴力を振るった男性は声しか登場しませんが、それが『パスト ライブス/再会』で優しい夫役を演じたジョン・マガロだとエンドロールで知って驚きました。
ソン:ジョンの声を選んだのは、彼の声がとても美しく、私にとって安心感を覚えるものだからです。というのも、私が描きたかったのは「性暴力を振るったり暴力的でひどいことをしたりする人間が、必ずしも見た目でわかるわけではない」ということでした。
そのために、私自身が好きな声を持つ「彼なら信じられるかもしれない」と感じられる人物であることが重要だったのです。実際、加害者たちは「私は悪い人間です」とわかるような声で話すわけではありませんよね。だからこそ、あえて美しく、とても安心できる声が必要だったのです。
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—ロマンティックなラブストーリーを描きながらも、そういった性暴力のリスクを扱うと決めた理由を教えてもらえますか?
ソン:私にとって、この映画は現代の婚活やデートについての映画です。だからこそ、そこに存在する現実的なリスクについて語らないのは不誠実だと感じました。もちろん、誰にもそのような経験をしてほしくはありません。けれど特に女性にとって、男性との初デートには、つねに安全についての不安や確認がつきまといます。
「現代のデートのリアルな側面を、誠実に、きちんと、直接的に描きたい」と言いながら、そのつねに存在している側面を無視することはできませんでした。本当はそうであってほしくないけれど、それはたしかに存在していると私自身も知っている。だからこそ、それを語る必要があると感じたのです。
もう一つ重要なのは、あらゆる数字やデータが、その人物の本質を必ずしも明らかにするわけではないということです。ルーシーは数字を信じている人物だからこそ、彼女が信頼してきた数字に裏切られる瞬間を私たちが目撃することが重要でした。その部分を描かなければ、無責任になってしまうと感じたのです。
愛とは——私たちがいまなお抱き続ける「人生の大きな謎」
—太古の「人類の夜明け」から現代につながる冒頭は、さながらロマンス版『2001年宇宙の旅』のようでしたね。監督は「愛」について、どれだけ時間が経ってもかたちを変えないものと考えますか? それとも時代とともに少しずつ変化していくものなのでしょうか?
ソン:愛は太古の昔から変わらないものだと思います。映画の冒頭で古代の人々を描くうえで、最も重要だったのはその点でした。愛は時代を超えて受け継がれ、いまも変わらず存在している。
そして愛とは、私たちがいまなお抱き続ける「人生の大きな謎」でもあります。現代社会を生きるなかで、私たちの人生からは謎が少しずつ失われているように感じます。自分の理解を超えた何かに触れる機会も、かつてより少なくなっているのではないでしょうか。
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ソン:それでも最後に一つだけ、どれほど賢い人であっても、自分を愚かで、無力で、何もわかっていない存在のように感じさせるものが残っている。それが愛なのだと思います。たとえば偉大な学者に「宇宙物理学について教えてください」「ロケットはどのように飛ぶのですか」「がんはどう治療できるのですか」と尋ねれば、きっと多くのことを教えてくれるでしょう。政治の仕組みについて聞いても、語ることはたくさんあるはず。
ですが、そこで「では、あなたの愛はどうですか?」「パートナーとの関係は?」と聞くと、きっと誰もが「何が起きているのかわからない」と言うはずです。愛は私たちをとことん謙虚にし、何もわかっていないのだと思い知らせ、ときに自分を愚か者のように感じさせる。それはきっと、昔から変わらない真実だったのだと思います。
なぜ人が互いに愛を感じるのか、私たちにはわかりません。それはいまも同じ。私にとって愛とは、永遠の問いであり、永遠の謎です。人間がずっと向き合い続けてきたものであり、だからこそ本当に素晴らしいものなのだと思います。
- 作品情報
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『マテリアリスト 結婚の条件』
5月29日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
監督・脚本:セリーヌ・ソン
キャスト:ダコタ・ジョンソン
クリス・エヴァンス
ペドロ・パスカル
- プロフィール
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- セリーヌ・ソン
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1988年、韓国、ソウル生まれ。12歳でカナダに移住。劇作家としてキャリアをスタートし、2019年にアメリカン・レパートリー・シアターでプレミア上演され、2020年にニューヨーク・シアター・ワークショップでニューヨーク初演を果たした『Endlings』で高く評価される。その後、TVシリーズ「ホイール・オブ・タイム」のシーズン1(2021)の脚本を手掛ける。さらに長編映画監督デビュー作『パスト ライブス/再会』(2024)が絶賛され、『アカデミー賞』で作品賞と脚本賞、『ゴールデングローブ賞』で作品賞(ドラマ部門)、脚本賞、監督賞を含む5部門、『英国アカデミー賞』で非英語作品賞とオリジナル脚本賞を含む3部門にノミネートされ、『インディペンデント・スピリット賞』作品賞、監督賞を受賞する。
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