小山登美夫&塩見有子対談 現代アートの仕事の魅力

ここ10年くらい日本では、『横浜トリエンナーレ』などの現代アートイベントが、あちこちで毎年のように開催されている。そういえば最近よく色んなところで耳にする「キュレーション」という言葉も、元々はアート業界で展覧会を企画構成することをさす言葉だ。こんなふうにいつの間にか、現代アートというものが少しずつ社会に認知されていったことに比例して、アートに携わる仕事にも非常に注目が集まっている。たまにギャラリーや美術館で募集があるとすぐに応募が殺到してしまうほどの、極狭き門といわれるアート業界。そんな世界の内側では、実際どんな人たちが、どんな思いで働いているのか? 村上隆や奈良美智を輩出し、現代アートの第一線で活躍するギャラリスト小山登美夫氏と、2002年にNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ(以下AIT)と同時に現代アートの学校「MAD」を立ち上げ、10年以上に渡ってアート業界に多くの人材を輩出しているディレクター塩見有子氏にお話を伺った。面白くてやめられない、現代アートの仕事の魅力とは?

インディーズの精神で海外に渡った

―さっそくですが、小山さんが現代アートに興味を持たれて、ギャラリストになったきっかけは何だったんですか?

小山:僕はもともと美術が好きで日本画をよく見に行ってたんだけど、ある時先輩からジャスパー・ジョーンズのカタログを見せられて、それが全然わからなくて。そこから色んな本を読んだり、勉強して色々わかっていくうちに、面白いなと思うようになったんです。当時は本物の現代アートの作品を見るにはギャラリーに行くしかなかったから、高校生の頃からギャラリーに出入りして、こういう商売があるんだなと思ってました。

―小山さんにとっては、自然な環境でもあったんですね。

小山:そうですね。大学最後の年にギャラリーで働いていた先輩から「明日から来ない?」って言われて働きだしました。人に会うのが好きっていうのもあるし、毎月違う展覧会があって、違うものが見れるし、そういうのが凄く楽しかった。ミーハーだから、横尾忠則さんと味噌ラーメン食べたりしたのも楽しかった思い出ですね。

小山登美夫
小山登美夫

―1995年にご自分のギャラリーを始めてからは、村上隆さんや奈良美智さんなど、同時代の作家を積極的に海外に紹介していきましたね。

小山:いい作家がいたらどんどん海外へ紹介したいと思っているけど、僕ら以前の世代のギャラリーって、もっと閉じていて重たくて大企業みたいで、そういうつながりをあまりつくってなかったんですね。実際日本のギャラリーって僕らの世代からインディーズになったんですよ。少年ナイフがアメリカのライブハウスをあちこち回るみたいに、世界とゆるくつながれるようになった第一世代が僕たちかな。

塩見:当時のことをすごく良く覚えています。小山さんを始め若いギャラリストたちが集まって、自分たちの世代が新しいものをつくるんだ、っていうエネルギーに溢れていて、私は別のギャラリーでバイトしながら、すごいなと思って見てました。若手ギャラリストによる『G9』というアートフェアもありましたね。

2/3ページ:現代アートの学校MADの10年

現代アートの学校MADの10年

―小山さんに続くように、塩見さんたちがAITでMADを立ち上げた00年代初めは、社会とアートのつなぎ手としての仕事が注目され始めた時期でした。AIT設立のきっかけは横浜トリエンナーレだったんですよね。

塩見有子
塩見有子

塩見:2001年の横浜トリエンナーレのボランティアに1,000人近い人々が参加しました。そのとき、現代アートへの関心の高まりを感じて、現代アートの鑑賞者を育てる必要があると思いました。また、展覧会をつくることを専門的に学べる場所がほとんどなかったので、それをつくりたいというのがAITを立ち上げ、学校であるMADを始める一番の動機だったんです。はじめはキュレーションコースとオーディエンスコースの2つを用意して、受講生はたった30人でした。

小山:カリキュラムの内容は少しずつ変わっていってるの?

塩見:実は、毎年、変わっています。最近は社会人のアートへの関心が高くなっていて、今年からアートと産業や社会貢献との繋がりを考えるインダストリーコースを新しく設けました。また、AITの看板プログラムでもあるキュレーションは、展覧会の実現をめざすコースとしてパワーアップしました。アートを勉強して将来自分の仕事に活かしたいという人や、アートの仕事を始めたいという人まで、アートとビジネスの関係をもっと知りたいという声は年々多くなっていますね。

―確かにアートとビジネスの関係をちゃんと教えるところも、まだあまりないですよね。

塩見:そうですね。社会人はどうしても忙しいので、クーポン制で興味のある授業を少しだけを選んで受講できるようにしたり、オンライン授業を無料化して「FREE MAD」として配信したりして、今のニーズに対応出来るように工夫しています。

―MADに来られる人ってどんな人が多いんですか? みんなやっぱりアートの仕事がしたいのでしょうか? 

