ポップカルチャーにしか救えないこと おとぎ話・有馬和樹×山戸結希

「僕は人類史とは治癒の歴史そのものだと思っている。見知らぬ人の一瞬の笑顔から三日三晩に及ぶ大手術までが我々を治し、癒す。あらゆる場所で何度でも再生 / 治癒が可能なCD音盤はこれ限りである」

これは菊地成孔がUAとのコラボレーションで発表した『cure jazz』のライナーノーツに寄せた文章の引用だ。この文章の前提には「人間は傷つきながら生きている」という世界認識があり、音楽はそれを癒し、救う役割があると示している。おとぎ話“COSMOS”のMVでは、人ごみの中で泣きじゃくる少女が、曲とともに軽やかに踊り出す。まさに音楽による治癒の、救済の感覚を描いたものである。

このMVを手掛けたのは、初監督作品『あの娘が海辺で踊ってる』が異例の注目を浴び、昨年、東京女子流主演の『5つ数えれば君の夢』で商業作デビューを果たしたばかりの新人映画監督・山戸結希。『MOOSIC LAB 2013』でグランプリを含む三冠を獲得した『おとぎ話みたい』は、昨年末に新宿で2週間限定公開された際も大きな話題となり、テアトル新宿のレイトショー動員記録を13年ぶりに塗り替える大盛況となった。初めてfelicityから発表されるおとぎ話の新作『CULTURE CLUB』にも、こうしたバンドと監督との交流が色濃く反映され、音楽の持つ「救済」の力をあくまでポップに表現した、素晴らしい作品に結実している。それでは、おとぎ話の有馬和樹と山戸結希に、ポップカルチャーについて存分に語り合ってもらおう。

おとぎ話って、「容器」みたいなんですよね。一方的に何かをぶつけてくるんじゃなくて、歌いながら逆に受容してる感覚がすごくある。(山戸)

―お二人の最初の出会いとは?

有馬:音楽と映画を融合した『MOOSIC LAB 2013』という企画があって、そこで監督が「おとぎ話と一緒にやりたい」と言ってくださったんです。実際に会ったのは2012年の夏かな? ただ、僕たちインディーバンドなんですけど、「インディーズ」っていう括りは嫌なんです。あくまでも独立国家として、全世界に向けてやってる意識があるので、「インディーズ映画」を中心に扱う企画に関わるというのは、ホントは断りたかったんですよね。でも監督の話を聞いて、目を見たら、通じ合う部分があるとすぐにわかって、「この人ならすべて捧げていいな」と。その場で「やってください」って返事をしたんです。

左から:有馬和樹(おとぎ話)、山戸結希
左から:有馬和樹(おとぎ話)、山戸結希

―山戸さんにとっておとぎ話はどんな存在だったのでしょうか?

山戸:大学生の頃、下北沢のライブハウスによく見に行っていました。でも3年生の春に映画を撮り始めたときに、おとぎ話の音楽を聴いていると、どんどん物語が立ち上がってきてしまって、映画がおとぎ話の音楽と溶け合っちゃうから、聴くのを禁止してたんです。私にとっておとぎ話の歌は、聴くだけで享受するんじゃなくて、物語の中で接続する形でしかありえない存在でした。当時まだ1つの映画も吐き出せていなかったので、そんなことは誰にも言えなかったけれど、心だけでも作家としての、おとぎ話の音楽への一番誠実な選択でした。映画祭に入賞した後に、『MOOSIC LAB』のお話をいただいて、「どんな人と組みたいですか?」と言われたとき、おとぎ話は人気のバンドだからきっと無理だろうなと思いながら、私は一択でした。

―聴くのを禁止するほどに、おとぎ話の音楽が山戸さんの中に入ってきてしまったと。その理由は何だったんですか?

