韓国のアートを活性化させ、政府も支援する「多元芸術」とは?

11月1日より開催される日本最大の舞台芸術フェス『フェスティバル/トーキョー14』(以下『F/T14』)では、「アジアシリーズ」という新たなプログラムが加わり、第1回目となる今年は「韓国特集 多元芸術」として、最近少しずつ日本でも耳にするようになった「多元(ダウォン)芸術」の3作品が紹介される。

「美術」「演劇」「ダンス」「映画」など、既存の芸術ジャンルを越境するようなアーティストや作品を、政府がバックアップしていくために作られたという「多元芸術」というカテゴリー。今回『F/T14』で紹介される3作品の内、演出家ソ・ヒョンソクが上演するプログラムが、品川区某所で行われる『From the Sea』というツアーパフォーマンスだ。「1人の観客と俳優がペアを組んで街を歩く」という型破りな作品を通じて彼が訴えたいことは、「演劇とは何か?」という根源的な問い。演劇の枠を組み替えたこの作品によって、観客はこれまで体験したことないアートに触れることができるだろう。

このインタビューでは日本と韓国の違いから、「多元芸術」が韓国のアートシーンに与えた影響、ソ・ヒョンソクを突き動かすクリエイティビティー、そして『F/T14』での上演が迫る『From the Sea』の内容についてうかがった。取材全体を通して個人的に感じたのは、「近くて遠い隣国」と言われる日本と韓国だが、やはりどうしてもゆるく繋がってしまう、そんな何とも言えない親しみのある絶妙な距離感だった。

韓国で暮らしていても、メディアを通じて悪い雰囲気が煽り立てられているのを体感します。ただ一方で、この約10年で日本文化の紹介も多くなり、日本に対する理解は広く深くなったようにも感じています。

―今年の『フェスティバル/トーキョー14』(以下『F/T14』)では、「アジアシリーズvol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術」として、ソ・ヒョンソクさんの『From the Sea』のほか、イム・ジエによるダンスパフォーマンス『1分の中の10年』、新鋭集団クリエイティブ・ヴァキの主宰、イ・キョンソンによる作品『いくつかの方式の会話』が上演されます。最近、日韓両国の関係について、メディアを通して、あまりいい話を聞くことがないのが残念に思うのですが……。

ヒョンソク:そうですね。韓国で暮らしていても、メディアを通じて悪い雰囲気が煽り立てられているのを体感します。ただ、その一方、この10年くらいの間に日本文化の紹介も多くなったので、日本に対する理解は広く深くなったようにも感じられます。特に2年ほど前から両国間の雰囲気が悪くなったことは事実ですが、同じくらいの時期から日本を訪問する韓国人の数も増えているという調査結果もあるんですよ。

「アジアシリーズ vol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術」『From the Sea』メインビジュアル コンセプト・演出:ソ・ヒョンソク
「アジアシリーズ vol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術」『From the Sea』メインビジュアル コンセプト・演出:ソ・ヒョンソク

―政治的な関係は冷え込んでいても、文化的なレベルではむしろ交流が活発になっているということですね。日本でもK-POPや韓流ドラマが以前高い人気を誇り、パク・チャヌクやキム・ギドクを始めとする韓国の映画監督の作品がヒットすることも珍しくありません。

ヒョンソク:あと、最近5年の間に、日本の文学作品が韓国語に翻訳されて出版される機会が多くなっているんです。以前は時間が経ってからの翻訳でしたが、村上春樹なんかは日本発売とほぼ同時期に韓国でも出版されています。現代作家だけでなく、太宰治の全集が出版されたり、江戸川乱歩なんかも人気がありますね。演劇では、岡田利規さん(チェルフィッチュ)の戯曲もハングル語に翻訳されています。そういった状況なので、日本の作品を読んだことがある人と、まったく触れたことのない人の間には、政治的な問題に対する認識の差が生まれているんです。こういうときだからこそ、芸術を通じた交流が必要なんだと痛感しています。

2000年代後半以降の日本の現代演劇シーンには、1960年代の日本映画に劣らないエネルギーが見られるように思う。

―その国の人々のリアルな言葉に触れることで理解が深まるというのは、まさに芸術の役割です。では、ヒョンソクさん自身は日本をどのように捉えていますか?

