the Apartmentが担うインディペンデントなショップの役割「ファッション同様、政治をカジュアルに」

「第26回参議院議員通常選挙」が7月10日に行われる。

昨今、街中では投票率の向上を目指すための取り組みの1つとして、「選挙割り」を導入する店舗が増えてきている。投票後にもらえる「投票済証」を店頭で提示すれば、お店独自のディスカウントが受けられるというサービスだ。

徐々に普及しはじめたこの「選挙割り」を2014年から導入しているのが、吉祥寺に店舗を構えるショップ「the Apartment」だ。アメリカのストリートカルチャーと密接にリンクしたファッションの提案が持ち味のこのショップが、一体なぜこのような取り組みを?

ビジネスにも影響が出るというリスクを承知のうえ、こうした取り組みを続ける理由はなんなのか。ストリートに根ざしたインディペンデントなショップが、社会で担う役割についてうかがった。

割り引きをしないがモットーのthe Apartment。唯一のセールは投票当日。その意図は?

─ストリートファッションやアメリカのカルチャーを好む若者たちから絶大な支持を集めるthe Apartment。じつは選挙の当日は、お店のオープン時間を遅らせているそうですね。その意図から教えてください。

大橋:まず説明しておきたいのが、ウチはゴリゴリの政治的メッセージを発信しているお店ではないということ。スタッフやお客さんに「早めに期日前投票で行くんだよ」「投票日は出勤前に投票行ってこようね」と強要しませんし、どこに入れたかなんて一切聞きません。

投票日の開店時間を遅らせているのは、少しでも多くの人が投票に行くようになればという期待からです。通常12時オープンですが、選挙当日は開店時間を14時に遅らせています。

そうすることで、スタッフが出勤の前に投票に行く時間をつくれるし、お客さんも買いものをする前に投票に行く時間ができる。小さな試みですが、そういう意図があります。

―大橋さんも投票に行ってから出勤をしている?

大橋:もちろん(笑)。選挙には欠かさず行って、投票した1票にも自信を持っているけど、人に「誰々に投票するべき」なんて偉そうに言うことはできない。自分が選挙に行くのも、これまでに得た知識や経験から投票しているだけですから。

─お店の服が割引になる「選挙割り」もかなり早くから導入していますよね。

大橋:the Apartmentはセールしないことをモットーにしているので、本来、割り引きは絶対にやりたくないんです。ただ、選挙のときだけは「投票済証」を持ってくれば10パーセントオフにしています。

人が選挙に行かないのには、いろんな理由があると思うんです。関心がない、ポリティカルな意見を持つのが苦手、難しくてよくわからない。

そういう人たちが「好きな服が安く買えるなら投票に行こうかな」って言い訳にしてくれたらいい。そう思って昔からひっそりと続けている取り組みです。

─こうした取り組みを行なってきて、お客さんの選挙に対する感覚に変化はみられますか?

大橋:選挙割りを始めた約8年前のころは、選挙をはれもの扱いするような空気がありました。やり始めた当時はほかに同じような取り組みをやっている店は全然なくて、自分たちも「こういうことってやっていいんだっけ」みたいな葛藤を抱きながら始めたのを覚えてます。

そうした空気感が徐々に変わって、いまはだいぶカジュアルになってきているとは感じます。

「衆院選2021」のときに実施した選挙割りのポスト / the ApartmentのInstagramより

好きなカルチャーが街から消えていく。東京の悲劇がニューヨークのそれと重なって見えた

─そもそも大橋さんが政治に関心を寄せるようになったきっかけはどういうものでしたか?

大橋:ぼくが若い頃は都内のクラブで遊ぶことが多かったんですが、東京の都知事が変わったことをきっかけにその遊び場がどんどんなくなっていった時代でもありました。

政治が変わることで世の中がガラリと変化していく空気を初めてダイレクトに感じたのがこのころだったんです。

大橋:「いまの状況は絶対おかしい」と感じる自分や仲間たちの感覚と、一方でそうした政策を続ける政治を市民の大多数が支持していることに衝撃を受けたんですよ。こんなにも自分たちや街の声と政治、メディア、それぞれが乖離してるんだって。

こうした東京の状況が、ルドルフ・ジュリアーニ(元ニューヨーク市長、トランプ前大統領の顧問弁護士)による都市の治安改善を名目にした、ニューヨークのグラフィティをはじめとする、ストリートカルチャーの徹底排除や、黒人の過剰な逮捕と重なって見えたのを覚えています。

「割れ窓理論」を応用したことで有名なジュリアーニ。グラフィティは容認できないとし、描かれた絵には「Sucks」というスタンプを押すとメディアで発言

「Vote or Die!」。選挙に未来を託したアメリカのアーティストたち

―予想外なところで東京とニューヨークが重なって見えたと。the Apartmentのルーツにはアメリカのカルチャーがありますもんね。

大橋:ヒップホップをはじめとしたアメリカのカルチャーを好んでいたので、必然的に向こうの情報に触れるようになったんです。

同時期に、アメリカはジョージ・W・ブッシュの時代に突入していきましたが、印象的だったのはアメリカのアーティストたちのアクションです。

若者やマイノリティの投票を促すことを目的にピー・ディディー、メアリー・J. ブライジ、マライア・キャリー、50セントといった豪華アーティストたちが「Citizen Change」という政治的キャンペーンを立ち上げたんです。

