元銀杏BOYZの安孫子と中村、憧れの農家と「農業とパンク」を語る

元銀杏BOYZのふたりの動きが面白い。すでに知られている通り、チン中村こと中村明珍は現在山口県の周防大島に移住し農業を営んでいるが、彼が最初の研修で向かった先は埼玉県三芳町の明石農園だった。代表・明石誠一の実践方法や考え方については映画『お百姓さんになりたい』を見てもらうとして、ふたりに感化された安孫子真哉(現KiliKiliVilla代表)もこのたび農家になるべく勉強を開始。

「音楽家になりたい」というより「自分自身であるために」パンクロックをやっていたふたりが、今まったく同じ理由で自然農や食というテーマを見つめている理由とは。明石誠一さんを交えて語り合った農家鼎談は、面白いほどパンク用語満載で進みます!

嫁も子供もいるのに、まだ「自分の納得した生き方がしたい」みたいな青臭いこと言っちゃいました(笑)(安孫子)

―今日は、おふたりがなぜ農業の道に進んだのかを聞かせてください。専門用語が出てくるとわからないところもあるかもしれませんが……。

安孫子:わかんないところは聞いてください。僕と中村くんが音楽用語に変換します!

―頼もしい(笑)。中村さんが農業を始めたことは以前KiliKiliVillaサイトのインタビューでも伝えられていましたけど(参考:中村明珍インタビュー)、安孫子さんもこの春から農業学校に通い出したそうで。

安孫子:はい。去年の夏、SEVENTEEN AGAiNのメンバーから「周防大島で中村くんと一緒にMVを作りたい」って言われたんです。今の中村くんがSNSやいろいろなコラムで発信してることと“悲しい顔しないでよ”っていう曲にリンクするものがあったようで。

安孫子:KiliKiliVillaのサイトでアップした中村くんのインタビューを読んでいるうちにズバズバ自分に入ってきた。なんだかワケわかんない土地に行ったんじゃないかと心配してたけど(笑)、ちゃんと自分の居場所とやり方を見つけたんだなと思えたし。

かたや僕は、平日に仕事しながらレーベルで音楽に関わって「食えるなら普段の仕事は何でもいい」って腹を括っていたんですけど……今の世の中の感じ、この閉塞感を考えると、資本主義の行き詰まりなのかなと感じることも多くて。そこから中村くんに突然「農業やるわ」って電話したんですよね。

中村:MVの撮影から帰ってわりとすぐだったよね。「あの記事、俺が一番ピンと来てるっぽい」って言ってて。

安孫子:そう。嫁も子供もいるのに、まだ「自分の納得した生き方がしたい」みたいな青臭いこと言っちゃいますけど(笑)、そうじゃないとマジで生きていけねぇんだよな、将来が見えないな、とも思ったんですよね。

明石:この業界、アート系から転職して入ってくる人も多いですよ。元カメラマンもいるし、美大出身の人が「畑がキャンバスだ」って言ってたり。基本は「クリエイトするのが好き」っていう人が多いですね。

左から:中村明珍、明石誠一、安孫子真哉

「ちょっと待てよ? これほんとにパンクっぽいな」って思いましたね。(中村)

―映画を見て印象的だったのは、明石農園が都会の生活に疲れた人のシェルターのようなものでは全然ないこと。研修生の中に辛そうな顔をしている人がいなかったことですね。

明石:あ、最初はみんな辛そうな顔して入ってくるんですよ。

中村:……僕もそうでしたか(笑)? やっぱり、それだけのきっかけがあったんだろうし、将来に迷いや不安もあるだろうし。

明石:そう。「やりたかった、見ないフリをしてたけど、やっぱり」とか、何かの節目で思うみたいですね。あとは「会社で病気になってしまい、生き方を考えて」とかもあります。でもみなさん辛そうな顔をしていたのが、だんだん本来の自分に戻っていく。「もともとそういう顔だったでしょ?」っていう。

第一期の研修生に安藤文人さんって方がいるんですけど、最初は製薬会社の事務員で、肌も真っ白でナヨッとしてたんです。でも今は僕よりも真っ黒で筋肉もムキッと(笑)。安藤さんは今、所沢で農園やっていますけど、所沢以外のところに野菜は出荷しないスタイルなんですね。

安孫子:ほら、地元発にしばっている!「Dischord Records」だ(笑)!