山戸:先日『おとぎ話みたい』のトークショーで曽我部(恵一)さんもおっしゃっていたんですが、おとぎ話って「容器」みたいなんですよね。これは私が最初に映画というメディアに対して感じたことと、全く同じで。一方的に何かをぶつけてくるんじゃなくて、歌いながら逆に受容もしてる感覚がすごくあるんです。だから聴いていると、音楽そのものをなぞるだけじゃなくて、「ああ、今日はこんなことあったな」とか、「これからの私はどうなるんだろう?」とか、自分の存在が引っぱり出されちゃうんです。「昨日の自分」と「明日の自分」を接続する存在として「今、ライブを見ている自分」が存在しているという感覚に包まれて、「今を生きてる」って、強烈に感じます。

有馬:確かに、こぶしを挙げてグチャグチャになるライブも大好きだけど、自分がやりたいのはそれじゃない。例えば、誰かが落ち込んでたら、ライブでいきなりはっちゃけてもらわなくても良くて、思ってることをそのままおとぎ話の曲に重ねてもらいたい。今、監督に言語化してもらってから自分がずっとそう思っていたことに気づいて、打ち震えるものがありました。「僕がやってきたことは、やっぱりそういうことだったんだな」って。

自分が書いた曲の中で、“COSMOS”ほど他人に求められるだろうなと思えた曲は他になくて。これを大事にしなかったら、この先の人生に意味がないと思うぐらい、「これしかない!」って曲なんですよ。(有馬)

―『おとぎ話みたい』は、田舎に暮らす高校生の女の子の初恋がストーリーの軸になっていますが、映画の中でおとぎ話の音楽をどのような存在として位置付けたのでしょうか?

山戸:『おとぎ話みたい』は、女の子の内側の気持ちが尖っていく映画なので、そこに対して、他者性みたいなものが欲しかったんです。追いつめられた女の子の心に、流れているのはどんな音楽だろう? と考えたとき、一緒になって打ちのめされるようなメロディーではなく、やさしい救いの歌であるべきだと。最後は少女の初恋が終わるシーンなんですけど、“COSMOS”が鳴ることによって、未来に向かう映画になったと思います。<手を伸ばせば午後の光に気づきました>って、すごい歌詞だなと。朝の光じゃなくて、午後の光。少女が少女でなくなる、つまり老いてゆく。失うことすら、肯定している。有馬さんの歌が、主人公に光を射しているんです。


有馬:「曖昧さ」ってすごく大事ですよね。僕は基本的に特定の誰かに向けた「うた」を書くことはないけど、いつも誰かのために歌ってるんです。もちろん、自分に向けて歌ってる部分もあるんだけど、その曖昧さがあるから、誰かと溶け合えるんじゃないかなと。

山戸:「誰かのために」というのは、「他者を希求してる」ってことだと思うんですけど、もしかしたら、おとぎ話の音楽とはそういうところが通じているのかもしれません。私は、芸術というのは「自分の身体からどこまで離れられるか」だと思っていて、たとえば自分や恋人の身体を起点にして、限定的な関係を語るのではなくて、いつか出会う、とっておきの他者を起点にしたとき、どこまで遠くに行けるのか? 本当に出会うことができるのか? ということを知りたいんです。相手の範囲を自分の身体によって特定したほうが共感は呼びやすいのかもしれないけど、心の中には「他者を希求する心」がいつもあって、表現もそうあってしかるべきだと思っています。

―映画にも使われた“COSMOS”のMVを山戸さんが手掛けられているわけですが、楽曲自体はかなり以前からあったそうですね。

有馬:もう5年くらいライブでやっていて、ホントに大事な曲だったので、リリースする場所やタイミングをずっと探していたんです。ただ、ずっと恋人がいないとどんどん理想が高くなっていくのと同じで、“COSMOS”も大事にし過ぎて、誰にも渡したくないって気持ちが強くなっちゃって(笑)。でも、監督としゃべったときに、この人だったらこの曲を託してもいいなって思ったし、何なら、この映画のために作ったと言ってもいいぐらいに思えて。

―“COSMOS”が大事なのは、曲のモチーフ自体に思い入れが強かったからですか?

有馬:というよりも、自分が書いた曲の中で、ここまで他人に求められるだろうなと思えた曲は他になくて、これを大事にしなかったら、この先の人生に意味がないと思うぐらい、「これしかない!」って曲なんですよ。僕は音楽が大好きで、それだけは誰にも負けないと思って生きてきて、そんな自分がここまでの曲を書けるとは自分でも思ってなかった。だから、自分の口から「この曲あげるよ」みたいに言ったとき、衝撃でしたよ。「やべえ、言っちゃった」って(笑)。

山戸:すごいあっさり「あげるよ」って言われて、私も衝撃でした!(笑)

都会には多様性がありますけど、他者を受け入れられるということは、断絶を認めるということ。それでもその中で生きるとき、音楽が誰かを光の方向に振り向かせる瞬間が存在していると思うんです。(山戸)

―MVの内容に関しては、お二人の間で何かやり取りはあったんですか?