ピー・ディディーは2020年の大統領選挙でも「Vote or Die!」のキャンペーンを行なった / Getty Images EntertainmentのInstagramより

大橋:「Citizen Change」のキャッチフレーズは「Vote or Die!」という過激なものではあったんですけど、彼らが打ち出したのは「選挙の力」でした。ぼくが店を始めるころにはオバマ政権へと移りましたが、そこでもJay-Zをはじめとしたアーティストたちが共鳴していました。

アーティストが勇気を出し、市民に政治参加を呼びかけ、選挙に未来を託していること。そして、市民が望まない状況は民意によって社会を変えられることに、ものすごく未来を感じたんです。

Rosa Parks sat so Martin Luther could walk
Martin Luther walked so Barack Obama could run
Barack Obama ran so all the children could fly

筆者訳:
「ローザ・パークスが白人専用の座席に座ったことがマーティン・ルーサー・キングのワシントン大行進につながった キング牧師が行進したことがオバマ大統領の誕生につながった オバマが大統領になったことで未来の子どもたちが空を飛べる」
- Jay-Z“My President Is Black (Remix)“より

「選挙をすっ飛ばして身に着けるレアな服。あまりにもみっともないんじゃないか」

─そこから選挙割を導入するに至った具体的なきっかけはあるんでしょうか。

大橋:決定的だったのは「スニーカーブーム」が加熱し始めたころに出くわしたある出来事です。スニーカーは週末にリリースされることが多く、たくさんのスニーカーヘッズが店頭に並んで行列ができるんですが、その日は選挙の投票日でした。

列のなかにベビーカーを押しながら並ぶ若い夫婦がいて、「はたしてこの夫婦は投票に行ったのか。行っていないとしたら、その子どもの未来を考えているんだろうか」と、政治も親も子どもをないがしろにしている状況に絶望的な気持ちになったんです。

―その夫婦は選挙よりも服を優先にしていたと。

大橋:ぼくもショップオーナーとして、利益のことを考えたら、選挙の日でも洋服が売れるほうが良いし、ファッションも好きだから好きな洋服を手に入れたいお客さんの気持ちもとてもわかる。

ですけど、選挙をすっ飛ばしていくらレアな服を手に入れたとしても、あまりにもみっともないんじゃないですか。

選挙に行かずに洋服に夢中になっていること、選挙当日にもかかわらず、行列を生むようなレアな服を売ることが恥ずかしいと思うような状況にシフトしていかないと、本当にヤバいんじゃないかって。

―なるほど。

大橋:洋服をかっこよく着るためには、自分の「アティチュード」が大事だと思ってます。自分の思想や意思といったアティチュードが洋服に乗っかってこそ、はじめてかっこいいファッションになるし、自分を表現する道具になる。それがない洋服はただの飾りになっちゃいますから。

ぼくはラッパーでもアーティストでもないので、自分の意思を表明する方法が選挙なんです。ファッションが政治や生活と地続きな状態にならないと、洋服は次に進めないし、文化も守ることはできない。そう思ったからこそ選挙割りを始めました。

「政治の取材は受けたくないのが本音」。それでもポリティカルな姿勢を表明するのは?

─選挙割りのような取り組みは、店が少なからずポリティカルなスタンスを表明することにもなりますよね。そこでのリスクもあるんじゃないですか?

大橋:少なからずリスクは感じていますよ。本音をいえば、こういう取材の依頼も、「来なかったらいいな」と思ったりもします。

日本は政治的発言の内容よりも発言を行なうことそのものに対しての忌避感がとても強いので、ポリティカルなにおいがショップから少しでも出ただけで、お客さんが離れることも実際にあります。

―商売を優先するならお店から政治性は消したほうが良いと。

大橋:そう。お客さんから「ガッカリした」っていわれるんです。商売を考えたらお客さんが減るのはマイナスでしかないじゃないですか。

こうしたアティチュードを示すことが、正しいか間違っているかは取り組んでいるぼくたちもわかりません。ただ、それでも自分が続けている1番の理由は、おかしいと思っていることに「No」をいわずにスルーして、なんとなく良しとしてしまう社会の状況に加担するほうが怖いからなんですよ。

─おかしいことに対して「看過しない」をまさに実践しているのが、大橋さんが影響を受けたアメリカのアーティストでもあるわけですよね。

大橋:そうですね。彼らの表明している内容というよりも、彼らがリスクを背負って社会を変える意思表示をする勇気に心を動かされるんです。それを「勇気」として捉えられるのは、多分アメリカのカルチャーに触れてるからかもしれないですね。

それに、大きな会社だとステークホルダーや雇用者も多いし、ポリティカルなアクションを行なうことによる影響もあるから、どうしても腰が重くなってしまう。

相対的なリスクの大きさは、ぼくらみたいなインディペンデントなショップにとっても変わらないけど、少人数なぶん、スピーディーに意思決定をして、行動に移していけると思うんです。

―日本では専門家ではない人が政治的発言をすると「政治を語るな」というバッシングを受けることもありますが、大橋さんはどうお考えですか?

