ブラジル国籍のラッパーACEは、日本社会をこうサバイブしている

渋谷サイファーを主催し、数々のMCバトルを制覇、メディアでも華々しく活躍するACEは、間違いなく日本のヒップホップシーンの第一線で戦っているラッパーだ。そんなACEは「ブラジル生まれ日本育ち」のブラジル人でもある。

今まさにこの国では、いわゆる移民や外国人労働者をめぐって、様々なリアリティーが錯綜している。そうした状況で公開される1本の映画が、『コンプリシティ/優しい共犯』。劣悪な技能実習の職場から逃亡し、不法滞在者として他人になりすまし働きにきた中国人青年と、彼を受け入れる孤独な蕎麦職人の絆を描くヒューマンサスペンス。主人公チェン・リャンの境遇は、同じく日本で「外国人」として生きるACEには、どう映ったのだろうか?

なにより『コンプリシティ/優しい共犯』は、若い主人公が自らのアイデンティティーを探す普遍的な物語でもある。ACEにおいて日本とは、そしてヒップホップとは。生い立ちからラップとの出会い、葛藤や挫折、そして現在のスタンスに到るまで、そのアティテュードを語ってもらった。

乙武さんからの言葉で、「好きに生きる」方向にシフトしたんです。

―今回、ご覧いただいた『コンプリシティ/優しい共犯』は、日本に働きに来た中国人青年チャン・リャンの話ですが、ACEさんはブラジルからいつ頃移住したんですか?

ACE:3歳ぐらいのときに両親と日本に来ました。僕が住んでいたのは大久保とか北新宿のあたりだったんですよ。だから、もともと周りに外国人だったり複数のルーツを持つ人が多くて。みんなの溜まり場があって、パブやスナック、キャバレーや中華料理店なんかを経営している近所のおじさんたちに「遊びにこいよ」っていわれて、ガキの頃から雀荘やお店の煙たい部屋でファミコンしてる、みたいな日常でした。

ACE(えーす)
ブラジル生まれFreestyle育ち。渋谷サイファーやADRENALINE主催。CD制作はもちろん、数々のフリースタイル大会で優勝を飾るフリースタイルは折り紙付き!平成のキーマン、司会、プロデュース、ラップスクール講師などマルチに活躍するACE! 超流派を始め、フリースタイルダンジョンなどメディアには欠かせないマスト人物。2017年には自身プロデュースでフィメールラッパーNo.1を決める「CINDERELLA MC BATTLE」を開催。生中継したAbemaTVの視聴数は20万を超える。2017年3月18日から渋谷区観光協会後援の下「渋谷サイファー」を毎年開催。

―人種も職業も入り混じったコミュニティーがあったんですね。日本語にはすぐ慣れましたか?

ACE:日本語は物心ついた頃から自然とペラペラでしたね。ポルトガル語(ブラジルの公用語)も今でも喋れます。家ではポルトガル語、外では日本語を話すというのが基本的な生活でした。ただ自分の両親とか、小学校高学年でコロンビアから転校してきた友達なんかは、いまだにカタコトなんですよね。多くの外国人にとって、やっぱり最初は言葉の壁が分厚いのかもしれないですね。

―移住してからやりづらいと感じたことはありましたか?

ACE:自分はそもそも会社員に入る道からはドロップアウトして、ラップとか芸事で生きるっていう方向にシフトしてましたけど、もし真面目に働こう、会社員になろうという道を本気で目指してたら、かなり生きづらさはあったんじゃないですかね。

中学2年のときかな、すごく印象に残ってることがあって。教育実習のために、乙武洋匡さんが来たことがあるんです。そこで乙武さんが、生徒だった僕に現実的な話をしてくれたんです。「今の日本で君が普通に生きていくのは相当難しい。だから、単純に頑張るより、人と違うことをやったほうがいいと思う」って。僕らも小学校で著書を読んでるくらいの人だったし、その言葉で「なるほど!」っていろんなことが鮮明に理解できたのは覚えてますね。だから乙武さんには今でも感謝してます。ドッジボールで思い切りボールを当てたことだけ謝りたいですけど……(笑)。

―乙武さんが今のACEさんを形作るきっかけの1つだったというのは、すごいエピソードですね。

ACE:実は小中学生のときから、保育士になりたくて。保育園に行って保育実習をしてたこともあるんですよ。でも、ふと気づいちゃったんです。「先生に黒人が1人もいないな」って。もちろん最近はインターナショナルスクールとかありますけど、「自分はちょっと違うんだな」っていうのをそのときにはっきり自覚しましたね。同時に、「なんでだろう?」とシンプルに疑問に思いました。それで、さっき話した乙武さんの言葉が思い浮かんで、「好きに生きる」という方向にシフトしたんです。

―なるほど。ラッパーはそこから志したんですか?

