サッカーと政治は切り離すべき?高騰する放映権などの課題を、日本代表W杯出場決定の機に考察

メイン画像:rarrarorro / Shutterstock.com

日本代表のカタールW杯出場決定。しかし、地上波で試合は放送されず

3月24日、男子サッカー日本代表(通称「サムライブルー」)がアウェーでオーストラリアに勝利し、11月21日〜12月18日に開催される『FIFA ワールドカップ カタール 2022™』(以下、カタールW杯)への出場を決めた。「アジア最終予選」では序盤の3試合で2敗し、ヒヤヒヤしたがそこからの追い上げは見事であった。3月29日に行われたベトナム戦は引き分け、最終的に2位で予選を終えた。

筆者の大神崇さんが手がける『SHUKYU Magazine』のInstagramより

一方、カタールW杯出場をかけたオーストラリア戦は、別の意味でも注目を集めた。それは、大事な試合にもかかわらず、地上波で放送されなかったことだ。なかには、この日に試合があったことをあとから知った人も多いのではないだろうか。この試合が地上波で放送されなかった背景には、高騰する放映権の問題が大きく関係している。

地上波のテレビ局がアジア最終予選の放映権を獲得できず、動画配信サービス「DAZN」が契約することになり、その結果、ホームゲームは地上波で放送されたものの、アウェーゲームはDAZNでしか観ることができないという事態が起きてしまった。

カタールW杯本大会に関しては、映像配信サービス「ABEMA」が放映権を獲得し、全64試合を中継することが発表された(日本代表を含めた一部の試合に関しては、地上波でも放送予定)。もはや、地上波でスポーツを観ること自体がめずらしくなりつつある。多様な視聴環境が存在するなかで、スポーツ中継の世界も大きな変化の時期を迎えている。

ABEMAのInstagramより

2018年にW杯を開催したロシア。ウクライナ軍事侵攻はサッカー界からも批難が

W杯の話が出たところで、4年前に時間をさかのぼってみようと思う。私は2018年6月、サッカーカルチャー雑誌『SHUKYU Magazine』の取材を兼ねて、W杯期間中に開催国のロシアを旅した。10日間で4つの都市を周り、さまざまなロシアの顔を見ることができた。ヨーロッパのほかの街と遜色なく、経済や交通が発達している首都・モスクワ。その一方、地方都市ではかたことの英語も通じず、「Google翻訳」を使って四苦八苦しながらコミュニケーションを取ったことも、いまでは良い思い出だ。ロシアという国には、世界から孤立した不思議なイメージを持っていたが、この旅を通じてその印象が少し変わった。

あれから約4年、そんな楽しかった思い出を吹き飛ばす出来事が起きた。ロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻だ。1か月経った現在も終わる気配が見られない。このロシアの愚行に対しては、世界中から非難の声が上がるなか、サッカー界でも国際大会へのロシアの出場禁止といった厳しい措置が取られ、選手やクラブはSNSなどを通じてウクライナ支援に関する多くのメッセージを発信している。

FIFA(国際サッカー連盟)はロシア代表をカタールW杯欧州予選から追放。UEFA(欧州サッカー連盟)はチャンピオンズリーグ決勝の会場をロシア・サンクトペテルブルクからフランス・パリに変更した

マンチェスター・シティ所属のウクライナ代表オレクサンドル・ジンチェンコ選手をはじめ、多くの選手からロシア非難の声が上がった

スポーツと政治は切り離すべき? 社会を動かすアスリートの発言と影響力

「スポーツと政治は切り離すべきだ」という話を聞くが、それは「スポーツは社会や政治と密接な関係である」という事実の裏返しともいえるだろう。そんななかで、アスリートも政治的・社会的な発言をする機会が増えている。たとえば、イングランド・プレミアリーグでは、2020年に起きた「Black Lives Matter」運動に賛同し、キックオフ前に選手たちが片膝をつくポーズを行なっている。

片膝をつくポーズは、2016年にアメリカのNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の選手が国歌斉唱の際、止まない人種差別に抗議するため膝をついて起立を拒否したことに由来する

