「生産性のない時間」を愛せたら、中年の人生はもっと豊かになる―犬山紙子さんと『マイ・スイート・ホーム』

友人同士でパートナーをシャッフルする―そんな大胆な設定で始まる、WOWOWの『連続ドラマW マイ・スイート・ホーム』。石田ゆり子を主演に迎え、『最後から二番目の恋』などで知られる脚本家・岡田惠和が送り出す「大人たちの青春物語」だ。

還暦間近の登場人物たちが、親友の突然の死をきっかけに「自分の人生はもう何も起こらないのか?」と問い直すところから物語は動き出す。家族ぐるみで仲の良い夫婦3人組は、酔った勢いもあいまって、あろうことか「パートナーをシャッフルする」という突飛な行動をとる。そして、その先にあったのは……。

「連続ドラマW マイ・スイート・ホーム」主題歌入り本予告

人生も後半にさしかかり、行き詰まりを感じる「中年の危機」という言葉もある。まわりと比べて、自分を卑下してしまうこともあるだろう。このドラマは、そんな不安や劣等感も含めて、年を重ねることや、自分の人生をまるごと肯定する優しさを持ちたくなるような作品だ。

いつまでも自分の人生を楽しむために、いったい何が必要なのだろう?

20代で母の介護を経験し、ここまでの人生はまったく想定どおりではなかったと振り返るイラストエッセイストの犬山紙子さんは、本作に、日常から離れることで見えてくる自分の別の顔や、何気ない時間がもたらす豊かさを見いだしたという。本作の魅力をはじめ、「生産性のない時間」や気の置けない友達の存在が人生をどう豊かにしてくれるのか、語ってもらった。

人生の折り返し地点で、自分を見つめ直す。『マイ・スイート・ホーム』のテーマについて

―パートナーを交換する「パートナーシャッフル」という設定を、まずはどう受け止めましたか? また、実際にドラマをご覧になって、印象は変わりましたか?

私は44歳で、『りぼん』で連載されていた『ママレード・ボーイ』がドンピシャ世代です。主人公の両親が別の夫婦とパートナーを入れ替えて再婚するという設定で、当時は普通に読んでいたけれど、大人になってから「現実ではありえないな」とも思うようになって(笑)。今回の設定を聞いたとき、まずそれを思い出しました。親側にもいろいろな考えがあったのだろうと思いつつ、フィクションとして楽しめるのであれば、これ幸いだなという気持ちでドラマを見始めました。

パートナーシャッフルという設定は、性的なことがアリなのかナシなのかで、全然話が変わると思ったんです。全員が性的な関係ありのタイプのポリアモリー(※)なのであれば一つの自由だとは思うんですが、そこがどう描かれるのか気になってしまって。この作品は、期間は2週間。どこかハラハラする場面もありつつ、越えない線を持って別のパートナーと共同生活を送るというルールでした。だから、自分がもし親友たちとパートナーを交換することになったら!? やっぱり無理かも!? みたいにちょっと当てはめて考えることも。

それに、人生の折り返し地点に立って終わりがなんとなく見えているなかでの自分探し、自分との向き合い方というテーマにも、とても興味が沸きました。

(※)ポリアモリー……関係するすべての人の合意のもとで、複数の人と同時に親密な関係を築くありかた

いつもの関係を離れると、自分の別の顔が見えてくる

「パートナーシャッフル」というのは、あくまできっかけで、いつもと違う生活を送ることでそれぞれが自分の抱えていたことを吐露し始めるんですよね。たとえば、専業主婦である主人公の春花(石田ゆり子)は、働く親友たちに対してじつは少しだけコンプレックスを感じていたとか、その話を夫にはしていないこととか。

人って、相手によって見せる自分が変わるじゃないですか。私も、パートナーの前では「理解のあるパートナーでいたい」という振る舞いを続けていて、その時間が長いほど、それが「本当の私」みたいに固定されていく感覚があります。でも本来は仕事場で見せる顔も、パートナーの前の顔も、友人の前の顔も、子どもの前の顔も、全然違います。人間はみんなそういうものだと思います。いくらパートナーのことを信頼していたって、見せられない顔、言えないことがある。あらためて、人って多面的なんだということをドラマを通して感じました。

人生の選択肢が狭まったと感じる「中年の危機」は、なぜ訪れるのか

―この物語は、友人の死をきっかけに「自分の人生には、この先もう何も起こらないのか?」と問い直すところから始まります。中年にさしかかって人生に行き詰まりを感じる「中年の危機」という言葉もありますが、なぜこのようなタイミングが訪れるのだと思いますか?

