矢内原美邦×伊藤千枝(珍しいキノコ舞踊団)対談

バレエでもヒップホップでも何でもテクに精進することこそダンスと思われがちだが、振付家とは、フェイクをきわめることにあきたらずダンスを追う人だ。汎用性の高い身体言語やある種の超絶技巧を奏でながら。そう、日本には伊藤千枝と矢内原美邦がいる。ポストモダンの迷宮を抜けコンポラダンス界を牽引するふたりが、2010年の新作を目前に控え、その思いを語る。対照的な作風の背景にはそれぞれの歴史がある。身をもってダンスの強度を知るふたりが、今、ダンスで伝えたいこととは?

(インタビュー・テキスト:鈴木真子 写真:柏井万作)

もう一回「踊っていて楽しいよね」っていう気持ちを純粋にステージにぶつけられないものかなと思って。

矢内原美邦×伊藤千枝(珍しいキノコ舞踊団)対談
伊藤千枝

伊藤:キノコは今年でもう実は20周年、え〜っと、8歳のときに作ったカンパニーだから(笑)もう20年経つんですけど。最初は自分が踊るのがすごく好きでこういう踊りが踊りたいとか、自分の踊りたい踊りが世の中に存在しないから自分で作るっていう気持ちで、キノコを作ったんですけど、その後、ダンスで何か表現するということに志向が流れていって、色々とコラボレーションしたりしていたんですね。でも今回は20周年ということもあり、『私が踊るとき』では、もう一回自分が踊ることの喜びというか、踊っていて楽しいよね、っていう気持ちを純粋にステージにぶつけられないものかなと思っています。私が最初に一人で振付をした『フリル(ミニ)』は、そういう気持ちで作ったので、今、それをもう一回やってみたいんです。

矢内原:『フリル(ミニ)』はすごく面白かったです。私、千枝ちゃんが踊るの、すごく好きですよ。

伊藤:ありがとうございます。『私が踊るとき』は、こういう気持ちでこういう音楽でこういう場所ですごく踊りたくなる、というような衝動だけで作っています。えっ、あの名曲で踊るか?(笑)っていような音楽も使って、ローリング・ストーンズも解禁して。普段、お酒飲んで気分がいいときに踊る踊りと、自分が振付して踊るときの踊りってやっぱりちょっと種類が違うらしくて、そこをすり合わせるのがすごく大変だけど、稽古場でもパオ〜!とかフ〜!とか(マイケル風に)、盛り上がっていますね。

生きている間に「死」を表現に変えるとどうなるかなと思って。

矢内原:(笑)すごいね。私は、非常にネガティブです。「あーなったらこうならない」っていうのをあまりポジティブに捉えないで、死に近づいていくみたいな。

伊藤:真反対だね。なんで?

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矢内原美邦

矢内原:初めはポジティブから入るんですけど、人が生きている時間っていうのがだんだん少なくなってきているっていうとおかしいんですけど、最終的に死に向かうっていうところを、今まで表現したことがなかったのでそれをやってみようと思っています。今年、『あいちトリエンナーレ』があるんですけど、それをダンスだけで先に表現してみようと。暗いです。文章書き過ぎて、ちょっと頭がおかしくなったのかも。その、死っていうのはいつも生きている私たちの中にしかないから、死はネガティブに捉えられるんだけど、でもそこにもポジティブな面はたくさんあって、生きている間に死を表現に変えるとどうなるかなと思って。

伊藤:生まれたときから人は死に向かっているって誰かが言ってた。

矢内原:初めはカラフルだけど、黒一色の世界になっていくっていうか。前に英語で読んだ『ネバーエンディングストーリー』っていう本の中に好きな言葉があって、ちょっともう記憶が薄いですけど、「Why so darkness?」だったかな、物語の始まりはいつも暗い、何もない、blackだったり、blankだったり、darkから始まるというような言葉があっていいなと思ったんです。まだまだ先なので、答えが出てないけど、みんなとまどいながらやってます。

伊藤:再生っていう意味もあるのかな。

矢内原:そこまで行けたらいいけど、あ、死んじゃった、みたいな感じで終わるかもしれない。

伊藤:真っ暗?

矢内原:暗転じゃん、みたいな(笑)?

