他者との「わかりあえなさ」に、現代アーティストはどう向き合う?若手作家3人が「対話」について思うこと

社会におけるさまざまな対立や歪みが顕在化するなかで、「対話」の重要性が語られることが増えている。互いに話し、互いの声に耳を傾けること。それは相手を知ることにも自分を知ることにもつながる貴重な体験だ。一方で、対話によって自分の言葉で相手を傷つける可能性もあるし、互いの力関係や状況によっては、対話を持ちかけること自体が暴力的になることもある。他者との対話はワクワクもするし、怖くもある行為ではないだろうか。

アート、音楽、ファッション、映像、テクノロジーなど、多様なカルチャーが混ざり合う、渋谷PARCOのイベント『P.O.N.D.』では、第4回目となる今年、「Dialogue / あたらしい対話に、出会う。」をテーマに据えている。アーティストと鑑賞者、アーティスト同士、鑑賞者同士、そしてアーティストと展示空間の関係性から生まれる、「オルタナティブな対話」を模索するという。

本展で「Dialogue」をテーマに作品を発表するアーティストたちは、現代における「対話」をどのように捉えているのだろうか? CINRAでは20名を超える『P.O.N.D.』の参加作家のなかから、今回PARCO MUSEUM TOKYOで展示を行なう3名のアーティストにメールインタビューを実施。対話の必要性を感じたときや、「自分の言葉」で話すために心がけていること、他者と「わかりあう / わかりあえない」ということへの考え、そして出展作についてなど質問を投げかけた。

対話を人間同士だけでなく、植物や動物、虫たちのあいだにも起こるものだと捉えるささきなつみ、アーティスト活動の傍ら、対人援助職である精神保健福祉士の資格取得を目指しているという山﨑結子、「Dialogue」を「目線が合うこと」と解釈し、その「目線」に注目して制作を行なった湯浅敬介。三者三様の言葉から、いまとこれからの「対話」について考えてみたい。

人はそれぞれであり、わかりあうことのほうが難しい(ささきなつみ)

─「誰かとこのことについて話したい」と思ったり、別の人の意見を聞いてみたくなったり、「対話」の必要性を感じたことはありますか? それはどんなときですか?

ささき:あります。それは制作するなかで生まれる考えや、それに対する疑問が出てきたときが特に多いです。

─自分とは異なる他者と(作品を通してでも、直接話す場合でも)対話することや、自分の話を聞いてもらったり人の話を聞いたりする時間は、あなたにとってどのような体験ですか?

ささき:自分にはなかった考えや捉え方が、自分の考えとつながって派生していったり、「ここは私と近い考えだな」と共通点を認識して、それまでの自分の考えを樹立できたり、体の外にあるものから吸収して、それが自分の養分になっていく、エネルギッシュな体験だと感じています。

─現代では、SNSなどで膨大な情報量や意見が行き交い、「自分の言葉」「自分の意見」を持つことが難しくなっているようにも感じます。「自分の言葉」で話すために心がけていることはありますか?

ささき:目にする情報が、一見それが正しいような意見に見えても、「本当にそうなんだろうか、自分はこう思うけどな」っていうことや、他者の情報や意見に同意したとき、それを自分の目線から捉え直して、日頃から自分の言葉にして記すようにしておくことを心がけています。

─他者との「わかりあえなさ」に直面したことがありますか? ある場合、どのように相手やそのことと向き合いましたか? もしくは他者と「わかりあう / わかりあえない」ということについてどのように考えていますか?

ささき:人はそれぞれであり、わかりあえないことがあるのは当然で、わかりあうことのほうが難しいと感じています。「私にはこういう捉え方があるけど、相手にはこういう捉え方があるんだな」ということを自分のなかで吸収することで、わかりあえなさと向き合うようにしています。相手の意見に同意できなくても、そういう考えもあるんだなという感じで。

─互いに立場上の力関係や持っている知識などが違う相手とコミュニケーションをとるとき、気をつけていることはありますか?

ささき:相手から色々学ぼうという姿勢で接します。ですが受け身でいるだけでなく、少しでも自分の考えを伝えながらコミュニケーションをとるように気をつけています。

─普段、自身の作品を通じて鑑賞者とどのようにコミュニケーションしたいと考えていますか?

ささき:私は動植物や虫と人間が融合した未知生物の視点から、生物としての人間の在り方について、鑑賞者の方とともに考えて捉えていくようなコミュニケーションをしたいと考えています。

─今回の展示では、「Dialogue」というテーマをどのように解釈し、作品で表現していますか?

