60年前の作品を今なぜ?『ウエスト・サイド・ストーリー』が孕む社会問題、スピルバーグの挑戦

メイン画像:©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

『ウエスト・サイド・ストーリー』にはどんな社会的背景があるか?

「ひとつになりたかった。ひとつになれない世界でーー」

スティーブン・スピルバーグ監督による映画『ウエスト・サイド・ストーリー』には、国内公開に際してこんなコピーが添えられている。

人種間の隔たりによって引き起こされた悲恋の物語として、あるいは記念碑的なミュージカル作品として広く知られる『ウエスト・サイド・ストーリー』は、ミュージカル版が1957年に初演され、1961年に映画化。今回およそ60年の時を経て、スピルバーグという現代映画界の巨匠によって再映画化がなされた。

映画『ウエスト・サイド・ストーリー』予告映像 / 本作は、海外で昨年12月10日に封切られ、『ゴールデングローブ賞』で主要3部門(作品賞、主演女優賞、助演女優賞)を受賞、『アカデミー賞』では主要3部門(作品賞、監督賞、助演女優賞)含む7部門にノミネートするなど、注目を集めている

この「ひとつになれない世界」の物語は、格差と対立、分断の時代を生きるわたしたちにとってどんな意味を持つのだろうか。

この記事では、1961年版、スピルバーグ版ともに、物語そのものにとどまらず、キャスティングをはじめその製作においても社会的な問題を内包してきた『ウエスト・サイド・ストーリー』という作品の背景について紹介する。

黄金期のアメリカの光と影を切り取った傑作

物語の舞台は、1950年代後半のニューヨークはマンハッタン西部。『ウエスト・サイド・ストーリー』は、ヨーロッパ系とプエルトリコ系の移民の若者たちの対立、主人公であるマリアとトニーの恋などストリートの人間模様を描いた作品だ。

1950年代のアメリカは経済的にも、文化的にもひとつの黄金期を迎える一方で、50年代半ばから60年代にかけて公民権運動が巻き起こり、人種差別の撤廃に向けて揺れ動く激動の時代だった。

この物語がシェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』を下敷きにしていることはよく知られるが、原作を手がけた4人の作家は、新聞の見出しでラテン系の若者による暴力事件を目にしたことからもインスピレーションを得て、作品を仕立て上げたのだという(*1)。

もともとスペインの植民地であったプエルトリコがアメリカの自由連合州となり、内政自治権を獲得して半独立状態となったのは1952年のこと。なお、構想段階では、対立するのはユダヤ教徒とカトリック教徒という設定であったことも知られている(*同上)。

これらのことからも、本作の根底には人種や宗教、民族など異なるアイデンティティーやバックグラウンドを持つ集団の衝突と共存、葛藤という現代に通じるテーマがあるのはいうまでもない。ミュージカル版が1957年に初演、オリジナル映画版が1961年に公開ということを改めて考えると、当時どれほどのインパクトがあったことだろうか。

『ウエスト・サイド・ストーリー』自体がアメリカ文化の一部といえるほどの歴史的作品であるけれども、まさに揺れ動くアメリカの光と影の両方を切り取り、そして体現する作品といえるだろう。

本作が切り取った「影」は、2022年を生きるわたしたちと無縁ではない

60年以上も前の作品に、われわれはどのように向き合えばよいのだろうか。

もちろん、マリアとトニーの恋物語としても、“Tonight”や“Somewhere”をはじめとした名曲が詰め込まれた華やかなミュージカル映画としても、マイケル・ジャクソン“Beat It”を筆頭に多方面のカルチャーに影響を与えたエンターテイメント作品の金字塔としても楽しめる。

曲名として引用された「Beat It」は『ウエスト・サイド・ストーリー』の劇中でたびたび登場するセリフでもある

スピルバーグ版は、不朽の名作を、誰もが認める名匠が手がけたということもあり、各賞レースでの結果もうなずける仕上がりとなっている。

各俳優たちの演技、そして歌とダンスもさることながら、単なる再映画化の域にとどまらない大胆な再構成、ダイナミックでスピード感のある映像表現に、約2時間37分という時間を忘れてしまう。1961年版である『ウエスト・サイド物語』を見たことがある人も、そうでない人も、きっとそれぞれの楽しみ方ができるはずだ。

一方で、虐げられる移民の人々をはじめ、居場所のない若者たち、経済格差、メンタルヘルス、偏見の目で見られるセクシャルマイノリティーの存在、連鎖する暴力と憎しみ……一目見れば、この普遍的な物語が体現する「影」は、2020年代に生きるわたしたちと無縁ではないということに気づかされるはずだ。

白人俳優が褐色のメイクを施して出演……60年前、物語の外で起こっていたこと

『ウエスト・サイド・ストーリー』という作品には、物語そのものとは別のところで、この社会の複雑さを内在化しまっている側面もある。

最も代表的な例を挙げると、1961年版でギリシャ系の白人俳優のジョージ・チャキリスが、顔に褐色のメイクを施し、プエルトリコ系のチームである「シャークス」の中心人物、ベルナルド役を演じたことだ。

この一件は当時の映画製作においては許容範囲であったようだが(なぜならチャキリスは1962年、『アカデミー賞』助演男優賞を受賞している)、現在の視点で見れば人種差別的表現にあたる。

これは民族的なアイデンティティーを扱った作品としては決定的な矛盾点であると同時に、ラテン系の俳優の機会が奪われているとして批判されてきたほか、スピルバーグ版のキャストから懸念を表明されたことも知られている。

その他にも、作品自体がプエルトリコ系の人々の描写が暴力と貧困という偏見に基づいていること、スピルバーグ版において黒人の多い地域でもあるサンファンヒル周辺を舞台としていながら、アフリカ系の人々への言及がない点など、ネガティブな指摘は他にも複数存在している。

しかしながら、スピルバーグ版では、ベルナルドの恋人であるアニータに対して性暴力を振るおうとする「ジェッツ」の面々に対して、白人の女性たちが人種や民族を超えて抵抗の意を示すシーンがあるなど、ある面では現代の観客に感覚に合わせてアップデートされていることは強調したい。

スピルバーグは『ウエスト・サイド・ストーリー』の持つ複雑な背景にどう向き合ったのか?