千枝ちゃんの場合は楽しいことが踊るエネルギーになるし、私の場合ネクラなので、誰か一人でも見ていると思うともうやりたくない、って。

─これを演劇ではなくダンス公演にしたのはどうして?

矢内原:死をテーマに何かを書くっていう技量がまだなくて。ダンスのほうが私には近い。ダンスならどうとでも捉えられる。

伊藤:抽象的だからね。

矢内原:明るく踊っても照明が暗くなると暗いとか、ゆっくりやると舞踏みたいな感じになるとか(笑)。そういえば、ダンサーの陽茂弥は駱駝艦のサンフランシスコ公演かなんかで女役をやっていたときに声をかけたんです。

─対照的な作品になりそうですね。

矢内原:でも、自分が踊る環境みたいなものをどういうふうに作っていくかということでは共通していると思います。千枝ちゃんの場合は楽しいことが踊るエネルギーになるし、私の場合ネクラなので、誰も見ていないところでやるのは好きなんですけど、誰か一人でも見ていると思うともうやりたくない、って。

伊藤:舞台で踊るの、イヤなんだよね。

矢内原:次も本当は出たくないけど、ダンサーをずっと踊らせているんで、着替えるのに30秒なんかでは絶対出来ませんって言われて。

伊藤:しょうがない、私しかいないって?

矢内原:振付は好きだけど、自分が踊るのは、厳しいっていうか。

伊藤:私はもともと踊り大好きだからね。

初めて作る作品は好きなものをテーマにしたほうがいいって言われて、メロンをテーマに作品を作りました。

矢内原:私がダンスを始めたきっかけは、このチラシに写っているお姉ちゃんです。

矢内原美邦×伊藤千枝(珍しいキノコ舞踊団)対談
『あーなったらこうならない』チラシ

伊藤:ああ、そうだったの?

矢内原:高校のとき、お姉ちゃんがダンス部だったんです。私は茶道部と書道部と漫研。

伊藤:超文化系だね。

矢内原:ほとんど帰宅部だよね。みんなが集まりたいときに集まるだけだから。お姉ちゃんが卒業するのと同時にダンス部に人が一人もいなくなっちゃうっていうんで。

伊藤:意志を継げと?

矢内原:「あんた、ダンス好きやろ?」って、手紙とか。

伊藤:軽く催眠にかけられたんだね(笑)。

矢内原:起きる前にコーラスラインを流したり(笑)。絶対、ダンスが好きやと思う、みたいな感じで。それがもう高2の終わり頃で、すぐに全国ダンスコンクールとかあって、そこで初めて作品を作って。

伊藤:あれ? だって美邦ちゃんしかいなかったんでしょ。

矢内原:入ったときは私一人しかいなくて(笑)、4人くらい文化系の人だまして、5人でなんかインパクトのあることをしなきゃいけないって言われて、正岡子規のダンスを作ったんです。

伊藤:すごいね(笑)。

矢内原:それが受けて、全国大会に出たんですね。

伊藤:処女作でしょ。

矢内原:でも私だけじゃなくて、みんなで考えたから。

伊藤:私の処女作はメロンとメロンパンっていうタイトルで、メロンは今も大好きなんだけど。

矢内原:象も好きだよね。

伊藤:象も好き! 象も好きだけど、初めて作る作品は好きなものをテーマにしたほうがいいって言われて、私はメロンが好きだなと思って、メロンをテーマに作品を作りました。高校1年生のときです。

─やっぱりダンス部ですか?

矢内原美邦×伊藤千枝(珍しいキノコ舞踊団)対談
写真:池田晶紀(ゆかい)
デザイン:小山睦浩(mograph)

伊藤:いえ、私はもう4歳のときからお稽古場に通ってたんです。幼稚園のときにすごく仲のよかった子が、近所のお稽古場に入るんで、千枝ちゃんも一緒に行こうって言われて、その子はすぐに止めちゃったんですけど、私は体育会系っていうか、外でキャアキャアやっているほうで、身体を動かすのがすごく楽しくて、そのまま続けていました。高校生になると、稽古場のお姉ちゃんたちがつくっているグループ翼っていうのに誘われて、そこに入るともれなく作るというか、お稽古場で発表してました。軽く照明も入れて、衣裳は黄色の寝間着を買ってもらって、親友に描いてもらった絵を貼り付けて、巨大なメロンパンを10個買って、紐でぐるぐる回して引きずりながら踊っていましたね。