ACE:そもそもラップとの出会いは小学校低学年くらいなんですよ。僕らの頃は、テレビアニメのオープニングとかエンディングの多くがラップミュージックで。たとえば、アニメ『ビーストウォーズ 超生命体トランスフォーマー』(1997年 / テレビ東京系で放送)の主題歌は下町兄弟の“WAR WAR! STOP IT”だったし、『爆転シュート ベイブレード 2002』(2002年 / テレビ東京系で放送)のオープニングはm-flo。あと、テレビ番組の『学校へ行こう!』(1997年~2005年 / TBS系で放送)では「B-RAPハイスクール」をやってたし、その後、中学生ぐらいのときにはエミネムの映画『8 Mile』(2003年 / カーティス・ハンソン監督)が公開されて。世間的にも僕ら的にも、怒涛のヒップホップブームだったんです。

友達と「給食の時間に放送室でラップかけようぜ!」って計画して実際に流したら、先生に「こんな曲かけるんじゃない!」って怒られて職員室に呼び出される、みたいなこともありましたね(笑)。

―自分でやったりはしなかったんですか?

ACE:高校時代のことってあんまり話してないですけど、学校の文化祭でラップをやってましたね。ユニット組んで楽曲作ってライブして。卒業した後も、高校の国語の先生と同級生と3人で組んで活動してました。なぜか国語の先生がゴリゴリの元ラッパーだったんですよ。

ただ、その頃は適当なアルバイトをしつつ、1年半くらい家にこもってることも多くて。あんまり人と関わるのも好きじゃなかったんで、パソコンで音楽の作り方を学んだり、安い機材を買ってレコーディングしたり。「修行」の期間だと思っていました。

そんなときに自分の相方であるHIDEが、MSCのラッパー、漢 a.k.a GAMIの周りでよく遊んでたのもあって、漢くんを紹介してもらったり、彼らのイベントをみんなで見に行くようになったりしたのがきっかけで、外にもよく出るようになって。そこからHIDEに勝手にMCバトルにエントリーされて、矢面に立つしかなくなっちゃったという感じですね。僕の計画では1年くらいレベルアップして、ちゃんと成熟してからバトルに出ようと思ってたんですけど。

全てが自然の流れでしたけど、正直MCバトルで優勝したいという思いは強かったです。僕らの世代は3年連続で優勝したKREVAさんの影響もあって、「『BBOY PARK MC BATTLE』で優勝したらすごいんだ!」っていうのがありましたから。

『コンプリシティ/優しい共犯』予告編

この映画を観てこんなのフィクションだという人は多いかもしれない。でもこれは「リアル」なんです。

―それで実際に優勝するんだからすごいですよね。『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日)でもバトルで対戦相手からブラジル人であることをネタにディスられることもあったかと思いますが、そうしたディスはどう捉えているのでしょう?

ACE:それに対しては「ああ、そう?」って聞き流せますね。「なんにも知らないくせになんかいってやがるな」「実際、俺のほうが日本語の使い方うめぇじゃん!」って。ラップバトルとしての勝敗は別でつきますから。でも、たまにズルいなと思うのは、「日本人の大和魂、見せつけてやろうぜ!」と煽ったりして、ほぼ日本人のお客さんが盛り上がるみたいな流れ。超アウェイになるんですよ!(笑)これは、僕もブラジルでのバトルだったら使いたいですよ。

―ACEさんにご覧いただいた映画『コンプリシティ/優しい共犯』では、主人公チェン・リャンは日本社会における「外国人労働者」としてアウェイな立場で生きています。作品を見て率直にどう感じましたか?