有馬:“COSMOS”はライブではものすごくロックのカタルシスがあるような演奏をずっとやってきたんです。演奏しながら僕は何度も泣いてきたし、牛尾(健太)くんとギターを掲げるタイミングを合わせたり、そのとき他の二人には下を向いてもらったり、細かく演出を考えてやっていた。なので、最初は映画館みたいな場所で、かっこいい演奏シーンを一発で撮ってもらうっていう話だったんです。ただ、レコーディングしていく中で、徐々に今のバージョンに変わっていって、その完成バージョンを監督に送ったら、「この感じだったら、趣里ちゃん(『おとぎ話みたい』の主人公・高崎しほ役)で撮ろうと思うんですけど」って言われて。

有馬和樹

―山戸さんは最初に今のバージョンの“COSMOS”を聴いて、どう思われましたか?

山戸:ホントにびっくりして……でも、驚いてる暇はないから、実務的に「違う構成にしなきゃ」って(笑)。最初はバンド演奏をいろんなカメラで撮りまくって、記憶が重層的に錯綜してる感じにしようと思っていたんですけど、こういう音源に変えてきたというのは、過去の再現やライブの刷り直しではなくて、きっと歌を聴いてほしいからだと思ったんです。だからカットを刻んで情報量を増やすのではなくて、歌が最後まで途切れることなく流れていくように、1カットで撮ろうと思いました。

有馬:そう、「うた」を聴いてほしかった。それはホントその通り。

―人ごみの中で泣いている趣里さんが、途中から軽やかに踊り出すという展開が非常に印象的です。この演出にはどんな意図があったのでしょうか?

山戸:私は田舎の出身で、例えばヘルメットを被らずに自転車に乗ると、次の日には学校で話題になっちゃうような狭い世界で育ちました。でも、渋谷を歩いていても、誰も私のことなんて知らないわけじゃないですか? つまり都会には、均質化の圧力がない代わりに多様性があるんですよね。映画の中で「キチガイだと思ってほしい」という台詞があるんですけど、言ってみれば、東京の街はキチガイだらけで、ヤバい眼の人、気が狂ってそうな人がうじゃうじゃいても、誰も気に留めない。私はそんな東京が大好きです。でも、そんな街で静かに泣いている人がいたとしても、一瞬で忘れますよね。そういう誰かの涙も取りこぼすような、圧倒的な他者性の中で生きている。他者を受け入れる多様性があるということは、断絶を認めるいうことだから。それでもその中を生きるとき、音楽が誰かを光の方向に振り向かせる瞬間が存在しているんじゃないかと思うんです。歌だけが、その悲しみを見つけてくれる。

―おとぎ話の音楽は、まさにそういう音楽だと。

山戸:はい、そのものです。おとぎ話の音楽は事実として誰かの人生を救っていて、照らしている。それを具体的に示したいと思ったんです。ふんわりと救済のイメージにとどまる映像ではなくて、人が具体的に光の中で救われる瞬間を写したいと思いました。おとぎ話の歌を聴くときは、ああいうことが、心の中で本当に起きていますよね。

監督の描く「少女性」や、おとぎ話が描く世界観は、音楽や映画を心の底から欲してる人にちゃんと届けたい。そのために重要なのが、絶対にクオリティーを下げないことだと思うんです。(有馬)

―有馬さんは実際にMVを見てどんなことを感じられましたか?

有馬:僕自身が中学の頃から音楽に救われたり、逃避したりしながら生きてきたんですよね。だから、何で自分は音楽が好きなのか? ということが、あのMVを見て改めてわかった感じがした。それがありがたいことに自分の曲だったので、ホントに嬉しかったですね。

―山戸さんもこれまで本や音楽に救われてきたのでしょうか?

