「母のことが愛おしくもあるし、憎くもある」北村匠海と内山拓也監督が『しびれ』で描いた母への愛

『佐々木、イン、マイマイン』『若き見知らぬ者たち』の内山拓也監督が、19歳のころに書きはじめた脚本をもとに撮り上げた最新作『しびれ』。内山監督の故郷・新潟を舞台に、言葉を発せなくなった少年・大地が、母と向き合いながら大人になるまでの20年間を描いた自伝的作品である。『第26回東京フィルメックス』で審査員特別賞を受賞し、第76回ベルリン国際映画祭パノラマ部門にも出品され話題を集めている。

青年期の大地を演じたのは北村匠海。撮影中は睡眠も食事も削り、大地として新潟で日々を過ごしたと語る。構想十数年の脚本を途中で大幅に書き換えた理由、大地が「言葉を発しない」人物になった背景、そして物語の軸である母への複雑な思いまで、本作にこめた思いを二人に話を聞いた。

あらすじ:日本海沿いの町に暮らす少年・大地(北村匠海)は、幼少期に暴君のようだった父の影響から言葉を発しない。いまは母の亜樹(宮沢りえ)と暮らしているが、夜の仕事で生計を立てざるを得ない亜樹はほとんど家に帰らず、生活は苦しい。やがて亜樹とともに叔母の家に身を寄せるが、どこにも居場所はなく、ひとりで過ごしては内気になっていった。 大地は父の行方を求めて生家を訪ねることを決意。これを境に、彼の運命は大きく揺らいでいく———。

「誰も見たことがない北村匠海を見たい」。監督からのメッセージ

—内山監督が、北村さんにオファーした理由は何だったのでしょうか。

内山拓也(以下、内山):匠海くんは、俳優でありアーティストでもある、いろんな立場から物事を見ている人だと思っていて。その視座の高さや広さ、そして目の強さは稀有なものだと感じていました。

大地は、自分の思いを言葉にできない人物です。心のなかには言いたいことをたくさん抱えているけれど、それを口に出せず、すべて目に宿している。そんな大地を誰に託させてもらうかを考えたとき、迷うことなく「北村匠海しかいない」と思いました。

僕は、これまで生きてきたなかで身体に刻まれてきた感覚をひっくるめて、「しびれ」と呼んでいます。この作品では、その感覚を大地というひとりの人生に託して描きました。匠海くんになら、それをあずけられると思ったんです。

僕の好きなポール・トーマス・アンダーソン監督が、『ワン・バトル・アフター・アナザー』で(レオナルド・)ディカプリオを起用した理由を聞かれて、「それはディカプリオだからだ」と答えていたんですけど、まさにそんな感じです。理屈ではなく、北村匠海だからだ、と。

—北村さんは今回のオファーを受けた際、どう感じましたか?

北村匠海(以下、北村):この作品の企画書をいただいたのは、数年前です。そこに内山監督からのメッセージとして、「誰も見たことがない北村匠海を見たい」と書かれていて。それを読んだ瞬間に、「これは僕がやるしかない」と思いました。考えて決めたというより、直感がそう言っていた、というのが正しいです。

作品のファーストシーンは「声を失った」監督自身の経験

—当初の脚本を大きく変えた理由は何だったのでしょうか?

内山:じつは、僕が監督した作品のなかで、『しびれ』は一番最初に書きはじめたものなんです。書きはじめた当初は、僕自身、(生まれ育った場所である)新潟と東京をたまに行き来して生活していた時期で、そのときに僕が感じていたふたつの場所の出来事が響き合うような物語でした。

でも『若き見知らぬ者たち』をフランスで仕上げているときに、その脚本が急につまらなく感じて。自分が使い慣れた構成や語り口に頼っているだけのような気がしたんですね。もっとシンプルに、観る人にまっすぐ届くものにするべきなんじゃないか。凝った手法ではなく、「それでも前に進むんだ」という希望を正面から描きたいと思いました。

