衝撃の松重豊。『きょうの猫村さん』の猫役に至る、確かな道のり

2月22日(ニャー、ニャーニャー)、「猫の日」に『きょうの猫村さん』が、テレビ東京にてドラマ化されることが発表された(4月8日スタート、毎週水曜日24時52分~58分)。原作は累計330万部以上を誇る、ほしよりこの同名人気コミック『きょうの猫村さん』(マガジンハウス)。猫の家政婦の日常を描くとあって、主人公の「猫村さん」は本物の猫が? それともCGで再現されるのか……? と思えば、な、なんと俳優が、それも松重豊が演じると聞いて二度驚いた。さらには、着ぐるみ……ともちょっと違う、猫の「かぶりもの」という予想の斜め上をいく鮮烈なビジュアル。2012年、本作と同じく実写化困難とされていたコミックのドラマ化に挑んだドラマ『荒川アンダー ザ ブリッジ』(MBS)で河童と星に扮した小栗旬・山田孝之をもしのぐインパクトだ。

最高のビジュアルインパクト©テレビ東京
『きょうの猫村さん』

松重といえば、同じくテレ東深夜の看板シリーズ『孤独のグルメ』が広く知られる。2007年にはNHK連続テレビ小説『ちりとてちん』でヒロインの父親を演じ、柔和で家庭的な役柄も増えてはいたものの、営業先で見つけた食事処にふらりと立ち寄り、その時々で食べたいと思ったものを自由に食す、下戸で甘党の主人公・井之頭五郎役が転機となったことは間違いないだろう。強面の大男――であることは今でも変わりないが、狂暴性や威圧感を伴っていたそれまでのイメージががらりと一変し、近年は親しみを感じる役も増えた。『孤独のグルメ』のスタートは2012年1月。松重が49歳の時だった。

メイン画像©テレビ東京

役名のない役や名字だけの役も多かった1990年~2000年代前半。主役より目立つ高身長が役柄の幅を狭めた

1963年1月19日、福岡県生まれの57歳。明治大学文学部文学科で演劇学を専攻し、在学中より演劇活動や映画の自主制作を開始。映画仲間だった三谷幸喜が旗揚げした劇団「東京サンシャインボーイズ」に参加する。ちなみに、学生時代にアルバイトをしていた東京は下北沢の中華料理店「珉亭」のバイト仲間には、後にTHE BLUE HEARTSとしてデビューする甲本ヒロトや俳優の梶原善も。日本エンタメ界の梁山泊か、はたまたトキワ壮か。才能あるところには才能が集う。その当時のエピソードをぜひ、ドラマ化してほしいものだ……と、そんな話はさて置き、大学を卒業した松重は蜷川幸雄が主宰する劇団「蜷川スタジオ」に入団。同劇団の退所、一時期俳優を辞めて建設会社で働くなど紆余曲折ありながらも、その後はフリーとして国内外の舞台はもとより、ドラマや映画、Vシネマなど数多くの作品に出演していく。

が、しかし。あの強面にして大男である。映像の仕事で求められる役柄は、ヤクザや殺し屋などアウトローな役が多かった。何しろ身長190cm(現在の事務所の公式プロフィールは188cm。加齢等の理由で縮んだそうだ)。そのため身長を1cm過少申告。松重と同サイズの阿部寛も、かつてはそうしていたと聞く。成人男子の平均身長が171cmくらいだった時代だ。強面に加え、主役よりも目立ってしまう高身長は、演じる役柄の幅を狭める理由のひとつになったはずだ。

等身大パネルはこの大きさ©テレビ東京

試しにWikipediaを開いてほしい。1990年~2000年代前半の多くが連続ドラマのゲスト出演か単発もので、レギュラー出演はほどんどない。役名のない役や名字だけの役柄もたくさん。刑事ドラマやサスペンスドラマの悪役・犯人役も目立つ。先の阿部もしかり。今では逆に強面の大男であるがゆえに、哀愁や滑稽さを醸し出し、時に誠実さや勤勉さもにじませ、それが俳優として武器となっているが、そうした役柄に巡り会うまでにはもう少々時間を要する。

