ITは教育を「場所」から解放した オンライン時代の教育と未来

インターネットが普及したことにより、この20年であらゆる産業が変革した。「教育」というフィールドも、多くの産業からは少し遅れをとりながらも、まさにいま大きなうねりと共に変化の時を迎えている。

そのうねりは、国内にいるとなかなか感じづらい。iPadを教室に導入しさえすれば先端的だという認識を持つ国内の教育者も少なくないのが現状だ。その一方、アメリカはテックの本拠地だけあって、すでに様々なオンラインラーニングにまつわるプレイヤーが台頭し、テクノロジーの力で既存の教育に変革を起こしている。

これから新たに教育サービスを立ち上げようとするCINRAにとって、「オンラインラーニングの適切な活用とそのインフラ構築」は最も重要なキーの1つだ。そのため、アメリカで先端を走る、まったくタイプの異なる2つのプレイヤーに話を聞いてきた。

Udemy──学びを通して、暮らしをよりよくする

向かった先は、サンフランシスコのど真ん中。オンラインラーニングサービスのトップランナーの1つ、「Udemy(ユーデミー)」だ。Udemyは現在、世界に3000万人以上の会員を持ち、10万コースの講座を提供するオンラインラーニングプラットフォーム。プログラミングやAI、ブロックチェーンなどはもちろん、絵の描き方や料理など、趣味の領域まで幅広く講座を提供していて、これまでの累計受講数は1.9億回にものぼる。

Udemyトップページ
Udemy Webサイトより

「日本では自分の子どもの教育にはいくらでもお金をかけるが、自分自身にはかけない、という大人が多い」(松方肇)

現在Udemyで日本やアジアでのビジネスデベロップメントを担当する日本人、松方肇にお話を伺った。

松方:Udemyのミッションは「To improve lives through learning.(学びを通して、暮らしをよりよくする)」です。共同創始者の一人がトルコ出身なのですが、彼はインターネットを使うことで学校では学べない知識を得て、トルコの数学オリンピックで1位になり、世界大会でも銀メダルをとりました。その経験を元に彼が考えたのが、全てのエキスパートが知識を世界中に共有できるサービス、Udemyです。

松方肇。オフィスエントランスにて

Udemyがユニークかつスピーディーに成長した背景には、Udemy自身が講座を作るのではなく、彼らはあくまでオンライン講座のマーケットプレイスであることに特化している点がある。

松方:Amazonマーケットプレイスのオンライン講座版がUdemyと考えていただくと早いと思います。世界中のプロフェッショナルが、自分で講座映像を作り、Udemyにアップロードして販売しているんです。

─講座の品質管理がそのまま満足度につながりそうです。どのようにしていますか?

松方:講師の方がコースをマーケットプレイスに出す前に、Udemyの品質審査チームが全てのコースを審査しています。品質審査は、全ての講師の方に提供しているコース品質チェックリストを元にして、公正に行われます。

─マーケットプレイスということは、講座映像自体は講師のもの、ということですよね?

松方:はい。講座映像の権利はすべて講師のものですし、価格も講師が自由に決めます。売上もUdemyと講師とで適切なパーセンテージでシェアされる仕組みになっています。

─どんな講座が人気ですか?

松方:やはりプログラミング系は人気です。たとえばこのPython(パイソン。プログラミング言語の一つ)の講座は合計24時間程度で、これまでに52万人以上の受講者がいます。価格もリーズナブルで、入門書を買うような気持ちで使っていただいているイメージですね。

人気のPythonに関する講座ページ

─受講者の属性を教えてください。

松方:年齢層は幅広いですが、多いのは25歳から40代の人たちです。スキルアップをするためにUdemyで学んで今の職場で活かしたり、違う業界に転職する際やご自分のプロジェクトで必要になる知識を身につけるときなどに使っていただくことが多いと思います。

─日本でもベネッセと業務提携して展開していますよね?

松方:2015年にベネッセと業務提携をして、日本市場に展開しています。日本では自分の子どもの教育にはいくらでもお金をかけるが、自分自身にはかけない、という大人が多いと思います。

しかし、少しずつ働き方が変わってきていたり、色々な学び方が市場に出てきているので、弊社のようなサービスが受け入れられ始めていると実感しています。たとえば入院中にUdemyでプログラミングを勉強して退院後、大手会社でエンジニアをしている方もいらっしゃいます。そういうお話はどんどん増えているので、日本の市場としてのポテンシャルは大きいと思っています。

Udemyのオフィス風景

─学習スタイルは、講座映像を見るだけでなく、双方向な機能もあるのでしょうか?