そう考えて脚本を書き直すなかで、ある時期の苦しさや希望を断片的に切り取るより、ひとりの人間が長い年月をどう生き抜いたかを描くべきなんじゃないかと思って。それで、大地が大人になるまでの20年間を描く物語に、一気につくり変えました。

「声が出ない」という大地のキャラクターも、このときに決まりました。自分の記憶をたどりながら改稿していたとき、小さいころに声が出なくなったことを思い出したんです。それがこの映画のファーストシーンにもなりました。僕はたまたま声が出るようになったけれど、声が出ないまま生きていく人生も十分にありえたな、と。

「怒れない人間」の北村匠海が、大地として見つめたもの

—監督のそうした変化を、北村さんはどう受け取っていましたか?

北村:最初の企画書を読んだとき、内山監督の激しい「怒り」を感じました。それから1年くらい会話を重ねるなかで、監督自身がいろんなことを経て、怒りを描く方向から離れていったのを感じて。実際読んでみたら、大地が母と向き合い、前に進んでいく物語になっていました。

どんな結末になろうと作品にでたいという気持ちは変わらなかったです。

僕は怒りをうまく外に出せない人間で、どちらかというと悲しいことを抱えて生きてきたんです。それでも生きなくてはならないし、明日は来る。だったらいまこの瞬間をどう生きるか——それがずっと僕のテーマなんですけど、『しびれ』にもそういった前向きさがあると思います。

ー大地という役をどうつくりあげていきましたか?

北村:大地として新潟で何を見て、どんな空気を吸い、何を食べるのか——この撮影は、ただ「生きる」ことだけに集中すると決めました。「ここはこう表現しよう」と頭で考えると、途端に嘘っぽくなる気がしたんです。だから、どう演じるかより、大地としてどう生活するかを考えました。

たとえば僕が撮影のために描いてもらっているタトゥーは、普通は撮影のたびにメイクで消したり描き直したりするものなんですけど、できるだけ消さずに生活できないかとお願いしました。あと睡眠も食事も削って、心がすり減っていく状態に自分を追い込んでいましたね。お腹が減ったら、パックご飯をレンジで温めて食べるだけ、という生活です。大地を自分のなかに落とし込むには、大地として毎日を過ごすしかない。そうすると、大地の感情が、演技としてつくらなくても自然と湧いてきました。

『しびれ』の撮影期間は、余計なことを考えず、作品のことだけを考えていられる時間でした。この仕事をしていてそういう時間を持つことは思っているより少ないんです。みんなが純粋にこの映画のことだけを考えている現場で、映画を初めて好きになったときの、あのわくわくした気持ちが毎日よみがえってくるような撮影でした。

憎くて、愛おしい。母という存在を「抱きしめる」映画

—本作は母親と息子の関係が物語のひとつの軸になっています。本作は構想十数年とのことですが、監督のなかで母親や親の描き方に変化はありましたか?

内山:ずっと変わり続けていると思います。先ほども少しお話ししましたが、僕のフィルモグラフィーとして、公開の順番と脚本を書きはじめた順番がほぼ逆なんです。最初に書いたのが『しびれ』(2026)で、次が自主映画の『ヴァニタス』(2016)、その後に『若き見知らぬ者たち』(2024)、最後に『佐々木、イン、マイマイン』(2020)。

人に指摘されて気づいたんですけど、公開順に見ると、作品がだんだん僕自身や家族の話に近づいているんですよね。親の描き方も、最初は遠くから眺めていたものが少しずつ近づいて、『しびれ』でついに正面から向き合うことになったんだと思います。

僕の人生は母親中心に回っていました。振り回されもするし、救われもする。考えないようにしても、やっぱりふと考えてしまう。僕にとって母は、そういう不思議な存在でした。『しびれ』では、母とのつらかった過去を受け入れて、そのうえで前に進むことを大切にしたつもりです。

