いま、世界には約1億2000万人の難民がいるという。ユニクロなどを運営する株式会社ファーストリテイリングは、20年以上にわたって難民支援を続けてきた。創設パートナーとして参画する「難民映画基金/Displacement Film Fund(以下、DFF)」では、難民や避難民にルーツを持つ映画制作者を支援している。
ファーストリテイリング取締役グループ上席執行役員の柳井康治は、主演の役所広司が『第76回カンヌ国際映画祭』最優秀男優賞を獲得した『PERFECT DAYS』でプロデューサーを務めた経験もある。柳井は、あくまでも映画は支援の「手段」であると語る。なぜ、映画に可能性を見出したのだろう?
東京・六本木でこのほど、ユニクロのチャリティプロジェクト『PEACE FOR ALL』のコラボレーターとして新たにDFFが加わったことを記念したイベントが開かれ、DFFの助成を受けた2作品が日本初上映された。トークセッションには、 俳優、岡本多緒も登壇した。
イベントののち、柳井康治にインタビューを実施。映画を「社会課題を伝える手段」と捉える理由、そして企業が平和や社会課題に向き合う意味について聞いた。
僕らの日常生活でもよく遭遇するようなことが、難民キャンプのなかにも当然ある
—ユニクロでは20年以上、難民支援の取り組みを続けられています。柳井さんは難民キャンプを幾度も訪れているということでしたが、どのような問題意識がありますか?
柳井康治(以下、柳井):現場に行って強く思うのは、彼らには彼らの人生があって、暮らしがあって、生活があるということです。自分たちと同じように家族を養わなければいけない人がいたり、家族のなかに身体障害がある人がいたり。僕らの日常生活でもよく遭遇するようなことが、難民キャンプのなかにも当然あるんです。
例えば、子どもが生まれるということは自分たちにとっても一大イベントですよね。当然、難民キャンプでも子どもが生まれるわけで、そのキャンプが100万人を超える規模であれば、毎年何万人という子どもが生まれている。数字として聞くと『すごいな、多いな』と思うだけですが、現場で目の当たりにすると、それがいっそう現実として感じられます。
映像や記事を通じて知ることで、数字だけでは表せない現実感、リアリティのようなものが生まれると思うので、それを伝えたいと思っています。
柳井康治(やない こうじ)
1977年生まれ。2001年4月、三菱商事入社。2012年9月にファーストリテイリングに入社し、ユニクロスポーツマーケティング担当、2013年5月、ユニクログローバルマーケティング部部長、同年9月ファーストリテイリンググループ執行役員、2018年11月取締役、2020年6月からグループ上席執行役員。ユニクロでサステナビリティや社会貢献分野を担当。2018年に始まった渋谷区の公共トイレを有名クリエイターらと改装するプロジェクトを個人として発案・資金提供し、そのPRの一環として制作したヴィム・ベンダース監督の映画『PERFECT DAYS』ではプロデューサーも務めた。
—このたびのイベントでは、「難民映画基金(DFF)」の支援によってつくられた5作品のうち2作品が上映されましたね。すでにオランダ・ロッテルダム国際映画祭で発表されましたが、日本で上映されたのは初めてのことでしたね。いかがでしたか?