─生粋のダンサーですね。

伊藤:バレエじゃなくて、モダンダンスだから、最初の頃はお遊戯みたいな感じ。もう発表会とかあると毎日通ってましたね。自分のシーンなんて2、3分だから本当は週に1回くらいでいいのに。小学2年生くらいかな、プレスリー風の衣裳があって、ムラムラしてましたね(笑)。

自分は正義の味方のつもりで、いじめられている弱い子を私が守っているって気分だったんですけど、たぶん、そういういじめっ子だったんだと思う(笑)。

─小学校では踊ってなかったんですよね。

伊藤:学校では子分がいるようなガキ大将でした(笑)。自分は正義の味方のつもりで、いじめられている弱い子を私が守っているって気分だったんですけど、たぶん、そういういじめっ子だったんだと思う(笑)。

矢内原:(笑)。いじめている方と喧嘩してたんだ。私は放送部だったもん。くだらないこと放送するなって怒られてた。でもね、小学校、中学校、高校と進むにしたがって、どんどん友達がいなくなって。っていうか、小学校のときも一人くらいだったのね。

伊藤:え〜? じゃあ俯いてる感じ?

矢内原:いや、すごくえらそうだった(笑)。高校になったら、誰とも喋らない、みたいな感じ。小6くらいから、二宮金次郎の銅像の下に穴が開いていてそこに入ってずっと本を読んでたんだけど、「穴に入っている人がいます」って、よく怒られていた(笑)。やっぱり、対照的なんですね。

私、原始体験クラブだったよ。

伊藤:中高になると女子校だったんで、またちょっと違って、学校よりもダンスのほうが好きで、学校は寝に行く場所で、帰ってお稽古場に行って、結構遅くまで練習したり。稽古場のお姉ちゃんたちとご飯食べに行ったりするのが楽しくて。二重生活していた感じですかね。

矢内原:私は学校も行かないって感じだったもん。どこにも出かけない。

伊藤:自分ち(笑)? 

矢内原:「信号が赤になったから帰ってきた」とかって、よく親に言ってたね。そしたら、まあいいんじゃないって言われて。

伊藤:え〜? 高校とかで?

矢内原:そう、日数が足りないから夏休みとか春休みで辻褄合わせて。たぶん半分くらいしか行ってないんじゃないかな。

─ダンス部の全国大会の時期は?

矢内原:誘った4人が超怖いんですよ。

伊藤:誘っておいて、お前が来ないとは何事かって?

矢内原:誘ったせいでキャプテンになったり。なんなんだろう。でも、みんなでよく隠れていたよ。どうやってダンス部をさぼるかって。先生が本当に怖い人だったから。

伊藤:私は中高と合唱部で部長やってたよ。部長って本当は高2だけやればいいはずなんだけど、上の先輩がいなかったから、部長だった先輩に言われて断り切れず。だから学祭の前なんかは、朝練やるからみんな来て!って。あと合唱部とか地味だったから教室でしか発表できなかったのを、生徒会をまるめこんで講堂で出来るようにしたりとか、やってましたね。

矢内原:私、原始体験クラブだったよ。

伊藤:(笑)。何それ? ああ、縄文時代とか?

矢内原:そう、学校休みすぎて、そのクラブしか入れなかった。

伊藤:意外とたくさんクラブ入ってるじゃん。

矢内原:(笑)。いやいや、クラブは全員入らなきゃいけない。

伊藤:それとダンス部は違うの?

矢内原:違う。部活動は書道部と茶道部と、なんだっけ。

伊藤:うちは部活なかったんだ。中高にもダンス部はあったけど、前髪を切っちゃいけない、三つ編みしなきゃいけないって校則があるような女子校で、体育祭になるとそのダンス部が、黒いちょっと透けるストッキングを履いて、黒のチャコットのバレエシューズに、何もかっこよくない黒の長袖レオタード着て、髪はお団子にして校庭で踊るの。

矢内原:うちらもそうだった。

伊藤:もうすごい恥ずかしい! それだけはやりたくないと思って。

矢内原美邦×伊藤千枝(珍しいキノコ舞踊団)対談

矢内原:うちら、誰も衣裳があるってこと知らなくて、ストッキングもなくて、素足だったよ。

伊藤:マジ? 男子いるでしょ。

矢内原:男子も見てた。5人ともヘッチャラだったよ。

伊藤:え〜、本当?

