次の音楽ビジネスの鍵を握る? 2016年・東京カセットテープブーム

「カセットテープがブームになりつつある」。この1~2年で、そんな話をよく見聞きするようになった。音楽の入れ物がCDからデータへと移行する中にあって、反動のように起こったレコードのブーム。その次なる動きとして、カセットテープに注目が集まり、実際にお店でカセットテープを目にする機会はここ東京でもグッと増えている。果たしてこの流れは日本の音楽業界にどのような影響を与えるのだろうか? 『HMV record shop 渋谷』と中目黒『waltz』への取材を通じて、カセットテープを巡る現状を探った。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

レコードはカッコよくて、カセットはカワイイ?

2014年8月に宇田川町にオープンした『HMV record shop 渋谷』は、中古と新品のアナログレコード、CDを扱うHMV初の専門店。レコードブームの波に乗って、昨年の売り上げは前年比120~130%を記録、4月に開催されたレコードストアデイ(アナログレコードを手にする面白さや音楽の楽しさを共有する、年に1度の祭典)では、早朝から約150人が限定商品を求めて列を作るなど、かつてレコード街として名をはせた宇田川町における新たな名所として定着しつつある。しかし、現在入口から入ってすぐ左横の壁を埋め尽くしているのは、レコードではなく、カセットテープだ。店長の竹野智博氏は言う。

竹野:カセットテープは前年比で言うとレコードの比じゃないくらい伸びていて、盛り上がりはありますね。オープン当初から海外で買ってきたカセットテープを200~300本用意して、細々と展開はしていたんですけど、去年の3月にまとまった仕入れがありまして、そこで大きく打ち出したところ、すごく反響がありました。それまではブラックミュージック系が多かったんですけど、そこでロック全般も打ち出し始めて、一番手応えがあったのが90年代のロックでした。OASISやTHE STONE ROSES、NIRVANAあたりは鉄板で、あればあるだけ売れるという感じです。

90年代の作品が売れる理由は単に「CDが全盛だったから」というだけではない。音楽メーカーが電機メーカーの子会社で、テープからCDへの切り替えが早かったという日本ならではの事情もあり、90年代の作品はカセットテープで市場に出回ることがほとんどなく、だからこそ、いまレアものとして当時の作品が受けているわけだ。もちろん、カセットテープを手に取っているのは当時を懐かしむ30代以上だけではなく、デザイン系の専門学生のような、情報に敏感な若い音楽ファンも多いという。では、そもそもなぜいまカセットテープが受けているのだろうか?

竹野:YouTubeでも聴ける音源をわざわざカセットテープやレコードで買うっていうのは、やはりカウンターカルチャー的側面が大きいと思います。レコードだと「大きくてカッコいい」っていうのがあると思うんですけど、カセットは逆に「カワイイ」っていう感覚というか。サイズも長方形で、本物のアルバムと違うデザインになっているので、コレクターの方はそういうのを集めてるっていうのもあると思います。

店内には中古カセットの他に、相対性理論、でんぱ組.inc、never young beachといったいま人気のあるアーティストがカセットでリリースした新譜も置かれ、そこからも確かな盛り上がりが感じられる。しかし、竹野は「ブームになるのはこれから」と、現在の課題を挙げる。

竹野:カセットテープの一番の課題はハード、つまりカセットを再生できるプレイヤーですね。ハードがもっと気軽に買えるようになれば、レコード並とは言わないまでも、もう少し市民権が得られるのかなって。今も一応現行で出てるカセットデッキがあるんですけど、専門家の方に言わせると、今のカセットデッキはダサいと。オールインワンみたいな形で、あくまでCDがメインなんですよね。レコードはこの1~2年で、一万円くらいで買えるプレイヤーが一気に増えて、若い方の入口としてそれはすごく大きかったと思うので、カセットも安くて見栄えのいいものがもうちょっと増えれば、もっと盛り上がるんじゃないかと思います。

渋谷系全盛の90年代は、制服姿でアナログレコードを掘る女子高生を目にすることも決して珍しくはなかったという。音楽を取り巻く状況は当時とは大きく異なるが、少なくともレコードが、そしてカセットテープがいま再びクールなものになりつつあるのは間違いないようだ。

カセットテープのブームはまだ始まっていない

現在の東京におけるカセットテープの盛り上がりについて語る際に、どうしても避けて通れないお店。それが昨年8月に中目黒にオープンした『waltz』である。駅から歩いて10分ほどの住宅街に位置するこのお店は、カセットテープ、レコード、VHS、ラジカセ、国内外の雑誌のバックナンバーや書籍を販売し、その品揃えの豊富さや、オシャレな内装などもあって、現在取材やファッション誌系の撮影がほぼ毎日のように続いているという。

「カセットテープのブームについて話を訊かせてほしい」というこちらの問いに対し、店長の角田太郎氏は「ブームになっていると思いますか?」と質問を返した上で、次のように続けた。