柳井:5作品とも、まったくテイストが違うんです。同じテーマ、同じ思いのもとに参加してもらったのに、こんなにも自由で、こんなにも違う表現になるのかというのが、まず最初の衝撃でしたね。
なかでも『Rotation』を撮影したマリナ・エル・ゴルバチ監督とは、映画を見る前にお話しする機会があったんです。まずこの基金についてどう思ったか尋ねると、著作権が監督に帰属するなどの好条件に「最初は詐欺だと思った」と言われました(笑)。そんなうまい話があるわけがない、と。とても信じられないけれど、光栄なことだからいいものにしたい、ウクライナに帰って仲間たちとちゃんとつくりたいと思った、と話してくれました。
そして、本作が撮影された場所は、彼女がウクライナで、自分のなかで強く印象に残っている場所だったと聞きました。『Rotation』はトラウマ的なものが色濃く表れていて、主人公は身体に記憶が刻まれるような体験をしているんですが、それはおそらく監督自身の体験ともつながっているんだろうと感じます。いまもウクライナでは作品で描かれたような状況が続いているので、少なくとも、そんなトラウマを感じずに過ごせる日常がみなさんに訪れるといいなと思っています。
マリナ・エル・ゴルバチ監督『Rotation』。市民生活から兵役へと日常が一変した若いウクライナ女性が、催眠療法の儀式を通じて、現実に対応しようとする姿を描く。このたびのイベントで上映された。
—マリナ監督が「最初は詐欺だと思った」のは、DFFの助成・支援でつくられた作品の著作権が監督個人に帰属するという特徴からだろうと推察します。2025年1月にDFFが設立され、5作品が揃ったいま、振り返ってその支援のあり方をどう考えますか?
柳井:そうですね。その点は大きなポイントだと思います。ケイト自身もプロデューサーかつ俳優なので、クリエイターの気持ちがよくわかっている。僕も、曲がりなりにも映画のプロデュースをさせてもらった経験があるので、クリエイティブの自由は絶対に担保しないといけないと思っていました。だからこそ、権利も含めて、彼らに残るべきものは残ったほうがいい、ということは最初の頃にかなり議論したことでした。
特に僕らはユニクロとして参加するなかで、大きな目的は難民支援であって、「映画づくり」はあくまでその手段。そういう意味では、自分たちができる一番のことは、彼ら(監督ら)に最もメリットが多いかたちをつくることだと思っています。
ハサン・カッタン監督『Allies in Exile』。14年間にわたり戦争と制作の日々を歩んだシリア出身の作家たちが、イギリスの亡命希望者施設での日常を記録。撮影という行為が生き延びるための手段へと変わる過程を映し出す。このたびのイベントで上映された。
世界が平和ではないと事業もできない。社会課題への取り組みは「必ずやらなければいけないこと」
—そもそもなぜ、ユニクロは企業として難民支援に注力し始めたのでしょうか?
柳井:当時(2001年)、人道的見地からアフガニスタン難民の方を緊急的に支援する必要があると判断しました。ただ、背景として「服を寄贈したい」と言っても受け入れてくれる団体はそれほど多くなく、たまたまアフガニスタン難民の方々が冬を越すための防寒アウターを必要としているというニーズを知ることができた。それが最初の出来事でした。
そこから、アパレルブランドとしてこういった方法で世の中の役に立てるんだと気づきました。そうして関わっていくなかで、当時4000万人ほどだった難民・避難民の数が、2016年には約6000万人、そして2026年には約1億2000万人に増え、世界のなかでも難民の問題は最大級の課題と言ってよいほど大きくなりました。支援を続けて、それでも状況が改善されない現実を知り、いっそう思いを強くしてきたところですね。
—このたびのニュースは、プロジェクト「PEACE FOR ALL」のコラボレーターにDFFが新たに加わったということでした。それによってどんな変化が生まれますか?
