多様な価値観は台頭するポピュリズムから世界を救えるか?『2034 今そこにある未来』から覗き見る

ポピュリズムが台頭したEU離脱後の近未来のイギリスを舞台に、皮肉を交えて風刺した2019年放送のテレビドラマ『2034 今そこにある未来』。

劇中では、過激な発言を繰り返して人気を集めていたコメンテーターが政界に進出し、果ては首相の座まで上り詰める。トランプ大統領が2期目に再選するなど不謹慎なブラックジョーク満載で非現実的かと思いきや、現在私たちが直面しているロシア軍のウクライナ侵略も描かれており、この悪趣味なフィクションが現実になりつつある。

本作の主人公は、マンチェスターに暮らす一般家庭。異なる人種、性的指向、性自認などさまざまなバックボーンを抱えたコミュニティーはまさに世界の縮図。不穏な世界情勢のなか、彼らは多様な価値観を理解し合い、いかに希望を見出すのだろうか。

今回、映画評論家の真魚八重子さんに、多様性という視点から本作を紐解くコラムを執筆いただいた。インクルーシブな社会を生きるヒントにしていただきたい。

車椅子のシングルマザー、アジア系でトランスジェンダー的な子ども……。多様性を散りばめたストーリー

2019年制作のこのドラマが、日本では2022年のロシアによるウクライナ侵攻の真っただなかに放送されることは、何やら啓示的というか、今後の未来までを示唆しているような気がしてならない。

本作では近未来として、2020年のアメリカ大統領選でドナルド・トランプが再選を果たす様が描かれ、その時期が物語のスタートとなる。当時、なんとなくお互いの知性を信じていた人々が「えっ?」と世のなかに不安を感じ始めた空気感が反映されているのだろう。ドラマはイギリスのごく一般的な家庭を主人公に、2034年までの15年間を、世界情勢を踏まえて描いていく。

マンチェスターで暮らすライオンズ一家。人生100年時代で祖母ミュリエルはかなり高齢だがまだまだ元気だ。この家族の設定で面白いのは両親の世代がとんでいることだろう。母は早くに亡くなり、父は浮気が原因で出奔し、よそで新しい家族をつくっている。これも現代的な、家族の完全なかたちというものがなくなっていく現実に近い。

本作のメインとなるのは孫たちの世代である。先天性の神経障害である二分脊椎症を患い車椅子生活を送るロージーを演じるのは、実際に車椅子ユーザーの女優ルース・マデリー。ロージーは中国人の恋人との間にできた子どもを出産したばかりだ。だがこの恋人は故国に戻ってしまったため、ロージーは別の男性との間に設けた子を含む、二人の子どもを抱えたシングルマザーになる。このアジア系の「男の子」として生まれた子どもに、ロージーはリンカーンという奇抜な名前をつける。ドラマ内では何年も経過していくのだが、リンカーンはごく小さいときから大きくなるまで、可愛らしい服装と、長い髪のアレンジを好んでいる。

このドラマにはこれでもかというほど、多様性が散りばめられている。そしてそのことに説明的なセリフはない。ロージーがなぜ車椅子なのかとか、リンカーンが女性的だと言葉にして確認するような野暮なことはしないのだ。なぜならそれは、見たらわかることだし、見たままを受け入れるべきだからである。

人間が人間らしくいるために必要な価値観

ロージーの兄のダニエルは難民キャンプの管理の仕事をしている。彼はゲイで同性の伴侶がいる。しかしウクライナから来た難民ビクターと出会い、一目で恋に落ちてしまう。ヴィクトルは同性愛者への弾圧が激しい祖国で、両親に密告されて逮捕され、拷問を受けた悲惨な過去がある。

2022年2月26日より、『チェチェンへようこそ—ゲイの粛清—』(2020年)が日本で公開されている。この映画は、ロシア支配下のチェチェンで、「この国にゲイは存在しない」としてLGBTQの人々が逮捕され、レイプされ、殺害される現実を撮影している。これはチェチェンの後ろ盾であるプーチンの、性的マイノリティーに対する差別主義によるものだ。

このドラマ内では、ロシア軍がウクライナを侵略し傀儡政権を立てたことで、チェチェンと同じくウクライナでも、こうした性的マイノリティーに対して同様の迫害が行なわれているものとされている。ヴィクトルは故郷に送還されれば処刑されるかもしれない瀬戸際にいるのだ。

本作にはこのように、憎しみが人の命の重みを超えてしまう瞬間がたびたび現れる。それはわれわれを絶望的にさせる。「人は多様なものだ」という受容と、「人を殺してはいけない」という倫理は、人間がお互いに人間らしくいるために必要な価値観なのだ。

ダニエルの夫ラルフが非科学的な陰謀説信者なのも、生々しい「あるある」だ。コロナ禍において、反ワクチン主義者の話は目にした人も多いだろう。ダニエルとヴィクトルの恋愛は確かに不倫として始まったのだが、ラルフが鵜呑みにしている愚かしい非科学論を聞いていると、こんな人と家庭を持ち続けるのは無理だという気持ちにもなる。ダニエルは「人類がバカになっていっている」と不安に思うほどだ。