塩見:アートの仕事を目指す人や留学準備に来られる人もいますけど、大半はまず好奇心と興味からですね。クリエイティブ業界の人や、雑誌の編集者、一方では銀行、金融、保険関係まで、業種はさまざま。参加者の約90%が社会人で、20〜30代の女性が多いです。さっき調べたら、すでに過去の受講生が1,500人くらいいて、そこからアート業界で働いているケースが非常に多いんですね。

小山:1,500人ってすごい数だね。今度うちにもMADの卒業生がスタッフで入るんですよ。MAD出身って人、ほんとにアート業界に増えてきたよね。

―卒業生で今アートの現場で働いている方は、どんな仕事に関わっているのですか?

塩見:ギャラリー、美術館の学芸員や広報、新聞や雑誌などプレスの仕事に就く人もいますし、自分のスペースや組織を立ち上げる人もいます。TOKYO ART BEATを始めた人や、勤めているコンサルティング会社で、アートの考え方を応用した新人社員研修を企画する人など、新しいニーズを起こしたり、自分の仕事にアートを活かす人もいますね。

小山:僕は大学でもMADでも教えてるんだけど、MADの受講生はモチベーションが全く違うよね。ここは社会経験のある人がお金を払って来るから、目つきが全然違うんだよね。質問もバンバン出るし。

塩見:みんな自主的に勉強会を開いたり美術館へ行ったりしています。アートを通じて仕事を超えた横の関係がつくれることも魅力でしょうね。

―横のつながりって大事ですよね。実際アート業界の求人って、誰かの紹介というパターンが多いイメージです。

塩見:そうですね。私たちも「MADをやってそのあとどうするの?」ってところをずっと意識しながらコースをつくってきたので、業界の方からお声掛けがあればMADの受講生にも情報を流して応募できるようにしています。アート業界で働きたい人はいっぱいいるけど圧倒的に口が少ないし、探す方も現場を知っている人が欲しいから、業界の人づてというケースはやはり多いでしょうね。

3/3ページ:小山登美夫に聞く、今アート業界が求める人材とは?

小山登美夫に聞く、今アート業界が求める人材とは?

―小山さんのギャラリーでスタッフ募集をかけるにあたって、採用のポイントとかあるんでしょうか?

小山:アートを知っていればそれに越したことはないけど、実は普通に社会性がある人がいいですよね。あと思い込みのない人。どんなことも受け入れられるような人がいいかな。

―思い込みのない人?

小山:ギャラリーの仕事ってイメージと違って、作品のデータ整理から始まって、梱包、倉庫整理、発送、画像のやりとりなど、やたらと地味で細かい作業がいっぱいあるんですよ。販売だってお客さんの希望を考えなくちゃいけないし、自分の好きなアートは何っていう話じゃあ全くないんですよ。

―最近ではギャラリー勤務経験のない若いギャラリストも出ていますね。こうした時代の変遷はどう映りますか?

小山:それもまた新しいタイプでいいんじゃないかな。僕らの頃は情報を得るには現地へ行くしかなかったけど、今ではインターネットで情報もリアルタイムで得られるし、普通に海外のアートフェアもたくさん見ていて、僕らの時代とはまた全然違う感じだと思いますね。だからもっと海外の作家を取り扱ったらいいのに、とは思いますけどね。

―アート業界全体を見ていて、こういう人がいたらいいなと思うことはありますか?

小山:アートをとりまく世界の中で、自分がやるべきことを冷静に見れる人が一番いいですね。展覧会はアーティストだけのものじゃなくて、オーディエンスや主催者のものでもあるので、いろんな立ち位置が見えて全体をオーガナイズできる人がいい。でも中にはのめり込むタイプの人も必要。そういう人はマネジメントが向いていると思うのね。オーガナイザー、マネージャー、細かいファイリングが得意なアーカイビスト、いろんなパターンの働き方があると思う。

―現代アートの知識はやっぱり必要ですか?