無名でも名優に引けを取らない迫力と目力。様々な作品に爪痕を残し、『孤独のグルメ』で初主演を果たす

とはいえ、一度見たら忘れられない眼光鋭いその顔と、巨体が放つ存在感は兼ねてより強烈なものだった。筆者が松重を最初に記憶するのは、1992年10月よりフジテレビで放送された伝説の深夜ドラマ『NIGHT HEAD』で演じた反町だ(松重豊という名前までは認識していなかったが……)。黒ずくめの衣装にオールバック。超能力を持ってしまった主人公兄弟(豊川悦司・武田真治)の兄に対して、口から血を流しながら「圧倒的力の前には善も悪もない。力を持ったやつが正義なんだよ!」と、重低音で恫喝する。この時、松重は30歳。現在のその年齢の俳優では出せないであろう迫力と目力。身長186cmの豊川と対峙する姿は今見てもしびれる。

『アウトレイジ 最終章』では実直な刑事役を演じた ©2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会

1998年9月、『世にも奇妙な物語 秋の特別編』(フジテレビ)にて放送された、神回にしてトラウマ回「懲役30年」。三上博史演じる重罪人に水も与えず、上着と靴を奪い、灼熱の屋上で足の裏を焼き、塩を体中に塗り、濡れた革ひもを首に巻いてじわじわと首を締める看守役で魅せた静かなる狂気も忘れられない。余談だが、本作では小日向文世、手塚とおる、浅野和之という今をときめく名バイプレーヤーの、若き日の姿も拝めるので機会があれば、ご覧いただきたい。

ほかにもインパクトのあった役柄を挙げればきりがないが、役の大小や出番のあるなしにかかわらず着実に爪痕を残してきた松重のもとには次第にさまざまな役柄が舞い込むようになる。その背景には「東京サンシャインボーイズ」や「蜷川スタジオ」で培った基礎と、生まれ持った素地があったことは言うまでもない。そして50歳を前に、先述した『孤独のグルメ』でドラマに初主演を果たし、連ドラでも次々と重要な役どころを好演。北川景子と夫婦を演じた映画『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』(2019年)では映画初主演を飾った。

『孤独のグルメ Season8』第7話予告編

様々な役柄を演じ分けるバイプレイヤー松重豊が演じる「猫」と、歌う“猫村さんのうた”にも期待が高まる

時代が追いついたとも言えるだろう。遠藤憲一、大杉漣、田口トモロヲ、寺島進、光石研、松重が顔を揃えたテレビ東京『バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~』の面々は、2017年1月の放送時期と前後して、それぞれが映画や連続ドラマで主演を。6人が6人とも下積み時代が長く、どこか強面。

アウトローから普通のおじさんまで演じわけられるレンジの広さが持ち味という共通点がある。『バイプレイヤーズ』で主演し「300の顔を持つ男」と呼ばれた大杉をはじめ、膨大な量の役柄を演じてきた芸達者ばかり。当たり前と言えば当たり前の話なのだが。

それまでの強面のイメージからくるギャップもいい。大学生の息子と入れ替わった総理大臣(遠藤)、ベランダー男子(田口)、人のいい駐在さん(寺島)、意識高い系だが女性に翻ろうされっぱなしのデザイナー(光石)……。『孤独のグルメ』の五郎も、強面の大男がおいしそうにご飯を食べるというギャップを狙って松重にオファーしたそう。その結果、『孤独のグルメ』は好評を博し、シリーズ化されたのは周知のとおり。思えば2013年に放送されたシーズン3の最終回で五郎が商談に訪れたのは猫カフェでは、「ファンがついてるんだろう、ニャン」などと猫かわいがりモード全開だった五郎……もとい松重が、『きょうの猫村さん』ではどんな猫ぶりを見せてくれるのか? 大男が猫背で家事にいそしむ、そのギャップが楽しみでならない(演じる猫村さんの見た目だけでも十分すぎるくらいのギャップはあるが……)。また本作の主題歌が、坂本龍一作曲、U-zhaan作詞、松重豊歌唱の“猫村さんのうた”に決定した。こちらもギャップを期待してオンエアを心待ちにしたい。

©ほしよりこ
番組情報
テレビ東京
『きょうの猫村さん』

4月8日(水)深夜0時52分放送開始

出演:
濱田岳
石田ひかり
市川実日子
松尾スズキ
小雪
池田エライザ
水間ロン
染谷将太
安藤サクラ
荒川良々
監督:松本佳奈
脚本:ふじきみつ彦
主題歌:“猫村さんのうた”
作曲:坂本龍一
作詞:U-zhaan
歌:松重豊
原作:ほしよりこ『きょうの猫村さん』(マガジンハウス)



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