エマ・ワトソンも苦言。トランス差別発言で物議をかもすJ・K・ローリングに、ハリポタ俳優の反応は

メイン画像:lev radin / Shutterstock.com

プーチン、ロシアに対するキャンセルカルチャー批判でJ・K・ローリングに言及

ウクライナ侵攻を主導するウラジーミル・プーチン大統領が、3月25日にテレビで放送された文化人との会合にて、『ハリー・ポッター』シリーズの作者J・K・ローリングを引き合いに出す一幕があった。

この発言は、西側諸国でロシア人作曲家の過去の楽曲が演奏会から除外されているなど、公演、イベントでロシアの作品が敬遠されている状況を批判するなかで飛び出したもの。プーチンは、この世界的な動きをナチス・ドイツの焚書になぞらえた上で、「J・K・ローリングは、ジェンダーフリーの思想を持つファンにキャンセルされている」と、ロシアと彼女の状況を重ね合わせたのだ。

この発言に対し、ローリングはすぐさまTwitterで「民間人を虐殺し、批判者を投獄したり毒殺している人が、西側のキャンセルカルチャーに対する批判をするのは、適当ではありません」と反論した。

トランスジェンダーへの差別発言を繰り返すJ・K・ローリングは、なぜプーチンに反論したのか?

ローリングは、自身が創設したイギリスのNGO団体「ルーモス」を通して、ウクライナの子どもたちを助けるプロジェクトを継続しており、さらに、自ら脚本を書いた映画『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』(2018年)では、核兵器の使用を人類史上の悪だと表現し、厳しく断罪する立場をとっている。言論を弾圧し、子どもを含む民間人の死者を出し、核兵器の脅威を利用しているプーチンと同一視されるのは、言語道断というところだろう。

しかし、J・K・ローリングが「キャンセルされている」というのは、どういうことなのか。それは、アメリカのメディアがコロナ禍での月経管理を扱った記事のなかで、「月経がある人」という記述に対し、ローリングが茶化すようなツイートをしたことから始まった。この記述は、トランスジェンダー(出生時に割り当てられた性別とは異なる性を自認する人)の男性やノンバイナリーなど、女性以外に月経がある人がいることを配慮した表現だ。

それ以前からローリングは、トランスジェンダー女性を「ドレスを着た男性」などと中傷するツイートに「いいね」を押すなど、トランスジェンダーへの嫌悪的な態度をあらわにしていたが、この一件を皮切りに、ローリングはより「トランスジェンダー女性は女性ではない」とする主張を強めていった。この姿勢に対して、大きな批判が起こっているのが現状だ。

しかし、ローリングがこのことによって「キャンセルされている」とは断言できないだろう。

『ファンタスティック・ビースト』シリーズは引き続き公開され、『ハリー・ポッター』の新作ゲームも予定通り発売される。テレビ放映された、2021年の特別番組『ハリー・ポッター20周年記念:リターン・トゥ・ホグワーツ』において、彼女の出演が録画した映像のみだったことについて、排除されたのではという疑惑が出たが、番組関係者はこれを否定している。

「トランス女性は女性だ」。ローリングの発言に対するハリポタ俳優たちの反応

そもそも、ローリングはどのような思想から、トランス女性を女性と認めないという考えに至ったのだろうか。それは、彼女が『ハリー・ポッター』シリーズを執筆する前に、性的暴行や家庭内暴力の被害者だった経験からきていることを、自身のブログで明かしている(*1)。

ローリングは、トランスジェンダーの権利保障が進むことで、女性だと主張すれば誰でもトイレや更衣室などの女性専用のスペースに入れるようになり、性的暴行などの危険性が増すのだと持論を展開している。

しかし、その主張は誤解に基づくものだと複数の専門家らが指摘している。犯罪行為を目的に女性専用スペースに侵入した人物は、たとえ心が女性だと言おうとも、いかなる場合でも罪に問われることになる。トランス女性と犯罪の脅威を安直に結びつけて女性専用スペースから排除しようとすることは、差別にあたると言わざるを得ない。