ヒョンソク:大学時代に映画を専攻していたので、1960年代の日本映画に興味があったんです。ATG(アート・シアター・ギルド / 日本の映画史に多大な影響を与えたアート系映画の製作・配給会社)の作品など、60年代の日本映画は、美学的にも政治的にもとても革新的でした。だけど残念ながら、70年代以降はそれまで溢れていたエネルギーが落ちてしまったように感じます。4年前に初めて日本に来て以来、それは何故なのか? という問いを探してきましたが、その答えはよくわかりませんでした。ただ、2000年代後半以降の日本の現代演劇シーンには、60年代の日本映画に劣らないエネルギーが見られるのではないかと感じています。

ソ・ヒョンソク
ソ・ヒョンソク

―60年代の日本映画と、今の日本演劇シーンの熱量が変わらない? たとえばどんな作家に注目していますか。

ヒョンソク:先ほど挙げた岡田利規さんは、今まさに絶頂期だと思いますが、すでにポスト岡田という言葉が出てくるほど、ここ3、4年で次世代の層が厚くなっているのを感じます。「悪魔のしるし」の危口統之、村川拓也、捩子ぴじんなど、日本に来るたびに若いアーティストたちの作品を観ては驚きを感じています。彼らは、単に見世物としての新しさだけでなく、「演劇とは何か?」「芸術とは何か?」といった問いを持って、プログレッシブな態度で作品を作っています。それぞれが意識し合いながら、相乗効果を及ぼしているのもいい環境ですよね。

重要なのは、韓国政府が「多元芸術」というカテゴリーに属するアーティストに支援を始めたということ。それによって、多様で実験的な芸術作品が生まれるようになっていきました。

―一方、韓国の舞台芸術シーンはいかがでしょうか? 2006年から「多元芸術」という新たなジャンル、カテゴリーが生まれ、日本でも『Festival Bo:m』を中心に、少しずつその動きが紹介され始めています。

ヒョンソク:06年に韓国政府が主導して「多元芸術」というジャンルを作り、支援を始めました。それまで「美術」「演劇」「ダンス」など、個別ジャンルの芸術に対して、政府が支援する仕組みはありましたが、どのジャンルにもぴったり当てはまらない、「ボーダーレスな芸術」を支援するために、このようなジャンルが生まれたんです。でもその定義はまだ曖昧です。インディペンデントな作品を「多元芸術」と言う人もいるし、新しいテクノロジーを導入して既存の表現形式を破壊するような作品を「多元芸術」と言う人もいます。政府、アーティスト、プロデューサー、評論家など、さまざまな人々が「多元芸術とは何か?」を探っている状況ですね。

「アジアシリーズ vol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術」『いくつかの方式の会話』演出家・クリエイティブ・ヴァキ主宰 イ・キョンソン ©Kyungmin Na
「アジアシリーズ vol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術」『いくつかの方式の会話』演出家・クリエイティブ・ヴァキ主宰 イ・キョンソン ©Kyungmin Na

―つまり、まだ明確な定義を持っている芸術形態ではないんですね。

ヒョンソク:そもそも実態があまりないまま「多元芸術」というカテゴリーが生まれたんです。でも、ここで重要なのは、政府がそのカテゴリーに属するアーティストに支援を始めたということ。それによって、1つのジャンルに属さないような、多様な芸術作品が生まれるようになっていきました。

―先に政府が枠組みを作ってしまって、そこにアーティストたちが中身を埋めていったということですね。ヒョンソクさんで言えば、それまでは「演劇」のカテゴリーで活動をしてきたアーティストだったと思うのですが、「多元芸術」が生まれたことによって、何か変化はありましたか?

ヒョンソク:多額ではありませんが、経済的な支援を受けやすくなったことで、実験的な作品を作りやすくなり、チャンスが生まれました。また「多元」という新しい言葉が使われることによって、観客の数も少しずつ増えていったと思います。

「アジアシリーズ vol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術」『いくつかの方式の会話』 Busan:Photo by Sanghyup Kim
「アジアシリーズ vol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術」『いくつかの方式の会話』 Busan:Photo by Sanghyup Kim

―シーン全体にもその影響は大きかった?

ヒョンソク:それまでは、既存のジャンルごとに「行政」「アーティスト」「企画者」「評論家」という4つのプレイヤーが存在していたのですが、多元芸術の登場により、このプレイヤーたちに縦横の交流が生まれるようになりました。たとえば、美術館のキュレーターが演劇公演を企画し、その評論を舞踊評論家が行うといった交流が生まれています。でも、日本でも似たようなことはありませんか?