大橋:有権者が知識や経験則を持ってるにこしたことはないけど、それがないと発言できないというのも、突き詰めたら政治に関わる当事者や専門家しか政治を語れなくないということになる。政治は生活の先にあって地続きなものだから、むしろ自分たちは当事者なんです。

もちろん、無知によって誰かを傷つけてしまうことは論外だけど、その純度を高めていくためにもまず自分がステートメントを表明して、プラスとマイナスの意見どちらも受け止めて学ぶというやりかただってあるはず。

専門家しか語れないような社会だと、なおさら政治と生活の距離は遠のいていきますよね。

長澤まさみさん、北村匠海さん、ryuchellさんら26人の俳優、アーティストが投票を呼びかけた『投票はあなたの声2022』

投票先を選ぶうえでの基準。「自分が困難な状況のとき、そばにいてくれる人かどうか」

─今回の参議院選挙で、大橋さんが関心を寄せてる争点はなんでしょうか?

大橋:アメリカから商品をインポートするショップとしてはやっぱり円安だったり、父親としては子育ての政策であったり、個人的に無視できない争点はたくさんありますし、そこで自分がどういうジャッジをするかの基準もある。ただ、そこにあまり縛られすぎないのも大事だと思ってます。

─と、いいますと?

大橋:個人的に1番大事にしているのは「人物」で、その人の印象や人柄といった点です。立候補者の判断や支持する政党の政策が本当に正しいかなんて誰にもわからないし、判断の基準も時代の流れによって変わるかもしれない。

争点もものすごく多岐にわたるし、すべての争点で自分の考えと一致する政党なんてないじゃないですか。

─そもそも、アジェンダが守られないこともあるわけですしね。

大橋:候補者は選挙で選ばれたいがためにポジショントークをすることだってあるし、有権者にウケのいいことをいっても実際は実行しないことだってザラにある。だから、各党が示しているアジェンダだけで判断するのもなかなか難しいじゃないですか。ぼくも若いころは誰に入れていいか本当にわからなかったですから。

自分のなかに基準はありつつも、政治家が言うことに過度に耳を貸すつもりはなくて、その候補者がこれまでどういうことをやってきたのか、どういう人物なのかをまず知る。

危機的な状況になったときに、自分たちのそばに立って一緒に考えてくれる人かどうか、自分がその人の船に乗りたいか、自分の子どもをその人の船に乗せたいかどうかを見るんです。

いま、候補者の過去はいくらでも調べられるじゃないですか。若い人が判断に迷ったときはそういう判断で投票をしても良いと思うんです。やっぱり投票に行くということがまずなによりも大事ですから。

政治をドレスダウンし「民意を反映させた、街のもの」に変えていく

─まずは投票に行くこと。仮に自分が望んだ結果が出なかったとしても、ですよね。

大橋:これだけ社会課題が噴出して、若い人の意識が高まっている社会状況があるなかでも、それでも結果に反映されない、投票率も上がっていない。そうした結果を見ると、自分の見てる世界というのが、ごく限られたものだということを痛感させられます。

ただ結果だけ見るとそうだけど、これだけの人たちが共闘し「No」を突きつけたという事実は残りますし、それを知ることが次につながっていきます。

選挙の1票って、選挙が終わっても未来に残っていくものだと思うんです。ぼくはそこにすごく希望を持っています。店として伝えたいことがあるとしたら、「投票に行こう」「政治に興味を持とう!」と言うこと以上に、そんな希望があるんだということかもしれないです。

―1人ひとりの投票は未来につながり、歴史にも残っていくと。

大橋:そうです。自分たちが働くファッション業界では、ブランドはメディアやブランディング、マーケティングによって自らを「高い位置」に持っていこうとするんですよ。そういうものを自分たちの生活に引きずり下ろして「街で生きているもの」にすることが、ぼくたちストリートのショップの役割なんです。

政治も同じです。政治家や学者、メディアがテレビやスマホの向こう側で、大きな語り口で語っているものを引きずり下ろし、ぼくたちの民意を反映させた、街のものに変えていくこと。政治をもっとカジュアルなものにドレスダウン(着くずす)させることが、ぼくらみたいなインディペンデントなショップにできることだと思うんです。

店舗情報
the Apartment(ジ・アパートメント)

住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-28-3 ジャルダン吉祥寺106号
TEL:0422-27-5519
営業時間:12:00~20:00(7/10は14:00〜、投票済証の提示で商品が10パーセントオフになる選挙割りを実施)
定休日:なし
プロフィール
大橋高歩 (おおはし たかゆき)

1979年生まれ、東京都板橋区出身。the Apartmentとthe Apartment SOHOのオーナー。中学生のとき、ヒップホップに出会い、その後ブート・キャンプ・クリックを知ったことがきっかけでニューヨークのカルチャーに傾倒。2009年には吉祥寺にセレクトショップ「the Apartment」をオープン、熱量とバックグラウンドのあるプロダクトを取り扱う。



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