「書くと、体が健康になる」。『さとこはいつも』沖田修一×折坂悠太×柴田聡子が語る、書くことで得られること

15歳の「聡子」、35歳の「沙都子」、55歳の「里子」。年齢も育った環境も違う3人の「さとこ」が、それぞれ「書いてみたい」という気持ちと向き合う映画『さとこはいつも』が、9月18日に公開される。

沖田修一監督の長編デビュー20周年にあたる完全オリジナル作品で、姫野花春、有村架純、石田ひかりがトリプル主演を務める。それぞれの人生に起きた出来事をきっかけに、3人は自分の人生を「物語」として書きはじめるという作品だ。

書くことが人生を動かしていく──本作を手がけた沖田修一監督、劇中伴奏音楽(以下、劇伴)を担当した柴田聡子、主題歌“シミレ(feat. 柴田聡子)”を手がけた折坂悠太。映画の「さとこ」と同じように、「書く」「つくる」ことで自分自身と向き合ってきた3人に、なぜ人は書くのか、書くことで自分に何が起きるのか、そしてその行為が作品にどうつながっていったのかを聞いた。

映画『さとこはいつも』あらすじ:
初めての恋を持て余し、妄想が暴走していく中学3年生、15歳の中井聡子。不倫も仕事もスランプ気味、迷走中の映画配給会社勤務、35歳の西田沙都子。子育てがひと段落し、久々の自分時間で夢に目覚めた55歳の飯島里子。年齢もまちまち、生きてきた時間も道もまるで違う3人の“さとこ”たちが、胸に秘めた想いを書き始めたとき、動き出した彼女たちの人生が少しずつ交差していく――。

「人に向かって歌っているようじゃダメだ!」柴田聡子が恩師からもらった助言

―「世代が違う3人の物語にしたら面白そう」という沖田監督の発想から、3人のさとこがこのお話の主演となったそうですね。「さとこ」は、それぞれ先生や同級生からの何気ない一言から「書く」ことに魅せられていきます。みなさんにも、その後の人生を変えてしまうような存在はいましたか?

折坂悠太(以下、折坂):私の場合は、フリースクールの園長先生かな。小学校4年ぐらいからフリースクールに通い始めたのですが、それまで出会ってきた「大人」とはまったく違うことを言う人でした。

柴田聡子(以下、柴田):どんなタイプなんですか?

折坂:例えば、算数の計算問題って解答を見ずに計算していくじゃないですか。でも、その先生は「解答を見ながら勉強したほうがいい」って言うんです。ほかにも、一般的には「食べ物の好き嫌いはなくそう」と教えられると思うのですが、先生は「嫌いなものは食べなくていい」と言う(笑)。

―一般論の逆を行くと言いますか。

折坂:当時は子どもだったので混乱もしましたけど、「自分の感覚を大事にしなさい」ということを言っていたのだと思います。吉田羊さん演じる寺尾先生は「自分は好きだけれど、みんなは距離を置く先生」みたいなタイプですよね。そんなふうに、大人だって完璧ではないという部分も含め、教えてくれたと思います。

いまでも「先生だったらこのときどうするかな?」と考えることがあります。私にとって、大きな存在です。

柴田:私も自分の節目を作ってくれたのは、学校の先生でした。もともと私が自分で歌う曲の制作をはじめたのは、大学時代のある出来事がきっかけでした。所属していたゼミ内でプレゼンテーションをしなくてはいけない機会に、講師としていらしていたアーティストの先生から「お前は歌うか踊るかだろ」と言われたんです。踊るよりは歌かなと思って、曲を作って発表しました。人前で歌うなんて恥ずかしいと思っていたのに、やってみたら知らない後輩から声をかけられるくらい反応があって。「恥をかくのも案外いいこと」だと気づいたし、音楽を作る楽しさを知って、いまに至ります。

沖田修一(以下、沖田):恥をかいてでもやってみた、というところが映画の「さとこ」たちと重なりますね。

柴田:先生からはいろんなことを教えてもらいました。「人に向かって歌ってるようじゃダメだ!」とアドバイスをいただいたり……。

―そうすると、誰に向かって歌うといいんでしょう……?

柴田:「山に向かって歌え」と(笑)。人の目なんか気にするなという意味かもしれませんが、山を見るたびに先生がくださった言葉を思い出しては、大事なことを教えてもらったと実感しています。

―沖田監督はいかがですか?

沖田:僕の場合は、映画プロデューサーだった佐々木史朗さんですかね。大学を卒業したあとに、映画を作りたい、脚本家になりたいけれど、何をやっていいのかわからない時期があって。そのときに20分くらいの自主映画を作って、『水戸短編映像祭』に出品したんです。そこにフラッと来て僕の作品を見て、「事務所に遊びにおいでよ」と声をかけてくださったのが佐々木さんでした。

折坂:審査員として来場していたのではなく……?