山戸:思春期の頃は特に狭い世界にいて、田舎の同調圧力もすごかったから、中学生のとき山田詠美さんや村上龍さんの本を読んで、今とは違うパラレルな世界が未来にあり得るという選択肢を提示してもらったと思います。その経験があるから、具体的に誰かの人生を動かせるものを作りたいと常に思っていますね。

有馬:僕自身が、すでに監督に動かされましたからね。これまで僕は音楽にしか興味がなかったんですけど、監督がどんなものに感化されてきたのかを知りたくなって、本や映画をすごく見るようになったんですよ。監督の言葉は、30年間音楽だけしかやってこなかった、こんな頑固なやつの扉をも開けてくれた。初めて会ってから2年半経ちますけど、未だに話すのが楽しいんです。今ちょうど『おとぎ話みたい』を2週間上映していて(取材日は2014年12月19日)、僕も案外忙しいんですけど(笑)、毎日のように監督に会いに映画館に行ってますからね。

有馬和樹

山戸:私、今日の取材で言おうと決めてたことがあるんです。今日が上映最終日で、すっごく疲れたけど、それもひっくるめてものすっごく楽しくて、これ何かに似てるなって思ったら……部活してるみたいだなって(笑)。おとぎ話先輩と一緒に!(笑)

有馬:わかる、わかる。まさに『CULTURE CLUB』ね(笑)。

―(笑)。そのアルバムのタイトルトラックである“カルチャークラブ”の中には、<サブカルチャーはファッションの一部じゃない サブカルチャーは 一つの切実な アイデンティティ>という歌詞がありますよね。現代は文化や芸術の力が軽んじられている部分があるかもしれないけど、文化や芸術は人の心を動かすことができる。『CULTURE CLUB』や『おとぎ話みたい』の根底にある想いはそこだと思うんです。

山戸:はい、それは作品で証明していきたいと思っています。

有馬:でも、それって喧嘩腰じゃないでしょ? 「オマエわかってねーな」みたいのじゃないよね?

山戸:そうですね、文化部だから(笑)。

有馬:そう、体育会系な、胸ぐらをつかむ感じじゃないよね。今って握手券をつけてCDを売ったり、フェスでも歌詞も聴かずにノリ一発で盛り上がったり、そういうのがあるじゃないですか? それを否定するつもりはないけど、大事なのは……これは最近やっと自分に自信が持てるようになったから言えることなんですけど、とにかくクオリティーの高い、かっこいい曲を作ることが大事で、それだけをやりたい。あとはそれを間違わずにちゃんとした形で届けてくれるところと手を組めば、そういう人たちには届くんじゃないかと思っていて。

左から:有馬和樹、山戸結希

―「そういう人たち」とは?

有馬:音楽や映画をホントに欲してる人たちですね。Twitterで映画の感想を見てると、すごく上手く評論してる人の一方で、「私のことを描いてくれてると思った」とか「曲を作りたくなった」とか、いてもたってもいられずに書き込んでくれた人がいっぱいいたんですよ。評論家に向けて作品を作っちゃうと、やっぱり面白いものは生まれないと思うので、監督の描く「少女性」や、おとぎ話が描く世界観は、それを心の底から欲してる人にちゃんと届けたい。そのために重要なのが、絶対にクオリティーを下げないことだと思うんです。

山戸:私は人を変えられるのは芸術だけだと思っていて。なぜなら、心に触るのは芸術にしかできなくて、実は「心に触る」ことでしか、具体的な救済に繋がっていかないから。評論家の人に見てもらえることも嬉しいけれど、私自身は高度な批評に向かってものを作っているわけではないんです。作る人間としての批評性はもちろんあるけど、自分の映画は必ずポップカルチャーになってゆくものだから、田舎の子の胸ぐらをひんむいて……じゃない、それだと体育会系になっちゃう(笑)。

有馬:肩を揉むぐらいかな(笑)。

山戸:そう、田舎の少女の肩を揉みながら、思春期の選択の岐路を増やしたいんです。

有馬:そうそう、それすごくよくわかる!

山戸:そのままの芸術は田舎に来なくて、ポップカルチャーしかやって来ないから、そこまで行かなきゃいけないってずっと思っています。

映画には二人称の感覚が前提としてあって、文章を書くことに比べると、「誰かのために」という想いの比重が高いんです。(山戸)

―1つ基本的な質問をさせてください。山戸さんが映画を撮るにあたって、常に「少女性」がテーマとなっているように感じるのですが、何か理由があるのでしょうか?