ACE:まず「リアル」だな、と。人間誰もが背負う問題が描かれてますよね。たとえば、家庭内の事情。お母さんの体調が悪くて、おばあちゃんからプレッシャーをかけられてて、それでも日本に行くとか。あと、主人公の「自分のやりたいことはなんなんだろう」っていう悩みは、青年が思春期に誰しも感じるものですよね。そういう感覚って、言葉ではなかなかいい表せないと思うんですよ。だからこそ映画で伝わってくるものはありましたね。

特にお祭りのシーンなんて、田舎が舞台だからなんでしょうけど、僕が日本に来た頃の時代背景と近い1990年代前半のような雰囲気があって、なんだか懐かしい感じがしました。

『コンプリシティ/優しい共犯』場面写真 / ©2018 CREATPS/MYSTIGRI PICTURES

―たしかに青年がアイデンティティーを求める物語でもあります。主人公は偶然働くことになった蕎麦屋で自分のやりがいを見つけ、根気強く続けますが、これまでACEさんはどのようなスタンスでラップを継続してきたのでしょう?

ACE:最初はラップが好きとかモテたいとかっていう動機なんですけど、ある一定のポイントを越えると「暇つぶし」に戻るんですよね。「これしてないと暇で死にそうになる、ヤバイ」って。3連休とか地獄で、「別に友達と飲みに行くのもな。じゃあゲームでもするか」ってプレイしても、「なんかつまんねぇわ」って飽きてしまう。そのときにふっと歌詞を書いて、パッとレコーディングしてみて、いいモノができたら、休むより元気になるし、自信も達成感も得られるんです。

『コンプリシティ/優しい共犯』場面写真 / ©2018 CREATPS/MYSTIGRI PICTURES

ACE:あと、ものづくりって際限がないじゃないですか。どれだけいい作品ができても、もっといい作品ができるって思うし、突き詰めていったらどこまででもいける。経験値を上げていくという意味でいうと、まるで「一生やり続けられるドラクエ」(笑)。どれだけレベルを上げてもラスボスは絶対に倒せない、そもそもいないから。やってるうちに自分でできると思えることが増えていく、できなくても挑戦する。それって、人としては大事な姿勢なのかなと思いますね。

『コンプリシティ/優しい共犯』場面写真 / ©2018 CREATPS/MYSTIGRI PICTURES

―そうした普遍的な「自分のやるべきことを追い求める」映画でもあり、やはり日本に来た「外国人」についての映画でもあります。ACEさんがこの映画を観る人に伝えたいことはありますか?

ACE:変な表現になっちゃうんですけど、僕から見たら中国人の主人公も、日本人の蕎麦職人(藤竜也)も、両方とも「外国人」になるんですよ。しかも、どっちもアジア系ですよね。失礼ないい方かもしれないですけど、主人公は馴染んでしまえば別に日本人に見えなくはない。だけど、僕なんかはいくら馴染んでも、やっぱり日本人には見えないじゃないですか。だから、日本人から見た意見と、日本以外のアジアをルーツに持つ人が観た意見と、アジア以外の国にルーツがある人から観た意見、それぞれ全く違う見え方になると思うんですよ。

『コンプリシティ/優しい共犯』場面写真 / ©2018 CREATPS/MYSTIGRI PICTURES

ACE:主人公が日本人から差別的な発言を受ける場面もあれば、警察に追われる場面もあるけど、もしかしたらこの映画を観て、「この主人公、生きてる時点でラッキーじゃん」「別にこれくらいのこと、よくあるよね」っていう人もいるかもしれない。日本に住んでるけど、日本以外の国をルーツに持つ人からすると、当たり前に感じるんじゃないかな。だから逆に、一般の日本人の方々がこれを見てどう思うかが気になりますね。「こんな世界が本当にあるの?」って思うかもしれないから。

これを「リアルにはこんなことそうそう起きない」「フィクションだからだ」と捉える人たちも、日本人にはいると思うんです。でも、僕はこういいたいですね。「これはリアルだよ」って。僕ら日本に住んでいる、日本以外の国をルーツに持つ人間にとって、これは全然普通の日常なんだよっていうのを理解して観て欲しいですね。これもひとつの今の日本なんですよ。

僕は「自分を信じるしかない」と思って、「ヒップホップ教」に入信しました。

―ACEさんご自身も、日本の社会に違和感を感じることはありますか?

