Salyu×小山田圭吾(CORNELIUS)対談

人に感動を与えるような素晴らしい音楽やアートはたくさんあると思うが、その圧倒的な力によって勇気づけられるような作品には久しぶりに出会った。ポップシンガーのイメージが強いSalyuが、その背後に持っていたラジカルな側面を前面に押し出した新プロジェクト「salyu×salyu」の第1弾として、共同プロデューサーにCORNELIUSこと小山田圭吾を迎えて制作された『s(o)un(d)beams』。この作品が特に素晴らしいのは、ここ最近いろんな意味で「言葉」に注目が集まる音楽が多い中、それをあくまでサウンドとして捉え、何より「声」という楽器を操る「人」そのもののパワーに目を向けさせていること。小山田による曲ごとのリクエストに対し、様々な音域で、声色で、表情で応えるボーカリスト=Salyuのパワーは本当にすごいと思う。この作品をライブで体験できる日が、今から楽しみで仕方がない。

時間軸さえも表現のひとつとしてコントロールしていけるっていう状況が始まったのが『Merkmal』からなので、自分のアイデアをより自由に出せるようになったんです。(Salyu)

―今回のプロジェクトがスタートしたのは実は2年ぐらい前なんだそうですね。Salyuさんがベストアルバムの『Merkmal』を出した頃のお話だと思いますが、あの作品によって一区切りがついて、新たなチャレンジをしようと思ったのでしょうか?

Salyu×小山田圭吾(CORNELIUS)対談
Salyu

Salyu:ベストが節目っていうのもあったといえばあったんですけど…プロジェクトの中核として私を17歳から育ててくださった小林武史さんから「そろそろSalyuもセルフプロデュースを試みてもいいんじゃない?」っていう状況をいただいた時期だったんですね。自分で時間軸さえも表現のひとつとしてコントロールしていけるっていう状況が始まったのが『Merkmal』からなので、自分のアイデアをより自由に出せるようになったんです。


―では今回のプロジェクトで小山田さんにプロデュースを依頼した理由は?

Salyu:10年ほど前から小山田さんとどこかで表現がしたいという野心があったうえで、やりたいことが近年具体的に出てきたからです。それが何かっていうと、アルバムのコンセプトのひとつになっている「クロッシング・ハーモニー」っていうことを用いた楽曲の構築なんですけど。

―そもそもの「野心」っていうのはなぜ芽生えたんでしょう?

Salyu:肌で感じる尊敬ということもありましたし、小山田さんは音楽の本質をすごく突き詰めて制作をしている方なので、私もそこで学ぶことがたくさんあると思ったんです。

普段は封印してるようなことを解放して作ったら面白いだろうなって思ってて。(小山田)

―では小山田さんはSalyuさんの依頼をなぜ引き受けたのですか?

小山田:彼女がうちの事務所に来て、一緒にやろうって誘ってくれたんで…じゃあ、やってみようかなって(笑)。Salyuは最初からやりたいことが明確だったんですよね。「クロッシング・ハーモニー」もそうだし、「ボーカリーズ」的な、歌のない、声だけで情景を表現するようなことをやってみたいとか。

―もともとSlayuさんの曲はご存知だったんですか?

Salyu×小山田圭吾(CORNELIUS)対談
小山田圭吾

小山田:多分どこかのリハスタのテレビで流れてるのを見たぐらいだったんだけど、でもすごいいい声だなって印象があって。あと僕は、ボーカリスト然としたボーカリストと一緒に曲を作ったことがあんまりなかったんですよ。自分の曲だと自分で歌うわけだから、自分にできる範囲の中でしか音楽を作らないんだけど、もっと開かれた可能性を持ったボーカリストと一緒にやると、どういうことができるかなって好奇心もありました。


―なるほど。

小山田:だから普段は封印してるようなことを解放して作ったら面白いだろうなって思ってて、やってみたら実際に面白かったんで、そのままズルズル…気がついたら、こうやって取材を受けてるっていう(笑)。

―(笑)。

小山田:プロデューサーとしてアルバムの数曲だけに参加することはあったんですけど、アルバム全体を見ながら進めて行ったことってあんまりなかったんですよ。だから、半分ぐらい曲ができた段階で、どうせならアルバム1枚やってみようかなって。僕もプラスティック・オノ・バンドとか他のプロジェクトもいくつかやってたんだけど、それと同時進行できるプロジェクトだったんで、無事に1枚のアルバムができました。

―そうやって小山田さんにアルバム1枚丸々プロデュースしてもらうっていうのは、Salyuさんとしても願ったり叶ったりだったわけですよね?