北村:大地の根っこには、ずっと母親への愛情があったなと思います。場面によって、恨みに見えたり、恋しさに見えたりするだけです。この映画には、どうしても忘れられない母との出来事が描かれています。それを断ち切るのではなく、どう受け入れて抱えていくか。母と向き合えるかどうかは、そのときどきの大地の状況次第でしたけど、根本的には母親に対する愛があったと思いますね。

—最後に、これから作品を観る方へメッセージをお願いします。

北村:役者の仕事をして20年、『しびれ』をとおしてあらためて気づいたのは、僕がずっと追い求めているのは「言葉では説明できない良さ」だということです。それこそが映画の素晴らしさだと思っています。「あのシーンが良かった」「あの演技が良かった」とあげていく2時間ではなく、うまく言葉にできないけれど、観終わったあとも何日も心に残り続ける2時間。

この映画には、そういう瞬間がたくさんあります。北村匠海の演技がどうだったかではなく、観終わってため息をつきながら「良かったな」と思える映画だと思うので、ぜひ映画館で大地の20年間を一緒に見届けてもらえたらうれしいです。

内山:この映画は、自分の生まれ育った場所や家族に、もう一度つながりたいという思いから出発しました。僕は映画をつくる理由をずっと探していて、死ぬまでに見つかればいいなと思っています。ただ、いまの感覚としては、僕にとって映画をつくることは「友達をつくること」なんです。一緒に映画をつくった仲間もそうだし、暗い映画館で同じ時間を過ごしてくれる、まだ会ったことのない観客もそう。

色んなことをないまぜにして、それらを全部受け入れて、僕たちは前に進んでいる。みんなはどう? と問いかけて、対話したいんです。観た人が、家族や大切な人のことを思い浮かべたり、誰かに連絡してみようと思ったりしてくれたら、その輪が少しずつ広がっていく。そうやって友達が増えていくことが、映画をつくる豊かさだと思っています。そんな気持ちを一番まっすぐ込めた映画なので、よかったら受け取ってほしいです。

作品情報
全国順次公開中 監督・原案・脚本: 内山拓也 出演:北村匠海、宮沢りえ、榎本司、加藤庵次、穐本陽月、赤間麻里子、奥野瑛太、タラセンコ ロマン、赤堀雅秋、永瀬正敏
プロフィール
内山拓也 (うちやま・たくや)

1992年、新潟県出身。文化服装学院入学後、スタイリスト活動を始めるが、その過程で映画の撮影現場に触れて映画の道を志す。『佐々木、イン、マイマイン』(2020)で劇場長編映画デビュー。2020年度新藤兼人賞や第42回ヨコハマ映画祭など新人監督賞を総なめにした。フランス、韓国、香港、日本による4つの国と地域の共同製作『若き見知らぬ者たち』(2024)で商業デビュー。最新作『しびれ』では第26回東京フィルメックスにて審査員特別賞、 第4回横浜国際映画祭『コンペティション』部門にて最優秀作品賞、最優秀監督賞、第27回全州国際映画祭にてNETPAC賞、第4回ダナン・アジア映画祭にて審査員特別賞を受賞。第76回ベルリン国際映画祭『パノラマ』部⾨に正式出品。

北村匠海 (きたむら・たくみ)

1997年生まれ、東京都出身。2008年『DIVE!!』で映画デビュー。2011年に4人組バンド「DISH//」を結成し、メインボーカルとギターを担当する。『君の膵臓をたべたい』(2017)で第41回日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ、数々の新人賞を受賞。俳優、アーティストの両面で活動を続ける。近年の主な映画出演作に、『東京リベンジャーズ』シリーズ、『明け方の若者たち』(2021)、『とんび』(2022)、『スクロール』『法廷遊戯』(2023)、『悪い夏』『金子差入店』『愚か者の身分』(2025)、『ほどなく、お別れです』『SAKAMOTO DAYS』(2026)などがある。



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