中村:(笑)。僕も、農業やるって決めたはいいけど、やり方がわからないし、本を読んで話を聞きに行ったんですね。最初に会いに行ったのは映画化もされた『奇跡のりんご』(2013年)の木村秋則さんですけど、「初心者だけどできますかね?」って聞いたら「初心者のほうが向いてるから、こういうやり方。ぜひおやりなさい」と。これって「誰でもできるんだ」みたいなパンクの回答のひとつじゃないですか。

中村明珍(なかむら みょうちん)
1978年11月22日生まれ。銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村。山口県周防大島に移住後、農家と僧侶を兼務している。「中村農園」で自然栽培での農業を、「寄り道バザール」でライブイベントの企画と農産物などのオンラインショップを運営。

安孫子:ってことは『奇跡のりんご』が『Dookie』(Green Dayの代表作 / 1994年)で、そこから中村くんは明石さんっていうOperation Ivy(1980年代後半にアメリカで活動したパンクバンド)に出会ったわけだね(笑)。自然農があのギルマンストリート(カリフォルニアパンクの聖地と言われるライブハウス)のコミュニティに。

Operation Ivy『Operation Ivy(2007 Remaster)』を聴く(Apple Musicはこちら

中村:ははは。「あの風通しのいいバークレーの感じが埼玉の明石農園にあった」、みたいな。いや、木村さんはGreen Dayよりイアン・マッケイ(FUGAZI)っぽいのかな? まず「全国に仲間がいるから」って言ってもらって。石川県とか埼玉県、他にもいっぱいコミュニティがあることを教えてもらったし、そうやって散らばってる人たちが集まる勉強会一一それは明石さんが主催されてるんですけど、そこにも参加してみたり。その中で僕は明石農園に研修に行くんです。「ちょっと待てよ? これほんとにパンクっぽいな」って思いましたね。

そう考えると明石さんはGEZANだよね。(安孫子)

安孫子:ただ、この話は一般的に思い浮かべる農家とは違うっていう説明が必要かもしれない。

―普通の農家はJAに出荷して作物を流通させますよね。種も人工交配したものを業者から買うのが普通であると。そうじゃない方法を貫く有機栽培の人たちが地下水脈で繋がっている、という解釈で合ってますか?

中村:はい。そうですね。明石さんは、いわゆる一般的な農業の世界に入ったことはあるんですか?

明石:入ってないですね、最初から。

安孫子:最初からハードコア思考なんですね!

明石:ははは。そうですか? やりたいことが「野菜を作って、売って生活する」ではなかったんですよ。芯にあるのは、「辻褄が合ってないことはあまり好きじゃない」ということと、循環して永続的に物事が続くことが好きっていうところで。だから、土壌消毒して微生物をゼロにしてしまうくらいなら農業は最初からやらない、それは自分のやりたいことじゃないなと思ってた。

明石誠一(あかし せいいち)
1974年生まれ。東京都板橋区出身。埼玉県入間郡三芳町在住。有機農家での研修を経て、2003年に4畝の畑を開墾して就農。2年後、農林公社の就農支援をきっかけに畑を広げる。現在は3ヘクタールの畑で60種類以上の野菜を自然栽培し、個人宅配と自然食品店に出荷している。

中村:僕もそうありたいと思ってる。でも、今アビちゃんは農業学校に行ってるから、学校で教えられることは全然違うでしょ?