Salyu:はい。私は初めからそう願ってましたからね。

2/4ページ:ボーカリストの自分には今後も期待するし、今でもある程度は愛情を抱ける。(Salyu)

ボーカリストの自分には今後も期待するし、今でもある程度は愛情を抱ける。(Salyu)

―では、今作のコンセプトにもなっている「クロッシング・ハーモニー」について、教えていただけますか?

Salyu:五線譜上でもいいし、ピアノの鍵盤でもいいんですけど、とても近い、隣り合わせにある音を一緒に鳴らすと普通は不協和音になるんです。でも、それを人間の声で鳴らしてみると、甘美なハーモニーになるっていう考え方であり、その事実ですね。

―何かの音楽ジャンルでよく使われる言葉なんですか?

Salyu:コーラス隊とかコーラスグループの間では、共通認識として当たり前にあることみたいです。

―そうなんですね。初めて知りました。

Salyu:自分はボーカリストだから、パートナーは声しかいないんですよ。逆に言うと、曲を作る自分とか、作詞をする自分はアーティストとしてそんなに信頼してないんです(笑)。でもボーカリストの自分には今後も期待するし、今でもある程度は愛情を抱けるし、声っていうのは信頼できる唯一の部分なので、それで何ができるかっていうことにはいつも興味を持ってるんです。

Salyu×小山田圭吾(CORNELIUS)対談

―そんな中で「クロッシング・ハーモニー」と出会ったわけですね。

Salyu:これはぜひ体現して、声の面白さっていうのをもっと伝えたいし、見せたいと思いました。とにかく「絶対びっくりするぞ」っていう好奇心があって、それを体現するには絶対に小山田さんがよくて、そう思っていたら…今こうして取材を受けてるっていう(笑)。

―(笑)。

小山田:「クロッシング・ハーモニー」は僕も全然知らなかったんだけど、アルバム自体のテーマになってるわけじゃなくて、最初のきっかけなんですよね。

言葉とサウンドの結婚というか、恋愛関係というか、それがあってこそ初めて音楽だと思ってるんで、書いてあるだけで理解できる詞だったら、音楽的だとは思わない。(Salyu)

―そもそもは、「声を楽器として扱う」っていうのがコンセプト?

Salyu:でも、それっていつもしてることなんですけどね。

―特に面白いなって思うのは、「声を楽器として扱う」って、シンガーの発想じゃないような気がするんですよ。シンガーの人は自分の声であり、歌を大事にするっていうイメージがあるので。

Salyu:歌手にもいろんな才能があって、言葉とか情念をより良く伝えるためにサウンドを変える人もいるんでしょうけど、私の場合は言葉さえもサウンドなんです。言葉によるメッセージを世の中に広めるために音楽とか歌っていう手段を選んでるわけじゃないんです。どちらかというと、フレーズ、メロディ、ハーモニー、リズムとか、そういうことが大事で。

―言葉の意味じゃなくて、サウンドとしての言葉が大事だと。

Salyu:言葉とサウンドの結婚というか、恋愛関係というか、それがあってこそ初めて音楽だと思ってるんで、書いてあるだけで理解できる詞だったら、音楽的だとは思わない。サウンドがあって、それと融合することで初めて意味を持てる言葉が「歌詞」なんだっていう、ベーシックな意識があるんです。

3/4ページ:仮メロをシンセで入れてSalyuに送ったんですけど、「これホントにできるのかな?」って思ってたんです(笑)。 (小山田)

仮メロをシンセで入れてSalyuに送ったんですけど、「これホントにできるのかな?」って思ってたんです(笑)。 (小山田)

―では実際の制作はどのように進んでいったのですか?

