ヒロ・ムライらが監督、終末ドラマ『ステーション・イレブン』はなぜ傷ついた観客の心を打つのか

ウイルス感染により、人類の99%が死滅し地球の文明が崩壊した世界。その大惨事から20年後の世界では、シェイクスピア劇専門の旅団や、パンデミック以前を知らない新世代を束ねる組織が存在し、生き残った者がそれぞれにコミュニティーを築いていた──。

カナダの作家エミリー・セントジョン・マンデルによるベストセラーSF小説『ステーション・イレブン』は2014年発表の作品だが、コロナ禍の世界を「予言」しているとして近年ふたたび注目を集めた。『アトランタ』のヒロ・ムライらを監督に迎えてドラマ化、2021年に米HBO Maxで配信されると、米ニューヨーク・タイムズ紙が「2021年のベストドラマ」の1本に選出するなど、批評家・視聴者の双方から高い評価を獲得。日本でも2022年4月29日にU-NEXTで配信がスタートした。

大惨事を経験してトラウマを負った人間たちの愛やつながり、人を癒す芸術の力を肯定的に綴る本作は、「世界の終わり」のその後を描く黙示録的作品でありながら絶望的ではない。むしろ楽観的といえるほどに人間讃歌、芸術讃歌でもある物語は、まさにパンデミックによる世界の変化を経験している最中のアメリカの視聴者の心を打った。

本作のタグラインは「Survival is insufficient(生き残るだけでは不十分)」。「世界の終わり」を描く典型的なポストアポカリプスの物語と、本作を分かつものは何なのか。「痛みを覚えている。(I remember damage.)」で始まる劇中のフレーズを起点に、ライターの小林雅明が綴る。

「痛みを覚えている」。パンデミックで文明が崩壊してから20年後の世界を生きる人類たち

「痛みを覚えている。(I remember damage.)だから、逃げる。そして見知らぬ銀河を長らく漂流していた。でもいまは安全だ。また見つけた。我が家を」

10話完結のミニシリーズ『ステーション・イレブン』において、Childish Gambinoことドナルド・グローヴァー主演のドラマシリーズ『アトランタ』や、同じくChildish Gambino "This is America"のミュージックビデオを手がけたヒロ・ムライが監督した第3話「ハリケーン」は、一聴しただけではなんのことかわからない独白で始まる。

登場人物のひとりで、この声の主であるミランダ(『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール:報復の荒野』のダニエル・デッドワイラー)は、ハリケーンで肉親を失うという過去を持つようだ。それなら、ここで、「痛み」と訳されている「damage」は、「外傷(トラウマ)体験」に置き換えられるだろうか。

『ステーション・イレブン』予告編。吹き替え版では、早見沙織、細谷佳正らが声優を務める(サイトを見る

誰もがこうした「damage」を抱えているものだが、その内容は十人十色だ。ところが、『ステーション・イレブン』の登場人物の大半は同じ「damage」を共有している。それはなぜか。

彼女 / 彼らは、2020年に発生し、全人類の99%が死滅したパンデミックを乗り越え、20年後である2045年のポスト・パンデミックの時代に生きているからだ。肉親や愛する者を失いなおも生き続けている人たちが、インターネットも電話もテレビもラジオも電気も消えてなくなった世界でどんな生き方をしているのか。『ステーション・イレブン』はそこに焦点をあわせている。

これはいわばポストアポカリプスの物語ではある。しかしながら、生き残った者が党派に分かれて繰り広げる生存闘争や、パンデミックが生み出した突然変異などに興味を示しはしない。かくも過酷な状況下で、人はなぜ生きていられるのか、ゆるやかなレジリエンスの軌跡が描かれてゆく。