松方:インタラクティブな機能としてはクイズを講座のなかにいれられる仕組みがあったり、コース内で講師に質問できる機能等があります。Q&Aに質問を投げると講師よりも先に受講している他の生徒の方が回答されたり、コミュニティとして出来上がっている講座も多々ありますね。

「学びを通して暮らしをより良くする」というUdemyのミッションはとてもシンプルでわかりやすい。学びたいと思った人が、ネット環境さえあれば少額でスキルを見につけることができる。

人によっては、Udemyをはじめとするサンフランシスコやシリコンバレーの世界トップクラスのテック企業で働くチャンスが得られるかもしれない。しかも講座は、学校に通うことなく提供され、先生も教員免許を持っているわけではない。講座の品質を保証するのは大学名などの権威ではない。

Udemyオフィスの食堂。この日は韓国料理がふるまわれていた

オフィスには、従業員が毎日無料で食べられる食堂や開放的な空間が提供されており、壁にはサービスのユーザーインターフェースをリサーチする資料が膨大に掲げられていた。教育で、世界で、オンラインで挑戦する企業のイメージを、強く自分に焼きつけることができた。

ミネルバ大学(Minerva Schools at KGI)──高等教育の再創造

次に訪れたのは、ミネルバ大学。いま世界の教育界で最も注目を浴びている大学と言っても過言ではないだろう。世界トップクラスの大学に受かってもミネルバ大学を選ぶ人がいるほどの人気を博している。

大学なのに、ミネルバ大学には校舎がない。訪れたのも、学校ではなく、オフィスだ。学生は世界7都市(サンフランシスコ、ソウル、ハイデラバード、ベルリン、ブエノスアイレス、ロンドン、台北)を旅して学ぶ。人気の秘訣は、旅をしながら学ぶそのスタイルや学費の安さだけではない。授業がオンラインで行われる点にもある。日本の教育界でも徐々に話題になってきている「反転授業(flipped teaching)」を独自のオンラインプラットフォームで実践しているのだ。

反転授業とは、これまでの教室で学んで家で宿題をやる、という形を反転させて、家で学習をしてきて、教室ではそれについてのディスカッションを中心にする、という教育手法だ。ミネルバ大学では、世界の各都市にいる学生が、世界の様々な場所にいる先生とオンラインでつながり、反転授業を行っている。

Photo by Tim Matsui

「現状の教育を最もよい方向に変えるべきチャレンジはなにか? という問いが常にあります」(ジュンコ・グリーン)

ミネルバ大学のグローバルマーケティングのリーダーであるジュンコ・グリーンと、外部とのパートナーシップを担当するルディ・ルビオに話を聞いた。

左から:ルディ・ルビオ、ジュンコ・グリーン

ジュンコ:大学を再発明(re-invent)したいというのが、ミネルバ大学のコンセプトです。現状の教育を最もよい方向に変えるべきチャレンジはなにか? という問いが常にあります。

たとえば、ほとんどの大学で行われている講義は、300から400人が教授の前に座って聴くスタイルです。このスタイルは、教授にとっては便利ですが、受け手側のアテンションが向きやすいとは到底言えません。どれくらいの学生が、その全講義時間に「参加している」と言えるでしょうか? ミネルバが目指しているのは、学生の全員が総講義時間の75%に参加している状態(fully engaged)を作ることです。

─75%とはかなりですね。少なくとも私はそんな積極的な生徒ではありませんでした(笑)。全員をそうするというのは簡単ではないと思います。おまけに、ミネルバ大学の授業はオンラインですよね?

ジュンコ:そうです。そのため、オンラインプラットフォームの開発は私たちにとって非常に重要です。

Photo by Bob Miller

─具体的にはどんな工夫をしているんですか?

ジュンコ:まず、18人のスモールチームをオンラインでつなぎます。そうすると、モニターには全員が映し出される。そして、先生の画面からは、学生の会話の量によって各自が色分けされていくんです。誰がよく話していて、誰があまり参加していないかが視覚的にわかるようになっています。

─色分けとはすごいですね。

ジュンコ:さらに先生は、1つの講義で10分以上話してはいけないことになっています。徹底的に、学生中心(Student-Centered)な学習環境を作っています。

─まさに「反転授業」ですね。

ルディ:はい。授業はインプットの場ではなく、アウトプットの場であるという前提に立って全員が参加します。実は私はミネルバ大学に来る前は既存のオンラインラーニングサービスの会社にいました。もちろんその良さもありますが、どうしても受講生は受け身で、モチベーションを維持してもらいづらい。ミネルバ大学のオンライン授業は、それを解決するものです。

ルディ・ルビオ

「複雑な世界のコミュニティのなかで生き抜いていくためにも、きちんと参加して発言していくコミュニケーションスキルが必要だと思っています」(ジュンコ・グリーン)

─生徒は世界中にいるわけですが、授業以外での接点はあるんですか?