ささき:対話というのは人間同士だけに起こるものではなく、植物や動物、虫たちのあいだにも起こることだと解釈していて、今回は特に人間と植物の対話について捉えたいと考え表現しました。

相手を傷つけることも自分が傷つくことも避けたくて、思うままに話せないことがあった(山﨑結子)

─「誰かとこのことについて話したい」と思ったり、別の人の意見を聞いてみたくなったり、「対話」の必要性を感じたことはありますか? それはどんなときですか?

山﨑:いままで、私はあまり人に自己開示できなくて、作品制作で自分のもやもやを昇華させていたことが多々ありました。自分の考えを訴えるには作品にすることが1番楽な方法だと思っていましたね。今回展示する過去作もそのうちの一つです。

ですが、最近は気持ちが変化してきているかもしれません。今年度から精神保健福祉士という対人援助職の資格を取ろうとしていることが大きく影響していると感じます。簡単に言うと精神障害のある患者さんの生活相談員で、生活環境を整えるのがお仕事なのですが、それには患者さんとのコミュニケーションが欠かせません。

また相談を受けるとき、会話を重ねても私1人の意見ではどうしても考えの偏りが生まれ、正しく患者さんの気持ちを理解できない場合もあります。だからこそ、学生であるあいだに他のクラスメイトの意見を吸収していくことの重要性を授業で学びました。そう思うと、自己開示して誰かに悩みを打ち明けられたほうが、悩みに対する考えをより深められるなとようやく思い直すことができました。

いまは人と関わるなかでわだかまりができたとき、他の人はどうしてるんだろうと意見を聞いてみたくなります。

─現代では、SNSなどで膨大な情報量や意見が行き交い、「自分の言葉」「自分の意見」を持つことが難しくなっているようにも感じます。「自分の言葉」で話すために心がけていることはありますか?

山﨑:自分自身の言葉や表現に責任を持とうと心がけています。だからこそ、言葉を裏付けする知識を得ることと、自分の経験したことだけを取り扱うことを努めています。

実際に行なっていることとして、人との関わりをテーマに作品制作をするにあたって精神保健福祉士の資格を取ることを決めました。正しい知識を得なければ自分が良いと思える表現者になれないと思ったからです。そして人と関わることに対してもっと実践的な経験が欲しかったのもあります。

今後も自分の経験したことを客観的な事実をもとに解釈して、言葉や作品制作で表現できたらいいなと思っています。

─他者との「わかりあえなさ」に直面したことがありますか? ある場合、どのように相手やそのことと向き合いましたか? もしくは他者と「わかりあう / わかりあえない」ということについてどのように考えていますか?

山﨑:わかりあえないなと感じるのは、相手が自分に心を閉ざしているときだと思います。また、そんなときは大抵自分も相手に対して自己開示できていないときなのかなぁと思ったりします。

多分それは自分がHSP(※)の特性を持っているからだと思います。HSPは良く言えば感受性が豊かな特性で、悪く言うと傷つきやすい面があります。臆病な自分はコミュニケーションにおいて相手を傷つけることも自分が傷つくことも避けたくて、自分の思うままに話せないことがよくありました。腹を割って話すってリスクがありすぎると思うんです。

その悩みに直面したときに制作したのが、今回展示する『会話の糸口』という作品です。友人の写真に電子ワイヤーや糸がついた作品なのですが、この電子ワイヤーを、時限爆弾を処理するときの電線に見立て、「コミュニケーションでの傷つく危険性を隠喩表現で表したいな」と模索した作品なんです。

※編注:HSP(Highly Sensitive Person / ハイリー・センシティブ・パーソン)は、生まれつき感受性が強く、周囲環境などの刺激から影響を受けやすい気質を表すもの

─普段、自身の作品を通じて鑑賞客とどのようにコミュニケーションしたいと考えていますか?

山﨑:いままでは作品は自分の悩みを昇華することが目的でした。なので自分の意図を伝えることを必死に行なってきたように思います。

ですが、少し前に自分の祖母の遺品を用いた作品を展示したときに、気持ちに変化が生まれました。遺品という身近なテーマだったことで、自分の母と同年代の鑑賞者の方々からご自身の体験談を聞ける機会をたくさん得られました。私も母も遺品整理に悩んでいたので、参考になりました。制作当時は自己満足だと思っていたけれど、「おばあちゃんも喜んでいると思いますよ」とお声がけしてもらえ、救われた気持ちにならせてもらいました。

自分の作品をもとに、いま初めて会った人と私の悩みについてたくさんの意見をもらえるということがすごく意味のあるものだと思っています。この展示でも自分が制作した作品がコミュニケーションを生むツールになれば良いなと思っています。

─今回の展示では、「Dialogue」というテーマをどのように解釈し、作品で表現していますか?