ライオンズ家の長男はスティーヴン。才色兼備の黒人の妻セレステとの間に二人の娘がいる。長女のベサニーはこのドラマのテクノロジーにまつわる物語をけん引する役である。

彼女は最初、InstagramのARエフェクトのようなホログラムを表示するマスク越しにしか両親と対話をせず、とうとう「私はトランスヒューマンなの」と言い出す。ベサニーの身の周りの技術が徐々にアップデートされることで、視聴者は、劇中で確かに何年もの歳月が流れていると認識できる。身体に埋め込んだ電話など、ベサニーが手に入れていくガジェットも、そのうち本当に現実になっていくのかもしれない。

嫁姑問題的に、祖母ミュリエルとセレステの仲はこじれている。その背景にはミュリエルが若干人種問題に鈍感なことも明示されていて、嫁の立場のセレステが初めてミュリエルを罵るのは、リンカーンの人種にまつわる軽率な発言によってだ。またミュリエルがセレステを呼ぶ際に、銅鑼(どら)のような物を打つシーンもその無神経さにひやりとする。しかしそういったいざこざがあるからこそ、彼女たちが軽んじられてきた女として初めて連帯するシーンには胸を打たれる。

『2034 今そこにある未来』とあわせて観たい映画

ここで『2034 今そこにある未来』とあわせて観たい映画をおさらいしておきたい。まず、遠い未来のアメリカを描いた『26世紀青年』(2006年)という映画がある。ひどい邦題だが原題は『IDIOCRACY(馬鹿による政治システムという意味の造語)』だ。

この映画は、賢い人々が人類の未来を憂えて子づくりを控え、そうでない人々が繁栄したために、平均IQが低下した500年後のアメリカが舞台となっている。人々は植物を育てようとして畑にスポーツ飲料のゲータレードを撒いたり、大統領は星条旗をあしらった衣装にラッパーのようなメダルをぶら下げ、改造車でド派手な登場をしたりする。そんなカオスな未来に人工冬眠実験から目覚めた男の物語なのだが、トランプが大統領選に当選したとき、本作が予言のようだったと評判になった。

『2034 今そこにある未来』でキーパーソンとなるのは、エマ・トンプソンが演じるヴィヴィアン・ルックだ。過激なコメンテーターとしてマスコミの注目を浴びる彼女は、裕福らしく自身のテレビチャンネルも持っている。ライオンズ家の兄妹の間でもヴィヴィアンに対する見解は割れて、ダニエルは警戒し嫌悪しているが、ロージーは強い女性として応援している。

危うい発言を繰り返す保守派論客が、お茶の間へとっつきやすい姿を見せたりすることで、世のなかに受け入れられている様は現在もよく見る光景だ。そういった世間になじんだ右派の有名人が、政界にうって出ると票を集めるようになるものであり、ヴィヴィアンもついには首相にまで上りつめる。

もう一作、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015年)も、このドラマに影響を与えているかもしれない。スティーヴンは作中で、銀行の倒産によって一夜で財産を失う悲劇に見舞われるが、この描写はリーマンショックを彷彿とさせるものだ。

『マネー・ショート』は2007年頃にアメリカで起きたサブプライム住宅ローン危機に際し、いち早くバブル崩壊を予期した投資家たちを描いている。しかし、決してうまく立ち回った者たちの儲けぶりを描いた映画ではない。破たんが目に見えている金融商品を、多くの人がよく確かめずに買い漁っていた、まるで底が抜けたような状況への失意や虚しさにあふれた演出がされている。『2034 今そこにある未来』とも共通する、考えることをやめた人々への不安が支配する映画だ。

ライオンズ家の長女イーディスは、1話目でこそ登場場面は少ないが、徐々に物語の柱ともなっていく人物である。1話で起こる、トランプが核ミサイルを発射するという衝撃の出来事を、身をもって経験するのがイーディスだ。このドラマは非常に巧妙な構成になっていて、とあるショッキングなストーリー展開上、イーディスがドラマ後半の良心という立場になっていく。

ライオンズ一家は世界情勢にかなり直接的な影響を受けてかたちを変えていき、それぞれの運命を辿っていく。しかし歴史はここで終わったわけではなく、これからどうなるかもわからない。そのなかで、本作のエンディングといえるイーディスの決断はとてもサマになっていると感じた。アクティビストであったイーディスが、まだ開発途上中といえるテクノロジーとの融合を選択する勇気もまた、多様性の選択のひとつだといえるだろう。

作品情報
『2034 今そこにある未来』

「スターチャンネルEX」にて、字幕版・吹替版が独占配信中

脚本・製作総指揮:ラッセル・T・デイヴィス
監督:サイモン・セラン・ジョーンズ、リサ・マルケイ

出演:
ロリー・キニア
エマ・トンプソン
ジェシカ・ハインズ
ラッセル・トーヴィー
リディア・ウエスト
ほか


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