コンプレックスを受け止めた音楽家・KASHIWA Daisukeの歩み方

クオリティーの高い作品を作るために重要なのは理論なのか? それとも、理論を知らないまま自由に作るからこそ爆発力のある作品が生まれるのか? そんな問いはこれまでに何度も繰り返されてきたが、もちろん明快な答えを出すことはできない。

エレクトロニカ系のアーティストとして出発し、坂本龍一も賛辞を寄せるなど、アカデミックなイメージもあるKASHIWA Daisukeだが、実際には工学部の出身で、音楽学校で理論を学んできた音楽家に対してコンプレックスもあったという。しかし、自身の欲求に従って作品を作り続けるなかで、徐々に自らの進む道を見出していった。

そんなKASHIWAの最新作『program music II』は、たむらしげるの著書『水晶山脈』にインスパイアされ、生楽器のアンサンブルを中心に構成された作品。ソロ活動のスタートからは今年で10年。その変遷と、今も変わらないもの作りに対する意欲の源泉について話を訊いた。

「アーティスト自身がひとつの作品」みたいな、いろんなアルバムを全部ひっくるめた上で、ひとつの作品になるって感じが好きなんだと思います。

―今作『program music II』は、2007年に発表された『program music I』の続編であり、ジャケットにもなっているたむらしげるさん(絵本作家・イラストレーター)の著書『水晶山脈』にインスパイアされて作られた作品だそうですね。

KASHIWA:以前『88』っていうピアノアルバムを出してるんですけど、ピアノだけではなく、いくつか生楽器を加えて作品を作りたいっていうのがスタートでした。それを作っているうちに、何となくのテーマが見えてきて、それが僕が昔からずっと好きだったたむら先生の『水晶山脈』につながっていると気付いて、アルバムのストーリーが一気に出来上がりました。

KASHIWA Daisuke
KASHIWA Daisuke

―なぜ今回生楽器をフィーチャーしようと思ったのでしょうか?

KASHIWA:歳をとってきたせいなのか、生楽器の自然な音に心惹かれるようになってきたんですよね。若い頃は、生楽器を演奏せず、ソフトで音楽を操れることが刺激的だったんですけど、それよりもっと有機的な、田舎に行って自然の風景を見たときに「綺麗だな」って思ったり、自分の心が癒される、そういう感覚を音にしたかったんです。まあ、誰しもいろんな時期があると思うんですけど、たまたま今回は自分のベクトルがそういう自然な、ナチュラルな方に向いたっていうことですね。

―たしかに、KASHIWAさんは「エレクトロニカ」のイメージも強いとはいえ、これまでも電子音楽と生楽器の音楽を幅広く作ってこられて、作品ごとに変化し続けていますよね。

KASHIWA:そうですね。もともとプログレとかQUEENなどに影響を受けているので、どのアルバムを聴いても「この人だよね」っていう固有のサウンドがあるより、「アーティスト自身がひとつの作品」みたいな、いろんなアルバムを全部ひっくるめた上で、ひとつの作品になってる感じが好きなんだと思います。

―『水晶山脈』はいつ頃からお好きだったんですか?

KASHIWA:20代後半で知って、本を買ったんですけど、それ以前にたむら先生のことはCMや映画で知ってたんです。子供の頃、ハウスのシチューのCMで、街が下にあって、その上が水面になってて、そこを船が行くっていう、それがもともとすごく印象に残ってたんですよね。

―『program music I』は『銀河鉄道の夜』と『走れメロス』がモチーフになっていましたが、KASHIWAさんは何らかの物語からインスパイアされることが多いのでしょうか?

KASHIWA:それはあんまり意識はしてなくて、単純に、何か面白いことをやりたいっていうのが常にあるんです。『program music I』について言うと、普通本とか映像とか物語があって、後からそれに音楽をつけるのが一般的なやり方ですよね? でもそうじゃなくて、音楽のみでその物語を表現してみたらどうなんだろうと思ったんです。

―サントラではなく、あくまで独立した作品として作ったと。

KASHIWA:そうですね。音楽自体から物語を想像させるようなものが作れたらすごく面白いんじゃないかなって。原作を知ってる人が聴いて、「そうそう」って思ってくれてもいいし、まったく知らない人が聴いて、「こういうストーリーなのかな」って想像してもいい。その物語を僕の解釈として音で表現するっていうことがやりたかったんです。

プロとして、まったくアカデミックな部分がないっていうのは、ものすごいコンプレックスなんですよね。

―KASHIWAさんって、どこかで音楽の勉強をされたんですか?