スピルバーグと脚本を手がけたトニー・クシュナーをはじめとする共同制作者たちは、『ウエスト・サイド・ストーリー』の物語を現代に再提示するために、この作品が伝統的に内在化してきたネガティブなポイントをクリアしようと努めた。

この作品にふさわしい真摯さを得るには、この作品がラテンアメリカンの作品であることが本当に重要であると私たち全員が感じていました
- アメリカのニュース番組『20/20』(ABC)の特別プログラム『Something's Coming: West Side Story』より(*2)

スピルバーグ版では、多数のスペイン語のセリフを導入したり(それらは英字幕なしで上映されている)、すべてのプエルトリコ人パートにラテン系の出演者を配置したり、キャストとスタッフがプエルトリコの文化や歴史を学ぶための人員を雇うなど、制作上においてもさまざまな配慮を施したことも知られている(*3)。

しかし、作品に影を落とす出来事が起こる。2020年6月、トニーを演じるアンセル・エルゴートの性的暴行疑惑が浮上したのだ。被害者女性のSNSでの告発に対して、エルゴート自身は「合法的で、完全に合意の上だった」とコメントしたものの、疑惑は未だ払拭されてはいない(*4)。

本件に対してスピルバーグはコメントを拒否し、マリア役のレイチェル・ゼグラー、アニータ役のアリアナ・デボーズ、バレンティーナ役のリタ・モレノの3人の女優が『The Hollywood Reporter』の取材に対してコメントした、というのが2月11日時点の状況だ(*5)。

スピルバーグの挑戦と、この物語から、わたしたちは何を受け取れるだろうか?

現実社会の複雑なありようを、鋭く切り取ると同時に、逃れ難く内面化したこの作品をなぜ今、スピルバーグは再映画化したのだろう。

『The Guardian』のインタビューでは、スピルバーグにとって本作はオリジナル版であるミュージカルの再構築作品であると強調し、「このミュージカルは、わたしの人生とともにあった」と思い入れを語っている(*6)。

『ウエスト・サイド・ストーリー』を自らの手で映画化することは、スピルバーグの長年の夢だったのだ。

『ウエスト・サイド・ストーリー』を自ら手がけることは、スピルバーグにとって悲願であると同時に、非常に複雑な作品背景を持つことから大きな挑戦であったことは間違いないだろう(アンセル・エルゴートの一件は寝耳に水であっただろうが……)。

観客が知らず知らずのうちに差別や搾取に加担したり、黙認したりすることがあってはならないからこそ、『Los Angeles Times』や『THE NEW YORKER』(*7)など、興味深くも辛辣な批評を向けるメディアも存在する。本作は素晴らしい映画作品であるが、完璧な作品ではないかもしれない。

それでもなお、本作が現代的なアップデートが施されたうえで提示された意味を考えるならば、わたしたちが今一度、この物語に向き合うべき時代に生きている、ということなのではないか。

1961年版を公民権運動の真っ只中に公開された映画として位置づけるならば、スピルバーグ版はBlack Lives Matterを通じて人種間の隔たりや対立に広く意識が向けられる時代に制作・公開された作品、として対置できるはずだ。

スティーブン・スピルバーグ監督が制作背景にある思いを明かした特別映像

繰り返しにはなるが、こうした作品の背景はわたしたちにとって対岸の火事というわけではない。実際に日本でも、入管法改正の問題、外国人技能実習生への人権侵害などをはじめ、移民の人々にまつわる課題・問題、あるいは在日外国人への差別や偏見は一層深刻化し、より身近なものにもなっている。

そんな時代に生きるわたしたちにとって、『ウエスト・サイド・ストーリー』の登場人物たちが何を考え、どんなことを夢見て、生きていたのかに触れることは、この社会のありようを改めて考えるよい機会になるかもしれない。

*1:History.com「‘West Side Story’ Was Originally About Jews and Catholics」参照

*2:ABC News「Steven Spielberg talks new 'West Side Story' film, calling the story 'generational'」

*3:Los Angeles Times「Commentary: Spielberg tried to save ‘West Side Story.’ But its history makes it unsalvageable」参照

*4:Vulture「Ansel Elgort Sexual-Assault Allegations Timeline」参照

*5:The Hollywood Reporter「Rita Moreno, Ariana DeBose and Rachel Zegler Tell Their Side of ‘West Side Story’」参照

*6:The Guardian「Steven Spielberg on making West Side Story with Stephen Sondheim: ‘I called him SS1!’」参照

*7:THE NEW YORKER「Review: Steven Spielberg’s “West Side Story” Remake Is Worse Than the Original」

作品情報
『ウエスト・サイド・ストーリー』

2022年2月11日(祝・金)公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

監督・製作:スティーブン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー
振付:ジャスティン・ペック
音楽指揮:グスターボ・ドゥダメル
原作:アーサー・ローレンツ、ジェローム・ロビンス、レナード・バーンスタイン、スティーブン・ソンドハイム

出演:
アンセル・エルゴート
レイチェル・ゼグラー
アリアナ・デボーズ
マイク・ファイスト
デヴィッド・アルヴァレス
リタ・モレノ


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