安孫子:今日の授業がまさにそういう話だった。今、明石さんは「永続的に続く」って言ったじゃないですか。でも一般的な慣行の農業は農薬も肥料もまいている。虫にも耐性がつくから、また新しい農薬を開発して……その繰り返しで土壌はズタボロになっていく。持続可能というよりいたちごっこなんです。そして特定の企業が利益をあげていく。

そうやって一般的には「いや、そうは言っても農薬は使わんとしょうがない」「少しでも農薬を減らすためにも今度は天敵を導入しましょう」という流れになるんです。それは明石さんが実践されていることとは結びつかないものでしたね。根本が違う。

安孫子真哉(あびこ しんや)
山形出身、1999年GOING STEADYのベーシストとしてデビュー。GOING STEADY在籍時よりSTIFFEEN RECORDSでレーベル活動を行う。2013年銀杏BOYZ脱退、2014年10月に自主レーベルKiliKiliVillaを立ち上げる。群馬在住のサラリーマンとしてパンクを基軸にインディー、ギター・ポップなど様々な現場に出没。この春から農業学校に通い出した。

中村:僕も経験したけど「明石さんみたいにやりたい!」って行政の窓口に行くと、残念ながら話にならないというか、相手にされないの。そもそもそういう生き方は「農業」のカテゴリーにすら入ってない、っていう感じで。

―どういうことですか?

中村:実際に土地を借りて農業を始めるときに、今は国から補助金が出る制度があるんです。最初の収入を得るまでに時間がかかるから。それを上手に利用しましょう、っていう話なんですけど、「自分のやりたい自然栽培で!」ってテンションで窓口に行くと、それでは商売にならないと判断されて相手にされないんです。そういうデータが少ないという側面もあると思うんですけど。

明石:僕も同じく、門前払いでした。「畑は農家じゃないと借りられないんだよ」って言われるんです。「5反、つまり5000㎡の土地を耕作してないと農家とは認められないんです」「……僕はどうやったらそこに入れるんですか?」みたいな。入る隙間がないことにびっくりしました。

―想像以上にクローズドな世界なんですね。

明石:基本は世襲の世界だから。今は少しずつ法律も変わって新規就農者の補助金がつくようになりましたけど。僕が始めたころは何もなかったんで、夜はバイトしてました。

安孫子:そう考えると明石さんはGEZANみたいだよね。彼らは今年『フジロック』に出たけど、別に事務所もマネージメントもついてない。「将来ミュージシャンになって『フジロック』に出たいです」「じゃあオーディションがどうのこうのとか、どこか事務所入ってやってみな」っていうのが一般的な方法だと思われているけど。「僕らは音楽やりたいだけだから、デモテープでも何でも作っていろんなとこに行って、あとは友達を増やしていくだけ」みたいなパンクバンドの実践。明石さんもそういう一筋縄じゃいかないことをコツコツとやってきた。そのすごさは、行政とぶつかればぶつかるほど痛感する。

中村:明石さんにとってのデモテープは何になるんだろう?

安孫子:最初に持っていた0.4反の畑じゃない?

明石:400㎡の畑の開墾。鎌と鍬で2か月かけて。アスファルトとかも出てくるんですよ。あとクズっていう雑草の根っこは、下が膨れて全然抜けなくて。

就農する時、頼れるのはお世話になった方、家族、今ある0.4反の畑……そこにしがみつくしかないんです。(明石)

―それを全部自分でやってきた明石さんには、農協のシステムに対する反発心ってあったんですか。いわゆるパンク精神のような。

明石:うーん……それに対してどうのこうのって言うのはなかったです。有機農家の先輩たちを訪ね歩いたら「個人宅配でやるのがいいよ」とか「農協に持っていくと規格にそぐわないから買い叩かれる」とかっていう情報は入ってきたので、最初から、始めるなら個人宅配だなってイメージだったんですよね。

ただ就農する時、僕には何もないんですよ。畑もお金も道具もツテも売り先も、まったく何もないところからのスタートでした。頼れるものって言ったらお世話になった方、家族、今ある0.4反の畑……そこにしがみついていくしかないんです。

安孫子:DIYパンクですよ! 映画ではハートフルに描かれてるけど、明石さん、実はめちゃくちゃアナーキーだと思います(笑)。

明石:アナーキー……って何ですか?