―もちろん日本でもジャンルの垣根は崩れてきており、アーティストや観客レベルではボーダーレスな状況になっていると感じますが、業界や関係者レベルではそこまで進んでいない印象です。美術と演劇では、助成の申請先や審査する団体、関係者も違ってきますしね。

ヒョンソク:韓国でも多元芸術を確立した1つのジャンルと言えるかは疑問ですが、(もし韓国人であれば)多元芸術として支援を受けられる可能性のあるアーティストは、日本にもたくさんいると思います。2006年に多元芸術という言葉が生まれるまでは、「脱境界」という言葉や、韓国語では「学制間」、日本では「学際」という言葉があちこちで使われていました。韓国では政府が「多元芸術」という言葉を使うことで、それらの言葉が集約されていったんです。

われわれは、舞台やスクリーンがあり、観客席があるという近代的な映画や演劇の形式に慣れています。そんな関係性を疑い、再発見していくという意味で、ツアーパフォーマンスの可能性を探っています。

―シーンとしても、そこで表現を行うアーティストとしても、「多元芸術」によっていい循環が生まれているんですね。そんな中でヒョンソクさんは、『F/T14』で上演される『From the Sea』を始め、昨年横浜で上演された『つれなくも秋の風』など、ツアーパフォーマンスと呼ばれる作品を中心に発表されています。日本ではPort Bの高山明さんなどが同じタイプの作品に取り組まれていますが、この観客が自らの足で街を歩きながら「演劇的な体験」をするという表現を選ばれた理由は何だったのでしょうか?

ヒョンソク:韓国のソウルで生まれ育ち、その後アメリカに住んでいたのですが、久しぶりに韓国に帰国した際、ソウルの街が変化し過ぎていて、戸惑ったことがありました。それで、慣れるためにも街をたくさん歩き廻っていた時期があったんですが、ある日、占い師や霊媒師たちが集まる古い路地で道に迷い、時間や方向感覚を失ってしまいました。あの不思議な気持ちや体験を、映画や演劇で再構成できないかと思ったのがきっかけです。

ソ・ヒョンソク『つれなくも秋の風』
ソ・ヒョンソク『つれなくも秋の風』

―『つれなくも秋の風』は、過去に結婚式場だった横浜の「急な坂スタジオ」やその周辺を使って、結婚の記憶を体験するというツアーパフォーマンスでした。今回の『From the Sea』でも、埋立地や運河、橋といった歴史性を持つ場所を選んでいるそうですね。ヒョンソクさんの作品は「記憶」や「歴史」をモチーフにすることが特徴的だと思います。

ヒョンソク:やはり、ソウルでの原体験があるんですね。あのとき「時間の痕跡」が建物や道に残っているということに気づき、それが過去の時間への興味につながり、「近代」に対する問題意識へと発展していったんです。たとえば、11年に韓国で発表した『ヘテロトピア』というツアーパフォーマンスでは、驚くほど昔の姿を保っていた路地を舞台にしました。その路地には、60年代に建てられた大きな建物があり、それはもはや誰からも見向きもされないような古臭いものでした。でも、あの建物を設計した人は、ユートピア的な思想を持って、戦後のソウルを変える思いをこめて作っていたはず。つまり、一種の失敗した「近代」なんです。

―廃墟となった近代のユートピア……。現代から振り返ると、皮肉なエピソードです。

ヒョンソク:もっと言えば、映画や演劇などの芸術形式も近代の産物です。われわれは、舞台やスクリーンがあり、観客席があるという近代的な映画や演劇の形式に慣れています。そんな舞台と観客席との関係性を疑い、その関係をどのように再発見していくのかという意味で、ツアーパフォーマンスという手法のいろんな可能性を探っているんです。

ツアーの中で観客は俳優と会話を交わすことによって、相手をどこまで俳優として認識するのか、あるいは俳優ではない人として認識するのか、その境界を引き直さなければならなくなるんです。

―『From the Sea』は、『つれなくも秋の風』と同様、観客と俳優が1対1のペアになってツアーを行うという、ツアーパフォーマンスの中でも珍しいスタイルです。

ヒョンソク:学生の頃に一人芝居を観に行ったことがあるのですが、そのときたまたま観客が自分一人だけだったことがあったんです(苦笑)。すると舞台に出てきた俳優は、急に自分が演じるはずだった役を捨てて、世間話や悩みを私に語り始めました。

―リアクションに困りますね(笑)。

ヒョンソク:じつはそのときすごく怖かった。自分が体験したことが、演劇の一部だったのか、それとも観客が自分一人だったから俳優がそういうことをしたのか、混乱してしまったんです。そんな状況に陥ったとき、目の前で行われていることをどれほど現実のものとして受け入れるべきか、観客自身も悩みますよね。

ソ・ヒョンソク『つれなくも秋の風』
ソ・ヒョンソク『つれなくも秋の風』

―「フィクションとは?」「演劇とは?」「俳優とは?」といったさまざまな問いが頭を駆け巡ります。

ヒョンソク:ふだん観客は客席という「小さな共同体」に属した状態で作品を体験しているわけですが、その共同体を排除して観客と俳優が1対1の対話をするとき、演劇の本質がどのようにして見い出されるかについて好奇心を持っています。『つれなくも秋の風』では、私がテキストを書き、俳優がセリフを語るという構造でしたが、今回はより即興的で開かれた形式での対話、つまり観客の答えによって、俳優の台詞や物語も変化していくことになると思います。