矢内原:全国大会までそれで出ちゃったんだもん。

伊藤:それで、インパクトあるんだ。

矢内原:そしたら全員衣裳つけてた。ダンスって衣裳つけていいんだあって。

伊藤:そっか、レオタードがダンスだと思ってたんだ。

矢内原:そうそう。でもね、衣裳がOKだってわかってから、みんな、こんなので踊りたくないって。

伊藤:だよね。私、絶対いやだったもん。ちょっとだけ透けるストッキングなんて。

矢内原:私たちは生足で書道をやってたからね。正岡子規だから。

矢内原美邦×伊藤千枝(珍しいキノコ舞踊団)対談
珍しいキノコ舞踊団「あなたの寝顔をなでてみる。」(2007)
写真:片岡陽太

熊が鮭を抱えているのを見たかったからカナダに行きたかったのに、じゃんけんで負けてアメリカに行った。

伊藤:(笑)。で、私はダンス部には入らず、合唱と軽音楽部。大学のダンスサークルは今でこそヒップホップな感じだけど、当時はバレエとジャスダンスとヒップホップとお笑いとか、むちゃくちゃだったんだよね。ちょっとカラーが違うわと思って、私はそのサークルには入らなかった。キノコの別の人は入って、ジャネット・ジャクソンとか踊ってましたよ。

矢内原:私は大阪体育大学ですよ。誰もが耳を疑うけど。体育が世の中で一番苦手だったんですよ。50m走とか遅いし、マラソンとか出来なくて。それがたまたま大阪体育大学に舞踊学科が初めて出来るときで、全国大会に出たときに、受けに来てくれませんかって言われて。入ったら二人しかいなくて、そこからスパルタですよ。

伊藤:先生だって二人に一人ついてるんでしょ。

矢内原:二人に二人ですよ。教授と助教授。

伊藤:すごいね。

矢内原:だから2年生で海外留学するのも、交換留学だから1年間、行きたくなくても行かなきゃいけない。アメリカとカナダとあって、カナダのほうが安かったし、熊が鮭を抱えているのを見たかったからカナダに行きたかったのに、じゃんけんで負けてアメリカに行った。

ダンス未経験者のほうが豊かな発想でいろんなことをしてくれるので、面白いですよ。

伊藤:すごいね。それで、向こうからも二人来るんだ。

矢内原:2年になると下に入ってくるからもう少しいたけど。

伊藤:作品をつくることで単位がとれるってこと?

矢内原:そう、体育学部のなかの他の学科の学生が教員免許をとるためにダンスの学科をとらなきゃいけなくて、ラグビー部の子とかを踊らせていた。

伊藤:ああ、ダンスをやったことない人たちに振り付けてたんだ。

─そういうダンスの作り方はキノコとニブロールの共通点ですね。

矢内原:そういえば、7、8年くらい前かな、ピナ・バウシュがドイツでやっているダンスコンクールに応募して、最後まで選考に残ったんだよ。

伊藤:それ、『ピナバウシュダンス国際フェスティバル』っていうの? 

矢内原:そう。最終的にはダムタイプが取ったんだけどね。

伊藤:私もピナに会ったことあるよ。ピナの作品を見てたときにすぐ後ろにすわってたの。間近だったよ(笑)。

矢内原:私なんか一緒に写真撮ったもん(笑)。ていうか、ピナ・バウシュにすごく褒められたの。それで彩の国で公演しているときに、来ていいよって言われて、ニブロールの人たちを20人くらい誘って行ったら、今度からお前一人で来いって言われた(笑)。千枝ちゃんもピナ・バウシュ好きなんだね。

伊藤:大好きだよ! 大好き! でもあのカンパニーはどうなっちゃうんでしょうね。

矢内原:もう決まっていた公演はやるけど、それ以降は解散らしいですよ。

伊藤:フェルナンド〜!

矢内原:デュッセルドルフにピナ・バウシュが創設したすごくいい学校があるから、そこで教えたりするんじゃないですか?

