磯野真穂の著書『社会が壊れるその前に メアリ・ダグラスの人類学』が9月28日に刊行される。
人類学者、東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授の磯野真穂。2019年に刊行された宮野真生子との共著『急に具合が悪くなる』が濱口竜介監督によって映画化され、今年の『カンヌ国際映画祭』で最優秀女優賞を獲得した。
同書は、イギリスの人類学者メアリ・ダグラスの著書『ナチュラル・シンボル(Natural Symbols)』を手がかりに、現在の能力資本主義がどのような特徴を持った社会なのかを考察し、より善い社会をつくるためのヒントを提示。
約半世紀前に記されたダグラスの著書は、近い将来、苛烈な競争社会が訪れ、人々の孤独と不安はますます増していくことを警告し、ひとりひとりに価値を見出そうとする人々と、民族や国家のような大きな存在に救いを求める人々との間で社会は分断されていくことを予測。さらにセカイ系のようなジャンルが生まれ、推し活のような現象が広がり、人々は自分の身体を変えることに一層励むだろうことも仄めかされているという。
【磯野真穂のコメント】
『急に具合が悪くなる』およびそれに続く『他者と生きる』が刊行された後、私はある種の違和感を抱くようになりました。その違和感は、偶然性とか、境界をなくすこととか、複雑性に耐えることとか、そういうことを讃える本がたくさん献本されてきたり、そういうことを語ってほしいという依頼をたくさん頂いたりするようになったことに起因します。
もちろんそれは大変にありがたいことでした。ただ私が違和感を覚えざるをえなかったのは、そのような本や依頼の中に、何かを分類したり、境界を設けること自体を問題視したり、現在ある制度を壊しさえすれば、より善い社会が訪れるだろうという素朴な期待や確信が、それなりの数で混じっていたことにあります。
分類し、境界を作るというふるまいがあるからこそ、そこにはまり込まない存在は価値を持ちます。構造という必然があるからこそ、偶然は光を放ちます。前者を否定したら、後者も消えてしまう。批判を急ぐあまり、そのことが忘れられているように感じられたのです。
同様のことを約半世紀前に警告していた人類学者がメアリ・ダグラスでした。メアリ・ダグラスは、象徴(シンボル)という観点から、人間が構造と非構造をどのように行ったり来たりしながら、社会を存続させてきたのかを、狩猟採集民から産業社会までを縦横無尽に行き来しながら解説します。「ひとりひとりが輝けば社会はよくなる」という価値観と、「国家とか民族とかを守り抜けば社会は良くなる」という価値観が、どういう象徴のもとに立ち上がり、その根底で人は何に苦しんでいるのかを解説します。
社会はなんだかおかしな方向に向かっているし、社会を良くしようとする試みすら、社会を悪くしているような気さえする。そんなことを感じている人たちに本書が届けば望外の喜びです。
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