―正確には無秩序・無政府状態って意味ですね。行政とか国の言いなりにならない、システム無視して好き勝手にやる、みたいな。

明石:あぁ(笑)。それから僕は、少しずつ野菜を作って売っていくんですけど、最初は10軒くらいのお客さんからのスタートでした。でも、どこかで「10軒でも買ってくれる人がいるから続けられる」っていう考えに変わっていったんです。そこで、自分のやりたい農業から、お客さんに喜んでもらいたい農業に切り替わったんです。

そのころから、お客さんが口コミで1年で15軒くらい広がっていって。それは多分、僕自身の考え方が変わったことで言葉尻が優しくなったり、配達した時の腰の曲げ方が変わったりしたことで「これだったら応援したいな」と思ってもらえたんでしょうね。だから畑に向き合うしかないし、自然に向き合うしかないし、お客さんに感謝するしかなくて。その中でやらせてもらう気持ちに切り替わる。

―……今「最初の客は10人だった」って言うバンドマンの話を聞いてる気分になりました(笑)。

一同:(笑)

中村:革命が起きる前夜の話だ(笑)。

明石:最初は自分が好きじゃないとできない。それが大事ですけどね。でも、そこからは人と人との話になっていく。

嘘をつかない相手から学ぶっていうことですね。(明石)

中村:実際に農業をやるとわかるけど、作物を育てることと人に届けることは別の営みなんですよね。作ることと届けること、自分で全部やりたい人もいるし、作ることに専念して流通を誰かに任せたいと思う人もいる。そこも音楽と一緒で。作った音源を流通に乗せて、プロモーションしてもらうのがJAのやり方。そのJAも必要ですよね。食物なんだから、大きい流通に乗せてどんどん全国に出荷させていかないと。

だからアンチっていう気持ちにはなれないし、やればやるほど「そりゃそうだよな」って思うんです。農薬とか除草剤に関してもそう。高齢者だと草刈り機使うより除草剤のほうが絶対楽だし。ただ、「僕はこうしたい」っていうのがあるっていう。

安孫子:僕が今授業で習っているのは「除草剤とか肥料もどんどん使っちゃいましょう」ってことですけど、要するにそれは外科手術やサプリメントみたいなものじゃないですか。だとしたら明石さんがやってることって何に近いんですか? 西洋医学に対する東洋医学みたいな?

明石:えーと、嘘をつかない相手から学ぶっていうことですね。

―……刺さりますね、今の言葉。

明石:それは自然だったんです。地球って、隕石がぶつかってマグマの塊になって、そこにあった水分が冷やされて海ができたわけですよね。そこから土がどうやってできたのかと言うと、これは植生遷移という生物学なんですけど、まず岩に苔がつくんですよ。それが枯れて、枯れた葉っぱを小さい虫が食べてウンチをポロッとする、そこで土ができるんです。それが重なって土がどんどん深くなり、草が生えるような土壌になる。今度は根っこから芽が出る多年草、タンポポとかススキも生えてくる。そのあとに低木が生えて、今度は広葉樹、さらに冬も光合成する常緑樹が生える……というふうに、誰も何もしてないのに土がどんどん深くなって大きな木が育つまでになるんです。

もちろん野菜も植物なんで、種をつけて、それが土に落ちれば生えてくる。育つメカニズムとか、ポテンシャルはもともとあるはずなんです。それを読み解いて畑で再現すればいいんだっていう発想で僕はやっています。自然界を真似してやればできちゃうだろう、と。

―それが自然農法の定義と考えていいんですか?