─そういう学校から、新しいダンスが生まれたりするんでしょうか。

矢内原:いや〜、あそこは飲み屋が一軒しかないから、きついのでは(笑)。人が集まる場所じゃないというか。

矢内原美邦×伊藤千枝(珍しいキノコ舞踊団)対談
『Small Island 』2008 (c)佐藤暢隆

─お二人とも、大学で教えたりしてますよね。どうですか?

矢内原:私が持っているのは、どちらかというと何をしたいかわからないような学生たちが多いかな。東京造形大学でクラス20人くらいなんだけど、朝の授業に行ったら一人しかいないの。こっちが朝から何時に来てると思ってるんだ〜!ってゲキ切れして、「全員単位ないよ、卒業できないからね」って言ったら、次からビシ〜っと全員揃ったね(笑)。

伊藤:切り札出しちゃったんだ(笑)。大学の授業は与えられている感じだからね。むしろワークショップに来る人たちのほうが意欲的でしょ。私はダンス未経験者に教えることが多いけど、そこでテクニックはあまりやらない。例えば3〜4人で1匹の動物を作ってみてくださいとか。ダンス経験者にはその人が持っているボキャブラリーをいかに壊すかっていうことをしますね。ダンス未経験者のほうが豊かな発想でいろんなことをしてくれるので、面白いですよ。楽しいでしょ、楽しいでしょって。特に子供は柔軟だし、アイデアが閃いたときや不思議なかたちができあがったときの表情もいいですね。普段、自分が作品をつくるときはもっとかっこよくとか、こんな簡単な振りでいいのかと思うけど、小学生のワークショップをやると自分も原点に連れ戻される、こういう初期衝動が大事なんだって感覚を思い出しています。

矢内原:子供、面白いですよね。スポーツクラブではテクニックを教えているんだけど、大分に呼んでもらってワークショップをしたことがあって、3歳児がかけずりまわって、むちゃくちゃでしたね(笑)。

伊藤:『私が踊るとき』では、音にものすごく影響を受ける自分を素直に受け入れてみようと思っています。好きな曲ばっかり集めているので、もしできたら、後ろのお客さんに怒られなかったら、客席立って見ながら一緒に踊ってもらいたいくらいです。

矢内原:(笑)。そういえば、前に学祭でBEGINを呼んだことがあって、一人で立ったら、後ろの人にここは立つ場所じゃないよって言われたよ。

伊藤:(笑)。今回は、「カ〜モン!」「JOIN US! 」って言いたいです。

イベント情報
珍しいキノコ舞踊団 新作ダンス公演
『私が踊るとき』

2010年1月22日(金)〜1月25日(月)
会場:世田谷パブリックシアター(東京・三軒茶屋)
振付・構成・演出・出演:伊藤千枝
キャスト:
山田郷美
篠崎芽美
茶木真由美
中川麻央
梶原未由
料金:一般前売4,000円 当日4,500円

矢内原美邦 新作ダンス公演
『あーなったら、こうならない。』

2010年3月5日(金)〜3月7日(日)
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール
料金:前売3,000円 学生2,500円 当日3,500円(全席自由席)

プロフィール
矢内原美邦

振付家/劇作家/ニブロール主宰。97年、各分野で活躍するアーティストを集めたパフォーミング・アーツカンパニー「ニブロール」を結成。代表兼振付家としての活動を始める。05 年、吉祥寺シアターのこけら落とし公演を契機に「ミクニヤナイハラプロジェクト」を始動、劇作・演出を手がける。第52回岸田國士戯曲賞最終候補作品となるなど、演劇/ダンスの両分野で高い評価を得ている。 舞台作品を平行してビデオアート作品の制作を始め、off nibroll 名義で映像作家の高橋啓祐とともに活動し、世界各地の美術展に招聘されている。

プロフィール
伊藤千枝

振付家・演出家・ダンサー・珍しいキノコ舞踊団主宰。90年、日本大学芸術学部在学中に珍しいキノコ舞踊団を結成。以降全作品の演出・振付・構成を担当。作品発表のほか、映画、映像作品、演劇への振付、出演、他のアーティストとのコラボレーションなど、その活動は多岐にわたる。03年、フィリップ・ドゥクフレ『IRIS』に演出アシスタントとして参加。03年〜04年、NHK教育番組『ドレミノテレビ』、2007年、映画『めがね』(荻上直子監督)、UA“黄金の緑”などの振付を担当。2005年より桜美林大学の非常勤講師を務める。



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