小山:それも必要ではあるけど、過去を知ることがとても大切。今は情報があふれていて、若い子は目の前の現象を追うだけで手一杯だけど、以前のことを知らないのはまずいと思ってる。現代アートだけじゃなく日本の歴史も勉強して、その上で今の自分の場所を知らないと通用しない。特にキュレーターを目指すなら、近代を学ぶことは必須なんだよね。

塩見:MADでも現代アートに至るまでの歴史を学ぶ、モダン・アートコースを設置しています。表面的な情報はインターネットで簡単に得られるけれど、ゆっくり本を2時間読んで消化するというプロセスもすごく大事。ひとつの言葉の意味をじっくり考えて自分のものにする作業がアートには必要だと思いますね。

左から:塩見有子、小山登美夫

アートは社会の中で絶対必要なもの

―それにしても、AITのメンバーも立ち上げの頃からずっと変わってないですよね。これまでずっとアートの仕事を続けて来られたのはなぜですか?

塩見:アートの仕事ってルーティンワークがなくて、全く同じ仕事ってわけじゃないので面白いです。AITの仕事も、MADに限らず、海外からアーティストを招聘するアーティスト・イン・レジデンスや、財団や企業や美術館などと連携してのイベントや展覧会づくり、トークやシンポジウムなど、それぞれ変化や発見に富むものばかり。アートというキーワードで普段繋がりがない色んな人に会うことができるし、アートを通して社会の様々なところにアクセスできるのも面白いですね。

小山:今あるほとんどの仕事って、お金を稼ごうとか幸せになろうとかポジティブな方向しか向いてないけど、アートはネガティブなことも含めて違うことが言えるジャンルだと思う。特に現代アートは感情だけではないところが強いから、色んなものを見て経験を積んでようやく自分がいる世界におけるアートの位置がわかった人が興味を持ってMADとかに来るんじゃないかな。

―今日本社会自体があまりポジティブではない状況で、これからアートはどのように社会とつながるべきだと考えますか。なぜアートは社会に必要なんでしょうか。単に好きだから、ということじゃないと思うんですが。

塩見:アートは贅沢品の一面もあるけれど、その一方で、アーティストのささやかな行為が人の心を動かすこともある。アートってすべてを内包していて、美しく眼にやさしいものもあれば、私たちが当たり前と思っていることに疑問を投げかけたり、批判したり、私たちが気づかない世界や目を覆いたくなることを軽々と暴いてしまったり。アートは、ものごとの見方をいろいろな方向に伸ばして行って、考え方の幅のようなものを押し広げて行くことができる。そういうものをひっくるめて、アートは社会の中で絶対必要なものだと私は思います。

小山:アートはいいことだけじゃないからね(笑)。アートイコールいいことだけだとつまらない。アートはいいときもあるけど、悪魔のようになったり、ときには人を精神的に救済したり、ときには金の亡者のゲームの素材になったり…でもどんな時代でも社会でも、アーティストは絶対にいなくならない。彼らが面白い表現をした時に反応できるしくみは、社会が持っていたほうがいいかもしれないな。

塩見:自分が見ている世界を新しく知ろうとすること、それが「MAD(Making Art Different)、つまり「アートを違った角度から見てみよう」という意味で、さらには「アートを変える」力にもなっていくと思います。

小山:しかもマッドな集団だからね(笑)。

塩見:そうそう! 本当の驚きや発見って、必ず自分の心や身体に残って血肉になっていくと思うんですよ。現代アートを楽しんでいるうちに、気が付いたら自分の世界の見方も変わっていくと思いますよ。

「現代アートはわからない」という声はよく聞かれるけれど、「わからないから面白い」のが現代アートだと、お2人の話を聞いて思った。わからないものを知りたいという、好奇心と探究心、発見やひらめきが眼の前の世界を変えていく。アートを仕事にするということは、大げさなようだけど、今を生きる冒険のようなものかもしれない。アートの仕事がしたかったというよりも、気が付いたらアートの仕事をやっていた。そんなどうしようもない性のようなものが、お2人から感じられた。

イベント情報
プロフィール
小山登美夫

1963年東京都生まれ。東京藝術大学芸術学科卒業。西村画廊、白石コンテンポラリーアートという、日本を代表する現代美術画廊の勤務を経て、1996年に小山登美夫ギャラリーを開廊。村上隆、奈良美智といった同世代の日本人アーティストの展覧会を多数開催するだけでなく、海外のアートフェアにも積極的に参加して国外のアーティストも取り扱うなど、ワールドワイドな展開を行う日本のギャラリーの先駆けとなる。

プロフィール
塩見有子

アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]ディレクター。学習院大学法学部政治学科卒業後、イギリスのサザビーズインスティテュートオブアーツにて現代美術ディプロマコースを修了。帰国後、ナンジョウアンドアソシエイツにて国内外の展覧会やアート・プロジェクトのコーディネート、コーポレートアートのコンサルタント、マネジメントを担当。2002年、仲間と共にNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]を立ち上げ、代表に就任。AITでは、レジデンスやMADをはじめとするAITの活動全体の企画やマネジメント、組織運営を行う。



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