明石:いや、もっといろいろあるし、やり方もそれぞれ全然違ったりします。売り方、売り先もそれぞれ変わるし。農協だって決して敵対してるわけじゃなくて、たとえば石川県の羽咋市なんかは農協の人が旗振り役となって自然栽培をやったりしてる。岡山県でも自然栽培でお米を作っていたり。場所によっていろいろと違うんです。

中村:地域でシーンがそれぞれ違う感じ。

―いいレーベルオーナーがいる土地には新しい動きが生まれるような。

中村:そうそう。そういう場所には必ずいいハコがあったり。

安孫子:いい担当者がいて、みたいな。ほんと音楽と似てる(笑)。

人間だって自然界の生き物だから、自然を模範にした社会システムが必ずあるはずで、そのテンポで暮らしたほうが幸せだと思うんです。(明石)

中村:やり方もたくさんあって、すごく細分化されてるんですよ。その細分化こそ面白いんだけど。「自然農法」っていうのがあって、それとは別に考え方としての「自然農」があって、さらに「自然栽培」っていうのがあって。これが全部「有機栽培」っていう大枠の中に入ってる。有機栽培は有機栽培で、ひとつの考え方にもなっていて。

―はぁ……。有機がパンクだと考えると、その中にポスト・ハードコアとかノイズとか、信じられないような細分化がある?

安孫子:まさに。さらにカオティック・ハードコア、ポストロック、パワー・ヴァイオレンスとかいっぱいある(笑)。それが全部有機栽培の中にある感じ。

―それは……もう正解を強要できるものじゃない。どう選ぶかでしかない話ですね。

明石:そう。答えはないし、突き詰めるところ、その人の想い、生き方なんですよね。「僕はこうやって生きたい、これを幸せと感じるし、これができるからこれで生きていく」っていうだけですね。

―映画の中でもハッとしたのが、明石さんの「生き物はどんなに揃えてもバラつきが出てくる。自然界は必ずそうできている」という言葉で。

明石:はい。固定種ってある程度バラけるようにできていて。同じ種類でも、早く採れる早生(わせ)、遅れて採れる晩生(おくて)っていうのがあって。それは、その年の気候によってどこで出てきたやつが生き残るかわからないからなんですね。リスク分散されてるんですよ。

ニンジンをひとつの生命体、生き物の塊として捉えたなら、バラけたほうが安全なんです。人間だってバラけてたほうが安全で、多様であることで安全を担保する。障がい者も含めて必要だから居るんです。人間だって自然界の生き物だから、それを活かすやり方、自然を模範にした社会システムっていうのが必ずあるはずで、それを見つけてそのテンポで暮らしていったほうが絶対幸せだろうなって思うんですけどね。

安孫子:多様性ってことですよね。わかりやすくて説得力がある! パンクや音楽から学んで来たことと本当一緒だよなぁ。

農家を目指すっていうのは、何かのアンチテーゼじゃないんだよな。(安孫子)

―明石さんに説明すると、なぜ我々が音楽に変換して興奮しているかって、パンク好きはそもそも、群れからはみ出した人が多いからで。大勢の価値観になじめないとか、はじかれてしまうっていう感覚が出発点になっていることが非常に多い。

明石:あぁ、なるほど。僕は、この社会に生きている人は2対8で分けられていると思っているんです。2が特出した人、8が後からついてくる人だとしますよね。たぶん僕は農業でいえば2、ごく少数派でやってますけど、それこそパンクの業界に行けば大多数の8に入ると思うんですね。全然知らなかったりするし(笑)。で、みんな2だったり8だったり、切り口によって変わってくるんですよ。だから、それでいいのかなって。2でもいいけど、8であることを憂う必要もないと思っていて。

安孫子:そうですよね。いがみ合う必要はない。立場が変われば2対8でグルグルしちゃうんですよね、誰だって。

明石:自分が8になっちゃうジャンルなんかいっぱいある。自分が2の時は大声で叫んでますよ? でもその時、他の人の声が聞こえているかと考えると、実は聞こえてなかったり。