ひとつは、人と比較してしまうこと。もうひとつは、人生を1本のラインで見すぎているからじゃないか、という思いがあります。真っすぐな1本線で人生を想像してしまうけれど、実際は1本線ではなくて、もっと線はたくさんあると思うんです。私のここまでの40年間も、想定したような人生では全然なくて、介護をすることになるとも思わなかったし、テレビに出るなんてまったく想定外でした。

それなのに、いま持っている視野だけで将来をジャッジしてしまう。そして、その視野が狭くなる瞬間が、40代〜50代には出てくるんじゃないかと思います。若いときは「あなたたちは可能性の塊で、何でもできるから」と言われますよね。それも結構無責任な発言だと思うんですが、がむしゃらに30代を過ごして、40代ぐらいになったとき、「あれ、選択肢って実は限られてきてるのでは?」という焦りが湧くのだと思います。

あと、この年代は親の死が見えてくる時期ですよね。ある年齢までは、仕事をすればするほど仕事は増える。けれど、年を重ねて若い世代を育てたり、バトンタッチしていくことが増えていくと、自分の居場所がこの先、担保されていないような感覚になる。親の介護や死をきっかけにこの先が見えてしまうと、「自分は何者にもなれなかった」と感じてしまう。そういうところで、中年の危機は起こり得るんじゃないかと思います。

―犬山さん自身もそういった感覚に陥ることはありますか?

もう、日々自分を見つめ直していますよね(笑)。ご飯が食べられて、家もあってと恵まれているのに、自分は何か返せているだろうかとか、自分本位でしか生きていないなという反省とか。もっとこういう仕事がしてみたい、こういう表現がしたいという欲もあって、「もう間に合わないのかな」と頭をよぎることもあります。

でも、そういうとき、人生は有限なんだからこそ「自分の人生」と「今」をやっぱり大事にしないといけない、自分を犠牲にし続けるのは違う、と思うようにしています。それは母の介護を通じて感じました。20代はほぼずっと母の介護でキャリアも捨てていた状況で、めちゃくちゃつらかったとき、自分の人生があってこそなんだと嫌というほど痛感しました。

生産性のない時間を愛そう。何かを成し遂げなくても、人生は豊かになる

―この作品は、還暦間近の男女の物語です。一般的に「老いること」はネガティブに捉えられがちですが、犬山さんは以前インタビューで、「加齢はいいことだ」とも話されていました。

昨日も友人に「アンチエイジングって言葉は好きじゃないけど、内臓はいますぐアンチエイジングしたい」と言っていたくらいで、正直言って、健康の面では老いるのは嫌ですよ(笑)。

でも、自分の精神面は、これまで培ってきた経験や知識で、複雑化していくものだと思います。もちろん凝り固まってしまうこともあると思うんですけど……自分の場合は、30代と40代を比べると、いまのほうが明らかに「楽しい」と思う回数が多いです。

人と話して学んだこと、本で得た知識、生産性のない時間を心地よく過ごしてきたこと、信頼できる友人との関係を大切にするために心を砕いてきたこと。そういう積み重ねで、金銭的な豊かさではなく、一人の時間がすごく豊かになりました。

楽しいとか美しいとか心地よいとか、そういった感情をキャッチする感受性は、この10年で自分が育ててきたものだと思っています。そして、それは一生続くと思うんですね。感受性を拡張していくことや、世界を面白がる気持ちとか、なんてことない時間から喜びを見いだす力というのは、圧倒的に年齢を重ねれば重ねるほど豊かになっていく。加齢っていいもんだなと、心の底から思っています。

―「生産性のない時間」を心地よく過ごすこと、感受性を拡張すること。すごく素敵ですね……。

生産性を上げろというプレッシャーが社会全体にありますし、生産性のない時間を過ごすと「また一日ダラダラしてしまった」と自分を責める方向に持っていきがちですよね。でも、それを言ったら、友達と喋っている時間だって生産性はないじゃないですか。このドラマに出てくる親友同士の3人も、生産性のありそうな話もするけれど、基本的にみんなしょうもない話をしていますよね。大事なのは、その時間を愛せるかどうかだと思います。「しょうもない時間だ」と切り捨ててしまったら、この先ずっと「生産性を持って何かを成し遂げなければ」という思いにさいなまれると思うんです。

でも、友達と「このご飯おいしいね」とか、生産性のない話をする時間こそが自分を豊かにしてくれると思います。友達じゃなくてもよくて、推しを見ることでもいいかもしれません。自分の生産性のなさをいかに愛してあげるか。それは人間にしかできないことですし、死ぬ時に、人間らしく生きたなあと思えるんじゃないかって。逆に人生に未練が残るとしたらそこなんじゃないかって思うんです。

自分を肯定するために必要な、プライベートな時間を持つ権利

―「自分は何者にもなれなかった」「自分の人生はこれで良かったのか」と不安に感じてしまうとき、ドラマの登場人物たちのように、自分を見つめ直すにはどうすればいいでしょう?