KASHIWA:音楽の学校とかはまったく行ってなくて、大学も工学部の出身で、ずっと理系畑でやってきたんです。音楽って一見そういう学問と無縁な感じがすると思うんですけど、でも僕は理数的な部分も多いと思うんですよ。

―何となくアカデミックなイメージもあったのですが、音楽の学校には通われてないんですね。

KASHIWA:まったくないですね(笑)。一時期にいわゆる理論的なことを習いに行ったこともあるにはあるんですけど、大体なんでも独学でやっちゃうタイプです。こういう話って、よくミュージシャン仲間ともするんですよ。大学で勉強した人もいれば、まったくそうじゃない人もいるし、人それぞれ意見が違うんで、結構盛り上がるんですけど(笑)。

KASHIWA Daisuke

―理論を理解してるからこそできる音楽もあれば、理論を知らないからこそできる音楽もありますもんね。

KASHIWA:そうなんですよね。どっちがいい悪いではないと思うんですけど。僕はちょっと色覚に異常があって、色がよくわからないんです。それって普通に見えてる人と比べて、世界の見え方が違うってことだし、そもそも男性より女性の方がいろんな色を見分けることができるらしいんですね。そう考えると、結局人それぞれ見てる世界は同じでも感じ方って違うんだなって思うんですよ。それは「聴く」ってことにしても同じで、同じ音を聴いてると思っても、違う感じ方をしてる可能性が大きいと思うんです。

―たしかに、誰もが同じ感じ方をしているわけではないでしょうね。

KASHIWA:そう考えると、理論で「これは不協和音だ」っていう解釈になっても、一方で「理論的にはおかしいけど、自分はこれが気持ちいい」っていうのもあるわけじゃないですか? そうやって感じ方が人ぞれぞれ違う時点で、正解なんてないんだって思ったんです。なので、自分の作品においては、結局自分が気持ちいいと思うものを作っていくしかないのかなってところに、最近ようやくたどり着きました。

KASHIWA Daisuke

―そこにたどり着くまでは、かなり試行錯誤があったわけですか?

KASHIWA:ずっと悩んでたし、もちろん今でも悩んではいるんです。プロとして音楽の仕事をやらせてもらってて、まったくアカデミックな部分がないっていうのは、ものすごいコンプレックスなんですよね。「芸大作曲科を首席で出ました」みたいな人が隣にいるなかで戦っていかなきゃいけないわけじゃないですか? 「絶対勝てない」っていう前提で活動してきて、今でもそう思ってますけど、でもとにかく自分ができることをやっていこうって、今はそう思ってます。

―コンプレックスがすべて解消されることはないけど、それを受け止めた上で、徐々に自分の音楽と向き合えるようになってきたと。

KASHIWA:そうですね。その違いという意味では僕の作品の場合、音という素材を使って、自分なりのもの作りをしてる感覚なんですよね。写真を切り貼りしてコラージュを作る人もいれば、その辺に落ちてる空き缶を集めてオブジェを作る人もいますけど、僕もそういう感覚。「作曲」みたいに堅苦しい感覚ではないんです。

ある意味、昔よりピュアになってるのかなって思います。

―2013年には新海誠監督の映画『言の葉の庭』の音楽を担当されていますが、以前から監督のファンだったそうですね。

KASHIWA:そうです。いわゆるアニメとか映画って、エンターテイメントの部分が強くて、「面白かった」とか「感動した」みたいに思うわけですよね。でも新海監督の作品は、見終わった後に作品そのものよりも、自分の人生を考えちゃうんですよね。見た人の気持ちを自分に振り向かせる力があって、作品を見終わった後は自分が何か少し変化したような、そういう感覚を毎回味わえるんです。それがすごく新鮮だと思って、そういうことを書いてメールをさせていただいて。

―それっていつ頃のことですか?

KASHIWA:ちょうど『program music I』を出した頃で、CDもお送りして。すぐには何もなかったんですけど、その後も毎回CDができるたびにただ聴いて欲しいと思って送りつけていて(笑)、そうしたら、『88』を出してしばらくしたタイミングで、「今作ってるものは『88』を聴きながら作業をしてる」っていう連絡をいただいて、音楽を担当させていただけることになったんです。すごく楽しい作業で、時間が進むのが速かったですね。

―新海監督の作品がそうであるように、KASHIWAさんにとっては音楽を聴くことも自分を見つめる作業だと言えますか?