―あぁ、それを自覚できるかどうか、とても大事な気がします。

安孫子:ですよね。でもそれが今は当たり前にはなってない。SNSを見ると極論のぶつかり合いが多くて。見てると悲しくなっちゃう。

中村:SNSは言葉の世界、むしろ頭の中に近い世界でしょ。だけど畑は言葉になる前の状態っていうか。なんか時間軸が違う感じがする。畑とか山に日が昇って落ちていく世界と、みんながSNSをやっている世界は、微妙にズレてる感じ。

明石:畑は自然のテンポで流れているんでしょうね、時間とか波が。僕も最初に畑を始めて感じたのは、ストレスがまったくないことで。

安孫子中村:おおーーーー!

明石:嬉しかったですね。最初に開墾する作業は、めっちゃキツかったけどストレスは全くない。もちろん大変だし、楽ではないけど、楽しい。

―だからこれは農業の話というよりは、自分をいかに豊かにさせるかの話ですよね。本来パンクって大きな力に対する反抗だったかもしれない。でも今は小さなコミュニティの中で、いかに優しく繋がっていけるか、そういうことに主眼が置かれている時代だと思います。

安孫子:まさにそうですよね。今すごくフィットする。農家を目指すっていうのは、何かのアンチテーゼじゃないんだよな。

中村:十三月主催の『全感覚祭』で、今年はフードフリーを掲げてましたよね。音楽のイベントで「食」にも主体的に取り組む試みが始まって。僕の身の回りでも「俺が提供する」って手を挙げた人が何人かいるんです。しかも、音楽が好きだから、っていうことでは特になかった(笑)。「音はよくわかんない。だけど心意気に共感する」って。今、そうやって潮目がだんだん変わり始めてる感覚がある。

安孫子:ね。この閉塞感からなんとか脱皮したいっていう、世の中のムードなのかもしれないよね。

中村:何かをキャッチしたい人は一緒にキャッチしましょうよ、っていうか。この潮目、もっと面白いところに飛んでいきそうな気がする。

作品情報
『お百姓さんになりたい』

2019年8月24日(土)より全国の劇場にてロードショー
監督・撮影・編集:原村政樹

本作は2020年にも各地で上映が予定されている。1月2日〜14日に公開される広島・横川シネマでは、1月4日の上映後、明石誠一と元銀杏BOYZ元ギタリストで現在、周防大島在住の僧侶で農家の中村明珍によるスペシャルトークを開催予定。そのほか長野・上田映劇(1月13日〜17日※16日は休館、監督舞台挨拶なども予定)、東京・CINEMA Chupki TABATA、札幌・シアターキノでも公開を控えている。

プロフィール
安孫子真哉 (あびこ しんや)

山形出身、1999年GOING STEADYのベーシストとしてデビュー。GOING STEADY在籍時よりSTIFFEEN RECORDSでレーベル活動を行う。2013年銀杏BOYZ脱退、2014年10月に自主レーベルKiliKiliVillaを立ち上げる。群馬在住のサラリーマンとしてパンクを基軸にインディー、ギター・ポップなど様々な現場に出没。この春から農業学校に通い出した。

中村明珍 (なかむら みょうちん)

1978年11月22日生まれ。銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村。山口県周防大島に移住後、農家と僧侶を兼務している。「中村農園」で自然栽培での農業を、「寄り道バザール」でライブイベントの企画と農産物などのオンラインショップを運営。

明石誠一 (あかし せいいち)

1974年生まれ。東京都板橋区出身。埼玉県入間郡三芳町在住。有機農家での研修を経て、2003年に4畝の畑を開墾して就農。2年後、農林公社の就農支援をきっかけに畑を広げる。現在は3ヘクタールの畑で60種類以上の野菜を自然栽培し、個人宅配と自然食品店に出荷している。



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