小山田:初めて一緒にやるわけだし、「どういうことができるのかな?」とか、曲によって色々と可能性を探っていった感じですね。複雑なハーモニーの曲がたくさんできてくると、今度は一筆書きみたいな、1本のボーカルだけの“心”みたいな曲ができたり。ハーモニーだけじゃなくて、声の低域を重視したり、わりとはっきり歌ってみたりっていう違いも出してる。だからひとつの色の曲が揃ってるんじゃなくて、わりとバリエーションがあるっていう。

―最初は“奴隷”のデモを送って、Salyuさんが仮歌を乗せたものを聴いて、手応えを感じたそうですね。

小山田:仮メロをシンセで入れてSalyuに送ったんですけど、「これホントにできるのかな?」って思ってたんです(笑)。そうしたら想像以上のものが返ってきたんで、これできるんなら大抵できるなって。

Salyu:テストみたいな1曲だった(笑)。

Salyu×小山田圭吾(CORNELIUS)対談

―あえて最初に難しい曲を送ったわけですか?

小山田:最初だったんで、今まで自分が封印してきたような「これは無理だろう」っていう、自分ではもちろん歌えないし、ボーカリストに絶対に嫌がられるなっていう部分がテンコ盛りなものを作ったんですよ(笑)。

―Salyuさんはデモを受け取ったときどう思いました?

Salyu:「これが小山田さんが思うクロッシング・ハーモニーか!」みたいな(笑)。でも、正直最初にデモを聴いたときは愕然としましたけどね。なぜかというと、デモは鍵盤だから、声で再現したものはそこにはないわけですよ。自分で地道に再現していく中で、声に変えていくことで、秘密が明らかになっていくので、すごく楽しかったですけどね。

―そっか、声で再現して初めてクロッシング・ハーモニーになるわけですもんね。

小山田:Salyuが歌を入れるまでは、僕もどうなるか全然わかんなかった。

―今回の作品はボーカリストにとって難易度の高い曲ばかりっていうのは間違いなくて、ホームページで見れる“ただのともだち”のビデオもすごいですよね。あれクラップしながら歌うのって、普通だったら絶対拍取れないと思いますもん。



小山田:うん、多分ムチャクチャ大変だと思う。

Salyu:普通に練習してたら手が腫れちゃって、疲労骨折したかと思いました(笑)。それからは軍手して練習しましたね(笑)。大変というか…どうしても時間は要りますね。

小山田:Salyuは小学校の時に合唱隊に入ってて、そのときの友達と今コーラスグループを作って毎週練習してるんだけど、すごく面白いですよ。

―ライブが非常に楽しみですね。そういえば、アルバムのタイトルにもなってる“s(o)un(d)beams”のイントロなんかは、合唱隊っぽいですよね。

Salyu:このデモをいただいたときは、すぐに何をやりたいかわかったというか、これまで使ってきた声をすごく活かせるなって思いましたね。

小山田:ああ、そうかもね。合唱隊をやってたって話を聞いて、讃美歌とかそういう感じもやりたいねって話をしてて、そういうところから作り始めてるんで。最初からこれ「歌詞書きたい」って言ってたよね?

Salyu:そうですね。

小山田:詞の内容が、今回のアルバムのことをわりと言葉で表現してるなって思います。

4/4ページ:もしも表現者としての自分に、大衆の感性に向かってへつらいみたいのが生まれてきたときに、それを続けて行くのは罪だなって。(Salyu)

もしも大衆の感性に向かってへつらいみたいのが生まれてきたときに、それを続けて行くのは罪だなって。(Salyu)

―これはSalyuさんにお聞きしたいのですが、昨年発表したアルバム『MAIDEN VOYAGE』、さらに言うとそのあとに出したシングルの『LIFE(ライフ)』は、すごく大衆性のあるポップスだったので、今回あくまでポップスではあるものの、ある意味前衛的な作品を発表されたことに少なからず驚きがあったんですね。そういう「大衆性」と「前衛性」のバランスをどのように考えていらっしゃいますか?