沖田:お客さんとして来ていたそうです。僕は、佐々木さんがプロデュースした『家族ゲーム』(1983年)が大好きだったので「神さまから声をかけてもらった!」とすら思いました。それ以来、いろんな場面で相談に乗ってくださっていて「オリジナルでどんな作品をやりたいの?」と、いつも気にかけていただいていました。

佐々木さんは2022年に亡くなられたのですが、この映画の話をしたときは、まだご健在でした。最近の映画は、どうしても原作があるものが多いのですが、そのなかでも「オリジナルをやれ」と言い続けてもらったことが、いまここにつながっているなと思います。

「楽しめ。死ぬ気でな」。沖田修一が『南極料理人』の台本に書き残した言葉

―3人の「さとこ」は「書く」という行為によっていろいろな感情を昇華させていきます。みなさんは「書く」ことはどんな作用があると思いますか?

折坂:私は、何かに悩んでいたり苦しんでいたりした時期に、ノートのマス目を無視して、余白がなくなるまでびっしり字を書いていました。「何を書いたか」自体はそんなに重要ではなくて、呪文みたいな感じで。

―日記というわけではないのでしょうか。

折坂:はい。頭のなかにあるモヤモヤしたものを、自分の体を使って外に出す行為と言いますか。書いたものが物理的に残るだけで、根源的な安らぎを得られることを実感しました。SNSのように、誰かに読まれることを前提とした言葉とは違って、たとえ誰にも見られなくても、「書き残した」という事実だけで十分なんです。自分の素直な言葉と向き合うことで、自分が本当に大切にしているものが見えてくるように思います。

沖田:僕の場合は、台本の最後のページにある「メモ」の欄に、よく何かを書いていますね。撮影中って自分で何を書いたか覚えていないことが多くて、『南極料理人』の台本を見返したら「楽しめ。死ぬ気でな」と書いてあって、自分でゾッとしたことがあります。

柴田:ええっ、怖い!(笑)

沖田:端から見たら恐ろしいですよね(笑)。自分で自分にかけている呪いというか。おそらく、強引に潜在意識を引っ張り出しているんだと思います。でも、自分で書いた文字を見ると、当時の自分の本当の気持ちを再確認できるように感じますね。

柴田:わかります。自分に向けて書くだけでいいんですよね。

「柴田聡子さんのほうが合うのでは」。折坂悠太の提案から生まれた主題歌

―今回の映画では、折坂さんが主題歌を、柴田さんが劇伴を担当しています。それぞれ抜擢された理由を教えてください。

沖田:僕がもともと折坂さんのファンだったので、お声がけさせてもらいました。いつか折坂さんに主題歌をお願いしたいとずっと思っていたので、ようやく実現できて嬉しかったです。

折坂:私も沖田監督の作品のファンだったので、オファー自体はすごく嬉しかったのです……が、作品のお話を聞くと「柴田聡子さんのほうが、作品の雰囲気に合うのではないか」と思ってしまって。生意気ながらその旨をお伝えしたんですね。そうしたら「柴田さんには、すでに劇伴を依頼しているんです」と聞いて驚きました。

柴田:そうだったんだ。すごい!

折坂:なので「では、作らせてください」と、お返事しました。

沖田:柴田さんへの依頼は音楽プロデューサーからの提案でしたが、じつは撮影中から僕の頭のなかには柴田さんのハミングが流れていて。同じ「さとこ」ですし、ぴったりだと考えていました。

―主題歌である“シミレ”を折坂さん、柴田さんのおふたりで歌うことにしたのはなぜですか?

折坂:「この映画は3人の物語が、同じように存在する」ことに意味があるので、私ひとりの声で終わるのはもったいないような気がしてきたんです。柴田さんにもお願いしたいと提案させてもらいました。

沖田:大好きなおふたりのコラボレーションが自分の作品で叶うとは思っていなかったので、ちょっと冷静でいられませんでした(笑)。

―どのように制作を進めていきましたか?

折坂:基本は私が作りつつ、柴田さんのパートは柴田さんに作詞していただきました。私は柴田さんの詩が好きなので。

柴田:お互いの担当箇所をメールで送りあって、往復書簡のような制作体制でしたね。

折坂:私の詩に対して、柴田さんがそのアンサーを送ってくれるような。

―“シミレ”というタイトルは、どこから出てきたのでしょうか。

折坂:タイトルは一番最後に決まりました。「同じように」という意味を持つ音楽用語「simile(シミレ)」からとっています。「シ・ミ・レ」という音も相まって、少し尻込みしながら、それでも軽く歩いていくような感じがぴったりだなと。一方で、「同じように」という意味を持つ言葉ではありますが、私は「3人それぞれのもの」でもあってほしいと思っていて、そういう気持ちも暗に込めています。

「4人目のさとこ」として、3人に音をつける

―柴田さんも「さとこ」のひとりです。3人の「さとこ」のなかで、どのさとこに一番共感しましたか?