KASHIWA:最近は趣味としての音楽をあんまり聴かなくなってるんですよね。というのは、最近は音楽のエンジニア仕事が割と多くて、日中はずっと何かしらの音を聴いているから、それ以外の時間は耳を休めたいってのもあって。あとは子供ができたのが自分の人生の大きな転機で、今年で上の子が小学2年生なんですけど、やっぱり自分の時間はなくなりますよね。仕事以外は家族のために何かしなきゃって時間がほとんどなので、自分のために使える時間は圧倒的に減りました。

―そういう生活が新たなインプットになって、音楽に反映されてもいるんじゃないですか?

KASHIWA:どうですかね……初めて子供ができたときに、自分の人生の主人公が自分じゃなくなる感覚があったんです。それがちょうどサード(『5 Dec.』 2009年)を出した頃かな。それでも「いや、そうじゃない。自分の人生は自分のものだ」って思いながら、ずっと戦ってはきていて。そういう環境や状況のなかでも音楽が作りたいってことは、自分がホントにやりたいことなんだなって感じるので、ある意味、昔よりピュアになってるのかなって思います。雑多にあれやこれやっていうよりは、ホントに今自分がやりたいことを素直に出せてますね。

(“meteor”は)東京の街、人、ビルの合間にある植物だったりとか、そういうものを思い浮かべながら作った曲です。

―では、改めて『program music II』について訊かせてください。「いろんな生楽器を使って作る」という出発点から、どのように編成や作風を決めていったのでしょうか?

KASHIWA:最終的には自分の好きな楽器が残った感じですね。ピアノを軸にして、バイオリンとチェロは自分の表現したい部分をカバーできる楽器だし、Jimanicaさんのドラムはタイトなんですけど、ときどきすごい暴れる感じが気持ちよくて。あとはベースですね。エレキベースじゃなくて、どうしてもダブルベースがよくて。

―なぜダブルベースにこだわったのでしょうか?

KASHIWA:さっきの話につながるんですけど、仕事以外で普段何を聴いてるかっていうと、ほぼジャズばっかり聴いてるんで、その影響が出たんだと思います。20代の頃はジャズといっても有名どころしか聴いてなかったんですけど、最近はもっとたくさん聴くようになって、基本的にはいつもジャズを聴いてますね。

―近年はいろんな文脈でジャズがまた盛り上がっていて、今回ベースを弾いている千葉広樹さんは今幅広くご活躍されていますよね。

KASHIWA:最近の流行りとかはあんまりわかんないんですけど、千葉さんがよくライブを一緒にされてる中島ノブユキさんとかもすごい大好きで、今はああいう感じの音楽が体に染みこんでくるのかもしれないです。千葉さんのベースは本当に最高でした。

―今作のリード曲になっている“meteor”はどんなイメージで作られた曲なのでしょうか?

KASHIWA:自分のなかのイメージとしては、東京の街、人、ビルの合間にある植物だったりとか、そういうものを思い浮かべながら作った曲です。僕は大人になってから東京に来たんですけど、未だに自分がここに住んでることを不思議に思う瞬間があるんですよね。「何でこんな人が多いところにわざわざ住んでるんだろう?」とか(笑)。都心には頻繁に来るわけではないんですけど、たまに来るとそういうことを感じて、とはいえ自分が住んでる街だから、すごく自然でもあったり、いろんな感情がごった煮になったものが、一曲で表現できたかなって思っています。

―『program music I』との関連性は、どの程度意識されましたか?

KASHIWA:『program music I』は海外ですごく広まっていて、ツアーでいろんな国に行くと、“stella”っていう曲の人気がすごく高いんです。だから、待っててくれた方も多いと思うんですけど、前作は前作で、今回はまったく別のものって、自分のなかでは割り切って作りました。

―それはなぜですか?