原作はカナダの作家によるベストセラー小説。「パンデミックを予見していた」として刊行から5年後のコロナ禍に再び注目を浴びる

『ステーション・イレブン』のショーランナーは、パトリック・サマーヴィル。監督は、彼とともにエグゼクティブプロデューサーを務めるジェレミー・ポデスワ(最終回を含む全3話)と前述のヒロ・ムライ(第1話を含む全2話)など全部で4名だ。

サマーヴィルが頭角をあらわしたのは、脚本家としてシーズン2から参加した、2000年代を代表するテレビシリーズ『LEFTOVERS/残された世界』(2015〜17年)だった。『ウォッチメン』(2019年)以前に、デイモン・リンドロフがショーランナーを務めたこの作品では、1億4千万もの人たちが忽然と姿を消す出来事から2年後の世界が舞台となっていた。

今回の『ステーション・イレブン』には原作がある。カナダの作家エミリー・セントジョン・マンデルの書いた同名の2014年刊行のベストセラー小説をもとにしながら、随所に大胆な脚色を加えている。

この原作小説は、刊行から5年経った2019年に、COVID-19によるパンデミックを予見していたとして再注目されたが、ドラマシリーズ化はそれ以前に決まっていた。そして、2020年1月に撮影が始まると、わずか2か月で中断を余儀なくされた。皮肉なことに、パンデミックを乗り越えた人々を扱う作品が、パンデミックに行く手を遮られてしまったのだ。幸い撮影は1年半後に再開され、完成した作品は奇しくもパンデミックの真っ只中で配信が始まったのだった。

エミリー・セントジョン・マンデルによる原作小説『ステーション・イレブン』は、2014年に刊行され、『全米図書賞』最終候補にも選出。セントジョン・マンデルとパトリック・サマーヴィルは、彼女の近作『The Glass Hotel』『Sea of Tranquility』の映像化でもタッグを組むことが発表されている

劇中に登場する『ステーション・イレブン』というグラフィックノベル

ドラマの中心人物は、劇中のパンデミック発生時8歳にして、子役としてシェイクスピアの舞台に立っていたキルステン(演じるのは『ブラック・ミラー』シーズン3、第4話「サン・ジュニペロ」のマッケンジー・デイヴィス)。

彼女が8歳の頃(子ども時代のキルステンは『フローラとユリシーズ』のマチルダ・ローラーが演じている)から、文明崩壊後、20年経っても肌身離さず、暇さえあればページをめくっているグラフィックノべルが出てくる。そのタイトルこそが「ステーション・イレブン」なのである。

やがて、冒頭に挙げた「痛みを覚えている」で始まる文句が、このグラフィックノベルの作中に登場するものであること、そしてその作者が前述のミランダであることがわかってくる。

劇中でパンデミック前にミランダが個人的に制作し、5冊だけ印刷した本として登場するグラフィックノベル『ステーション・イレブン』

創作や表現に「痛み」を重ねる人間たち。「生き残るだけでは不十分」の意味

2045年のキルステンは、エンジンを丸ごと抜き取った車を馬に引かせて街から街を巡る、シェイクスピア専門の旅回りの演劇 / 音楽一座「トラべリング・シンフォニー」を、若手の中心人物として取り仕切っている。

これは、パンデミックを生き延びた人や、パンデミック後に生まれた人など、さまざまな世代の人間で構成された「我が家」のような集団だ。彼女はパンデミック発生時に家族と連絡がとれなくなった幼い自分を庇護してくれたジーヴァン(『TENET テネット』のヒメーシュ・パテル)と生き別れになったあと、ここにたどり着いたのだった。

文明の崩壊した世界で生活する人々は何を求めているのか。彼女はハムレットの役を演じながら、親の死を知ったときのハムレットの「damage」に、自らのそれを重ねてしまう。その場にいあわせた観客、さらに、このドラマを観ている視聴者もまた「I remember damage.」の意味を噛み締める瞬間だ。