ジュンコ:かなり頻繁にフィードバックを行うようにしています。チューターの役割を担う人もいて、彼らは十分にファシリテーションのトレーニングを積んでいるため、ある意味では一対一のコミュニケーションは、従来の学校以上に手厚いと思っています。

提供:ミネルバ大学

─たとえば日本人もそうですが、国籍や文化圏によっては言語の問題もあって積極的な参加を促しづらくないですか?

ルディ:たしかに言語や文化によって参加率は変わりますが、自分があまり喋っていないことが色分けされてしまうので、自ら積極的になろうとします。先生もそれをサポートするため、すぐに慣れていく人が多いです。

ミネルバ大学で最も大切にしていることは「参加」ですし、どれだけ参加したかで成績も決まるので、それもモチベーションの1つになっていると思いますよ(笑)。

ジュンコ:文化ごとの違いもありますが、複雑な世界のコミュニティのなかで生き抜いていくためにも、きちんと参加して発言していくコミュニケーションスキルが必要だと思っています。

─参加率以外には、どのような評価をしているんですか?

ジュンコ:ミネルバ大学が大切にしていることは、思考のパターンを身につけることです。そのため、目指すスキルを「クリティカルシンキング」「クリエイティブシンキング」「効果的なコミュニケーション」「効果的なインタラクション」の4つとしていて、それらの視点で評価されます。

─アカデミックではなく、実践的な学びを大切にしているんですね。

ジュンコ:「世の中のために哲学を育む」というのがミネルバ大学のコンセプトです。在校生には、ミネルバ大学を卒業して社会に出たときに、複雑な状況のなかでもデータに基づいた判断をできるようになってもらいたいと思っています。

─日本の教育関係者と話すと、ミネルバ大学のオンラインプラットフォームを自分たちも使いたい、という方が多いです。

ルディ:それはとても嬉しいですね。実際に香港大学など、一部の教育機関に私たちのプラットフォームを提供させてもらっています。ただ、プラットフォームだけの提供はしていないんです。先生のトレーニングプログラムや、講義プログラムなど、すべてをセットで提供しています。ミネルバの価値は、オンラインプラットフォームだけでなく、あくまでその教育プログラムにあるためです。

提供:ミネルバ大学

取材中、最も印象に残ったのは、「最も大切なことは、参加しているということです(The most important thing is participation)」という一言だった。

文科省の提唱する「主体的な学び」がまさにこのミネルバ大学では実践されている。しかもオンラインで。しかしそのためには規模のコントロールが必要になる。Udemyが10年足らずで3千万人の受講者を迎えてきた一方で、ミネルバは1クラス18人。18人だからこそ、深くて豊かな学びが保証される。

誰でも気軽に学べるスケーラビリティを持つUdemyと、圧倒的な学習体験の深さを提供するミネルバ。この教育界の2大プレイヤーをそう大別するのは少し乱暴かもしれないが、どちらもオンラインラーニングの最先端をいきながらも、そのアプローチも強みも、むしろ正反対なのが興味深かった。

「いつの時代も『教育は変わらなければならない』と誰もが言ってきた。しかし、いつの時代も、その正解は1つにはならなかった」という話を聞いた。CINRAが教育サービスをオンラインで提供する上で、どういうポジショニングをとっていくべきか、大きなヒントをもらった取材だった。

サービス情報
Udemy(ユーデミー)

“学習を通じ人生を切り開く”を事業コンセプトとして掲げ2010年にアメリカで設立され、現在では全世界で2400万人以上の受講生、80000講座を抱えるオンライン動画学習サービス。日本においては、2015年にベネッセと包括的業務提携契約を締結し、一般市場および企業向けに、「Udemy」サービスを提供している。

Minerva Project(ミネルバプロジェクト)

ベン・ネルソンによって2012年に設立された、ミネルバ大学や他の教育機関に最高レベルの高等教育を提供するために生まれたプロジェクト。世界のために大切な知恵を育むこと、をミッションとして、伝統的なリベラルアーツや科学教育を土台にしながらも、21世紀の複雑な世界の中で活躍するグローバルリーダーやイノベーターを輩出することを目指している。

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