アメリカ女子代表のミーガン・ラピノー選手は、男女の賃金格差や差別への抗議活動などに積極的に取り組んでおり、アスリートの枠を超えた存在として多くの人から支持されている。

2019年の女子W杯優勝パレードでのスピーチ。「アメリカ代表チームのメンバーは、ファッションも肌の色もさまざまで、ストレートやゲイの子もいる」と、多様性を尊重する発言を行なった

一方で、日本ではまだまだアスリートによる社会的な発信が少ないように感じる。今回のロシアによるウクライナ侵攻に対しても、Jリーグでは3月11日に行われたヴィッセル神戸vs鹿島アントラーズで、両チームの選手たちがウクライナ国旗の描かれたTシャツを着て入場し、「STOP WAR」と書かれたボードの後ろで集合写真を撮って抗議の意思を示したが、スポーツ界全体で見るとかなり少ない印象だ。

ヴィッセル神戸のInstagramより

もちろん、それぞれ心のなかで感じていることはあると思うが、それを表に出して発信する人がいないのが少し残念だった。アスリートが社会に与える影響力はとても大きい。それをアスリート自身が自覚して、勇気を持って行動に移すことが、日本のサッカーをはじめ、スポーツ界が成長するうえでも必要なのではないだろうか。

草の根の活動が未来のサッカーをつくる。各地で起きるムーブメント

私自身がサッカーカルチャー誌をつくることになったきっかけは、2011年3月29日に開催された東日本大震災のチャリティーマッチだ。まだまだ不安を抱えて生活する人が多いなか、大阪で行なわれた日本代表とJリーグ選抜による試合。後半途中から出場した三浦知良(カズ)選手が決めたゴールは、震災で落ち込む多くの人たちに勇気を与え、いまでも語り継がれている。

『東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ』のハイライト

もちろん、自分も勇気をもらった一人であり、サッカーが社会に与える力の大きさを強く感じ、それを伝えるために4年後の2015年に『SHUKYU Magazine』を創刊することになった。

サッカーが社会に与える影響の例として挙げられるのは、トップレベルの選手やリーグだけではない。最近だと、イングランド・フットボールリーグ2(実質4部)に所属する、環境に配慮したエコなクラブ「フォレスト・グリーン・ローヴァーズ」は、スタジアムに太陽光パネルを設置し、使用する電力をまかなうというサステナブルな取り組みを行ない注目されている。食事面でもサステナブルな思想が活かされており、選手やスタジアムでサポーターに提供されるフードもビーガン料理という徹底ぶりだ。

フォレスト・グリーン・ローヴァーズのInstagramより

同じく、イギリスで活動するコミュニティー「FC Not Alone」はメンタルヘルスに特化したプラットフォームを運営する。国内の自殺者削減という社会課題の解決に向け、サッカーを切り口に、生きづらさや弱さといったメンタルヘルスに関するオープンな議論を生み出している。

FC Not AloneのInstagramより

FIFAに加盟できない・しようとしない国・地域・民族で構成される組織「CONIFA(独立サッカー連盟)」にも注目してほしい。有効な旅券を発行できる「国家」であることが加盟条件であるFIFAに対し、CONIFAは未承認国家や少数民族を含むすべての人にサッカーをする機会を提供する。現在、日本からは「琉球」「United Koreans in Japan」が加盟している。

このようにサッカーを通じて社会をより良くしようとする取り組みが世界各地で生まれている。こうした活動ができるのは、世界中でプレーされているサッカーならではだろう。

カタールW杯は資本主義の象徴? サッカーが開かれたスポーツであるために

冒頭にも書いた放映権の高騰や一部のトップクラブだけで構成される「欧州スーパーリーグ構想(*1)」、高すぎる選手の移籍金など、行き過ぎた資本主義の影響がサッカー界にも如実に表れている。その象徴がカタールW杯なのかもしれない。楽しみな反面、オリンピック同様に多くの問題があぶり出されるだろう。

サッカーが一部の特権階級の人たちのものではなく、皆に開かれたものであるということや、そのために私たちができることはなんなのか、いまこそあらためて考えるときなのかもしれない。

*1:スペインのレアル・マドリードなど、ヨーロッパーのビッグクラブが主導となり、選ばれた一部のクラブのみで行なう新リーグの構想



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