山戸:なんでかなあ……でも、最初の映画(『あの娘が海辺で踊ってる』)は友達に出演してもらったし、『おとぎ話みたい』は趣里ちゃんと会って、彼女を撮りたいと思ったからで……。たとえばもし主役が熟女だったら、身体の発してる「存在不安」から、家庭不和の問題とかを当て書きすると思うんですよ。でも今は、うら若き乙女の身体の発してる「存在不安」を目の当たりにしているから、理想の他者を希求する心、つまり恋を描くことが基盤になってますね。だから、出会った人に対してシンプル当て書きしたことの結果なのかなと思います。まだ映画を撮り始めて2年ぐらいなので、これから対象が変わったら、テーマみたいなものも結構変わる予感がしています。

有馬:僕が映画の撮影に参加して印象に残ったのが、監督が趣里ちゃんを撮るときの二人の対話が、魂を揺さぶるように感動的だったこと。うまく言葉にできないけど、監督が趣里ちゃんの中に入っていくのが伝わってくるんです。その一対一で対峙している感じは、自分が今まで作ってきた音楽の表現を、もう1回新たに築き上げることができるんじゃないかと思うぐらい、インスピレーションに溢れてましたね。

山戸:映画には二人称の感覚が前提にあって、たとえば文章を書くことに比べると、「誰かのために」という想いの比重が高いんです。『おとぎ話みたい』を撮っているときは、趣里ちゃんのためにすべてを尽くそうと思ったし、そういう中でだけ生きていきたいと、願っていましたね。

有馬:アルバムの最後に入ってる“おとぎ話みたいねと笑ってばかりの君が”は、二人の対話を見てできた曲で、まさに今監督が言ったようなことを僕も考えて作りました。基本的に特定の誰かに向けて歌っている曲はないと言いましたけど、この曲は監督と趣里ちゃんに聴かせたいと思って作ったんですよね。制作途中は殺伐としていても、できあがったものはポップであることってすごく大事だなあとか、歌詞は監督と出会って考えたことが元になってるので、結構手紙っぽいですね。

山戸:有馬さんと、「これからはペンパルになりましょう」って言ってたんですよね(笑)。

有馬:そう、監督と文通相手になろうと思って(笑)。

山戸:おとぎ話の音楽は、絶対に物語と一緒に呼吸をしているので、感想として独立した形では言語化できないんです。私にとっては、映画じゃないとお返しができないから、いつ表現という形で返信できるかはわからないですけど……長期的なペンパルとして(笑)。

左から:有馬和樹、山戸結希

20代はホント、自分の表現に嘘をつきまくっていたんですけど、そんな中でも自分なりに頑張って書いてきたものを監督に見つけてもらえたのは、今の自信に繋がっています。(有馬)

―今おっしゃった「ポップの重要性」に関しては、有馬さんはどうお考えなんですか?

有馬:監督の作品はそこが作為的じゃないのがいいし、おとぎ話の今回のアルバムもそういうものになったと思っています。僕らも初めてフックアップされた頃って、意図的にポップなものを作ろうとしちゃって、悩んでた時期もあったんですよね。でも、監督と会ったぐらいから、そういうことから解き放たれて、自分が自由にアウトプットしたものがちゃんとポップなものになるじゃんって気づけたんです。僕、20代はホント、自分の表現に嘘をつきまくっていたんですけど、そんな中でも自分なりに頑張って書いてきたものを監督に見つけてもらえたのは、今の自信に繋がっています。

―山戸さんはまさに2014年に商業デビューしたばかりで、かつての有馬さんのような迷いの時期もこれからやってくるかもしれません。現状をどう捉えていて、今後に関してどのようにお考えですか?