このとき思い出されるのはもちろん過去の「damage」だ。それが、演劇を通じて、いま現在に呼び戻されることになる。冒頭に挙げたミランダの言葉では、「痛みを覚えている(I remember damage)」のあとに「だから、逃げる」と続く。これは、演技に没入してしまうと「damage」を忘れてしまう、いわば「心理的解離」にあたるだろうか。

「生き残る」ためでも、「成功する」ためでも、「個人の目標達成」のためでもなく、我を忘れて打ち込めるその瞬間のためだけに生きている、そんな人たちもいる。それはキルステンや劇団の団長格であるサラ (『タンク・ガール』のロリ・ペティ)をはじめとするトラベリング・シンフォニーの面々だけではない。パンデミック直前に自作のグラフィック・ノベル『ステーション・イレブン』を描き上げ、製本にこぎ着けたミランダもそうだ。

馬に牽かれたトラベリング・シンフォニーの車体には、劇団のモットーが書かれている。

「生き残るだけでは不十分(Survival is insufficient)」と(これは、第7話のタイトルでもあり、ドラマシリーズ『スタートレック:ヴォイジャー』からの引用でもある)。

『ハムレット』やA Tribe Called Quest、リスト……文明崩壊後も生き続ける芸術と音楽の力

そして、そこには必ずアートがあり、アートが求められている。『ハムレット』は、時の試練に耐え、何世紀にもわたり繰り返し演じられ、解釈されてきた作品の強靭さゆえに、いかなる観客にも開かれている。このドラマでは『ハムレット』が繰り返し言及されるが、視聴者が『ハムレット』を熟知している前提でつくられてはいないとサマーヴィルも言っている。

また、シェイクスピアは、ペストが発生し大流行した時代を生き抜いた人でもある。演劇や音楽は、それらを表現できる生身の人間が生きていれば、文明崩壊後でも生き残る。

『ステーション・イレブン』で、2045年の劇団オーディションの場面で入団希望者が諳(そら)んじる映画『インデペンデンス・デイ』のスピーチも、演奏中に雨に降られても弾き続けるリストの“ラ・カンパネラ”も、キルステンの自主隔離期間からの門出を祝い励ますように大きな声で「前進あるのみ、 迂闊な動きは禁物」とラップされるA Tribe Called Questの“Excursions”も、『ハムレット」と同様にアートだ。人は自分たちでつくり上げた創作物を通じて人間の経験を共有できる。そこにある感情のうねりを生きているのである。

パンデミック初期、幼いキルステンはジーヴァンとその弟フランクに保護される。7話でフランクがA Tribe Called Questの“Excursions”をラップし始めるシーン

最後に、ミランダの言葉の残りを見てゆこう。

「見知らぬ銀河を長らく漂流」できるのは、忘我の瞬間がある=生きているからだ。このとき、漂流しているのは、精神的外傷と癒しの狭間にある時空のなか。キルステンがこの時空を訪れたかのようなエピソードも用意されている。

さらに、こう続く。

「でもいまは安全だ。また見つけた。我が家を」。つまり、癒しと安定を得るのである。そう、『ステーション・イレブン』では、キルステンやジーヴァンをはじめ、パンデミックで寄る辺なき存在になってしまった世代の異なる人々が、希望を、新たな「我が家」を探し求める。その「家」はまったく新たなものかもしれないし、パンデミック以前のものであるかもしれない。現在が過去につながることで、新たな未来が開けてゆく。

製作陣やキャストが『ステーション・イレブン』を語るガイド映像。パトリック・サマーヴィルは「シェルターや食料以上のものが人間には必要なんだ。芸術とユーモアさ」と語る

作品情報
『ステーション・イレブン』

U-NEXTにて見放題で独占配信中

出演:
マッケンジー・デイヴィス
ヒメーシュ・パテル
ダニエル・ゾヴァット
デヴィッド・ウィルモット
マチルダ・ローラー
ナバーン・リズワン
ロリ・ペティ
ガエル・ガルシア・ベルナル
ダニエル・デッドワイラー


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