柴田:15歳の聡子ですね。宿題として書き始めたはずなのに、だんだん熱中していく感じ。あそこはすごく共感しました。

折坂:私も昔、シナリオライター講座に通っていたことがあります。いま私は一応「歌う人」ですけど、当時はとにかく「何かを作っている人」になりたかったんですよね。行く前は大人ばかりで緊張するのかなと思っていたんですが、実際はいろんな職種の人がいて、それを仕事にしようとしている人もいれば、趣味として通っている人もいる。書くことへの向き合い方も、置かれている状況も人それぞれで。まさにこの映画の3人のようだなと思います。

―それぞれの「さとこ」によって、劇伴の雰囲気が違うように感じました。

柴田:たしかにそうかもしれないです。3人のさとこは、それぞれ年代ごとの印象をキー(その曲の中心となる音と使われる音のグループのこと)から考えていきました。15歳の「聡子」は、素直で澄んだ音を響かせたかったので、まっすぐな印象のキーでさらにアコースティックギターをジャカジャカと弾いて初期衝動っぽく。35歳の「沙都子」は、ガラス越しに覗き込んでいるような少し歪んだ繊細さを感じるようなキーに。55歳の「里子」は、朗々としたシンプルなメロディーを意識しています。明るさと力強さが感じられるキーを選びました。

書くことは、生き物としての自分に還元される行為

―最後に、「4人目のさとこ」として柴田さんにうかがいます。柴田さんは過去にはエッセイの連載を持っていらっしゃったりと、普段から「書く」ことに親しんでいるように思いますが、書くことはお好きなんですか?

柴田:エッセイの連載を持っていた頃は書くのが辛いと思うこともありました。「誰かに面白いと思ってもらわなきゃ価値がないのでは」と思い悩んでいて、文章を書く難しさばかりに目がいっていた。でもいまは、もっと自由に、「書くと、体が健康になる。お腹の調子が良くなる!」というテンションで書いています。

折坂:「お腹の調子」?

柴田:心のなかにある説明のつかないことも、書いてみることで咀嚼することができる。そうすると割と眠れます。朝起きたときに「昨日の続きを書こうかな」って前向きになれたり。書くことによって心身の健康が保たれている! ……私は本気でそう思っています。

―「何かを書きたいけれど、うまく書けない」人も多いと思いますが、まずは自分に向けて自由に書くだけでもいいのかもしれませんね。

柴田:どうしても「書く」って、机に向かって時間をかけて頭を使う行為だと思われがちですよね。でも、歩きながら書く内容を考えてもいいし、思い浮かんだら公園とか、どこでだって書いていい。「書くこと」は、もっと体全体を使うことでもあって、生き物としての自分に還元されるような行為かもしれないと思います。

プロフィール
沖田修一 (おきた しゅういち)

1977年、埼玉県生まれ。『このすばらしきせかい』(2006年)で長編デビュー。『南極料理人』(2009年)が高い評価を受け、『キツツキと雨』(2011年)で第24回東京国際映画祭審査員特別賞、『横道世之介』(2013年)で第56回ブルーリボン賞作品賞を受賞。ほかの監督作に『滝を見にいく』『モヒカン故郷に帰る』『モリのいる場所』『おらおらでひとりいぐも』『子供はわかってあげない』『さかなのこ』、ドラマ『0.5の男』など。2025年には、自身の娘を8年にわたって撮影した『おーい!どんちゃん』を公開した。

折坂悠太 (おりさか ゆうた)

1989年、鳥取県生まれ。幼少期をロシアとイランで過ごし、帰国後は千葉県で育つ。2016年に1stアルバム『たむけ』を発表。2018年の『平成』で、民謡やジャズなど多様な要素を取り込んだ音楽性が高く評価され、2021年に『心理』、2024年に『呪文』をリリース。映画『泣く子はいねぇが』(2020年)では音楽と主題歌を手がけた。本作の主題歌“シミレ(feat. 柴田聡子)”は、2026年9月9日に配信リリースされている。

柴田聡子 (しばた さとこ)

シンガーソングライター、詩人。北海道札幌市出身。武蔵野美術大学卒業、東京藝術大学大学院修了。2010年、大学時代の恩師の一言をきっかけに音楽活動を始め、2012年に1stアルバム『しばたさとこ島』でデビュー。2016年に詩集『さばーく』、2023年にエッセイ集『きれぎれのダイアリー』を刊行するなど、書き手としても活動する。2024年のアルバム『Your Favorite Things』でCDショップ大賞2025〈赤〉大賞を受賞。2025年には、文を手がけた絵本『きょうはやまに』を発表した。

作品情報
映画『さとこはいつも』
2026年9月18日(金)より全国公開
監督・脚本:沖田修一
出演:有村架純、石田ひかり、姫野花春、青木柚、細田佳央太、鳴海唯、中村優子、古舘寛治/吉田羊、オダギリジョー、筒井道隆ほか
音楽:柴田聡子/主題歌:折坂悠太“シミレ(feat. 柴田聡子)”
製作幹事:アミューズクリエイティブスタジオ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
制作プロダクション:オフィス・シロウズ
©2026「さとこはいつも」製作委員会


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