up coming artist

S.A.R.が体現するJ-POPという概念の拡張。藤井 風やShing02とのつながりも【連載:up coming artist】

音楽ライター、金子厚武の連載コラム「up coming artist」。注目の若手アーティストを紹介し、その音楽性やルーツを紐解きながら、いまの音楽シーンも見つめていく。第5回目は、今年4月にEP『202』でポニーキャニオン内のIRORI Records(※)からメジャーデビューをしたオルタナティブクルー、S.A.R.(エスエーアール)を紹介する。

2018年に活動を開始し、2022年から現体制に移行したS.A.R.。10月8日に配信リリースされた新曲“MOON”は、現在テレビ東京などで放映中のドラマ『シナントロープ』のエンディングテーマに起用され、さらに来春にはメジャー1stアルバムのリリースも発表された。まさにいま、注目度が上がり続けている「クルー」たちだ。

S.A.R.を含む音楽シーンを語るうえで金子はまず、今年再始動したSuchmosの存在を挙げる。2010年代の“STAY TUNE”のブレイクによって、ジャズ、ファンク、ソウル、R&Bなどをルーツにもつ若手たちにも注目が集まったという。そんな時流のなかで、S.A.R.はどんな存在なんだろう? また、英語軸の歌詞やジャンルを横断した楽曲をつくるS.A.R.を金子は「頼もしい」と評する。本稿では、直近のライブの様子を交え、まわりの音楽シーンも紐解きながら、S.A.R.の音楽に迫っていく。

音楽は好きだけど、最近、新しいアーティストに出会えていない……情報の濁流のなかで、瞬間風速的ではない、いまと過去のムーブメントを知りたい……そんな人に、ぜひ読んでほしい連載です。

※2020年にポニーキャニオン内に設立された音楽レーベル。Official髭男dismやBialystocks、Homecomingsらが所属している。

Suchmos以降、「シティポップ」再評価のうねりのなかで

Suchmos "Whole of Flower" The Blow Your Mind 2025 横浜アリーナ 2025.06.22

2025年の日本の音楽シーンを振り返るにあたって、Suchmosの再始動を外すことはできない。彼らが2010年代に“STAY TUNE”でブレイクし、『NHK紅白歌合戦』まで駆け上がっていったことによって、ジャズ、ファンク、ソウル、R&Bなどを背景に持つ若手のミュージシャンが多数J-POPへと進出。それまでインディ的な動きだった「シティポップ」の再評価が、オーバーグラウンド化したきっかけになったと言える。

直接的にも間接的にも、Suchmosからの影響を受けたバンドの数は膨大で、S.A.R.同様にIRORI Recordsからメジャーデビューをして、2024年に日本武道館公演を成功させたKroiはその象徴的な存在。Spotifyが毎年その年の期待のアーティストを選出する「RADAR:Early Noise 2025」に選出されたBillyrromや、結成から1年、大学生のうちにメジャーデビューをしたluvあたりも、やはり「Suchmos以降のJ-POP」を感じさせるバンドだ。

#Kroi - Method [Official Video] #SAKAMOTODAYS

S.A.R.も大きく見ればこの流れのなかに位置するのだが、マイルス・デイヴィス(※)の『Birth of the Cool』からタイトルを取った2024年発表のファーストアルバム『Verse of the Kool』を聴くと、J-POP感はかなり薄い。スモーキーでスペシャルな声質を持つボーカルのsantaも、ギタリストでラップも担当するImu Samも、基本的に歌詞は英語で、アレンジの軸を担うベースのEnoはインタビューで「これまで日本の音楽を聴いてこなかった」と話してもいる。

※20世紀ジャズを革新し続けたトランペッターであり作曲家。ビバップからクール、モード、エレクトリックまで、常に新たな音楽様式を切り拓いた。

「バンド」ではなく「クルー」を名乗る背景——時代と紐づいたオルタナ性

S.A.R.の音楽性はいわゆるJ-POPというよりも、インタールード(曲と曲のあいだに入る短い楽曲やパート)を挟んだアルバムの構成なども含め、Questlove、D'Angelo(RIP)、Common、Erykah Baduらを擁し、1990年代後半から2000年代初頭にネオソウルやオルタナティブなヒップホップの名盤を多数生み出した音楽集団「Soulquarians(ソウルクエリアンズ)」(※)の直系。日本のシーンになぞらえるなら、Suchmosの登場以前にシーンの基盤を築いたOvallに通じるものを感じる。そんな彼ら(S.A.R.)がメジャーデビューを果たし、若いファンから支持を集めていること自体が、日本の音楽シーンの成熟を、J-POPという概念の拡張を表しているとも言えよう。

※ ヒップホップ、ソウル、R&B、ジャズを横断しながら、「黒人音楽のルーツと未来」を再定義した音楽家たちの緩やかな共同体。ジミ・ヘンドリックスが設立した伝説的スタジオ「Electric Lady Studios」に集まり、互いの作品を横断的に制作した。

S.A.R. - Uptown【Official Music Video】

なお、『Verse of the Kool』には気鋭のトランペット奏者である寺久保伶矢が参加していて、S.A.R.のメンバーとは洗足学園音楽大学のジャズ科出身という共通点を持つ。SuchmosのTAIHEIとHSUも洗足の出身で、寺久保はTAIHEIとともに「N.S. DANCEMBLE」のメンバーとしても活動しているなど、こういったコミュニティのなかで優れたプレイヤーが活躍し、素晴らしい音楽が生まれていることも現代のシーンの特徴。S.A.R.が「バンド」ではなく「クルー」を名乗っているのも、こうした背景があるからこそだろう。