柳井:Tシャツを買っていただくと、その収益が基金にも回るようになりました。今年のTシャツの収益を使って来年の難民映画がつくられ、来年また新しいコラボレーターの新作デザインができて、それを着てくれた人が、DFFの次の映画製作を後押しできる。ひとつのジャンルでの循環が成り立つといいなと思います。
2026年1月、ロッテルダム国際映画祭にて。柳井康治とケイト・ブランシェット、DFF第一弾支援作品の監督らの集合写真
—ファーストリテイリングは、サステナビリティのコピーとして「服のチカラを、社会のチカラに。」と掲げられていますね。企業が社会課題に積極的に関わっていく意義を、柳井さんはどう考えられていますか? 先ほども、映画を「手段」として考えているとおっしゃっていました。
柳井:そうですね。民間やNGO団体とわけて考えるというより——究極的には、僕はそれは関係なく、やらなければならないことをやりましょう、と思うんですけど——ユニクロの立場としては、新しい地域や国に進出する時によく聞かれる質問があります。1つは「あなたは誰ですか」、2つ目は「何をしているんですか」、3つ目が「この国や地域に何かいいことをしてくれるんですか」。
こういう社会貢献活動をしていて、この国でもこうやって貢献していきたいと思っている、という話をすると、ちゃんとした考えを持っている企業・ブランドだと認めてもらえて、受け入れてもらえる一つのきっかけになります。そういう質問が出るたびに、企業として社会の役に立つ、社会課題を解決するために何か活動をするということが、とても大切なことなんだと痛感させられ続けてきました。
自分たちは民間企業で、世界中でいろんな商売をさせていただきたいと思っていますが、まずその前に世界が平和でないと事業をしたくてもできない。世界平和というのは保障されているものではないので、やっぱり自分たちもそこに参加して貢献して、平和な世界のなかで自分たちの事業を展開していくという、そこの考えに思い至ったっていう感じですかね。
だから、なんとなくやればいいとか、オプションでやってもやらなくてもいいっていうようなものではなくて。必ずやらなければいけないことだと思います。
モハマド・ラスロフ監督『Sense of Water』。DFF第一弾支援作品5本のうちの1作品。亡命先で異国の言葉と対峙するイラン人作家が、再び書く力を手にするため、記憶と忘却、失われた言語と新たな言語の間を往来する心の旅路を描く。
DFFのこれから——いい映画に出会うと、価値観がガツンと変わることがある
—DFFの今後の展望についても教えてください。
柳井:そうですね。(助成を受けてつくられた作品を)ある程度の期間、一般公開することで『アカデミー賞』に応募できる権利を満たせるようになります。いまはそこに向けて動いているところです。
もし短編部門でショートリストに残るようなことが起これば、さらに注目してもらえる。まずは知ってもらうことが問題解決の第一歩だと思うので、基金にとって一番の目標は、より多くの人々に見てもらえる機会をつくることです。そういう意味で、2026年10月末の東京国際映画祭は、日本の人々に見ていただけるチャンス。そこでぜひ見てほしいなと思いますね。
シャフルバヌ・サダト監督『Super Afghan Gym』。DFF第一弾支援作品5本のうちの1作品。カブール中心部のジムで、女性のみが利用できる限られた時間に集まった主婦たちが、トレーニングに励みながら理想の体型や日常を語り合う。
—最後におうかがいさせてください。この日本にも難民の方が暮らしています。そして昨今、難民だけではなく国外にルーツがある人を排斥しようとしたり、差別したりするような考え方や動きも強まっているように個人的に感じています。柳井さん個人として、そんな状況のなかで、例えば映画ができることや可能性について、どんなふうに考えていらっしゃいますか?
