「希望に負けた」という気持ちで 『ヒミズ』園子温インタビュー

『行け!稲中卓球部』『僕といっしょ』などレベルの高いコメディを手掛けてきた漫画家・古谷実が、それまでの作風から一転、ダークな青春物語を綴った『ヒミズ』。2001年からヤングマガジン誌上にて連載が開始されたこの異色作を、映画『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』などを手がけ、日本のみならず世界的に高い評価を得ている園子温監督が映画化した。製作準備期間中にあの東日本大震災が発生し、園監督は脚本をリライト。舞台を震災後の日本に変更するという大胆な試みが行なわれた。一足先に上映された第68回ヴェネツィア国際映画祭では、主演の染谷将太と二階堂ふみが新人俳優賞にあたるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞するなど話題となった。1月14日に迫る日本公開を前に、映画『ヒミズ』のことはもちろん、震災後の日本について思うことや、震災という経験を経た邦画の今後など、園監督に聞いた。

自分の考えを変化させざるを得なかった3.11

―園監督が古谷実の漫画『ヒミズ』を映画化しようとしたきっかけは何でしょうか?

園子温
園子温

:読んだ当時は「2001年の若者のリアルを描いていて凄くいいな」と感じて、自分がオリジナル以外で作品を作るならば『ヒミズ』がいいと思ったんですね。前々から原作ものを撮ってみたいとは思っていたけれど、『ヒミズ』にしたいと決めたのは撮影の1年くらい前でした。それ以前は、周囲から薦められた小説や漫画を読んでいたんですが、自分の中でピンとくるものがなくて。逆に僕から『ヒミズ』でどうかと企画を持ち込んだのが始まりでした。


―映画化する際に、東日本大震災を取り入れた理由は何だったんでしょうか?

:震災前の脚本は、原作漫画をそのまま忠実に脚本化したような内容でした。でも震災を経験したことによって、「2001年のリアルではなく2011年のリアルをやろう」と考えを変えたんです。中学生のビターな青春というテーマ自体は原作と変わりませんが、震災を無視して2001年のリアルをやっても意味がないと思いましたし、それを描くには3月11日の震災は盛り込まないといけない問題だと。

―震災を経験して、園監督自身にも変化があったということですね。

:今回の震災は、無視しようとしても無視できなかったんです。どこかの地方で起こったことではなく日本全土の問題だと感じたし、それまでの考えを変化せざるを得なかったですね。「自分はぼんやりし過ぎていたのではないか」と思うようにもなりました。

『ヒミズ』 ©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ
『ヒミズ』 ©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ

―ただ現代日本には、実際の事件・事故を作品に盛り込むことをタブーとする風潮もあるように思います。

:それは日本人ならではの特徴ですよね。気質的に、生々しい題材を映画に取り入れるのが苦手だからでしょう。人の家に土足で勝手に上がりこむようで、誰から何を言われるかわからない怖さもあるんでしょうね。ただ海外では、実話を作品に盛り込むのは当たり前です。去年は『ソーシャル・ネットワーク』がありましたが、この作品で描かれたフェイスブック創設者のマーク・ザッカーバーグは、まだ存命なのにものすごく悪人に描かれている。そんなこと、日本人にはできませんよね。もし日本で同じものを作ったら、誰もが喜ぶ善人として描かれるはずです。日本って、世界の激動の歴史から距離を置いていた感があるし、平和な時期も長かったので、きっと傷つきやすい性質になっているんじゃないでしょうか。

園子温

「希望に負けた」やけっぱちな気持ち

―染谷将太さんと二階堂ふみさんの演技には素晴らしいものがありましたね。起用の理由を教えてください。

:芝居がよかった、というシンプルな理由です。新人を使いたいと思っていたし、それ以外の理由はないですね。そもそも有名人が出ていること云々ではなく、いい演技がいい映画に繋がると思っているので。「海外の映画祭で賞を獲ることができれば、この作品は上昇する」という狙いはありましたが、その通りになりました(笑)。

『ヒミズ』 ©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ
『ヒミズ』 ©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ

―キャストたちには、撮影前に参考となるような作品を見せたのでしょうか?

