信頼と共感の儀式

音楽家がメジャーデビューすることが、すなわち成功とはもはや言いがたいこのご時世。アイドル界のアンファンテリブルことBiSのメジャーデビューを記念した無料イベントが、7月13日に新宿LOFTで開催された。彼女達があえてメジャーデビューするのは、より大きなバジェット、より大きなパブリシティを期待していることも当然ひとつの理由ではあろうが、一方、より大きな市場に対する最適化の末に流動性を失いつつあるメジャーのやり方そのものをぶっ壊してみたいから…という、如何にもトリックスター然とした雑なこじつけもあながち的外れではなかろう。

撮影:外林健太
撮影:外林健太

彼女らが走ってきた道程は1年と少しだが、一言では言い表せない程スリリングで濃密な時間であったことは、脱退したメンバーの声が容赦なく鳴り響くオケからも、生乾きの裂傷のような形で感じ取ることができる(歌声まで収録した音源を流しながらのパフォーマンスが多いBiSのようなアイドルのステージでは、再録音しない限り、脱退したメンバーの声に新メンバーが当てぶりする、なんていう事が往々にして起きる)。「生き様」を切り売りする事を覚悟で乗り越えた彼女達が、結果として背負った負債をどのようにペイしていくのか。メジャーデビューというタイミングは、これからの決意を確かめるまたとない機会である。さすれば、この夜はその確認のために準備された、研究員(ファン)とメンバー・スタッフによる決起集会、もしくは互いの信頼と共感を確かめあう儀式であったとも言えよう。

撮影:外林健太

例えば「信頼」について。二部構成で進められた本イベントの第一部、サウンドプロデューサーの松隈ケンタら関係者によるトークショーでは、噂の悪辣を尽くしてきた事で有名な「BiSの第六のメンバー」渡辺淳之介マネージャーの口から、「あいつら(BiSのメンバー)を信頼している」という言葉が何度も飛び出した。いくつかのインタビューでメンバーが口にする「渡辺さんを信頼している」という言葉と対を為したその台詞は、彼女達のこれからの物語のひとつの側面を象徴している。更にそうしたメンバー・スタッフの結束が、研究員に対しても強要されるのが、欺きとびっくらかしを基本路線としたBiSならではの流儀である。この日、スク水で登場したメンバーによるパフォーマンスでも、意味深な形で提示されていたのが「信頼」と「崇拝」に関するモチーフであり、より「アイドル(idol)」という存在に対するメタな視点が浮き彫りになっていた。

新メンバーが加わってからのパフォーマンスでは、単にかつてのメンバーの穴を埋めるのではなく、かつてのユケが担った身体能力をワッキーが支えたり、ミッチェルが意外な程の愛らしさを振りまく事でステージに新しい色が添加されたりといった、新たなパワーバランスが生まれていたが、その中でもやはり目を引いたのがのんちゃんの特殊な存在感である。特に“PPCC”のサビでは、歌を歌うものは誰もなく、ただステージ中央に位置したのんちゃんが観客席にマイクを突きつけてゆらゆらと踊る、というなんとも不思議な光景を目撃する事になる。今までも、「サビで歌うそぶりを見せない(!)」というのはBiSの常套ではあったものの、どことなく暗黒舞踏のような不安を煽る演出に、改めてアイドルのステージにおける「神性」について思いを馳せてしまった。やはりここでも、信仰の構図が象徴的に現れ(“IDOL”のPVを想起せよ!)、それを眼前にした研究員の「BiSリテラシー」が試されるのである。

冒頭に挙げた脱退メンバーの生霊や、決して完全には同期しないフリの荒々しさ。ともすればそもそもの身体能力、それを鍛える為の鍛錬といった事はあまり重視されていないか、それなりに重視してはいるが結果として大失敗に終わっているように見えるかもしれない。しかし、その裏で本当に重要視されているのは、各々の動きの充足と欠落の意味するもの、それが観客にどう映り、そして観客の何を試すのかという効能であり、そうした「駆け引きとしてのパフォーマンス」が、客席とステージの間に緊張感のコールアンドレスポンスを生み出している。その挑発的な試みが、客席の研究員たちが共有するリテラシーをより深化させ、結果的に場の強度、懐の深さをより大きなものに変えているのだと思う。