メジャーデビュー作の『202』では、英語と日本語を織り交ぜた歌詞で独自性を強めつつ、スタジオレコーディングだった『Verse of the Kool』に対して、メンバーの部屋番号をそのまま冠したタイトル通り、宅録ベースで制作が行われた。一昔前なら「メジャーデビュー=豪華なスタジオで録音」だったが、宅録でもクオリティの高い音源が作れて、それがメジャーデビューの作品になるということも、時代性と紐づいたS.A.R.のオルタナ性を感じさせる部分だ。10月にリリースされた最新曲“MOON”は彼らにとって初のドラマタイアップ楽曲となった(10月6日から放送中のテレビ東京系ドラマプレミア23『シナントロープ』)が、英語軸の歌詞も含め、やはり「J-POPに寄せた」という印象はなく、頼もしさを感じる。

S.A.R. - MOON【Official Music Video】

藤井 風、Shing02とのつながり。海外シーンとも呼応しながら

10月3日には渋谷WWWで初の対バンツアー「Champion Sound」の東京公演を行い、その日に“MOON”の配信リリースおよび、来春にメジャーからのファーストアルバムをリリースし、ワンマンツアーを開催することも発表された。僕は現地でライブを観たのだが、歌も演奏もクオリティが高く、なかでもエモーショナルなギターとラップを駆使し、MCではユーモラスなキャラクターも見せるImu Samの存在がバンドの多面性と雰囲気の良さを象徴。ゴスペルコーラスを用いたAOR(※)ふうの人気曲“Uptown”でのコール&レスポンスは間違いなくライブのハイライトだった。

※「Adult-Oriented Rock(アダルト・オリエンテッド・ロック)」。ジャズやソウルなどの要素を取り入れた、メロウで洗練されたロックサウンドが特徴。1970年代後半から80年代にかけてブーム化した。

しかし、それ以上に印象的だったのが、中盤で披露されたNujabes“reflection eternal”を用いての藤井 風“ガーデン”のカバー。『202』にはラッパーのShing02が参加した“New Wheels(feat. Shing02)”が収録されていて、Enoは中学生の頃にShing02のリミックスコンテストに音源を送り、本人からメッセージが届いたことが音楽にのめり込むきっかけになったそう。Shing02といえばNujabesの「Luv(sic)」シリーズの共作者であり、現在世界で最も楽曲が聴かれている日本人アーティストの一人と言っても過言ではない。長らくベイエリア(サンフランシスコ周辺)を拠点に活動し、日本語と英語を使い分けながら、ときにコンシャスなラップで日本の社会を批評してきたShing02独自の精神性は、S.A.R.にも引き継がれていると言えよう。

Nujabes - reflection eternal [Official Audio]

Nujabes - Luv(sic) feat.Shing02 [Official Audio]

そして、藤井 風は以前Instagramの投稿で“Uptown”を使ったことがあり、そのお礼とリスペクトの意味も込めた“ガーデン”のカバーだったのかもしれない。藤井 風もまた世界で楽曲が聴かれている日本人アーティストのトップランナーであり、“死ぬのがいいわ”で日本語楽曲の可能性を示した上で、今年発表の『Prema』では全編英語詞で楽曲を制作し、独自の姿勢を貫いてみせた。優先されるべきは「英語か日本語か」ではなく、「いい曲かどうか」であり、もっと言えば、「聴き手の心を解放するようなパワーがあるのかどうか」こそが重要。S.A.R.が目指すのもまさにここなのではないかと思う。

fujiikaze Instagram

2010年にOvallの『DON’T CARE WHO KNOWS THAT』が、2015年にSuchmosの『THE BAY』が、2020年に藤井 風の『HELP EVER HURT NEVER』がリリースされ、それぞれが海外の音楽シーンとも呼応しながら、日本の音楽の豊穣な歴史を積み重ねてきた。そして2025年、S.A.R.はその先端に位置する一組として、またここから新たな物語を描いていくはずだ。

リリース情報
S.A.R. Digital Single「MOON」

ドラマプレミア23『シナントロープ』エンディングテーマ
イベント情報
『𝐒.𝐀.𝐑. 𝐉𝐚𝐩𝐚𝐧 𝐓𝐨𝐮𝐫 𝟐𝟎𝟐𝟔』
2026年5月30日(土)北海道・札幌 SPiCE
2026年6月6日(土)福岡・INSA
2026年6月13日(土)大阪・梅田CLUB QUATTRO
2026年6月14日(日)愛知・名古屋 UPSET
2026年6月28日(日)東京・Zepp Shinjuku
料金:スタンディング 5,500円(ドリンク別)
プロフィール
S.A.R. (エスエーアール)

santa、Attie、Imu Sam、Eno、may_chang、Taroで構成されたオルタナティブクルー。2018年結成、2022年より現メンバー体制で本格的に活動を開始。SOUL、R&B、HIP-HOP、JAZZなどをベースにしながらも、メンバーそれぞれのルーツを反映した幅広い音楽性を持ち、音源のみならず映像、アートワークなどあらゆる制作物を自身で手掛ける。



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