角田:僕はカセットテープのブームが起きてるとはまだ思ってないんです。なんでかっていうと、それを起こすとしたら、僕が起こすからなんですよ。カセットテープにはすごく大きなビジネスチャンスがあるにもかかわらず、今のこの現状をブームだと言って、一過性の流行にしてしまいたくないんです。なので、僕はどの取材でもブレーキを踏みつつ、丁寧に、じっくり進めていこうと考えています。

角田はレコードショップWAVE(かつて日本を代表したレコードショップ)のバイヤーとしてキャリアをスタートさせ、その後2001年に日本に上陸したばかりのamazonに入社。CDとDVDの販売を立ち上げ、軌道に乗せた後、消費財の事業責任者として、大手の企業とビジネスを続けてきた。しかし、外資系の会社としては異例の14年という勤務を経て、昨年amazonを退社し、『waltz』をオープンさせている。しかも、驚くことに初期在庫の100%が角田個人の私物だったというのだ。

角田:カセットテープに関しては、僕は世界でも指折りのコレクターだったと思います。なので、この品揃えが店頭に出てるお店はどこの国に行ってもないし、これができるのは僕だけだと思ったから、このお店を作ったんです。「世界で唯一、自分にしかできないこと」なんてなかなかないですからね。

確かに『waltz』には、膨大な数のカセットテープが並ぶ。それらを求め、愛好家はもちろんのこと、名の知れたミュージシャンから若い学生、外国人まで、様々な客層が連日訪れる。『HMV record shop』と同様、『waltz』でも、現在は90年代のロックを中心とした定番の作品がよく売れているそうだが、いま角田が意識しているのは90年代の「洋楽」ではなく、「邦楽」だという。

角田:うちのお店に来る若いお客さんの中には、「J-POPのカセットってないんですか?」って聞いてくる方もいます。でも、90年代って日本はカセットでのリリースをしてないので、そもそもものが存在してないんですよ。インドネシアとかマレーシアとか、当時もカセットが主流だった国だと出てたりもするんですけど、それはオークションで一万円を超えてたりします。つまり、90年代の音楽が今までカセットテープでリリースされていないということは、逆にものすごいビジネスチャンスがあって、新しいビジネスを作ることができるとも言える。「僕がブームを起こす」って言ったのは、そういうことなんです。

竹野が課題に挙げていたハードの面に関しても、すでにメンテナンスされたヴィンテージもののラジカセや、手ごろな価格で買えるウォークマンがショーケースに並ぶ『waltz』には、当然のように明確なビジョンがあった。

角田:1980年代のオーディオって、日本の家電メーカーの象徴なんです。だけど、今はどこのメーカーも撤退してて、家電メーカー自体、経営がボロボロ。だけど、その技術は凄いもので、同じものを作れといっても、世界のどの国でも作れない。いまうちのラジカセをメンテナンスしてくれてるのは、もともとお客さんだった人なんです。大手の家電メーカーのメンテナンス部門で、2万台のラジカセを直してきたけど、今はその技術を活かす場がない。その方から「手伝わせてほしい」と言っていただきました。ラジカセが売れれば、メンテナンスも増えて、彼ら(職人)の技術も活かせて、ビジネスとして成立するようになる。これって、ビンテージカーとか、車のビジネスに近い話で、でもこれをオーディオ機器でやってるのは、世界レベルで見ても他にいないんです。

角田が目指すのは単なる「カセットテープの復権」ではなく、曲がり角を迎え、行く先の見えない日本の音楽業界および家電業界全体の復権なのだろう。言い方を変えれば、これは新たな価値観や多様性の提示だとも言える。だからこそ、角田は自身の活動を「アートプロジェクト」と位置付ける。

角田:短期的な視点でビジネスを見ていると、音楽業界自体がどんどんおかしな方向に行っちゃって、結局みんな音楽から離れて行ってしまう。僕がメーカーの人に言ってるのは、カセットを巻き戻すかのように、時代を巻き戻して、もう一回正常なビジネスを作っていきましょうっていうことなんです。いろんな特典を付けて一人に同じCDを何枚も買わせたりしてるのって、日本だけじゃないですか? 僕も音楽業界に長くいたからこそ、そこにどうコネクトして、どう変えていくかにチャレンジしたいんです。

カセットテープから始まる、音楽業界の復権。角田氏の言う通り、小さな動きからこそ、今後大きな変化が生まれて行くのかも知れない。また、角田氏は取材中に幾度か「敬意を払う」という言葉を口にしていた。音楽がタダでも聴ける時代における、「音楽を聴く」という行為の価値とは? そんなことを改めて考えさせられる言葉であった。次の音楽ビジネスの鍵を握るかもしれない、東京のカセットテープ事情。HereNowでは、まだまだこの状況を追って行きたい。



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