『ファンタスティック・ビースト』シリーズのエディ・レッドメイン

ローリングの発言を受けて、『ハリー・ポッター』シリーズに出演したダニエル・ラドクリフやエマ・ワトソン、ルパート・グリント、『ファンタスティック・ビースト』シリーズのエディ・レッドメインらは、「トランス女性は女性だ」と、ローリングの意見に反対を表明した。

エディ・レッドメインは、かつて『リリーのすべて』(2015年)において、世界で初めて性適合手術を受けたトランスジェンダー女性を演じて、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされるなど、高い評価を受けた経験がある。しかし、自身がトランスジェンダー当事者ではないことから、本来なら当事者の俳優が役を演じ、賞賛を浴びるべきだったと、現在では後悔を表明しているという。それは近年とくに問題になっている、多数者が少数者の役を演じる機会を奪っているという状況に対してのものだ。

このようにトランスジェンダー当事者への理解をより深めているレッドメインは、ローリングの発言について、「僕の友人や仲間のトランスジェンダーたちは、アイデンティティについて絶え間なく質問されることにうんざりしていますし、そんな当事者への偏見が暴力や虐待へと繋がることも少なくないんです。みんな、ただ平和に暮らしたいと思っているだけなんです」と、自身の意見を表明している。

「一人を除いてね」。エマ・ワトソン、英国アカデミー賞授賞式でJ・K・ローリング批判か

2022年3月14日に行われた『英国アカデミー賞(BAFTA)』の授賞式では、この騒動が再燃した。プレゼンターとして登場した、『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニー役を演じたエマ・ワトソンは、この日プレゼンターとして登壇。司会者のレベル・ウィルソンに、「彼女はフェミニストと言っていますが、私たちは彼女が魔女だと知っています」と紹介されると、「私はすべての魔女たちのためにここに来ました」と、スピーチしたのだ。

映像を見ると、その直後、ワトソンは声を出さずに口パクで何かを言っているように見える。これが、「bar one(一人を除いてね)」と、言っているのではないか、そしてそれは、文脈からローリングのことを指しているのではないかと、インターネット上で話題となった。

ただこれは単に「by the way(ところで)」と付け加えただけなのではないかという意見もあるので、確定的ではない。

だが、オーストラリアの俳優レベル・ウィルソンが同日、35kgもの減量によって「トランスフォーム」したことについて、「ローリングが私を、まだ女性だと認めてくればいいのですが……」という皮肉なユーモアを披露したように、イギリスのショービズ界でローリングを批判する動きが継続しているのは確かなようだ。

司会者のレベル・ウィルソン

ワトソンのスピーチでの意図を、ローリング批判だと読み取った人たちのなかには、彼女の姿勢を評価する人々がいる一方で、「やり過ぎだったのではないか」という反応もあった。

その意見のなかに、ワトソンのいまのキャリアの基盤が『ハリー・ポッター』シリーズにあることを指摘するものがあるが、これについてはさすがに暴論だろう。仕事の恩人に遠慮して、正しいと信じる思想、信条を遠慮して公に発言できないのはナンセンスであり、ワトソンのキャリアは彼女自身が掴み取ってきたものだと考えるべきだ。

さらに、SNS上ではローリングを擁護するかたちでトランスジェンダー女性への偏見や誤解を煽るようなコメントが繰り広げられており、その勢いは止まる気配がない。より一層の分断が深まっていると言わざるを得ないなか、トランスジェンダーへの差別的な言説がこれ以上繰り広げられないために、今するべき議論や対話はなんなのか、考える必要があるだろう。

*1: 「J.K. Rowling Writes about Her Reasons for Speaking out on Sex and Gender Issues - J.K. Rowling」2020年6月10日公開(外部サイトを開く



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