Salyu:まず「ポップ」っていうのは共通してる部分だと思うんですね。私がシンボライズされてる、楽曲の推進力となる役目をもらってるのは、どちらのタイプの作品でも同じなので。

―そうですね。

Salyu:それで「大衆性」ってことで言うと、Salyuっていう名前で、あるいはLily Chou-Chouっていう名前で、自分がこういう環境で音楽を始めて、できればたくさんの人に愛してほしくて、たくさんのCDを今まで出してきた歴史があって、その中で発信してる私と、受信してくれているファンが共有してるSalyu像っていうのがあると思うんですね。それを見つめるのも、こういうフィールドにいるからにはすごく大切なことだと思うんです。相手が求めているであろう、期待しているであろうSalyuっていうアーティストらしさを表現していくっていう。

―よくわかります。

Salyu:その一方で、今感じてるのは、まだ誰も私をそう見てないけど、きっと必要とされる、ニーズになりうるものをしっかり提案しようってことで。矛盾してるように聞こえるかもしれないけど、自分が今いる環境でそれをやっていくってことは、今後の3年、5年、10年っていう活動の中で、すごく大切になってくるだろうと思うんですね。

―それはなぜそう思うのでしょうか?

Salyu:やっぱり、どんどん音楽が必要とされる熱量が減ってると思うんですよ。そういう中で、待ってくれている人たちのニーズに応えるのって、こっちの意志が整ってればいいけど、もしも大衆の感性に向かってへつらいみたいのが生まれてきたときに、それを続けて行くのは罪だなって。そんなことをしてたら、そのうち音楽に見捨てられるだろうし。だからこそ、「どっちをやりたいか」じゃなくて、両方やる必要があると思うんです。

―では今後もSalyuとしての活動とsalyu×salyuとしての活動を並行して進めて行かれるわけですね?

Salyu:はい、どちらが優先ということも私にとってはありませんし、どちらも大切な道として、より進化させていきたいと思っています。

―小山田さんとのコラボレーションっていうことで言うと、今回は初めて一緒にやったのでいろいろ可能性を探ったという話でしたので、今回を踏まえた次っていうのもぜひ聴いてみたいと思います。

Salyu:ありがとうございます。検討したいと思います(笑)。

―ちなみに、今回やり残したことはないですか?

Salyu:ないです。今回の中でやろうと思ったことは全てやりきりました。

―となると、次はライブですね。

Salyu:はい、楽しみにしていてください。

リリース情報
salyu×salyu
『s(o)un(d)beams』

2011年4月13日発売
価格:3,000円(税込)
TFCC-86345

1. ただのともだち
2. muse'ic
3. Sailing Days
4. 心
5. 歌いましょう
6. 奴隷
7. レインブーツで踊りましょう
8. s(o)un(d)beams
9. Mirror Neurotic
10. Hostile To Me
11. 続きを

イベント情報
『salyu×salyu tour「s(o)un(d)beams」』

2011年4月21日(木)
会場:神奈川県 横浜ベイホール

2011年4月23日(土)
会場:広島県 広島CLUBQUATTRO

2011年4月26日(火)
会場:大阪府 大阪なんばHatch

2011年5月1日(日)
会場:愛知県 名古屋DIAMOND HALL

2011年5月2日(月)
会場:福岡県 福岡DRUM LOGOS

2011年5月6日(金)
会場:東京都 中野サンプラザ

プロフィール
Salyu

2000年に映画『リリィ・シュシュのすべて』に登場するLily Chou-Chouとしてデビューした後、2004年にはSalyuとしてデビュー。小林武史プロデュースのもとPOPで多様な色彩を持つ圧倒的な「声」の存在感を示し、Bank Band with Salyuとして発表した『to U』でその歌声を世に広めた。2011年には新プロジェクト”salyu×salyu”を立ち上げ、第一弾としてCorneliusプロデュースによる作品『s(o)un(d)beams』をリリース。

1989年にフリッパーズギターのメンバーとしてデビュー。バンド解散後、1993年にコーネリアスとして活動をスタート。1998年にマタドールレコード(米)と契約後、現在までアルバム3作を世界各国で発表。自身の活動以外にも、国内外多数のアーティストとのコラボレーションやリミックス、プロデュースなど幅広く活動している。



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