撮影:外林健太

そう、確かにCINRA.NETに掲載されたのんちゃんとの対談の中で、対談相手のうすた京介曰く「もう突飛なことをやってもしょうがない。これ以上は打ち止め」というのが、今までの「負債」を返済するためのこれからのやり方として、私も含めた大勢のファンに共通した見方だったかもしれない。しかし実際にBiSが取った方法論は、メンバーチェンジを隠そうともしない、フォーメーションの変更を隠そうともしない、歌っていないことを隠そうともしない、より洗練されていないむき出しのパフォーマンスを塊のようにして聴衆に投げつけ、それに対して「共感しろ!!!」と大声で叫ぶ、という野卑な行為だった。

しかしながら、BiSと付き合い続けるという事はすなわちその野卑に向き合ったときの呆気にとられた感じを楽しむ事に他ならないという事を、何度も何度も教えられる。我々がBiSをしばしばパンクになぞらえるのは、その音楽性が唯一の原因ではなく、そうした野卑と欠落を埋め合わせるための共感(リテラシー)を観客に強いる暴力的な魅力を重ねて見るからである。トークショーの言葉を再び借りるならば彼女達は明らかに「持っている」のかもしれない。そしてそうなのだとしたらそれは、「持たざること」に積極的に向き合った結果獲得したタレントであるだろう。この夜、インディーズからメジャーに転向するという事を我々が祝福したのは、決して単なる「栄転祝い」的なおためごかしではなく、自らをカウンターとして機能させるという彼女らの決死の覚悟が、今後もより強度を増して継続するという意志を歓迎したということを意味していたのではないだろうか。

撮影:外林健太

観客もスタッフも、そしてスク水を着たメンバー(!)さえも入り乱れてのモッシュの嵐となったイベント後半。その荒々しさの中には従来BiSの現場に流れているような祝祭感とは若干趣の異なる、あえていうならば祝福のような優しさを感じたのは勘違いではあるまい(でも性犯罪には気を付けてください、マジで…)。跳ぶ側と受け止める側の信頼関係が前提となるモッシュに象徴されるように、信頼と共感によって支えられた空間を背に、彼女達はこの日から、何も共有しないどころか共有しようともしない、より多くの人々を相手にした闘いの海へ船を漕ぎ出すのだ。かつて“BiS”という曲の中で吐露した不安と希望が、新しい形、新しいスケールで眼前にある。しかしそれを乗り越えようとする歌は、まだ生まれていない。より深い懐、より大きなキャパシティを獲得した彼女達には、もう必要ない歌なのかもしれない。

リリース情報
BiS
『PPCC』(CD+DVD)

2012年7月18日発売
価格:3,800円(税込)
AVCD-48455/B

[CD収録内容]
1. PPCC
2. 歩行者天国の雑踏で 叫んでみたかったんだ
3. CRACK CRACK
4. survival dAnce 〜no no cry more〜
5. PPCC(Acappella)
6. 歩行者天国の雑踏で叫んでみたかったんだ(Acappella)
7. CRACK CRACK(Acappella)
8. survival dAnce 〜no no cry more〜(Acappella)
9. PPCC(Instrumental)
10. 歩行者天国の雑踏で 叫んでみたかったんだ(Instrumental)
11. CRACK CRACK(Instrumental)
12. survival dAnce 〜no no cry more〜(Instrumental)

[DVD収録内容]
2011/12/20開催LIVE「IDOL IS DEAD@LIQUID ROOM」
※副音声 : プー・ルイ & ナカヤマユキコ(元BiS)
・"PPCC"MUSIC CLIP & メイキング映像 Teaser映像3種類

初回封入特典 : ミニ生写真6種もしくは幸運のチェキ10枚(当り)から1枚封入
※幸運のチェキが当ったひとには秘密のスペシャル特典付
※幸運のチェキは3形態共通で10枚

プロフィール
BiS - 新生アイドル研究会

「アイドル戦国時代の最終兵器」ことBiS。新生アイドル研究会は、「アイドルを研究して、アイドルになろうとする、アイドルになりたい4人組」を標榜し、その表面的な慎ましさと楽曲のクオリティの高さを逆手にとって暴虐無人の限りを尽くした暴れ牛ユニット。活動期間わずか一年と少しの間に、相次ぐメンバー脱退、全裸PV、ももクロ宣伝カーの進路妨害、謎のDiSソング発表、映画『アイドル・イズ・デッド』主演、得するものが誰もいない騙し企画、スク水ダイブ、24時間イベント…と暴力的な無節操さを発揮した無敵の五本マイク(2012年7月現在)。メジャーデビューが決定してもなお、この暴走機関車は止まることが許されないのか!?ただいま新メンバー募集中。



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