―先ほどの「迷子」のエピソードは、実際の時間や空間の中での迷子でしたが、作品ではそれをフィクションと現実との間の迷子に置き換えているとも言えます。

ヒョンソク:そう。劇場の舞台に立っている俳優の台詞にあまり現実感は感じられませんが、道で出会った人となら、時には深い話も可能になりますよね。ツアーの中で観客は俳優と会話を交わすことによって、相手をどこまで俳優として認識するのか、あるいは俳優ではない人として認識するのか、その境界を引き直さなければならなくなるんです。

『東京オリンピック』の開催で、品川の沿岸部は街並みが変わる兆しがあります。そんな政治的な文脈も観客の無意識に何か作用するかもしれないという期待があります。

―東京という都市をリサーチして作品を創作するにあたって、苦労はありましたか?

ヒョンソク:やはり、日本に住んでいない自分が、作品を上演する特定の場所を決めなければならないというのは困難でした。今回、探していた場所は、「過去の痕跡がたくさん残っているところ」。これを東京の中から探し出すのはとても時間がかかりました。

ソ・ヒョンソク

―その中で見つけたのが、品川の「京急沿線某所」という場所ですね。詳細な場所は参加者にしか明かされませんが、なぜ広い東京の中でこの場所を選んだのでしょうか?

ヒョンソク:『F/T』のスタッフから候補となる場所の提案をいくつか受けました。その候補地を歩いて巡りながら、品川という場所に興味が惹かれ、今回の舞台を発見したんです。そこは、とても情緒的な名前を持つ場所で、驚きました。というのも、韓国では地名にこのような情緒的な名前をつけることはまずありません。そんな韓国と日本の差に興味を惹かれ、この差を作品に活かせないかと考えるようになりました。

―場所名を明かせないのがとても残念なのですが、この場所の名前が重要なモチーフとなっているんですね。では、埋立地や運河といった場所に着目した理由は?

ヒョンソク:2020年に『東京オリンピック』が開催されることが決定し、特に海沿いの地域は、街並みが変わる兆しがありますよね。品川の沿岸部は、近代的な過去と、近未来が関係を持つ地域なんです。そんな政治的な文脈も観客の無意識に何か作用するかもしれないという期待があります。

方向や目的を失い、地図を放棄することは、近代的なものの見方に対する抵抗にもなりうるのではないでしょうか。

―たしかに品川地域は近代だけでなく、古く江戸時代から続く交通の要所でもあったので、過去、現在、未来という複数の時間軸のレイヤーが折り重なる場所として、ヒョンソクさんのコンセプトにぴったりだと思います。ところで、先ほどからの「近代」というテーマと、ツアーパフォーマンスによってヒョンソクさんが期待する「現実と虚構の混乱」というテーマは、作品の中でどのようにつながっていくのでしょうか?

ヒョンソク:いい質問ですね(笑)。たとえば、数あるツアーパフォーマンスの中でも、私は「地図が与えられないツアー」に興味を持っています。それは自分が今どこにいるのか? という指標を失っている状態。韓国における近代化もまた「地図を失った状態」で行われ、目的意識や明確な方向性がなく、どこにたどり着くかもわからないままに行われました。東京も似たような近代性を持っているように感じます。

ソ・ヒョンソク

―近代は、明確な目的意識や俯瞰したクリアな視点で世界を見ることを求めますが、そもそも韓国や日本においての近代化は、欧米からあわてて輸入した文化でもあり、たしかにそのプロセスは「迷子」のような状態だったかもしれません。

ヒョンソク:つまり逆に言えば、方向や目的を失い、地図を放棄することは、近代的なものの見方に対する抵抗にもなりうるのではないでしょうか。私は、ツアーパフォーマンスを通じて、演劇や空間、人との関係性などを近代的ではない方法によって捉え直そうとしています。でも、このように考えたのは、日本の作品からもかなり影響を受けている部分があるんですよ。

―どういう作品ですか?

ヒョンソク:平田オリザさんのアンドロイド演劇などです。今回の来日でもカフカ原作の『変身』など、作品を2本拝見しました。

―たしかにアンドロイドが演じる姿を観るとき、観客は俳優を見ているのか、アンドロイドを見ているのか、よくわからなくなってしまう不安な感覚があります。

ヒョンソク:そしておそらく、このような問いかけをすることは、韓国の観客よりも日本の観客のほうが向いているでしょう。韓国人は感情に対する距離感が近いのですが、日本人は冷静で、感情に対して距離を持つ傾向にあります。その距離感から、この作品の本質である「演劇とは何か」を感じてもらえたら嬉しいですね。

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