このドラマは「パートナーシャッフル」がそのきっかけになっていますが、シャッフルじゃなくとも、新しい友達と出会うことって、つまり新しい自分に出会うことだとも思います。その人を通して見えてくる自分がある。信頼できる友人を増やしてみるとか、人と語ってみることを通して自分はこういうことを考えているんだとか、こういう良さがあるんだ、と感じることはできると思います。

自分には何もない、と思ってしまう人は多いと思うので、これまで自分がしてきたことを棚卸ししてみてもいいと思います。「自分はこういう経験をして、こう思うに至ったんだな」と気づいたらメモにでもさらっと書いておくと、自分を認めてあげるきっかけになると思います。

社会的に言う「成功」という意味では可能性は狭まっているかもしれない。でも、「なんだ、自分はこれだけ積み重ねてきて、案外豊かじゃないか」と気づけて、その豊かさが土台にあると考えたら、可能性はまったく喪失していないと思えると思います。

このドラマの登場人物たちも、信頼できる友人たちと自分を見つめ直したことで、「このまま生きていていいんだな」と自分を肯定する気持ちを持てるようになったんじゃないかな、と感じました。

―そうして自分を見つめ直すために、日々の暮らしのなかで欠かせないものは何だと思いますか?

「余裕」です。私は介護中に、自分の時間を軽視して爆発した過去があります。プライベートがまったくない状態では、どれだけ愛情があっても、やる気があっても、爆発するものだと身にしみて痛感しました。だから、プライベートの時間を持つのは贅沢ではなく、当たり前の権利だと思っています。

「仕事と家事の両立」とよく聞くたびに、「プライベートはどこ行ったの?」と思うんです。家事、仕事、プライベートの並列なんじゃないの、と。自分に対する礼儀くらいの気持ちで、持っていていいもの、持たなきゃいけないものだと思います。

「愛してる」と言える関係が、人生を支えてくれる

―ここまで、ご自身と向き合う時間のお話を伺ってきました。もうひとつ、年を重ねても人生を楽しむための大切な要素として、気の置けない友達の存在があると思います。ドラマの友情関係は、どう映りましたか?

私は女性同士の友情を見るのが大好きなので、その視点でもすごく面白かったです。ものすごく仲が良いですよね。中年の危機のようなものやモヤモヤを抱えているけれど、パートナーを交換してもいいと思えるほど信頼している友達がいる。みんなが富裕層なのはファンタジーとして。

私にも、ドラマのように大好きな友達がいます。女友達とのLINEグループを、動物の冬毛みたいにふわふわして、あったかいから「冬毛グループ」と呼んでいて(笑)。その子たちは、私を「犬山紙子」というより、一人の人間として尊重してくれるので、そこでおしゃべりしていると、落ち込んでいるときでもふわっと回復します。

―男性同士の友情も印象的に描かれていますよね。

男性同士で仲が良くて悩みを吐露できる関係は、本当に理想的だなと思いました。男性に弱音を吐かせない、資本主義のなかで弱みを見せるとすぐ食われるぞ、という抑圧が社会のなかにあると思います。仕事で忙しいと、男性はなかなか友達同士で集まってお茶をする時間もないかもしれないけれど、それが気軽にできる空気になってほしいなと思いました。お互いにケアしあって、尊重しあえる友達がいることは、自分の豊かさを認識することにつながると思うんです。

―最後に、このドラマの魅力をあらためて教えてください。

あるシーンで、彼女たちがお互いに「私たちって最高だよね」「すごく綺麗だよね」と言葉にしあう場面があります。「綺麗」というのは、容姿の話じゃなくて。それってもう本当にお互いへの愛でしかないじゃないですか。

彼女たちは、言葉でも「愛している」と言うし、行動でも「愛している」と示していて。そうやって口にすることってなかなか難しい側面があると思います。それが素晴らしいと思いました。愛してると言うことが恥ずかしいなら、「尊敬してる」でいいと思うんです。「あなたのそういうところ、すごく尊敬してる」と伝えられる人がいるといいな、と思いました。

作品情報
『連続ドラマW マイ・スイート・ホーム』

WOWOWにて10月31日(土)スタート
毎週土曜22:00〜(全6話/第1話無料放送・配信)
放送終了後Leminoでも順次配信

脚本 岡田惠和
監督 萩原健太郎
出演 石田ゆり子、坂井真紀、中嶋朋子、富田靖子、仲村トオル、椎名桔平、三宅健、武田真治 ほか

音楽 山田勝也 橋本和昌
主題歌 竹内まりや「あなたでなければ」(ワーナーミュージック・ジャパン)
プロデューサー 植田春菜 平部隆明
制作協力 オフィスクレッシェンド
製作著作 WOWOW
プロフィール
犬山紙子

仙台のファッションカルチャー誌の編集者を経て、家庭の事情で退職。20代を難病の母親の介護をしながら過ごす。
2011年、女友達の恋愛模様をイラストとエッセイで書き始めたところネット上で話題になり、マガジンハウスからブログ本を出版しデビュー。
現在はTV、ラジオ、雑誌、Webなどで活動中。
2014年に結婚、2017年に第一子となる長女を出産してから、児童虐待問題に声を上げるタレントチーム「こどものいのちはこどものもの」の立ち上げ、社会的養護を必要とするこどもたちにクラウドファンディングで支援を届けるプログラム「こどもギフト」メンバーとしても活動。
近著『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』では、母娘関係、性教育、ジェンダー、SNSとの付き合い方、外見コンプレックス、いじめ、ダイエットなど子育ての不安を専門家へ取材。



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