ACE:もちろんムカつくことはいっぱいありますよ。たとえばタクシーの運転手に、何度も乗車を拒否されたり。昔からですし、先月もありました。もしかしたら、ただB-BOY風の見た目が怖いとか、日本語が喋れなさそうで面倒くさいとかの理由でスルーしちゃう人もいるのかもしれないですけど。そういう些細なところは、いい出したらキリがないですね。

あとちょっと難しい話になってきますけど、「宗教」の影響が根強いなと感じます。これは全世界共通かもしれないですが、僕、葬式や結婚式が無理なんですよね。多分、日本で生まれ育った人たちは、そこでの振る舞い方を当たり前に親から教わってると思うんですけど、僕はパニックになっちゃうんです。「何回お辞儀すりゃいいの? 意味わかんない」って。

―「宗教」というのは、儀礼やしきたりのことですかね。

ACE:そうですね。ただ、これはブラジルでも感じます。ブラジルはキリスト教徒が多いんですが、僕の両親はカトリックとプロテスタントで別々なんですよ。だからブラジルに帰ると、それぞれのおばあちゃんの家で別の教会に連れて行かれて、全然違う物語を教えてもらう。片方のおばあちゃんに、もう一方のおばあちゃんから昨日教えてもらったことを話したらすごい怒られたりして(笑)。それで僕は「自分を信じるしかない」と思って、ドロップアウトして「ヒップホップ教」に乗り換えました。

日本の社会ということでいえば、個人的には「いってることとやってることが違うよね」ということが多いと感じますね。これは美徳でもあると思うんですけど、本音より建前が強いじゃないですか。お酒を飲んだ席でのみ、その人の本当の一面がわかったり。そこでごくたまに、普段は表に出さないけど心の底から「外国人嫌いな人」っているんですよね。昔からそう教育されてきた家庭なのか、先祖が戦争とかですごい嫌な目にあわされた家系なのか、一体どんな恨みがあるんだろうって思いますよ。「そんなに恨むものかなあ」って。

―本音と建前でいえば、それこそラップバトルの文化は日本のタテマエ社会をひっくり返しているような部分もありますよね。

ACE:でも最近は正直、ラップバトルが「最大の建前」になりつつあるのかもしれないですね。たとえばドラッグをやってるラッパーがいても、やってないラッパーがいてもリアルだと思うんです。ただ、ドラッグをやってないのがダサいと思って手を出すラッパーや、理想のラッパー像に近づきたいがためとか、格好つけたいがために手を出す人がいて、それはフェイクだよな、と。別にありのままの自分でいいのに。中2のタバコじゃないんだからって(笑)。ヒップホップっていうジャンルが持つイメージの問題なのかもしれないけど、ヒップホップのリアルを追求しようとするあまり、どこかに矛盾が生じてるのを感じますね。

もちろん、その中でも自分を貫いているラッパーたちは貫き通してるんですよ。でも絶対不良でもないのに不良ぶっちゃう人とかに疑問を感じる。「俺はストリートを歩んできてデンジャーな街で育ったぜ」とか……いや、黙って1日ブラジル行って、銃声の飛び交う中をサバイブしてこい、と。そしたら、みんなそんな偉そうにいわないから(笑)。ブラジルにいたら、「生きてること」自体が幸せになるんですよ。

リリース情報
『コンプリシティ/優しい共犯』

2020年1月17日(金)より新宿武蔵野館にてロードショー

監督:近浦啓
キャスト:
ルー・ユーライ、藤竜也、赤坂沙世、松本紀保
©2018 CREATPS/MYSTIGRI PICTURES

プロフィール
ACE (えーす)

ブラジル生まれFreestyle育ち。渋谷サイファーやADRENALINE主催。CD制作はもちろん、数々のフリースタイル大会で優勝を飾るフリースタイルは折り紙付き!平成のキーマン、司会、プロデュース、ラップスクール講師などマルチに活躍するACE! 超流派を始め、フリースタイルダンジョンなどメディアには欠かせないマスト人物。2017年には自身プロデュースでフィメールラッパーNo.1を決める「CINDERELLA MC BATTLE」を開催。生中継したAbemaTVの視聴数は20万を超える。2017年3月18日から渋谷区観光協会後援の下「渋谷サイファー」を毎年開催。



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