:先入観を持たせるようなことは何ひとつ言いませんでした。原作の『ヒミズ』でさえ映画には関係ないと言いましたし、震災のことも意識するなと伝えました。むしろ「子どもである」という部分で勝負をしたくて、彼らの存在をそのまま見せるような形にしたかったんです。大人同士の愛であればラブシーンは必要かもしれないけれど、今回の映画でそれは必要ないと思ったし、なくても成立するという確信がありました。

―本作もそうですが、園監督の作品には詩の引用がありますね。『ヒミズ』では、ありふれた言葉にも力を感じました。

:僕の表現活動は詩作から始まっているので、言葉が持つ力を信じているところはあります。今回の映画の中で「がんばれ」という言葉が出てきますが、これまでは無責任だし誰でも言える、好ましくない言葉だと思っていました。でも、今の過酷な現実を前にして希望を持たざるを得なくなったし、絶望だけではやっていけないと思うようになったんです。僕は「希望に負けた」と説明しているんですが、この映画の中にある「がんばれ」には、「希望だ!」ではなく、自分に言い聞かせるように「仕方ない。希望を持つか」というやけっぱちな思いを込めているんです。

監督が尊敬に値する地位に戻らないとまずい

―神楽坂さんは、『冷たい熱帯魚』『恋の罪』に続き、『ヒミズ』と3作連続で出演されていますが、他の女優さんとは違うところがあるのでしょうか?

:彼女には大女優になりたいという野心がなく、そのあたりに興味が湧きました。『愛のむきだし』に出演した満島ひかりや、『ヒミズ』の二階堂ふみには野心があるし、どんどん伸びていくのはわかっていますが、彼女はその逆ですね。先日、彼女がヨコハマ映画祭で主演女優賞を取ったと聞いたときは「よしよし」と手応えを感じました(笑)。今の日本映画界は有名なタレントを持ってくればいいと思っていて、役者を育てる気がまったくないですから。僕は育てるタイプの監督なので、そういった方向性で今後も役者を探してみたいですね。

『ヒミズ』 ©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ
『ヒミズ』 ©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ

―園監督は、映画監督が少ない現代の中でも、映画監督らしい監督ですよね。

:昔は映画監督って尊敬されていたんですよ。でも最近のオーディションでは、受けに来る俳優たちが監督を知らずにやってくることも多いんです。映画監督に対してあまり敬意を持っていないことがある。それはやはりまずいことなので、監督が尊敬に値する地位に戻らないといけないと思います。

『ヒミズ』を撮ったから終わり、ではない

―震災以降、邦画はどうなっていくのでしょうか?

:一部の人が変わるだけで、ほとんどの人は変わらずこれまで通りだと思いますよ。『ヒミズ』をどうして原作通りに撮らないんだという声もありますし、観客側も意識して変わろうとする人は少ないですからね。『ヒミズ』の撮影のために福島を取材して感じたのは、原発事故に対して忘れたふりをしたい人が意外に多い、ということです。原発のことを考えてしまうと、やりきれない気持ちになってしまうので。これも日本人の特質でしょうから、仕方ないことだとは思いますけれども。

『ヒミズ』 ©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ
『ヒミズ』 ©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ

―園監督自身の、今後の方向性についてお聞かせください。

:『ヒミズ』を被災地で撮影したことによって、映画監督として3月11日をテーマにした作品を何本か撮らないとダメだな、という気持ちが強くなりました。『ヒミズ』を撮ったから終わり、ということではいけない気がしているんです。また、日本だけではなく世界を舞台に映画を撮っていきたいですね。海外にも積極的に出ていかないと、これまで一生懸命していた英会話通いは一体何だったの、っていう話になっちゃいますから(笑)。

作品情報
『ヒミズ』

2012年1月14日から新宿バルト9、シネクイントほか全国公開
監督・脚本:園子温
原作:古谷実『ヒミズ』(講談社『ヤングマガジン』KCスペシャル所載) 出演:
染谷将太
二階堂ふみ
渡辺哲
吹越満
神楽坂恵
光石研
渡辺真起子
黒沢あすか
でんでん
村上淳
窪塚洋介
吉高由里子
西島隆弘(AAA)
鈴木杏
製作・配給:ギャガ

プロフィール
園子温

1987年の『男の花道』でPFFグランプリを受賞。ぴあスカラシップ作品として『自転車吐息』を製作し、ベルリン映画祭に正式招待されるほか、30以上もの映画祭で上映される。1990年代は『部屋 THE ROOM』『桂子ですけど』など実験的な作品を手掛け、2000年代に入っても、『自殺サークル』『紀子の食卓』『エクステ』とコンスタントに発表。近年では『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』で熱狂的な支持と高い評価を得る。『恋の罪』では東電OL殺人事件をベースに女の性を暴力的に描き、話題となった。2006年からテレビドラマ演出にも挑戦し、テレビ朝日系『時効警察』シリーズの数話を演出している。



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