柳井:東京で暮らしていると特に思うのは、コンビニや飲食店をはじめ、どのサービスを利用しても、たくさん海外の人が働いておられるということ。知らないあいだにもう一緒に暮らしていて、その人たちがいないと成り立たない社会になっているわけで。ネガティブなことを言ったところで、現実問題としてはそうなっていない、というのは個人的に感じています。
そんななかで、映画の力でそうした価値観が変わる場面があるなあと思っていて。たまに社会現象になる作品がありますよね。例えば『国宝』もそう。あれをきっかけに歌舞伎を見に行ったという人も、おそらくたくさんいると思うんです。『PERFECT DAYS』でも、海外の方も含めてわざわざトイレを見に訪れてくださる方がいて、「トイレですよ!?」って(笑)。これはすごいことだと思います。だから、もしすごくいい作品に出会えたら、人の気持ちがガツンと変わることって起こりうる。そんなことが今回のDFFの作品で起これば、もちろんうれしいと思っています。
トークセッションには岡本多緒が登壇。難民描いた自身の監督作品を語る
6月20日の「世界難民の日」に先駆け、6月18日に東京・六本木で開かれた『PEACE FOR ALL×難民映画基金 ショートフィルム特別上映会』。柳井が語る「映画の力」を体現するように、この日のイベントでは、自身も当事者性をめぐる葛藤を経て映画を制作した岡本多緒らが登壇した。
左から、東京国際映画祭プログラミング・ディレクターの市山尚三、岡本多緒、ロッテルダム国際映画祭マネージング・ディレクターのクレア・スチュワート、柳井康治。
カンヌ国際映画祭で、日本人初の最優秀女優賞を受賞した岡本多緒。映画監督としても活動していて、自身の監督作品であり、チベット系移民の家族を描く『マイ・スウィート・パーラ』の制作について語った。岡本は、義母がチベット難民として1950年代に亡命し、最終的にスイスで生活してきた経緯から、夫やその家族を通じてチベット問題や移民の世代間の問題を学んできたと語った。
「ずっと前から続くチベット難民問題のなかで、どこかに移住をして、次の世代が生まれて、移民の子どもとして生きていくなかで、どんな問題が生まれているのか? どういう生活をしているのか? そういうことを切り取ることで、差別といわれるものがどこからくるんだろうということを、描きたかったんです」。
そのうえで、当事者性が薄い立場で作品を手がけることへの葛藤もあったと語った。制作にあたって、チベットにルーツを持つプロデューサーやキャストを起用し、上映の場では当事者自身に語ってもらう機会を設けることを大切にしたといい、「当事者じゃなくても、一緒にやろうということも、ときには必要だったりするのかな、と自分のなかで落とし込めたんです」と経験を話した。
そののち、難民映画基金の第1弾支援作品5作品のうち、2作品が上映された。まずは、マリナ・エル・ゴルバチ監督による『Rotation』。最前線から一時的に離れ、心身の回復を図る期間中の若いウクライナ人女性が、催眠療法の儀式を通じて現実に対応しようとする姿を描いた。
もう1作品は、ハサン・カッタン監督によるドキュメンタリー作品『Allies in Exile』。シリア・アレッポからまずトルコへ逃れ、その後イギリス・ロンドンの難民申請者向けホテルで暮らす監督本人と、親友であり映画制作者でもあるファディの日常を記録した作品だ。
今秋開催される『東京国際映画祭』では、この2作品を含む5作品すべてが上映される予定だという。
モ・ハラウェ監督『Whispers of a Burning Scent』。DFF第一弾支援作品5本のうちの1作品。裁判と結婚式での演奏を控えた寡黙な男が、私生活を衆目にさらされ、献身と尊厳、喪失の狭間で揺れ動く内面を静かに見つめる。
- サービス情報
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『PEACE FOR ALL』
「世界の平和を心から願い、アクションする」という趣旨に賛同した著名人がボラン ティアで協力し、それぞれの平和への願いをデザインしたTシャツを販売するプロジェクト。寄付金は、ユニクロを展開する株式会社ファーストリテイリングが、利益の全額は、貧困、差別、暴力、紛争、戦争などによって被害を受けた人々を、世界各地で支援する団体へと寄付される。
- プロフィール
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- 柳井康治 (やない こうじ)
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1977年生まれ。2001年4月、三菱商事入社。2012年9月にファーストリテイリングに入社し、ユニクロスポーツマーケティング担当、2013年5月、ユニクログローバルマーケティング部部長、同年9月ファーストリテイリンググループ執行役員、2018年11月取締役、2020年6月からグループ上席執行役員。ユニクロでサステナビリティや社会貢献分野を担当。2018年に始まった渋谷区の公共トイレを有名クリエイターらと改装するプロジェクトを個人として発案・資金提供し、そのPRの一環として制作したヴィム・ベンダース監督の映画『PERFECT DAYS』ではプロデューサーも務めた。
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