山﨑:今回の展示のために制作した作品は、自分の大事な人にお願いして撮らせてもらった写真です。恋人と親と自分。この3者と自分の対話、関係性について考えていくための制作だったと捉えています。キーワードとして恋人との関係では「非言語コミュニケーション」、親との関係では「パターナリズム」、自分自身との関係では「自己呈示・自己開示」について見つめ直そうと、制作の過程で考えを深めていきました。

目線が合えば、何らかの会話や物語が始まるのではないか(湯浅敬介)

─「誰かとこのことについて話したい」と思ったり、別の人の意見を聞いてみたくなったり、「対話」の必要性を感じたことはありますか? それはどんなときですか?

湯浅:対話は相手とコミュニケーションを取れると同時に自分を理解することにもなり、必要性を最近感じています。

自分の意見を共有して、それがどういうものか相手に伝えようとすることで、自分にもあらためて伝えているように思います。他者に話すことで、自分自身が考えていることや状況を整理できると考えています。

─自分とは異なる他者と(作品を通してでも、直接話す場合でも)対話することや、自分の話を聞いてもらったり人の話を聞いたりする時間は、あなたにとってどのような体験ですか?

湯浅:「融合状態にある」と思っています。

他者と対話することや一緒に居ることはどのくらいのパーセントかわかりませんが、何かを共にしています。少なくとも同じ場所や時間は共有されています。その上に相手とどのくらいの融合率があるか、ということじゃないかと僕は思います。

─現代では、SNSなどで膨大な情報量や意見が行き交い、「自分の言葉」「自分の意見」を持つことが難しくなっているようにも感じます。「自分の言葉」で話すために心がけていることはありますか?

湯浅:素直になることです。収集してきた知識だけではなく、実体験(自分の感覚)をもとに話すことだと思います。

─他者との「わかりあえなさ」に直面したことがありますか? ある場合、どのように相手やそのことと向き合いましたか? もしくは他者と「わかりあう / わかりあえない」ということについてどのように考えていますか?

湯浅:「わかりあえなさ」に直面するということはあります。わかりあえないということは他者と共有ができていない状況にあると考えています。僕の場合は向き合うことに、とても時間がかかるのでまだこれから向き合おうという段階です。

向き合う、向き合わないということは自由で、わかりあえないということは当たり前にあるとも思っています。

─互いに立場上の力関係や持っている知識などが違う相手とコミュニケーションをとるとき、気をつけていることはありますか?

湯浅:想像したり、考えたりしたことがないものごとを自分がイメージすることは難しいと思っています。少しでも相手が伝えようとしていることがイメージできるように確認したり勉強します。まだまだ勉強しなければならないことがあります。

─普段、自身の作品を通じて鑑賞客とどのようにコミュニケーションしたいと考えていますか?

湯浅:作品を見てもらってそこから自由に感じてもらえれば幸いですが、少しでもそこから話せることができれば嬉しいです。

─今回の展示では、「Dialogue」というテーマをどのように解釈し、作品で表現していますか?

湯浅:「Dialogue」とは、「考えをはっきりと述べつつも、自分の主張や立場に固執することなく、互いの言わんとする意味を深く探求する会話」だとアメリカの物理学者デビット・ボームが定義しています。

僕はそれが「目線が合うこと」なのかなと思っています。作品ではその目線に注目し制作しました。目線が合えば、何らかの会話や物語が始まるのではないかと思います。そんなことを少し考えていました。

イベント情報
『P.O.N.D. 2023』

2023年10月13日(金)〜10月23日(月)
会場:東京都 渋谷PARCO館内外(PARCO MUSEUM TOKYO・GALLERY Xほか)
時間:11:00〜21:00
プロフィール
ささきなつみ

「人も異星人のように多様な生き物だったらどうだろうか」という考えのもと、 動植物や虫と人体が融合した未知生物「リンジン」と、「リンジン」を発掘・研究するN 氏という人物について探求している。 皮と陶を主に用い、「生物としての人間の在り方を解放する」ことを目的に制作している。

プロフィール
山﨑結子 (やまざき ゆいこ)

個人間のコミュニケーションを重要視し制作を行なう。色や形、質感の要素を組み合わせ、鑑賞者に親しまれる表現を意識した制作。他者を理解することで自身の中で生まれた共感を「他者受容」と解釈し具現化することを目的とした制作。この2種のアプローチをすることでそのままの自分で社会と関わりを持つことを試みている。

プロフィール
湯浅敬介 (ゆあさ けいすけ)

1996年京都府に生まれる。幼少期から油絵に触れ、現・京都芸術大学 こども芸術学科を2018年に卒業。1か月間のニューヨーク滞在制作を経て、表象をテーマに制作を続ける。実像と自分の中にある像との齟齬、自分のイメージ像を描きおこすなかで、イメージの表れ方と残留について制作を通して考える。現在は京都を拠点に活動。



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