山戸:有馬さんは横浜出身で、都会っ子なので、田舎でポップカルチャーを享受してきた私とはそこが違うのかなって思うんですよね。もちろん、田舎でもヴィレッジヴァンガードに通ったり、上京してからいろんなものを吸収しましたけど、私の場合はどれだけ先鋭的な表現をしたとしても、自然とどんくさいところが残ると思うので、質問の意味では、問題視しているところは、今のところないですね。だって有馬さんは、中学生からゴリゴリでしたもんね(笑)。

有馬:こういうところを監督には見抜かれてるんですよ。つまり、僕は意外と柔軟なんです。だから、これまではいろんな人の話を聞いて、みんなの平均点を取ろうとしてた部分があったけど、もうそれが嫌になって、それでできたのが今回のアルバムなんです。

おとぎ話
おとぎ話

山戸:もはやこのアー写のポーズからして、平均点とる気なんてないですよね!(笑)

リリース情報
おとぎ話
『CULTURE CLUB』(CD)

2015年1月14日(水)発売
価格:2,700円(税込)
felicity / PECF-1117 cap-217

1. 運命
2. きゅーと研究会
3. カルチャークラブ
4. 少年
5. FRIENDS
6. 光の涙
7. COSMOS
8. 告白ジャム
9. ピカピカ
10. AURORA
11. おとぎ話みたいねと笑ってばかりの君が

イベント情報
おとぎ話presents 『CULTURE CLUB』リリースパーティー
『New Moon,New Moon~BluesとBlues~』

2015年1月14日(水)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:東京都 新代田 FEVER
出演:
おとぎ話
曽我部恵一
前売3,000円 当日3,500円(ドリンク別)

おとぎ話『CULTURE CLUB』リリースツアー
CUTE BEAT CULTURE CLUB BAND TOUR

2015年2月18日(水)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:神奈川県 横浜 club Lizard
共演:ASPARAGUS

2015年2月21日(土)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:静岡県 UMBER
共演:忘れらんねえよ

2015年2月26日(木)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:京都府 磔磔
共演:LOSTAGE

2015年2月27日(金)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:福岡県 MUSK
共演:ボギー

2015年3月1日(日)OPEN 18:00 / START 18:30
会場:広島県 4.14
共演:LOSTAGE

2015年3月6日(金)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:宮城県 仙台 PARK SQUARE
共演:SISTER JET

2015年3月13日(金)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:北海道 札幌 COLONY
※ワンマンライブ

2015年3月19日(木)START 19:30
会場:愛知県 名古屋 得三
※ワンマンライブ

2015年3月21日(土・祝)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:大阪府 十三 FANDANGO
※ワンマンライブ

2015年3月23日(月)OPEN 18:00 / START 19:00
会場:東京都 渋谷WWW
※ワンマンライブ

料金:各公演 前売3,000円 当日3,500円(共にドリンク別)

プロフィール
おとぎ話 (おとぎばなし)

2000年に同じ大学で出会った有馬と風間により結成。2 年後に同大学に入学した牛尾が加入、その数年後に同大学にてCLISMSというバンドで活動していた前越が加入し現在の編成になる。2007年にUKプロジェクトより 1st アルバム「SALE!」、2008年に2nd「理由なき反抗」、2010 年に3rd「FAIRYTALE」を発表。2010 年の 4th「HOKORI」、2011 年の 5th「BIG BANG ATTACK」はROSE RECORDS から発表。2013年の 6th「THE WORLD」は再び UK プロジェクトからリリースした。2015年1月にはfelicityより「CULTURE CLUB」をリリース。日本人による不思議でポップなロックンロールをコンセプトに活動中。

プロフィール
山戸結希 (やまと ゆうき)

上智大学文学部哲学科在学中、映画研究会を立ち上げ、独学で処女作『あの娘が海辺で踊ってる』を監督。同作で『第24回東京学生映画祭』審査員特別賞を受賞。2作目となる『Her Res ~出会いをめぐる三分間の試問3本立て~』が同年のぴあフィルムフェスティバルに入選。2012年11月ポレポレ東中野で『あの娘が海辺で踊ってる』を自主配給にて上映し、当時無名の新人ながら同館のレイトショー動員記録を更新する爆発的ヒットとなった。2013年4月には『MOOSIC LAB 2013』にて『おとぎ話みたい』が公開され、グランプリほか三冠を獲得。2014年3月、商業デビュー作となる『5つ数えれば君の夢』が渋谷シネマライズの監督最年少記録で公開を果たした。現在新作待機中。



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