KASHIWA:さっきの話と同様で、『I』のどこが気に入ってもらえたのかっていうのは人ぞれぞれ違うと思うから、自分がそれを勝手に解釈して、一部分を強調するのはよくない気がしたんです。だから前回と同じく素直な気持ちで、自分が今やりたいことをやろうと思いましたね。

ホントに、もの作りへの欲求が一番なんです。

―『program music I』はサントラではなくあくまで独立した作品のイメージというお話でしたが、今回は『水晶山脈』とのリンクをどの程度意識されましたか?

KASHIWA:今回もあまり意識はしてないです。物語を追っちゃうと、サントラっぽくなっちゃうので、もっと漠然としたイメージです。例えば、文字を読まなくても、本をパラパラっとめくって、そこで残るイメージってあるじゃないですか? アルバムを聴き終えた後に残るイメージが、それと一緒だったらいいなっていうのは思ってました。

―『水晶山脈』を読んでKASHIWAさんのなかに残ったのはどんなイメージだったのでしょうか?

KASHIWA:僕はこういう鉱物っていうか、石がものすごく好きで、子供の頃からお店で買ったりして集めてるんです。自分は化学の学科を出てるんで、元素記号とかああいう世界が大好きなんですよ。アナログでノスタルジックなんだけど、とても規則的でデジタリックでもある。水晶ってシリカの結晶なんですけど、それが自然界でこんなきれいに固まっちゃったみたいな、そういう世界がすごく好きです。同じ炭素なのに、結び方が違うだけで、炭にもダイヤモンドにもなるって、すごい不思議だなって思うんですよ。

KASHIWA Daisuke『program music II』ジャケット(レーベル通販特典には水晶クラスターが付属)
KASHIWA Daisuke『program music II』ジャケット(レーベル通販特典には水晶クラスターが付属)

―今の話って、KASHIWAさんの曲作りにも通じる話かもしれないですね。

KASHIWA:ああ、そうかもしれないですね。僕は楽譜を書いて曲を作るわけじゃなくて、自分の頭のなかにそれぞれパーツがあって、それを組み合わせる作業なんですよね。こういうメロディー、コード進行、リズム、楽器っていうのがパッと組み合わさる瞬間があるので、そういう意味ではすごく化学的なのかもしれない。

―やっぱり「作曲」というよりは、「素材を組み合わせる」っていう感覚なんですね。

KASHIWA:そうですね。僕は音楽以外にも、ものを作るのがとにかく好きなんです。しかも、ちょっと一般的じゃないやり方が好きっていうか、自分なりに工夫して作るのが楽しいんです。音楽制作のコンピューターも未だにMacのG5とかG4を使ってるし、いろんな新しいソフトを使って新しいことをするよりも、ひとつの機材やソフトを突き詰める方が好き。古いソフトでも使い方によってはいろんなことができますし。ホントに、もの作りへの欲求が一番なんです。

KASHIWA Daisuke

―お子さんの図工の宿題とかも手伝ってますか?(笑)

KASHIWA:めっちゃやってますね。子供のおもちゃとかも、頼まれれば光るように改造したりとか(笑)。うちの子も結構器用で、いろんな部品を集めてきて、よく何か作ってるんですよ(笑)。

リリース情報
KASHIWA Daisuke
『program music II』(CD)

2016年4月23日(土)発売
価格:2,376円(税込)
Virgin Babylon Records / VBR-030

1. crystal valley
2. meteor
3. city in the lake
4. blue beryl
5. airport
6. cluster gear
7. subaru
8. like a starhead

プロフィール
KASHIWA Daisuke (かしわ だいすけ)

学生時代、プログレッシヴ・ロックに影響を受け作曲を始める。 2004年にkashiwa daisukeとしてソロ活動を開始し、2006年にドイツのレーベルonpaより1stアルバム『april.#02』をリリース。 翌年8月、nobleレーベルより2ndアルバム『program music I』を発表。 2008年9月には、大型野外フェスティバルSense of Wonderに出演。 2009年2月、3rdアルバム『5 Dec.』をnobleよりリリース。 同年6月にはヨーロッパ3ヶ国8都市を廻るツアーを敢行し、世界三大クラブと呼ばれるベルリンのクラブ、BerghainではCLUSTERと共演し、旧ソ連軍の秘密基地跡で毎年開催されるドイツ最大級のフェスティバルFusion Festival 2009にも出演。 2010年4月、マカオ、香港を巡るアジアツアーを行う。 自身の創作活動の他、様々なメディアへの楽曲提供、作家、リミキサー、マスタリングエンジニアとしても活動している。



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